第44話「未知の襲撃」
酒場でレイドが「五年後の未来からの死に戻り」という隠し続けていた真実の全てを語り、四人がわだかまりを捨てて本当の意味での、背中を完全に預け合えるパーティーとなってから数日後のこと。
新しくA級冒険者となった特権として与えられた、王都ギルドの最上階にある広々とした特務室の待機部屋に、血相を変えたギルド職員の一報の凶報が飛び込んできた。
「た、大変です!! 王都から北に数時間ほどの近郊にある衛星都市、ベルグが……所属不明の黒ずくめの武装集団およそ二百名の奇襲により、現在急襲されています! 街の各地で火の手が上がっているとの急報が!」
肩で息をしながら特務室に勢いよく駆け込んできたギルドの若い伝令職員の声は、半分恐怖で悲鳴に近い響きを持っていた。
同席して書類に目を通していた初老のギルドマスターの顔から、サッと血の気が引いて蒼白になる。
「何だと……商業都市のベルグだと!? あそこは王都の毎日の食料流通の半分を強固に賄う、要の巨大な重要拠点だぞ。防衛の駐留騎士団はどうした! なぜ敵の軍勢に気づかなかった!」
「それが、完全に無音での急襲だったとのことで……武装集団は、一兵卒に至るまで全員が通常の人間を超越した異常な魔力と筋力を持っており、守備隊は為す術なくわずか数十分で半壊状態に陥りました! このままではあと数時間で街が完全に落ちます!」
特務室の隅のソファで、依頼の報告書をまとめて待機していたレイドたち四人は、このあまりにも強烈な報告を聞いて、無言で互いの顔を見合わせた。
「おい、レイド」
ガルドがソファから身を乗り出し、周囲の職員に聞こえないように極限まで小声でささやく。
「お前のその『最悪の一周目』の記憶じゃ、この序盤の時期にすぐ近くのベルグの巨大な街が武装集団に大々的に襲われるって重要な歴史の予定通りになってるのか?」
「……いや。あり得ない」
レイドの口調は、完全に過去のデータベースと矛盾する事態に酷く緊迫していた。
「ベルグという重要な都市が落ちるのは、歴史のかなり後半、もっと数年も先の後だ。いや、そもそも街が武力で襲撃されるような形などではなく、水源に毒を入れた疫病によるパンデミックで、誰も気づかないうちに密室でゆっくりと数万人全員が全滅したはずだ」
レイドのその説明の言葉に、リーネが戦慄して青ざめる。
つまり、これはレイドが記憶する五年間の最悪のカンニングペーパーには一切記載されていなかった、完全に『未知の発生した新しい歴史』。
レイド達がこれまでに先回りして歴史を大きく変え、『虚ろの魔女』という巨大な駒を王都で不完全ながらも退けてしまった影響で、敵である教団の動きが当初の計画よりも大幅に前倒しになり。より直接的で暴力的な戦略へと、恐るべき変容を遂げているという何よりの証拠なのだ。
「フフッ、見事な予想通りね。カンペが一切通じない、自分の足で探るしかない世界線の手探りが、早くも本格的に始まったってわけね」
セレナが驚くどころか、愛用の鋭い弓を手に取りながら、どこかこの未知の事態を楽しげに待ち望んでいたかのように毅然と言い放った。
「笑い事じゃねぇよバカヤロウ。レイドの完璧なカンペがもうないってことは、街のどこに強いボスが潜んでいて、どこにどんな殺しの罠があるか、完全な手探りの出たとこ勝負になるってことだぞ。しかも俺のギプスは外れたばっかりだし、レイドの怪我はまだ……」
「おやおや、ついこの間の夜の酒場で『俺一人で背負うのは無理だ。四人で一緒に未来をぶち壊してくれ』って涙見せてまで熱く語ったばかりの男が、カンペがない事態にもう弱音ですか? 情けないわね」
「あのなぁ! あれは俺の責任を分担するって話でだな、誰も泣いてなんか……!」
「はいはい、言い訳はそこまで。口より先に武器を持てバカ二人」
軽口を叩き合う四人の空気に、これまでの得体のしれない「未知に対する深刻な悲壮感や恐怖」は全くない。カンペなど初めからなくても、互いを信じ切ったこの四人で戦うことで突破できるという、確かな自信が漲っていた。
「ギルドマスター。近衛の兵は王都防衛に残してください。ベルグのその急襲の一件、我々『A級パーティー』が最優先の指名依頼として引き受けます」
レイドが、立ち上がりながらギルドマスターの前へ一歩大きな歩みで出て、力強く迷いなく宣言した。
ギルドマスターは目を見張り、彼らの瞳にある確固たる強さを一瞬で感じ取ると、深く力強く頷いた。
