第48話「聖都の壁」
大陸中のあらゆる光と信仰の中心であり、神聖教団の総本山として絶対の不可侵を謳う白亜の巨大要塞、宗教都市サンクトゥリア。
その分厚く高い城門をギルドの通行証でくぐった四人を待ち受けていたのは、王都から遠く離れた平和で美しい街並みという表面の印象とは完全に裏腹の、針のむしろのような重苦しくピリピリとした排他的な空気だった。
「そこで止まれ! 貴様ら、見慣れん武器を持った何者だ! ここは神聖なる都市である、許可のない武装集団の立ち入りは禁じられている!」
全身を隙間なく分厚い銀鎧で重武装した、巨大なハルバードを構える神殿騎士たちが数十名、一斉に殺気立って槍を交差させ、関所の前でレイドたちの行く手を強引に阻んだ。
「俺たちは王都の冒険者ギルドから正式に派遣された、防衛支援の特使だ。手っ取り早く、この街の防衛軍の最高責任者のところへすぐに案内してくれ。俺たちに残された時間は、一秒でも惜しいんだ」
レイドは馬上から一切の感情を交えず、王室の赤い蝋印とギルドマスターの正式な連名の金色の書状を素早く懐から取り出し、騎士団の隊長の顔の前に落ち着いて突きつけ。
神殿騎士たちは、身なりもボロボロのただの野良の冒険者が突きつけてきたその高貴な『特使』という言葉に怪訝な顔で書状を睨みつけたが。そこにはっきりと押された王家の正式な紋章を見るなり、舌打ちしながら渋々ハルバードを引き、四人を監視しながら街の奥にある大聖堂の地下の『戦略作戦会議室』へと冷たく案内した。
重厚なオーク材の魔防扉の向こう、魔石の薄暗い光に照らされた円卓を重苦しく囲んでいたのは、何十もの勲章を胸に下げた数十名の誇り高き甲冑姿の騎士隊長たちと、その中心でふんぞり返る一人の初老の恰幅のよい上位神官だった。
「……何だと? あの教団の狂信者たちの本格的な侵攻が差し迫っているという最悪の急報に対して、王都アロリアからよこされた防衛の増援が、たったこの泥臭い四人の冒険者一組だけだと? ふざけるな、王家とギルドは我々サンクトゥリアの栄光の聖騎士たちを、完全に見捨てて馬鹿にするつもりか!」
作戦会議の最高責任者である上位神官長が、レイドの手渡した書状を円卓に苛立たしげにバンッと叩きつけて、怒りで顔を真っ赤にして声を荒げた。
「おいおいおい。わざわざ命張って地獄に助けに来てやった最長部隊の四人組の救世主様に対して、人の顔を見るなり随分と失礼で偉そうなご挨拶じゃねぇか。これでも俺たちは、王都の化け物魔女を叩き出して王家から正式に認められた最高位の『A級』なんだぜ? おっさん」
ガルドが大盾を背負ったまま、太い首の関節をポキポキと威嚇するように鳴らしながら怒気を含んで円卓の前に一歩出ようとしたのを。レイドが無言でその太い腕を横から手で制した。
「教団の王都とベルグへの連続した奇襲襲撃により、王都近郊の防衛網も人員の損失で酷く疲弊しています。今の王都に、大規模な騎士団レベルの大軍を遠方のサンクトゥリアに派遣して割く軍事的な余裕は数日単位でありません」
レイドは彼らの怒りに全く動じず、ただの事実として冷静に状況を口早に説明する。
「だからこそ、軍のような小回りの利かないしがらみがなく、機動力と腕の立つ我々四人が第一波として先行したのです。大軍を動かしている暇はない。……教団の軍勢、さらにそれを束ねる世界最悪の化け物『五柱』級の個体による総攻撃が、間もなく……早ければ今夜から明日にでも、この都市の城門に襲いかかります。防衛の指揮と配置を、今すぐ見直すべきです!」
「……五柱だと? バカバカしい。どこぞのカルト教団の幹部の御伽噺を本気で信じているのか」
恰幅の良い、五十代ほどの歴戦の騎士隊長の一人が、レイドの剣幕を完全に鼻で笑い飛ばした。
「カルト教団の薄汚い幹部や化け物が何人群れて大軍で押し寄せてこようが、このサンクトゥリアには大陸一の練度と信仰の強さを誇る、三千名の精鋭たる神殿騎士団が常時駐屯している。さらにはあの美しき大聖堂には、過去数百年破られたことのない光の絶対結界もあるのだ。たかが野良の冒険者風情の根拠のない脅かしと『不確実な予知』ごときに、我々が数百年守り抜いた誇り高き陣形を振り回される気は毛頭ない!」
その言葉を皮切りに、円卓の他の騎士たちからも、同調する薄ら笑いや、完全にレイドたちを見下したような嘲るような冷笑が次々と漏れた。
無理もない。外部から完全に閉ざされた彼らにとって、サンクトゥリアの大魔法陣結界は不落の絶対的な要塞であり、彼ら自身の人生の絶対の信仰の象徴だ。それが、下賤な冒険者の言うように「三日で灰になる」などと、誰が本気で信じられるはずがないのだ。王都で起きた魔女の甚大な被害も、彼らからすれば「王都の騎士団が不甲斐なく無能だっただけの一過性の事故」としか認識されていない。
