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第6話 修行開始

「そういえば、ローリーはあんたに追い出されたあばら家暮らしの女よって言ってたな」



 番外編において、ローリーは俺にとどめを刺したキャラの一人である。



 主人公に敗れ、命からがら逃げ伸びた先。

 屈辱に濡れながらも、ついに肉体が限界を迎え、クロードは倒れこんでしまった。



 そこを偶然通りかかった村娘に介護されることによって、どうにか一命を取り留めるのだが……。



 あろうことか、クロードは己の命を救ってくれた村娘に対して、『自分はセンベルン家の人間だ。お前のような下賤なものが俺の命を救えたことを感謝せよ』



 と、感謝を一切見せないどころかさげすんだ。



 助けた少女は、その傲慢な態度に一切嫌な顔をせずに笑顔を向ける。




 ただ一つ異変があるとすれば、台所から包丁をこっそりと拝借したことくらいだろう。



『ねぇ、私のことを覚えている。あばら家に住まう貧乏女よ。

 お前に追い出されたせいでおばあちゃんは野垂れ死んだわ!』



 そして、回想で目を病み、家から追い出されたせいで、日々弱っていく祖母との思い出が流れるのである。




「なるほど、これがその回想の中で言及されていたあばら家っていうわけか……」


「確かに、ぼろいわね」


 こらこらと、アルテをたしなめるが、そんな俺でも仕方ないと思えるほどに、この家はぼろかった。




 家全体を蔦が覆い、一見すると長年の放置の末と思える。



 しかし、庭の方を見れば意外と整理されているのが分かる。



 庭にはていねいに人の手が加えられおり、

小さな畑にはハーブや薬草類が生育している。



「あばら家というよりかは、物語に出てくる魔女の家というほうが近いか」



 そして、この家に住まう老婆が薬師けん魔法の教師を兼任しているので、その感想は間違いでも何でもなかった。





 そんな中、かぐわしいハーブの匂いが漂ってくる。

 同時に、シャル邸の幸せそうな笑顔が脳裏にちらつく。




「シャルティのやつ、ここでごちそうになったのか……」


 連絡方法がないことは分かっているけど、誘ってほしかった。




 さて、いったいどこからこの匂いは漂ってきているのだろうかと周囲を見渡すと、なんと、ヴィルヘルムさんが優雅にお茶をすすっているではないか。



 普段からここを休憩所として使っているのだろう。

 お茶の道具だけではなく、はさみや梯子といった庭の手入れのための道具一式もこの空間には用意されていた。




 あぶねぇ!

 ここでの成果なしだと、シャルティに、『私は両方見つけたけど、おまえはっ』て、マウントを取られるところだった。

※イメージです。




「おい、話がある」


 相手に困惑されないように、あえて強気の態度で俺はドスンと椅子に腰掛けた。




「坊ちゃん、いったい何の用ですかな」


 そんな予期せぬ訪問者に対しても、ヴィルヘルムは眉一つ動かさずに対応する。

 これならば話はスムーズに進みそうだ。良かった、よかった。




「実は剣を学びたいと思ってな」




 そう思って気を抜いたのがフラグにでもなったのだろう。


 ヴィルヘルムの額にはそれはもう深く濃いしわが生まれた。



 ばっと立ち上がったと思うと、すっと後ろに勢い良く下がり、こちらを警戒したかのように睨みつけている。


 一体何事だよ?

 何かあった訳でもなしにこの態度って酷くない!




「坊ちゃんが某に剣を習いたいというのはこれで二度目ですな。

 前回は勝つためにお茶に毒を盛り、叩き潰されたのをまだ、昨日のことのように覚えております」



 ごめんなさい、ヴィルヘルムさん。

 全く身に覚えがないけど、もしかしてやらかした後ですか!




