第5話 「監視対象」
第5話 「監視対象」
「……医療班、確認に入れ」
静まり返った訓練室に、男の声だけが響いた。
さっきまでの模擬戦は、完全に止まっている。
リナは数メートル後ろで立ち尽くし、消えた炎の跡を見ていた。
床にはヒビ。
空気はまだ震えている。
――全部、俺のせいだ。
「……おい」
小さく呼びかける。
「大丈夫か?」
リナはゆっくりと顔を上げた。
その目には、さっきまでの余裕はない。
「……今の、何」
低い声だった。
「俺にも分かんねぇよ」
正直に答えるしかなかった。
「ただ、触れようとしただけで――」
「それであれ?」
信じられない、という顔。
まあ、そりゃそうだ。
俺だって信じられない。
「接触未遂で出力発生……?」
眼鏡の男がぶつぶつと呟いている。
「トリガーが曖昧すぎる。いや、それ以前に出力が……」
タブレットを操作する手が、明らかに速くなっていた。
「完全に規格外だ」
さっきと同じ言葉。
でも、今は重みが違う。
「一旦中止だ」
男が言う。
「これ以上はリスクが高い」
「はぁ!?まだ全然――」
リナが反論しかけて、言葉を止めた。
俺を見て、ほんの一瞬だけ視線を逸らす。
「……分かったよ」
そのまま、背を向けた。
悔しそうだった。
でも、それ以上に――
少しだけ、怖がっているようにも見えた。
「こちらへ来い」
男に呼ばれる。
俺は黙って従った。
さっきまでとは違う。
明らかに、扱いが変わっている。
別室に移動する。
小さな会議室のような場所だった。
ドアが閉まると、外の音が完全に遮断される。
「座れ」
言われるままに椅子に座る。
男は正面に立ったまま、こちらを見る。
「結論から言う」
その一言で、空気が張り詰めた。
「君は“監視対象”に指定された」
「……は?」
思わず聞き返す。
「最重要対象に加え、常時監視を行う」
「ちょっと待てよ」
意味は分かる。
分かるけど――
「それって、ほぼ犯罪者扱いじゃねぇか」
「違う」
男は即答する。
「危険性の評価だ」
「同じだろ」
思わず吐き捨てる。
だが、男は表情一つ変えない。
「君の能力は未制御だ」
淡々と続ける。
「先ほどの事例からも明らかだ」
「……」
反論できない。
あれは確かに、やばかった。
「だが同時に――」
男の声が少しだけ低くなる。
「極めて高い価値を持つ」
価値。
またその言葉だ。
人間じゃなくて、物として見られてる感じがする。
「君は“兵器”にも“守護”にもなり得る」
「どっちも嫌なんだけど」
即答した。
「俺はただ――」
言いかけて、止まる。
“普通に生きたい”
その言葉が、やけに遠く感じた。
「残念だが、それは難しい」
男が言う。
「君は既に“こちら側”だ」
逃げ道はない。
分かっていたけど、改めて言われるとキツい。
「……で、監視って何すんだよ」
話を戻す。
「24時間体制での観測。専属監視員の配置」
「マジかよ」
完全に自由がないじゃん。
「安心しろ。行動制限は最小限に抑える」
「信用できねぇ」
「だが必要だ」
言い切られた。
そのとき、ドアがノックされる。
「入れ」
男が許可すると、眼鏡の男が入ってきた。
「データがまとまりました」
タブレットを差し出す。
男はそれを一瞥し――
ほんのわずかに、眉を動かした。
「どうした」
思わず聞く。
男は一瞬だけ考え、
「……想定以上だ」
そう言った。
「何がだよ」
「君の能力出力だ」
タブレットをこちらに向ける。
そこに表示されていた数値は――
「……なんだこれ」
桁が、おかしかった。
他の項目と比べても、明らかに異常。
「比較対象が存在しない」
眼鏡の男が補足する。
「既存のデータベースでは、同等の数値は確認されていない」
つまり――
前例がない。
「……マジで?」
自分のことなのに、実感がない。
「だから最重要対象なんだ」
男が言う。
「そして――」
一拍置いて、
「監視対象でもある」
沈黙。
部屋の空気が重い。
「……分かったよ」
ため息をつく。
「どうせ断れねぇんだろ」
「その通りだ」
即答だった。
「ただし」
男が続ける。
「君の協力次第で、待遇は変わる」
「待遇?」
「自由度、権限、行動範囲」
なるほど。
完全に縛るわけじゃないってことか。
「成果を出せば、それだけ認められる」
少しだけ、考える。
どうせ逃げられないなら――
「……なら」
顔を上げる。
「力、ちゃんと使えるようにする」
男は何も言わない。
ただ、じっと見ている。
「その代わり」
続ける。
「ちゃんと“人間として扱え”」
一瞬の沈黙。
「……善処する」
男はそう答えた。
完全な肯定じゃない。
でも、拒否でもない。
「では、今後のスケジュールだ」
話が進む。
「明日から本格的な訓練を開始する」
「明日?」
「早い方がいい」
まあ、そりゃそうか。
「あと一つ」
男が言う。
「君専属の監視員だが――」
その言葉に、少しだけ身構える。
「既に決まっている」
ドアが、開いた。
「よろしくね、“最重要さん”」
軽い声。
振り向くと――
そこにいたのは、さっきの金髪の少女だった。
「……は?」
思考が止まる。
「ちょっと待て」
嫌な予感しかしない。
「なんでお前なんだよ」
リナはにやりと笑った。
「上の判断」
そして、一歩近づいてくる。
「逃げられないから、安心してね?」
絶対安心できねぇ。




