第7話 鍛錬風景(1)
弟子入りの翌日。
俗にいう、逆立ち事件は黒歴史として戒厳令が施された。
「行きますよ、坊ちゃん」
いろいろと、傷がついた弟子入り騒動だが、情けなくとも弟子入りが成功したことに変わりはない。
今、俺とヴィルヘルムさんは鍛錬用に作られた木刀を手に向かい合っていた。
ちなみに、カイザーの鍛錬については初めから聞いていないと言い張った。
俺はきっと、いつになく真剣な様子で、目の前の人物と対峙していることだろう。
何せ、ヴィルヘルムさんの好感度を稼ぐことに失敗したのならば、バッドエンド確定なのだから。
文字通り、この鍛錬に命をかけているのだ。
かけ方が変わっているのは認める。
ここで、今俺の剣の師匠であるヴィルヘルムについておさらいしようと思う。
優秀な剣士や冒険者につく二つ名。
当然のことながら、彼もまたその二つ名持ちだ。
その名も剣鬼。
かつての戦場でその名を聞いた敵兵は震えあがったという。
今では、引退し、戦場に立つことはなくなったが、老いてなお衰えは一切感じられない。
ムッキムッキだよ、この爺さん。
そして、この経歴が何を意味するのか。
……、異常な鍛錬方法を提案したことから分かる通り、剣術に対して妥協できないのである。
――ちょ、この人、子供相手に手加減抜きですか!
開始から一秒。
脳天に突き付けられた木刀のせいで、頭上にはお星さまがキラキラと舞う。
今日この時、俺は生まれて初めて命の危機を感じた。
まぁ、一回死んだことがあるんだけどね、俺。
ちなみにだけど、原作においてクロードはこの化物を超えるのに、一月かかったそうだ。
この化物をだ!
相対して分かったけど、この人マジでやばい。
今の感覚だと、一生かかったとしても、勝てる気がしない。
「あ~、いてぇ、ヴィルヘルムさん、子供相手に本気で打ち込むんだから、参るよ」
そして、今日で訓練開始から2日目。
俺とシャルティはセンベルン家が見下ろせる地点にある山小屋で休憩をとっていた。
俺たちは主人公さまが原作で使用した、人目につきにくい小屋を秘密基地として利用することに決めた。
ちなみに、どうしてここで主人公さまが潜伏していたかというと、クロードが行った悪事を暴くための偵察任務である。
その任務は、クロードがメイドへ折檻をする場面を目撃し、主人公が怒り狂い、我を忘れてクロードを殴り飛ばし、重傷を負わせたせいで失敗した。
「それで、お前の方はどうしてるんだ」
俺と同じく、きつい訓練に励んでいるに違いない。
「最近ね紅茶にはまったの。
こっちの世界だとコーヒーがあんまり出回ってなくてね。
もともとコーヒー党だったから、飲めないのはきつかったんだけど、シャーリーさんが美味しい紅茶をいれてくれてね……」
シャルティの瞳はキラキラだった。
それから、お菓子の品評会をしてくれた。
俺は激怒した。
必ず、こののんきにお菓子を貪り食う雌豚をぎゃふんと言わせねばならぬと決意した。
確かに、男女で扱いに差が出るのは分かる。
俺が選んだのは剣で、シャルティが選んだのは魔法だ。
座学が多くなるのも当然だ。
これがタダの嫉妬であることなど重々承知だ。
されど、
「とっても美味しかったのよ」
俺が剣で叩かれ、傷つき、疲れきった横で、シャルティが美味しい思いだけをする。
その有様を許せるだろうか、いや、許せるはずがない。
「なぁ、一つ賭けをしないか」
「何をするの」
「一週間後、試合をして勝った方が一週間おやつを献上するんだ」
十台における1歳差は大きい。
普通なら、こんな賭けなど成立するはずもない。
でも俺たちは転生者。
「いいわ、のった」
その一言を聞いて、俺は笑いをこらえるのに必死だった。
だってそうだろう。
負ける要素が一切ないのだから。
こうして、つらく厳しい鍛錬の日々が本格的に始まったのだった。
3日目
段々と手加減を覚えたようだな。
このころになると、俺はヴィルヘルムさんと少しずつ剣を合わせることができるようになっていた。
4日目。
この頃になると、まだまだヴィルヘルムさんに手も足も出はしないけれども、防御に全神経を集中させれば、その猛攻をしのげるようになっていた。
5日目。
少しだけ余裕ができたからだろうか。
ヴィルヘルムさんの動きがじっくりと観察できるようになった。
なるほどね、こう動けばいいのか。
俺はその教材を手本として、自身の動きを修正していく。
6日目。
昨日、脳に叩きこんだ動きを再現する。
クソ、まだオリジナルには及ばないな。
どこにかこうにか粘ったもの、試合は最長でも5分程度。しかも全敗だった。
7日目。
昨日の課題を洗い出し、今日こそは……。
傲慢クソ野郎だったクロ―ドが一か月でヴィルヘルムさんを越えたんだ。
ならばこそ、あいつを越え、生き残るためには原作以上の速度で成長しなければならない。
気合を越え、眠気でとじられそうになった目をこする。
そしてすぐに、
「そういえば今日はヴィルヘルムさんは幼児
があるんだったな」
なので、鍛錬は昼からとなる。
いつもの癖で早起きをしたことを、後悔する。
今日はこれといった予定もない。
とりあえず書斎に行って、この世界の本を読むことにした。
「ああ、暇だ……」
だが、すぐに飽きてしまう。
この世界には漫画もゲームもないんだもん。
今からでも、アルテに頭を下げれば使えるかもしれないけど、あいつに頭を下げるのは嫌だ。
「何か、そう何か面白いこと起きないかなぁ」
思春期特有の、都合よく、自分に害が及ばない程度で、日常がかき乱されてくれないだろうかという願望を口にする。
しかし、そうそう都合よく、事件が起きるはずもない。
ドガガガガガガッ
ということもなく、いつも使っている鍛錬上から爆音と、上空へと昇る土煙が見えた。
「一体、何が起きたんだ!」
この異常事態に、大慌てで、鍛錬場へ駆けつけた。
そこでは、シャーリーさんが腰を抜かして地面に尻をつき、シャルティがその介護をしていた。
周囲からは守衛がドンドンと集まっており、どうにも気まずそうだった。
「それがね、的当てよう壁が欠陥品で、壊れたのよ」
シャルティは厚さ1mはあろうかというレンガの壁を指さした。
事の真偽を確かめるべく、俺はその破片を確かめるが、めっちゃ頑丈そうだった。
「本当だからね、これものすごく柔らかいんだって」
シャルティは指先を鉄砲のようにして
「ファイヤ・ボール」
ファンタジー世界でおなじみの呪文を唱えた。
するとまた、頑丈なレンガつくりの壁があっさりと崩壊して、周囲に爆風が吹き荒れる。
「ちなみにこれって、普通のことなのか」
一応、魔術の師匠であるシャーリーに話を聞くと、その老婆は手を勢い良く左右に振った。
「いえいえいえいえ! ここまでの破壊、それが最上級の魔法であればわかりますが、個人規模の、それも初級魔法でこれなんて本来あり得ません。
私も、これまで、数多くの弟子を世に送り出してきたけど、これほどの才能を見たのがこれが初めて」
らしい。
「ちょっとこい」
内緒の話をするために、俺はシャルティを連れて、視界が悪い林の中に行った。




