第3話 悪役転生
「もう、何なのよ」
異なる世界に転生し、これが夢ではないのかと疑っていた正にその時だ。
耳にキンキンと響く叫び声が響いた。
「そうか、俺はエレメンタル・サーガの世界に転生したんだ」
――やった、やったぞッ! 俺はチートオリ主になったんだぁ!
うれしさのあまりにヒャッホウと奇妙な踊りを披露する。
物音がしてすぐにやめたが……。
やばい、こんな姿を見られたら一生モノの黒歴史だ。
「とにかく、今のままだと、ここはどこ、私は誰状態だ」
踊った痕跡を消すために、丁寧に服を整え、これから俺に惚れてくれるだろう美少女を待ちわびる。
そして、よし! 美少女来たぁあああぁぁっ!
足跡を響かせこちらにやって来たのはメイド服を着込んだ素朴な田舎娘といった風な美少女と、きりっとした凛々しい女性だった。
「やあ」
とりあえず、髪をかき上げ、白い歯を見せる。
俺としてはかっこいい笑顔を浮かべたいが、背格好から可愛い系にしかならないだろうな。
「ひっ!」
どこからどう見ても、問題ない対応のはずなのに、話しかけると若いメイドが悲鳴を上げた。
「すいません、クロウ様!
急に話しかけられ、驚いてしまい!」
「いや、あの……そうか」
「すいません、すいません。私のミスです、だから……、だから……、折檻するなら私だけに」
「いえ、ここは責任者である私だけに……」
奴隷商人になったみたいだ。
というか、どうしてただ話しかけただけなのにこんなことになったんだ?
「もう、人に話を聞くのはなしだな」
もういいと、メイドを送り出すと、人に話を聞くのはやめようと決めた。
だって、明らかに様子がおかしいし。
「人に頼らずに情報収集となると……」
とりあえず、顔だけは確認しなければと俺は噴水に足を向けた。
「どうして、クロードなんだよ!」
俺は、最初に耳にしたあの少女と同じように叫び声をあげた。
水面には、この世界の悪役の一人であるクロード・センベルンが映っていた。
「もう、うるさいわね!」
悲鳴に反応したらしい。
呆れたような声する。
「そういえば、おまえもここに来ていたんだな」
存在そのものを忘れていたわけではない。ついてきていることはしっかりと覚えている。
しかし、あえて記憶から消していたアルテはしっかりとこちらにやってきていたらしい。
あのまま、いなくなってくれればいいものを。
「それで、この状況に何か言い分けがあるか。
何で、エレメンタル・サーガの歩く死亡フラグであるクロードに転生してるんだよ!」
「言い、落ち着いて。あたしはあんたの要望をすべてちゃんと叶えたわよ」
「そんなわけあるかぁ!」
この駄女神に現状の不備を突きつけてやらねば。
「身体のスペックは?」
「確かに、人類最高峰だけど!」
「容姿は?」
「ものすごいイケメンです!」
「実家は?」
「この世界でも最高レベルに太い……」
「でしょ!
つまり、慈悲深い女神であるあたしは愚かな人間の願いをそっくりそのままかなえてあげたの!」
と、アルテはドヤ顔をさらす。
否定したい。でも、否定しきれない。
「あんたがその体になったのは完全なるランダム。
責められるいわれは一切ないわよお!」
確かに、悪役に転生した一件に関してはアルテが言っていることが100%正しい。
それでも俺は、今こいつが映っている鏡を地面にたたきつけた。
「な、何するのよ」
「そもそもの話、おまえのミスがなければ、こんな転生なんてしなくてよかったんだろうがぁ!」
そう、俺は忘れていない。
こいつが、全ての元凶であることを。
「何で、エレメンタル・サーガの歩く死亡フラグことクロードなんだよ! 確かに俺がだした条件はすべて満たしてるよ!」
金、容姿、力。
おおよそ、俺がゲームの初期ステータスで求める要素、それについては申し分ない。
「確かにさ、クロードは人気キャラだよ。
こいつが無様をさらすネットミームは面白いから何度も見た。
語録まとめサイトにすら足を踏み入れたことがある」
そんなまとめサイトができるほど、このキャラは人気だ。