それが、一周目の悲惨な五年間をレイドに見せつけた、サンクトゥリアという巨大な歴史の歯車が完全に崩壊していく最大の致命傷。組織の油断という名の『絶対的な慢心』だった。
「……その根拠のない慢心は、間違いなく今日死を招きますよ。あいつらが率いてくるのは、あなたたちが今まで追い払ってきたような、ただの人間である教団兵の軍勢じゃない」
レイドの極度に冷酷で温度のない声と、一周目の五年間で数え切れないほどの死の地獄をその両目で直接経験してきた、瞳の奥の光の全く無い底知れない『本物のガチの殺意の色』に。会議室の嘲笑の空気が、まるで死神に首を撫でられたかのように一瞬だけ完全に凍りついた。
「……え、ええい! どのみちどこの馬の骨とも知れん冒険者風情の偉そうな兵法や指図など、我々誇り高き神殿騎士団が受ける気は微塵もない! 貴様らは適当に城内の安全な遊撃隊にでも入って、勝手に邪魔にならないところでみじめに死なないことだな!」
気圧された神官長が忌々しげに顔を真っ赤にして言い捨て、これ以上は無駄だとばかりに作戦会議は強引に解散された。
大聖堂の外の、美しい白い百合の花が咲き乱れる広大な中庭に出た四人は、揃って深く長い疲労のため息をついた。
「驚くほどに全く話にならないわね。あんな頭の中の血が固まったような中身のない連中と一緒に協力しての防衛戦なんて、うまくいくのかしら」
セレナが不満げに豊かな胸の下で腕を組み、美しい眉間に深いシワを寄せる。
「仕方ない。大きな力を持った国や組織のプライドが致命的に空高く無駄に高いのは、どこの世界線のいつの時代も全く同じだ。あれだけ信じ切っていた『絶対の要塞』が簡単に落ちるなんて、そりゃ認めたくないさ」
レイドは中庭から、大聖堂の周囲をぐるりと堅固に囲む、誇り高き何十層もの高い魔法の城壁を静かに見上げた。
「あいつらが動かないというなら、最初から最後まで俺たちの四人だけで動く。一周目の俺のあの凄惨な崩壊の記憶通りなら……今夜から教団の全戦力での総攻撃が始まり、その第一波の敵の主力が集中して現れるのは、あの裏側の『北門』だ。そこに、教団の切り札である最悪の化け物が必ず最初に来る。騎士団はそれに全く対応できずに門を突破されて、そこから中へと一気に雪崩れ込まれた」
「最悪の化け物……?」
リーネが杖を握る手に力を込め、不安そうに聞き返す。
「ああ。魔女とは比較にならない凄まじい物理的な破壊力。第二の五柱、『腐敗の巨漢』だ。大聖堂の分厚い魔法結界ごと、あの頑丈な城門を素手の一層のパンチの質量だけでブチ破り、触れた神殿騎士団の人間たちを一瞬の腐敗ガスで片っ端から自分の操る手駒のアンデッドに変えて使役する……物理的な質量を持つ動く生きた厄災だ。あいつとあいつが生み出すゾンビの大群を一歩でもこの街の中に入れたら、いくら精鋭の三千人だろうと、この都市は完全に一時間で終わる」
レイドは三人の顔を、一人ずつゆっくりと、まるで覚悟を確かめるように見回した。
「作戦のプランは極めてシンプルだ。騎士団が慢心して北門の大軍の配置を怠り……防衛の陣形を整えられないままパニックになるその前に。絶対に中を通さず、俺たち四人だけであの北門の最前線に立って、その五柱の化け物の分厚い首を獲る。やれるか?」
「愚問だなリーダー。あの絶対に勝てない絶望の王都を防衛し切ってこの手で守った俺たちだぜ、今さらしけたゾンビなんかにビビって退くかよ」
ガルドが右腕の自身の何倍もある純ミスリルの大盾を、城壁の方向へ向けてドンッと地面に力強く突き立てて、太陽のように笑った。
「そうね。大口を叩いていたあの神殿騎士団の偉いさんたちが、私たちの戦果を見て驚きすぎて情けなく腰を抜かすところを早く見てみたいし」
セレナも風に髪をなびかせながら、不敵で美しく、そしてこの上なく強気な笑み口角に浮かべた。
「……うん。あの美しい街が消えて、誰も死なせないために。今回は、私たちが誰よりも早く動いてすべてをやるしかないのね」
リーネも愛用の新しい白樺の杖を胸の前で固く握りしめ、自分に言い聞かせるように力強くこくりと頷いた。
「よし。そうと決まれば、休んでる暇はない。今すぐ北門の外の街道に、思いつく限りの最大火力の罠をごっそり仕掛けに行くぞ。最高に泥臭くて血生臭い、忙しい夜になるぞ」
レイドの号令の指示で、四人は大聖堂を素早く後にした。
宗教都市サンクトゥリア滅亡の運命のカウントダウンである、絶望的な巨大な開戦の時は、彼らの足音とともに刻一刻としずかに迫りつつあった。




