表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朧車  作者: 赤丸朧
第1幕 亜因果、こうりん
9/51

9場

 この時期の、しかも三年生ともなると、もう普通の授業は殆ど無い。自習も多い。ただ卒業後に控えてる『これから』を待つ、あるいは、それに備えるような雰囲気だ。


 なので、進学が決まってる私にとっては、あっという間。


 覚えて居るのは、目前のセンター試験に焦りを隠せない、落ち着きのない男子が日本史教師を困らせていた事ぐらいで。そんな事を覚えているぐらいに普通の午前中だった。


 そして、メールにあった一方的な約束の時間になる。


 落ち着きのない男子、縁起よく略して、落ちない男子が、今度は現国教師を困らせていた。


 そんなやり取りが耳を通り抜けていく。私は教科書をしまって、さて、どうしようか、なんて考える。さっさと教室を出ていく生徒、グループがいくつか出来上がって今日の昼食の相談を始める生徒と、教室は喧騒に包まれていた。


 五号棟の位置は確認した。学園にある三つのクラス。進学を前提としたA、特に目立たないB、そもそも勉強してるのかすら疑問なC。そのC棟の近く、学園敷地内でも裏手にあたるのが五号棟だ。今は使用されてないその校舎。


 ガラの悪い生徒の溜り場みたい。そこにAクラスである私が独りでノコノコと現れた日には、どうなることやら。正直、怖い。サッチを連れてこい、なんてもっての外だ。


「あー、どうしよう」


 用があるのはそっちなんだからそっちが迎えに来ればいいのに。そもそも本当に構成員くんなのか確証はないんだった。でも無視したら後でしつこそう。


「ねぇ、優柳」


 椅子いすきしませて、伸びをした所に声がかかった。左さんだった。大体いつも一緒にいる右ちゃんは居ない。見れば教室に居るのは時間を惜しんで勉強する生徒ばかりで、この場に居ない半数はもう食事に出かけていた。


「右の事、許してあげて。悪気は無かったんだ」


 言ってる意味がさっぱりわからない。


「あー、なに? どゆこと?」

「ん? だって右が『優柳怒らせちゃったよーぅ、殺されるッ!』って……」


 って言いながら、廊下の方を見る左さん。私もそれに釣られて視線をやると、教室のドアに隠れるように人影があった。なにしてるんだろ、右ちゃん。


「別に怒ってないよ……あー」


 何かされったっけ? 昨日は、ノート貸したのと、それを返してもらったぐらいしか。


 あー、それだ。

 右ちゃんはタイミングが悪かった。あの自称構成員が帰った直後に来るから。私は少しばかり深刻な状況で。


 部屋の呼び鈴が鳴るものだからてっきり帰ってきた頑固無礼な後輩男子かと思って、眼を鋭くさせて出たんだ。そしたら右ちゃんで、拍子抜けした。でも抜けてる場合じゃなかったからまた、思考に戻った。だからちょっと右ちゃんへの対応が雑になって、ムスッとしながら『ん』ぐらいしか言わなかったんだけど勘違いさせちゃったか。