「だけどさ、このキャラの魅力はだ! いかに、みじめをさらすかなんだ。
こいつが見っともなくに地面を這いつくばる姿を俺はもう見れないんだぞ!」
「あのさ、あんた、このクロードってキャラのこと実は結構気に入ってない」
「こんな最低な奴、好きなわけないだろうが!」
ええ、本当に~と、アルテは疑わしげだった。
「とりあえずなんだけど、今から転生先の変更ってできない」
「ムリね。こうしてみじめな姿をさらしているのを見れば分かる通り、世界創造でほぼすべての力を使い果たしちゃったのよ。
最低でも十年くらいは大した力は使えないわね。
まぁ、原作が始まるくらいには鏡の外に出るくらいは回復させるわよ」
みじめな姿。
ああ、こいつ鏡の中から出てこないのか。
「でもさ、俺たちこれから一緒にこの世界をよくしていこうって仲間だろ。
その大事な仲間が途中で死んだら、そっちだって困らないか」
正直、そんなこと欠片も思ってないけど、ここは一緒に頑張る仲間顔をして、協力を得るしかない。
「ええ~、私としてはあんたはただの厄介な監視役だしぃ~、もうさ、いなくなっちゃってもいいかなって思ったりするんだけど~」
ヘラヘラと笑う、アルテの姿に、俺はプッツンとしてしまった。
「そっちがその気なら、こっちにだって考えがある。
「なによ」
神である自分に有効だがないとこいつは確信しているんだろう。
アルテはなめ腐った態度を崩さない。
「この鏡を肥溜めの中に捨ててやるよ。おまえ、この鏡の中から動けないんだろう。
外に景色を見たらそこは汚物の中だ」
――いやあああぁぁぁっ。
――ふっはっはっはっ!
女神の悲鳴と俺の高笑いが響き渡った。
「いや、あのクズくん。女神様そういったことはよくないんじゃないかな……」
「ゴミはゴミ箱、当然の話だよなぁ!
一切役に立たないうえに、厄介ごとばかり持ってくるお前への対応はこれくらいでちょうどいいよなぁ」
後、この期に及んで俺のことをクズって呼ぶ、その性根が気に入らない。
「いや、女神としてはこの鏡の中は快適空間で、ネットもゲームもあるから、10年、20年くらいはごくごく普通に暇つぶしできるけど……。
外の景色がそれだと、気が滅入るというか、なんというか……」
さすがに、肥溜めの中に落とされるのは嫌だったのだろう。
アルテはあわてて弁明を始めた。
「まって、ネットに、ゲームだと!」
――あはぁっ!
驚愕に、アルテはこちらの弱みを発見したと確信したことが分かる。
「あれ、もしかして、ヒキニートの魂が覚醒したのぉ。
これから一生、女神アルテを敬い、奉るっていうのなら、あなたにも使わせてあげてもいいわよ」
落ち着け、俺。
これは悪魔との契約だ。実際は神だけど。
こいつに、好き勝手させたとしても、絶対にろくなことにならない。
さぁ、欲望に抗え、抗え、抗え……。
「あ、肩をおもみしましょうか」
気が付けば俺は条件反射で女神にゴマを吸っていた。
欲望には勝てなかったよ。
現代に生きるオタクに、この2つをぶら下げられたら堕ちるしかないから。だから、俺は何も悪くない。
「なら、手始めに、3回回ってワンと言いなさい」
このアマ、人が下手に出ると、調子に乗りやがって。
悔しい、でも従っちゃう。
ーーワン。
「うわ、本当にやったよ」
恥を忍んでやったというのに、この言われようである。
いくらなんでも理不尽すぎやしないだろうか。
「それで、これで本当にネットもゲームもやりたい放題なんだな。もう俺この鏡の世界から出ねぇぞ」
「いやいやいや、なんでクズは極端から極端に走るのよ」
俺の発言に今度は女神が困惑しだした。
「考えてみろ、監視役、お目付け役がいると面倒だってのはそっちの意見でもあるはずだ」
「それはそうだけど」
「お前にとってもわずかな出費でお目付け役がいなくなるならうれしいだろ」
「確かにその通りなんだけどさ、あたしだけが忙しく働いているのに、あんたが遊んでいるのは納得できない」
こいつ、最低なことぶっちゃけやがった!
「でも、約束は約束だし。とりあえず、アマテラスのやつに連絡するわ!
