第16話 誘拐事件(4)
「ここは、一体……」
紫色の花弁を持つ、眠り花の花粉によって意識を沈められたシャルティは床に乱暴に投げ捨てられる衝撃によって目を覚ました。
(確か私、あの品のない使用人に不意打ちされて……)
しゃべろうとしても、猿轡をかまされている。加えて、きつく縛られたせいで手足がうっ血しずきずきと痛んだ。
(もしかして、私、誘拐された!)
すぐさまシャルティは状況を理解。
ここから逃げ出すために魔力を練ろうとするのだが、
(あれ? なんで?)
一向に、魔力を練らない現状に困惑する。
「罪人に使う魔力封じを使わせてもらっている。
魔力は使えねぇぞ」
その動きを誘拐犯は見逃さなかった。
無駄な抵抗はするなと、元使用人の裏切り者が語りかけた。
(でも、それならそれで、私には自宅警備員がある)
シャルティにはまだ奥の手があった。
(しまった、さっきの模擬戦で)
いつもならば、まだどうにかできただろう。が、その護衛手段は無力化されていた。
「げっへっへっ!
こいつを脅しに使ってセプテム公爵家からたんまり、身代金をせしめてやるぜ!」
「さすが兄貴」
目の前では、誘拐犯たちがこれからのことを思い下種な笑みを浮かべていた。
「こんなことをしてただで済むと思てるの!
どうせすぐに捕まるのが落ちなんだから、さっさと私を解放しなさい!」
「げっへっへっ! そんな訳ねぇだろ。俺は知ってるぜお嬢様。
お勉強が嫌だからと言って、3日間も家を空けたそうじゃねぇか。
そんなくだらない理由で家出を繰り返すお前をわざわざ探しに来るわけねぇだろ」
(ゲームとしては知ってるわ、知ってるけど、マジ! こわ!)
シャルティは誘拐犯の言葉を聞いて、再度、悪役なんかに転生するんじゃなかったと後悔した。
「そんなはずがない、助けは、絶対に助けは来る!」
しかし、勝算があった。
クロードだ。
あいつならば自分が転生者で中身が違うことを知っているのだ。
「ぐふふふふ、これ何か知っている!」
と、裏切り者はバックを取り出した。
「君にはわからないだろうけど、このバックには君の大事なお兄ちゃんの匂いがしみ込んでるんだよねぇ」
「まって、それって」
「そう、君が誘拐された時、すぐ近くで君のお兄さんがいたんだ。
何なら、誘拐されている光景を見ていたんじゃないのかなぁ」
明らかに、シャルティが動揺することを狙っている誘拐犯のあおり。しかし、すぐさま否定できなかった。
「まぁ、あんだけ仲が悪かったんだ。わざわざ助けようなんて思わなかったんじゃないかなぁ」
もちろん、こいつらは2人の中身が転生者であることを知らない。
(あいつが私を切り捨てるなんてこと……、でも、自分が生き残るためなら……)
ゲーム版と原作版の最も大きな変化がクロードの妹であるシャルティの存在だ。
つまり、妹を消せば原作知識を思う存分発揮できるのである。
(もしかして……、詰んだ)
クロードが自分を切り捨てるだけの理由に思い当たってしまった瞬間。
恐怖が涙となってあふれ出してきた。
しかし、その涙もすぐに止まる。
足音が聞こえて来たからだ。
「さぁ、あんたらもこれで終わりよ」
シャルティは得意げに叫んだ。
「まさか」
盗賊たちは、絶望に顔をゆがめた。
「これは一体?」
そして、教会の扉を開けたのはさえないおっさんだった。
「「「だれ!」」」
三勢力がそろって、疑問の声をあげた。
「助けて、私こいつらに誘拐されたの!」
瞬時に、シャルティが叫んだ。
村人たちの眼球がグルンと動き、縛られ、床に芋虫のようにはいつくばっている彼女を捕らえた。
もうごまかせない。
そう感じたのだろう。
誘拐犯の下っ端の一人がとっさに動いた。
恐怖と困惑で固まっている村人の子供を捕まえたのである。
「騒ぐな、そして俺たちを見逃せ。そしたら、この子供を解放してやろう」
(はっ、こいつら、相手が多勢に無勢だってビビってる。
それに、いくらここが……、どこだかわからないけど、騒いだら家から助けが来る。
あんたらは詰みなのよ!)