 説明しに行ってくれた左さん、それを聞きながら恐る恐るコッチを見る右ちゃん。に向かって手招きをする。


「ごめんねー、ちょっとカリカリしてたんだ。別に右ちゃんに怒ってたんじゃないよ?」


 少しばかり大きめに出した声は右ちゃんまでちゃんと届いたようで、おずおずと教室に入ってくる。


「ほ、ほんと?」


 なんて地獄で蜘蛛の糸を見つけたみたいに私を見る右ちゃん。いつも元気な彼女がこんな顔してるとからかいたくなってしまうのが性というものだ。


「――――嘘だよ。自分が何したか、わかってる?」


 私が冷たく言い放つと、息を飲んで固まる右ちゃん。何故か冗談だと解るはずの左さんまで身をこわばらせる。


「なんてね、冗談だよ」

 とすぐさまフォローしたのに、二人が動き出すのに十秒くらい掛かった。


「えっと……マジで怒ってない?」

「怒ってないよ」

「マジで?」

「マジでマジで」


 そこまで言って、二人は顔を見合わせて、詰まった息を吐き出した。


「どーしたの? 左さんまで」

 左さんは戸惑いがちに口を開く。


「優柳、アッチ系と付き合いがあるって――」

「ちょ、馬鹿阿呆間抜けッ」


 アッチ系ってどっち系だろう。


「おいおいおい!? そんなワケないでしょうが!?」


 なぜか右ちゃんは異様に慌てだして左さんを否定してた。でも右ちゃん、それを信じてたから怯えてたんじゃ? ちゃんと否定しておいた方がいいかな。


「そんなのないってー」


 私の交友関係で変な噂が流れてるのはなんとなく知ってる。私が柄の悪い人と居るのを見た、だとか。もし本当にそうなら、五号棟に行くのも楽なんだけどねー。


「「はははー、そうなんだー」」


 愛想笑いを浮かべる二人。もしかして信じてない? 比較的接触のある二人でもそう思ってるって事は。何食わぬ顔で五号棟に行けば、特に絡まれもせず、危険が少なかったりするのかな。


 行ってみよう。そう思い立って、席を立つ。おにぎりを持っていくのも忘れない。ポケットに入れたら、歩くたびに揺れそう。


「あれ? どっか行くの?」

「うん。ちょっとねー」


 それを区切りに、二人と別れて、私は五号棟へ向かった。今日の雲は分厚くて、太陽が何処にあるのかわからない、薄暗い日だった。要するとコート着てくれば良かった。


 大体C校舎の範囲に入った辺りで、視線が釘付けになるった。視界の隅、まばらな生徒達の奥、座り込んでタバコを吸う、制服姿の三人の男子。何を話しているのかはわからないが『ギャハハ』と荒々しい笑いをまき散らしてる。その異様な光景に唖然とする。ここは建物の裏手にあるコンビニの前じゃない。ほんとに同じ学園の敷地内なの? 別世界に来た気分だ。三人の悪魔が、突然同時に振り返って、視線が完全に交差した。


 あ、しまった。


 すぐに視線をそらしても、もう遅い。怒鳴り声をぶつけられたりするんだろうか。今更心臓が高鳴ってきて、早足になる。けど、何も無かった。


 あれ? と恐る恐る、三人の悪魔を見ると、さっきまで暴笑を振りまいていたのに、今は三人がそれぞれ明後日の方を向いて黙っている。それこそ、怯えてるみたいに。


 私ってどんな噂が流れてるんだろう。煙は実感したものの、種火に心当たりが全く無い。


 五号棟が視界に入って、少し安堵した。玄関の前に立っている生徒が、例え常時ムッツリ顔の小言がうるさい後輩男子でも、知ってる顔というのはそれだけで価値がある。


 私の足は自然と早くなった。視界に私が入ったらしく、じっとこちらを見て、声が届く距離になってから構成員くんは口を開く。


「こんにちは。この辺りは世辞でも優等生、なんて言えない方ばかりなんですが。……よくもまぁ、そんなに威風堂々、のんびりと、ふらふら歩けますね」


 何言ってるんだろう、この子。


「でー、何?」


 メールが構成員くんのものだったのは、少し安心した。……どうやって知ったんだろう、アドレス。それは置いておいても、正直、あまりここに居たくない。口調と態度もそれ相応におざなりになった。他人に興味がない私でも過去あった事から学ぶくらいはする。おにぎり、硬くなっちゃうし。


「付いてきてください」


 踵を返して、五号棟に入っていく構成員くん。今は使われてないであろう靴箱が目に入らないらしく、靴を脱がずに五号棟の廊下に上がっていく。


「あー」


 すこし躊躇った。でも見ればそこらに菓子パンのゴミがあったり、タバコの吸殻が落ちてたり、空き缶が転がってたりする。気にする必要は無さそう。


 私のクラスのA校舎、近いC校舎と比べても二回りも小さい建物の中を迷いなく進む構成員くん。それなりの間を開けて付いていった。


 表と違って、中に生徒は一人も居なかった。静かでいい。遠くで生徒が無邪気に遊ぶ声が聞こえた。


 そのまま廊下を進んで、突き当りの階段まで来たのに、さらに進む構成員くん。 そこで初めて、この校舎が静かな理由に思い至った。


「どうも」


 構成員くんが口を開く。その先には。


「「おう」」


 ドスを利かせた声を返す屈強な男二人が座り込んでいた。

 この五号棟は、彼等の縄張りなんだ、きっと。


 片方の男は地べたにあぐらをかいて座り込んでいた。山吹色の短髪、浅黒い肌、屈強な体格を見て、ラグビーをやってそう、なんてイメージが湧いた。


 もう一方の男は、対照的に病的に肌が白く、体格もやせ細っていた。髪はボサボサの長髪で、だらしない手つきでタバコを持っている。


 屈強な男は、緋色のブレザーを羽織っている。ひょろい方はベージュのスラックスをはいてる。それを見てようやくこの学園の生徒なんだと理解した。なにせ、それ以外は私服やアクセサリーが全身を覆っている。