 というか、ここまで険悪な状況で、どう取り入ればいいんだよ。




 そうだ! ここは原作でクロードが言いそうなことをトレースするしかない。




「それで、今回坊ちゃんはいったいどうして、このワシに弟子入りしたいと考えたのですかな」



「そんな事は簡単だ、許せねぇからだ!

 この世界に自分よりも強いやつが一人でもいることが!」



 ここで俺はまるで狂ったように笑う、もちろん演技ですよ!




「なるほど、つまり坊ちゃんは世界最強になりたいと……?」




 その中二病全開の解説をヴィルヘルムさんはなんとか自分なりの翻訳した。




「その通りだ、俺はまだ幼いが、もう自分よりも弱いやつ、ただつつけば崩れ去るような弱者に構うことは飽き飽きなんだよ!

 やはり強者、血沸き肉躍る強者との戦闘が俺の望みだ」



 我ながら、一体何言ってんだろう。



「ありとあらゆる強者に牙を突き立て、俺は世界の頂点に駆けあがってやる」


 ――フハッハッハッハッ。

 庭には俺の高笑いが木霊した。

 恥ずかしい。




 でも、これならばクロードの性格とは乖離がないはずだ。



 ちらりと、ヴィルヘルムさんの顔色を見つめると、額のしわがより大きく濃くなっていた。



 今、ぼそっとだけど、「まさかここまで邪悪な本性を隠しておいでだったとわ」ってものすごく深刻そうに言われたんだけど!




 違うんだ、信じてくれ。

 俺の座右の銘はラブ&ピースで、って弁解したいけどそれ言ったら怪しまれるから何も言えねぇ。




「……分かりました」



 失敗を覚悟してたけど、どうしてか説得は成功だ。

 こいつ、正気か?



 自分でも全くどうして成功したのか分からないけど……、原作を思いだせばある程度の推測はできる。



 確か、ヴィルヘルムは最初、クロードの曲がった性根をどうにかするため、剣技によって精神を鍛え、正しい道に進ませようとしたんだっけ?


 つまり、あのヤバイ演技は弟子入り時には正解だった!

 恥をかいたけどそれが無駄ではないと分かったのである。

 良かった、良かった。



「ではまず、基礎練習から」


 そういって、ふいにヴィルヘルムさんは逆立ちをしたかと思うと、親指しか地面についていないというのに歩いているときと一切変わらない速度で前に進んでいく。


 ぱねぇ。

 これだけで大道芸として食っていけるレベルだ。



「では、このまま庭を一周してください」


「……?」



 すいません、何を言ってるのかまったく意味が分からないんですけど。



「おっと、主語が抜けておりましたな、今やった逆立ちの状態でこの庭を一周してくだされ。

 それが剣術を始めるにあたっての最低限の基礎練習です」



 つまりどういうことだ?

 丁寧に説明されていることが分かる。話に矛盾はない。なのに言葉を尽くせば尽くすほどに、理解から遠ざかっていく。




 正直に言っていい、初手で俺の心を折りに来てません?





「えっと……、それを本当にやるのか?」


「ああ、あまりにも負荷が低すぎるということですかな」


「いや、あの……」


 こいつまじか……。




「もしかして……」



 おっ! ようやくトレーニングがハードすぎることに気が付いたのか?



「トレーニングの負荷が低すぎることが不満ですかな?」



 ちがう、そっちじゃない。



「某も、剣を習い始めたころ、師にに同じような課題を出されたものですが……」



 やったの!

 というか、できたの!



「その時は小さな村を3周すれば合格だというところ、たった2週しかできずに悔し涙を流したものです」


 できる設計なのかよ。

 というかさ、悔しがってるところ悪いけど、町2周でも十分超人的な身体能力だと思います。




 そんなファンタジー見たいな修行本当にあるわけがと思って、改めて、ここがファンタジーの世界だと思いだす。



 よく考えれば、冒険者が素手で竜を倒すような世界だしな。

 だったら、身体能力も現実よりも高いはずで、これくらい、普通……普通? ……普通ってなんだ!