自分が解放されることをシャルティは確信していた。
「分かるだろう、こいつの顔。
センベルン家のクソガキの片割れだ。
おまえらだって、こいつにうっぷんがたまってんだろ。
今なら見捨てちまっても、誰にも文句は言われねぇ」
(嘘!)
悪魔のささやきに屈したように、村の男たちは護身用にもってきた鉄製の鍬なり、長い棒を手放した。
「ちょっと、子供が死にかけてるのよ。根性見せなさいよ」
シャルティは必死に訴えかけるものの、誰もがただ目を背けるだけだった。
「そんな、でも……、まだうちの兵隊が……」
「そんなものは来ないぞ!」
ケビンは高らかに笑う。
「おまえを助けに来る物好きなんていないんだよ」
盗賊の、不衛生で臭い息がシャルティの端正な顔に拭きかけられた。
ついに、シャルティの心の防壁が決壊した。
瞳からは宝石のような涙が零れ落ち、
「誰か、誰か助けてよ」
ただの童女のように、シャルティは叫んだ。
「ところが残念、そんな都合がいいことは起こりません!
現実に、ヒーローなんていないんだよ」
「残念だな、おまえたちが夢想だと断言したヒーローはここにいるぞ!」
ケビンの嘲笑を打ち消す轟音が教会内に響いた。
☆
「まったく、女の子が泣くなよ。
男ってのはな、誰もが女の子の泣き顔を見せたら焦るもんなんだから」
その涙をどうにかするために、俺は戦うことをいとわない。
そしてその対象は何も妹だけではない。
「ほら、爆弾だ!」
俺は人質を抱えている誘拐犯に服で包んだ、小さくて柔らかいものを渡す。
「は、はぁ!」
誘拐犯は、俺の言葉を信じたのか、あるいは単に危険物と判断したのか。
子供を拘束する手を緩め、プレゼントをはじく。
この時を待っていた。
体を沈めこみ、下から上へ。
盗賊のあごへとアッパーを叩きこむ。
誘拐犯は白目をむき、身体は危険な方向に倒れこんだ。
床に落ちたプレゼントを、シャルティを拘束している誘拐犯の頭領に蹴りつけ、ひるんだ先に動こうとしたのだが……、
「やっぱり、無理か!」
他の誘拐犯が剣を向けてきたものだから、人質にされていた子供を抱えて下がることしかできなかった。
一瞬の交差ののち、俺は脇に抱えた子供を村人の方へと降ろした。
少なくともその安全が確保できるまでは動くに動けなかった。
合間に、俺が壁をぶっ壊したことで生まれた土煙が収まった。
「はっ、どんな益荒男が来やがったかと思ったが、まさか、ガキ一人だとはな!」
そして、俺の姿を見た誘拐犯はカモがネギをしょってやって来た状況に笑いが止まらなくなっていた。
「いったん妹を見捨てておいて、自分の手柄にするために付けて来たのか」
「その、あんたが私を見捨てようとしたのは本当なの!」
2人がどうして俺がここに来たのか。その真意を問いただす。
「ケビン。おまえはどうしてこんなことをやったんだ。短い付き合いだが、おまえはそんなことをするような奴じゃないはずだ!」
だが、真意を問いただしたいのは俺も同様だった。
「いや、どうしてそう思ってるんだ?」
「俺とお前の中だろ?」
「いや、そもそもの話、話した記憶もないんだが……、俺の記憶違いか」
「安心しろ。俺もおまえと話した記憶はない。だが、信じられると思っていた。
そのカバンの中に大事にしまってある、純愛物のエロ本を見れば分かる!」
「え……!」
誘拐犯たちがケビンを見た。
「まじ……!」
シャルティが下からにらみつける。
「「「そんな趣味が」」」
村人たちもそんな趣味があるんだと意外そうだ。
皆に、自分の性癖を暴露されたケビンは口をパクパクとさせたかと思えば、すぐにゆでタコのように赤くなる。
「てめえええぇぇぇ! そんなに俺柄の性癖を開示して楽しいか!」
もちろん、最高に楽しいとも。