 ガラの悪い、あまり関わり合いたくない風体の二人だった。

 構成員くんは臆することなく近づいていき。


「おい」


 不意に、屈強な男が立ち上がる。

 え、何。私は構成員くんに言われて来ただけで、なにもしてない。なんて言い訳が内心小躍りして、私は一歩身を引く。けれど、屈強な男は私を見ていない。誰も居ない私の背後を睨むその雰囲気は構成員くんに似ていた。


 押し殺した声を男が吐き出す。


「付けられてるぞ。……侵入を確認した」

 同じような重い声で、構成員くんが応えた。


「……数は?」

「1《いち》」

「対応、願えますか」

「おう」


 え、なに? 歩き出した男が私の横を通り過ぎて行く。


「優柳先輩、こちらへ」


 その言葉と同時に、私は手首を強く引っ張りこまれる。つんのめって、奥の扉にぶつかる。振り返れば、私を庇うように構成員くんが背を向けていた。片腕を、ブレザーの内側に突っ込んでる。『大丈夫です、すぐ終わります』ってなにが。


 あれ? いつの間にか、残っていた方のひょろい男も居なくなってる。突然消えた? なにこれ、どうなってるの? 私がキョロキョロ辺りを見回していると、


「動かないでください! ……ここに居て下さい」


 構成員くんが強く指示を出して、ゆっくり歩き出す。付けてる? 侵入?

 ……もしかして右ちゃんと左さんが付いて来ちゃった? しまった。


「ちょっと待って!」


 奥まった階段から、身を出すだけで覗き、その体勢のまま固まってる構成員くんに駆け寄った。私は廊下を飛び出して、構成員くんみたいに固まった。


 両脇を二人の男に固められたサッチが困ったように笑ってた。


 男二人は元の位置に戻って座り込み、タバコを吹かしている。私は何処にいればいいのかわからず、適当な壁に背を預けてる。構成員くんは説教してて、サッチはシュンとしてる。


「先輩、何をしてたんですか」

「えっとー、その。優柳とご飯しようかなーって。それで優柳がどっか行こうとしてたから、その……」

「だからって、なぜコソコソ隠れるんですか。勘違いされて危ない目に会うのは先輩なんですよッ!」


 しばらく、この調子だ。


 ガラの悪い男二人は『タマちゃん最近見ないっすね』『あぁ……ヤべーよな』『あ、冬眠すかね』『それだ。よかった』とか至極どーでもいい話をしてた。


 サッチは付いてきた経緯を話すばかりで、なぜ隠れて、という部分を話そうとしなかった。


 この辺で助け舟を出してあげよう。


「別にいーじゃん。付いてきて良かったんでしょ?」

「貴女も。呼ぶなら呼ぶ、呼ばないなら呼ばないで、しっかりしてください!」


 やぶへびだった。何故か私まで怒られる。


「浮気調査に来ただけだって。……なぁ?」


 …………? 突然消えたりした方の男が、突然意味わからない事を宣って場を収めた。構成員くんもいぶかしんでたけどサッチだけは異様に反応した。


「あのね! この人はね、ここの門番なのっ」


 突然、私に向けて、頼んでもいない紹介を始めるサッチ。明らかに話題を逸らしたがっている。でも、紹介された二人は気にならないようで、話に乗ってきた。


「おぅ。『五号棟の阿形あぎょう』とは俺の事よッ」


 先にサッチに気付いた方の屈強な男が腕を組んでふんぞり返る。

 満面の笑みだ、二人共。


「サッちゃん、オレ! オレ!」


 待ち切れないらしい、突然消える方のひょろい男が紹介をせがむ。


「えぇ……。こっちは阿形のおまけ。あと口が超軽い」


「おぅさ! 『五号棟の吽形うんぎょう』とは……って、あれ? サッちゃん……そりゃないっしょ。冷たスギ」


「親しくもない先輩を『サッちゃん』とか呼ぶ子はそれでいいの! 次、口開いたら、ぶつけるから!」


 なにを? と思ったものの、サッチがバスケットボールをバインバインとぶつけるのを想像して、なるほどなぁ、と一人で納得した。


 それは置いておいても、流石体育会系。ガラの悪い不良にも臆さず、後輩には容赦無い。この二人とも、サッチは面識があるみたい。ホントに顔広いなぁ。


 サッチと吽形があーだこーだ言い合う中、私は沸いた疑問を解消するために一歩を踏み出した。門番、って何?