いまなら、こっちに干渉しても矛盾は発生しないからどうにかなるだろうし」
そうして、アルテはスマホを操作しだした。
どうでもいいことだけど、神様の世界にもスマホあるんだ。
「はい、何でしょうか?」
電話の向こうで麗しい声が聞こえた。
どうやら、機能面もスマホに近いらしい。
そして、約束の通りアルテはコチラの事情を説明したうえで、転生先の変更を要求してくれた。
「お話は聞きました。残念ですができません」
「どうしてだよ。俺はまだこの世界に転生してから数時間。
今なら配置替えしたとしても問題は起きないはずだよな」
このままだと、シナリオに殺される。
「前にも話しましたが、この世界は未だに不安定。例えるならば水面に浮かぶ虚像のようなもの。
ほんの少しの介入であろうとも、波紋が生まれ、像が大きく揺れ動いてしまう。
世界にしたいして大きな影響を及ぼさないとしても、過度な干渉は行えません」
と、アマテラスはどうして自分が干渉できないかを丁寧に説明してくる。
「ちょっと! 確かに世界への干渉は危険だけど、そこまで気を付けないといけないことじゃないよね!」
「確かにそうですが、原則は原則。仕事に私情を混ぜるわけにも……」
まぁ、そういう事ならしょうがないか。そう、思った時だった。
――ドンドンドンドンッ!
アマテラスがいる部屋の扉が勢い良くノックされた。
そのノックがあまりにも力強いせいで、スマホ、鏡越しであるここですら、振動で身体が震えるほどだった。
「そういうわけで、世界の調和のために……」
「おい! まだまだ仕事はあるんだぞ。もし、おまえに世界のことを思うならば、さっさと部屋から出てこい!」
「やごころさん、だから、私はいま世界を創造したせいですべての力を使い果たしました」
どうしよう、アマテラス様、いいこと言ってるのに、外が騒がしいせいで頭に入ってこない。
「そういうわけで、私としては本気であなたの助けになりたい。
ですが、やむにやまれぬ事情があり……」
「おまえ、その言い分けでサボったのこれで何度目だよ!
そのサボりのせいで、一体いくつの世界が存亡の危機を迎えたと思ってる」
きっと、外から話声を聞いているのだろう。
男の声が、アマテラス様の言い訳をことごとく否定していた。
「そういうわけで、私はあなたを直接手助けすることはできませんが、ここであなたの無事を祈らせていただきます」
最終的に、アマテラス様は聖母のようにこちらに微笑んだ。
スマホの画面が黒く染まる。
「よし、急遽できた休暇を利用してたまりにたまった疲れを取りましょう。
温泉とか外に出れないのは残念だけど、やっぱり自宅最高。アイ♡自宅!
いえ~い、たまっていた小説とか、ゲームを消化するぞぉ~」
「待て、仕事から逃げるな! 卑怯者! 逃げるなぁ!」
どうやら、神も失敗をするらしい。
スマホの電源を切り忘れている。
そのせいで、プライベートな声が聞こえてくる。
「あのさ、アルテ。俺頑張るよ。多分、完全に断ち切るのは無理だけど……、それでも、ネットをある程度我慢できるようにする」
「いいのよ、たまの息抜きくらい。1日に時間を決めて楽しむくらい、だれでもやってるわよ」
先ほど見た光景を忘れるように、明るい口調で俺たちはやり取りをしていく。
「だからさ、もう、アルテの信者になるの取り消してもらっても……」
「少し、おしいけど、もう構わないわよ。あたしもさ、その、今回の世界構築の業務もう少しまじめにやるから」
確かに俺はネットとゲームのためにプライドを捨てた。
しかし、あの自堕落の極みを見て、考えを変えた。
さすがに、あれはダメだろう。
「ちょっと、庭で何してるのよ!」
こうして、俺たちが庭でわちゃわちゃと騒いでいると、騒ぎをうっとおしく思ったのだろう。
一人の少女がこちらに走り寄って来た。
分かっていたけど、知らない子だな。
年のころは10かそこら。
身長は120㎝くらいだろうか。
服装も、貴族が着るフリフリのドレスだ。
恐らくだが、この家の人間か、その関係者なのだろうが、あいにくと俺の記憶にはこの少女に関するものはない。
忘れているだけか、あるいはここが現実になったから新たに出てきたキャラなのか……?
と、考え込んでしまう。




