その22 私の知らない物語
「七星、頼みがある」
「なんです?」
先生は財布からキャッシュカードを取り出した。
「金おろしてきて」
「・・・は?」
「手数料取られたくないから郵便局まで行ってこい」
「えぇー信頼し過ぎじゃあないです?」
「はよ行け」
「手数料取りますよ」
「はよ行けっちゅーに」
「パスワードは?」
「0721」
「・・・ほんまか?」
「セガレの誕生日だよ。はよ行け」
佐々木はため息混じりにスマホを片手にいっちゃった。先生もため息をついた。
「したら、着いてきて」
『どこにですか?』
「普通に近くのファミレス」
目の前のサイゼに入る。先生はドリンクバーを3つだけ頼んだ。
「ああ、コーヒー持ってきてくれ」
・・・なにパシってるのよ。
先生の目の前にアイスコーヒーを置く。嫌がらせ代わりに氷を沢山入れた。
「・・・トラックはどうだった?」
『可もなく不可もなくです』
「ならよかった」
先生はコーヒーをすぐさま飲み干した。私も手持ち無沙汰でメロンソーダのコップをゆらゆら揺らす。
「・・・最近、どうだ?」
・・・なにそこ思春期の娘に対応するお父さんみたいな質問。私は首を傾げた。
「七星について、どう思う?」
っ・・・
『悪い子じゃあないと思います』
「知っとる。俺とアイツのつきあいはそんなに短くない」
先生は空のグラスを口に運び、またため息をついた。
『なにが聞きたいんですか?』
「・・・佐々木の走り、どう思った?」
『速いですね。フォームの崩れもないし、相当走り込んでると思いましたよ』
「・・・アイツ、俺が教えたんだよ」
『?走り方をですか?』
「ああ。走り方もそうだし、バスケもだ」
どういうこと?
「俺は一昨年からこの高校で働いてるけど、それまではニートのプー太郎だったんだ」
『・・・え?』
「俺今33なんだけど、25歳で会社を辞めてニートしてたんだ。退職金が割とあったしカミさんも働いてるから金はよかったから、俺は働きもせずダラダラとしてたんだ」
『そうなんですか』
「んで、公園のバスケコートでいっつも練習してるガキがいたんだよ。夜遅くに制服のまま自転車で来ては10時くらいまでひたすら練習してたんだ。俺はよくカミさんも子供も寝たあと、散歩してたんだ」
『それが佐々木ですか?』
「ああ。七星が何度も動画見ながらギャロップの練習してんのを見て、まぁ、少し酔ってたから教えたんだよ。大学までバスケしてたし」
『はぁ』
「そっからちょっと交流ができたんだよ。お互い名前知らんのに」
『それがどうかしたのですか?』
「俺はアイツに教えるのが楽しくて、教員になったんだ」
『そしたら偶々佐々木がこの高校に入学したんですか?』
「察しがいいな」
『話の流れ的に』
「・・・俺はさ、アイツに何があったかなんて知らない。あんなに努力してのに、なんにも運動してないなんて、勿体ない」
『まぁ、勿体ないですよね』
「だから、俺はアイツになんでもいいから運動して欲しい。また輝いて欲しいんだ」
先生は氷を1つ噛み砕いた。
「お前は七星をどう思ってる?」
・・・わかんない。唯一の友達で、佐々木には私以外の友達がいて、走るのが速くて、飄々と綽々としてて軽口が多くて、黙られると困って、はいはいってよく言って、頭が悪くて、でも知性と品性は垣間見えて・・・
『わかんない』
「・・・ふふっ、そうか」
先生は私の顔を見て、笑った。何笑ってんのよ。