 門っぽいものならある。階段下に設置してある、鈍い銀色の扉だ。用事はここなのかな。


 最初は倉庫かと思ったけど、その扉は私の身長よりもずいぶん高く、横にも広い。近づいてみるとかなり奥まった所にあって、中のスペースを稼ぐ空間も無い。そのまま外に繋がってる? となると、大きさからしても資材か何かの搬入口だろう。


 観音開きする扉には太いカンヌキがあった。でも、それ以外には南京錠すら無い。門番って、これを守ってるの?


 私はカンヌキに手を伸ばした。チラリと振り返ると、構成員くんと目が合う。それでも私を咎めないという事は、許可をもらったも同然だ。


 非力な私にはとてつもなく重く感じるカンヌキを引いて、脇に立てかける。

 両手を着いて、押し広げていった。

 いとも簡単に、阿吽の守る扉は開いてしまった。


 私の視界に映るのは……。


 遠くで生い茂る草木、転がる石ころ、離れた所に掃除されてなさそうな駐車場。少し行った所に裏口が。もう使われなくなったのであろう搬入口だ。予想通りが過ぎる。


 寒かったのでさっさと閉めた。


 振り返る。守ってるって、この何もない搬入口からの侵入者を防いでるの? じゃあなんで内側に居るの? 五号棟の阿吽とやらは何をしてるの?


「優柳、なにしてるの?」


 私が聞く前に、サッチに先を越された。しかも問われた。問いたいのは私なのに。


「あー」


 見れば構成員くんを除いた三人が、私を不思議そうに見ていた。不思議なのはそっちの方だって。


 なんて言えば伝わるものか、なんて考えてると、構成員くんが動いた。

 私の脇を通って、カンヌキを元に戻した。更に胸ポケットから生徒手帳を取り出して、穴のないコンセントにペタリとくっつけた。そして呟く。


「少し待ってください」


 はぁ、わかりました。


「お、人数ぴったりじゃねぇか。麻雀しようぜ」


 突然、変な提案をする阿形。淡々と応える構成員くん。


「ダメです。終わってからにしてください」

「つっても、どーせ終わんねーじゃん。そんなの夜やりゃいいって。俺等、暇なんだよ」

「それが先輩方の役目でしょう」

「「えぇー」」


 阿吽の呼吸で、不満な声が重なった。人数ぴったり? 五人いるよ。私は打てるけど、サッチと構成員くんは打てなさそうな気がするなぁ。


「よーし。がんばろーかな!」

「「ちょ! 待て!」」


 サッチの勇みに、阿吽が叫んだ。


「サッちゃんがやったら、俺等テンテン決定じゃん」

「亜因果はきっついぜ。遊びになんねーよ」


 当たり前かもしれないけど、この二人が亜因果を知ってる事に驚きで、亜因果の存在を当たり前のように扱ってるのも驚いた。しかもサッチの吉祥天の効果まで知ってる様子。


 構成員くんが前に言ってた『サッチが亜因果を認めざるを得ない状況になった』って麻雀でも打ったのかな。


「フフフ」


 サッチがわざとらしく、怪しさを出そうとして逆に可愛さを最大限出してしまってる笑いを浮かべた。


『な、なんだ……?』『ま、まさか!』とか阿吽が身を震わせる。ノリの良い人達だ。


「先輩でしたら、薬を摂取して吉祥天を抑えてますよ」

「お、マジかよ。って事は一人余るな。ケツ交換で」

「あー! わたしが言おうとしたのにっ!」

「…………すみません」


 せっかくのノリを構成員くんが台無しにした。申し訳なさそうな表情もそこそこに、告げる。


「阿形先輩、麻雀の方は、また今度にしてください。そろそろ行きますよ」

「行く?」


 ここが目的地で、ここで駄弁るのが目的じゃなかったらしい。すっかり忘れてた。


「「ちぇー」」


 阿吽のコンビはつまらなそうに身体をだらしなくさせた。

 それを合図にしたかのように。


「わ」


 変な耳鳴りがして、声を上げてしまった。携帯電話の振動に近い。でも、もっと深い。まるでこの校舎そのものが痺れているみたいな。音なの? 振動なの? それは段々と大きくなってる。何? 何これ。私以外には聞こえてないの?


