その20 たとえ禍の門でも
スポウェアに着替える。腋をデオドランドシート拭く。ついでに首も拭く。こういうのって拭いた後、臭いを嗅いじゃうよね。まぁ、さわやかな匂いしかしないけど。
更衣室を出る。先生と佐々木はまた何か喋ってる・・・いいな。私もおしゃべりしたかったな。
「うし、じゃあ行くか」
少し曇ってきたからか、トラックの中はそこまで人は多くなかった。とりあえずタータンを触ってみる・・・別に普通だな。軽く飛んでみてもよくあるタータンとの差異は感じられない。先生は日陰で待ってるとだけ言い、行ってしまった。佐々木は寝転がって股関節を伸ばしてる。君走らないでしょ。
アキレス腱を伸ばし、肩も回す。股関節も伸ばす。四肢のストレッチは欠かせない。佐々木を手を叩いて呼び、背中を押させる。痛い。
「走ります?付き合いましょうか?」
私は頷き、軽くジョギングしてみる。足にかかる負担もそこまで大きくはなさそう。うん、いいトラック。佐々木は何も言わずに並走してる。あれ?何か喋んないの?1周2分ほどゆっくりと2周走った。当たり前だけどお互い息は切れてない。私はバッグを・・・あ、先生に渡したんだった。じゃあ、筆記用具は・・・持ってるわけないか。私は佐々木に物を書く仕草を見せる。
「・・・や、俺紙とペン持ってないですよ」
え、じゃあ左手の人差し指を上下させる素振りを見せる。
「最初はぐーじゃんけんぽん」
分からずにパーを出す。負けた。
「あっち向いてほい」
とりあえず右。佐々木は下だった。ふふん・・・じゃなくて。
私は電話を掛ける素振りを見せた。
「・・・あ、スマホを貸せですか?俺、今スマホ先生に渡してきちゃったです」
・・・じゃ、じゃあどうやって君と喋ればいいの?
「・・・じゃあ、質問するから、否定か肯定してさい。何か俺に伝えたいことがありますか?」
頷く。
「えっと、それは俺が悪い事ですか?」
首を横に振る。
「あ、よかった。じゃあ、先生に関係します?」
首を横に振る。
「ええーっと、陸上に関係します?」
頷く。
「まだ走ります?」
頷く。でも本筋から逸れた。
「どれくらい走りたいですか?」
時計を指さす。んで指で1を作る。
「1時までですか?1時間ですか?」
私は指で6を作る。
「・・・ああ、60分ですね」
頷く。
「まだ伝えたいことはあります?」
頷く。
「え、陸上と関係しますか?」
頷く。
「・・・わかんねー。競技を関係します?」
首を横に振る。
「え、もっとわかんない。んー・・・大会に関係します?」
首を横に振る。
「なにかトラブルですか」
トラブル・・・かなぁ。少し迷ったけど首を横に振る。
「バナナはおやつに入りますか?」
頷く。あと蹴る。
「痛い。じゃあー、今絶対に伝えないとまずいですか?」
少し迷って首を横に振る。
「じゃあ、後で大丈夫ですか?」
・・・頷く。
「じゃあ、走りましょうか。いいですか?」
・・・はぁ。君の話を聞きながら走りたいって伝えたいだけなのに。ほんとに喋れないって損。頷いた。
「じゃ、行きましょうか」
・・・沈黙は金?喋れる口で喋れる前提で言わないでよ。苛立ちからタータンを蹴りそうになった。