「……頼む。近衛騎士団の編成と完全武装の移動には、どうしても半日は時間がかかる。君たちの並外れた足の速さで先陣を切り、ベルグの街の市民を一人でも多く教団から救ってくれ!」
四人は直ちに王都を出発し、ギルドから借り受けた四頭の軍馬を全速力で飛ばして、黒煙の上がるベルグの街へと急行した。
ベルグの街の巨大な入り口の石門は、すでに無慘に破壊され火の海になっていた。
黒装束の外套に身を包んだ『教団』の無言の狂信戦闘員たちが、逃げ惑う罪のない市民を無差別に追いやるように襲っている。
街のあちこちで上がる叫び声と炎の光景は、レイドが一周目の五年間で嫌というほど見て脳裏に焼き付いている、世界の終末という地獄の予兆の風景そのものだった。
「……ッ、見ろあの首元の黒い三つ月の紋章。やっぱり狂った教団の連中だ」
レイドが馬上から飛び降りながら剣を抜き、地面に吐き捨てるように言った。
数はギルドの報告通り二百名程度か。だがその動きを見れば、彼ら一人一人が通常の優秀な傭兵すら遥かに凌駕する異様な筋力と恐るべき殺意の塊を持っていることは一目瞭然だった。
「よし、まともにぶつかるには数が多すぎる。ここは一旦街の東側の裏道から回って、散発的にゲリラ戦で攪乱しよう。敵の動きを見て、部隊を統率している指揮官を優先的に見つけ出して奇襲で……」
レイドが、これまでの五年間の染み付いた冷徹な策士としての癖で、自分の頭一つで安全で最適な戦術を組み立てようとした、まさしくその時だった。
「却下よボツ。今回はレイドはお口にチャックをして、後衛で少しお休みしてなさい」
セレナが弓を構えながら、まるでレイドの言葉を半分だけ聞いて捨てるように、彼の前を一歩素通りしながら冷たく言った。
「は? なんでだ!?」
「あなたのその胸の骨の傷、完全治癒魔法を受けたとはいえ、無理をすればまだ完全に傷口が塞がってないでしょ。それに、予知という『あらかじめわかっている前提』がない未知の戦場でのあなたの頭で考える指揮は、どうしても安全マージンを取りすぎて被害を抑えようと、少し慎重になりすぎるわ。ここでは手数が命よ」
セレナは高い屋根の縁に軽やかに飛び乗り、その黄金のエルフの瞳で、直感的に街の一角の戦況を俯瞰した。
そして、流れるような美しい動作で三本の長い銀の矢を同時につがえ、標的を見ずに空の彼方へ向かって放つ。
放たれた矢は見事な放物線の孤を描き——街の入り口の広場で市民を囲んで陣形を固めていた教団の戦闘員十名ほどの足元の急所に、それぞれがミリ単位で正確に一斉に降り注いだ。そして魔力を解放し、爆発的な風の渦を巻き起こして彼らを陣形ごと宙へ吹き飛ばしたのだ。
「ガルド、私の矢が空けた道から真っ直ぐに大盾で正面突破! リーネはガルドの広くて安全な背後から、一切の魔力を惜しまずに広範囲の制圧魔法を連打! 指揮官なんて悠長に時間をかけて探さなくていい、目につく端から頭の数を全部物理でぶちのめして突破するわよ!」
「おうっ! やっぱり俺はそういう小難しいこと考えない脳筋での突撃が一番性に合ってる! 任せとけ!」
「了解! 後出しでも負けないわよ! 大気の風よ、彼らを容赦なく切り裂け!」
ガルドが強固な新品の大盾を構え、腹を空かせた猛犬のように唸り声を上げて敵陣のど真ん中へ突進し、その後方が到着すると同時に、リーネの構築した巨大な真空刃の嵐が左右の教団員たちごとまとめて薙ぎ払う。
まるでずっと前から打ち合わせていたかのような、完璧な阿吽の呼吸の三人での連携。
そこには、これまで戦闘における絶対的な『脳』として機能していたレイドの細かな口出しの指示など、ただの一つたりとも存在しなかった。しかし彼らは瞬時に互いの意図を汲み取り、野生的な勘で戦場を完全に支配し、教団の部隊を力で圧倒し始めていたのだ。
「……あいつら、俺がいなくても……」
ぽつんと一人だけ安全な後方に取り残されたレイドは、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くした。
一周目の自分というカンニングペーパーの記憶に頼りきりで、指示を待つだけだった過去の彼らとは全く違う。彼らは「今」の激しい未知の戦場を生き抜く、本物の純粋な戦士としての圧倒的な才覚を、レイドの隣を歩くことで完全に自力で開花させていたのだ。