『サッちゃんも行くの?』『うんー』『えー、残って遊ぼうぜ』『あはは、絶対にヤダ』とか喋ってる。


「え」


 いきなり、錆びた校門を開くような音が。誰も動いてないのに、勝手にした。見れば、観音扉だった筈の、搬入口が――――横にスライドしていく。折り重なりながら自動的に。


「…………は?」


 その扉の奥に見えるのは、外じゃなかった。狭くて、科学的な明るさ、箱状の空間。その形状には見覚えがある。人を運ぶ、文明の利器。


 もしかして。という予想は湧いたものの、すぐに、ありえないと自分で否定した。


「あー! 初めて見るとびっくりするよね。これ、エレベーターなんだって。阿吽ちゃんはこれを見張ってるの」


 せっかく否定したのに、あっけらかんとサッチが解説してくれて、それが遠くに感じた。だって、さっき確かに扉の外を確認した。なのに今はエレベーター?


 上手く思考が結論に及ばない。


 先に歩き出した構成員くんとサッチに、頭を真っ白にしたまま付いて行き、エレベーター(?)に乗り込んだ。


 サッチと阿吽が、手をヒラヒラ振り合っている。それがスライドドアに阻まれていき、閉じきった。


 上に、向かう理由ないよね。階段がすぐ横にあるんだし。という事は、下。……下?


 ……学園の、地下?


「構成員のみが入れる……秘密基地のような所です」


 なんか、ようやく、事の重大さに気付かされたと言うか。寮の防音も、この大掛かりなエレベーターも、全部、亜因果とそれを使う生徒の為?


「ようやく自分の置かれた立場を理解しましたか?」

「私、どうなるの」


 三年生の卒業目前、今まで通ってきた学園の常識の底を、すっぽり抜かれた私は、口調からも色を抜いてしまう。


「亜因果を……『光輪』でしたか。それを使用せずに居ればいいだけです。……それなら普通の人間と変わりない。貴女も、先輩も、自分の意図を超えて亜因果を発現しました。なので、普通の人に戻って欲しい。それだけです。そして、地下に向かっているのは、ちょっとしたテストの為にです」


「テストって……人体実験?」


 光輪を使えるようになった時の自分の思考を思い出す。


『もしかしたらノーベル賞取れるかも』

 それは冗談だったけど、当たってるとも思う。人類の革新と言う意味で。

 私の……たった一人の人間の人生と比べると。…………あまり良い結論に辿たどりつけない。


「いいえ。人道に反した実験をするのは、人道に反した者にのみ、と聞いています。テストは、ほんとに遊びみたいなものです。ボール遊びですよ。……ただし、光輪を使ったものになりますが」


 信じられない。サッチは光輪を使えなかった。私は使えるんだ。光輪は空間を繋げる。それはワープでしょう? もしその原理を解明できて、機械か何かで再現できたら、世界が変わる。


 それを、その手掛かりを、私という個人が持ってる。

 ありえない。ありえないから、ありえない事も起こりえる。

 想像できない。したくない。


 構成員くんの篭った笑い声に現実に引き戻される。


「ようやく事の重大さに気付いて頂けましたか。確かに重大ではありますが、その分、対応も重くしっかりとしていますよ。安心して下さい。…………これで貴方のいい加減な行動と言動が減ると思うと、僕も楽になります」


 構成員くんの笑った顔を初めて見た。笑えるんだ。私は笑われたのでちょっとした不愉快が浮かぶ。


「わかったんだ、優柳。すごいね。わたしなんか吉祥天をわかるのに三日も「四日です」……四日も掛かったヨ」


 構成員くんの指摘を受けつつ、サッチは笑った。


 なんか自分だけ緊迫してるのが馬鹿らしくなってきて、ため息をついた。エレベーター内を見回す。私は入ってきた扉の上を見る。階層を指定するボタンはあっても、扉の上に今の階層を示すランプが無い。そもそも昇っている感覚も降りている感覚も無い。このエレベーターは本当に動いてるの?


「何をしてるんですか」


 後方、それなりに離れた距離から、構成員くんの声が聞こえて、振り返った。実際、構成員くんはエレベーターから出て、それなりに離れていた。……前後、両方とも扉だった。乗るのは前で、降りるのは後ろらしい。ハイテク?