 


「他の鍛錬には一体どんなものがあるんだ?」



 めんどくさいから嫌ですと言いたい、けどあそこまで大口叩いたせいで、今さら本音なんて言えるか。




 もう俺ができるのはどうにか冷や汗を隠すことだけだった。





「やはり、この程度のトレーニングでは満足できないのですな……。

 ならば、後世において最強と呼ばれた英雄が実際に行った鍛錬を行いましょう。

 腕立て伏せ100回、上体起こし100回、スクワット100回とランニング10km。

 これを毎日続けてください」




 サ〇タマ式トレーニングじゃねぇか!



「まぁ」


 でも、逆立ちで屋敷一周よりかはだいぶましかな。




「その上で、己の目についた強者全てに対して喧嘩を吹っ掛けてください」



 やっぱり、サ〇タマじゃねえか。




「その……、カイザーはきちんと権力を獲得したのか」


「ええ、最初は町の浮浪者を打ち倒し、次は浮浪者のボス、マフィアの下っ端、幹部、ボス。

 やがては国王までその剣で打倒した最強の男ですとも」



 あれ?

 その人最終的にクーデターを成功させてないかな。




「つまり、俺に王になれってことか?」


「もちろん、その敵の役は某が請け負いましょう。

 誰彼問わずに喧嘩を売るなど、確実に問題が発生いたしますから。

 ですが、某を打倒した後は……」



 やばいこいつ、俺を武者修行の旅に出すつもりだ。




 もうさ、今から土下座するんで修業なしにできませんか。

 それだと、好感度が足りなくなって死ぬかぁ。

 なら、仕方ねぇ。




「さあ、坊っちゃん」


 ヴィルヘルムさんのキラキラオメメにもはや狂気しか感じない。




 俺はそっと鏡をタップ。

 指で文字を書く。



 お祈りでも何でもしますから、どうか助けてください、グー〇ル先生、じゃなかった、女神様。




 すると、頭に直接声が降り立ってくる。



「そっちの方が面白いから頑張りなさい」


 おお、神は死んだ。




「さすが坊っちゃん、沈黙ということは、この程度の鍛錬では足りないと言うことですな」


 そしてこっちはこっちで、なんかとんでもな解釈をしてきたんですけど。



 黙っていたのは役立たずと話していただけで、あなたが提示した訓練に不満があるとかじゃないから。



「それほどまでに己を鍛えたいと」


 いいえ、さっきまで、どうすればより楽をできるかしか考えていません。



「ならば、カイザーが行った基礎練習に、私が幼少期行っていた鍛錬をくわえて……」



 ヤバい! もう逃げたい、けど、そうしたら将来詰む。

 どこかに、退路はないのか。




 仕方がないか……か。




「うをおおおぉぉぉ!

 逆立ち最高ぉ!」



 俺はヴィルヘルムさんが提案してくれた『唯一』の訓練法である逆立ち、屋敷一周を選択した。



 カイザー……、知らない子ですね。





「……であるからして、って、いない」


 進んでからしばらくして。

 ヴィルヘルムは自分が長々と独り言をやっていたことに気が付いたらしい。




「うおぉー!!」



 唸れ、我が両腕。

 少しでも、あの面倒な老人から逃れるためにぃ!




「待って、待ってくだされ!」


 だというのに、あいつ追ってきやがった。

 俺はただ面倒ごとから逃れたいだけなのに、どうして放っておいてくれないんだよ。


 追いつかれてたまるかぁ!




 互いに負けてたまるかという、意思を爆発でもさせたように、手と足が動いていく。


 


「修行をするならばせめて、それ用の服で。その服で汚れるようなことはおやめになってください」


「うをおおおぉぉぉっ! 修行最高ぉ!」



 ちなみに、逆立ちでの庭一周は楽勝でした。

 すごいね、人体。


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