 構成員くんに向かって歩き出す。エレベーターから降りた時、サッチが腕に引っ付いて来た。動きづらい。お化け屋敷最中の子供みたいだ。


「あー……何? じゃま」

「邪魔ってヒドイよ! ……えっとね? わかってても不気味で怖いなぁ、って」


 そう言われて、何も感じなかった廊下を見る。何も感じなかったのは、秘密基地と呼ぶにはあまりに普通なオフィスビルの様な内装だったからだ。真っ白い蛍光灯、エレベーターの前は少しだけ広くなっており、四隅の壁に観葉植物のイミテーションが掛けられている。真っ直ぐ、右手と左手と三方向にそれぞれ長い廊下があるだけだ。


 不気味、と言われれば確かにそうかもしれない。平日の昼間なのに、全く人が居ない。それなのに廊下には汚れ一つ無い。


 先を歩き始めてる構成員くんの後を歩き始める。そして、その先に居る『人らしきもの』を見た時、私は硬直してしまった。


「わ」


 私の腕に捕まるサッチがつんのめった声も遠い。


『人らしきもの』は男か女か、どっちを向いているのか、身長はどれくらいなのか、体型、顔の形、着ている服、その色、なにもかもがわからなかった。


 ただ、そこの空間だけが、人の形にぼやけていて、それが私に『人らしい』という感想を与えただけ。


 先を歩く構成員くんと、こちらに向かって進んでくる『人らしきもの』がすれ違う。構成員くんには見えてないらしく、見向きもしないで平然としてる。


『人らしきもの』が私達とすれ違う時、つい、私は。その肩(と思われる辺り)を掴んでしまった。っていうか掴めてしまった。


 びっくりした! 掴めるの!? そのままゆらゆらと揺らしてみる。『人らしきもの』が戸惑ってるのを感じた。


「え。ちょっと! 優柳、なにしてるのっ」


 サッチが慌てて叫んだ声を聞いて、構成員くんも振り返った。目を見開いて、駆け足で私に近寄る。未だ肩を掴む手を払われて、構成員くんは『人らしきもの』を庇うように立ちふさがった。


「貴方はッ! 何してるんですかッ!」

「あー」


 え? 何って。こんなの見たら誰だってこうするでしょ。構成員くんは自分のお子ちゃまがレストランで他の客に迷惑を掛けてしまったかのように、『人らしきもの』に対してペコペコ謝っていた。『人らしきもの』もペコペコしてから、エレベーターの方へ向かっていった。


「全くッ! 安心したと思ったらコレだ! 僕を心労死させたいのでしたら、貴方ほどの適任は居ませんねッ」


 これまでと毛色の違う怒り方をする構成員くんに、私はなんて言えばいいのかわからず居る。


「優柳にモザイクの説明したよね?」


 モザイク? そんな説明は受けてないなぁ。


「…………………………そうでした」


 構成員くんは、不覚を取ってしまった、とばかりに気まずそうに目をそらした。


「わたしの時は、怖がるのを面白がってるみたいに延々と説明したのにぃ」


 サッチが非難がましい眼を向けてた。なに? なに?

 構成員くんはコホンと一つ咳払いをして、説明を始めた。


「この秘密基地のような所では、情報保護の観点から、個人を特定することが困難な造りになっています。建物の内部では、相手の氏名などの個人情報を事前に持っていない限り、『そこに居る』事以外がわからないのです。『秘密基地のような所』という俗称もその為で、この施設に特定の名詞を持たせる事を避けています。……以上です」


 長い。知人じゃないとモザイクかかるよ、でいいのに。


 でも、今のって『建物の造り』で説明できる現象なの?


 まぁ、いっか。


『もぉー、しっかりしなきゃ!』『申し訳ありません』と先を進む二人に付いていく。私に対して謝罪は無いの?


 途中、小部屋に寄って(やっぱりオフィスっぽかった)構成員くんがサブバッグを取りつつ、歩く。しばらくすると、頑丈そうな扉の前で、学園地下の散歩は終わった。


 構成員くんはまた、胸ポケットから生徒証を取り出して、室内電話のような機械にかざした。 そういえばエレベーターに乗る時も似たような事をしてた。あれが鍵代わりなのかな?


 また、しばらく待つみたいだった。扉の前でボケーっとする。その扉は、ウォークインの金庫みたいだった。なんか厚みが凄そう。


 しばらくすると、扉が地鳴りを出しながら、動いた。


 もうこの位じゃ驚かなくなってきてる。扉が開く、というより鋼鉄の壁が動いた、とする方が相応しい様相だ。


 その中に見えたのは、床の白い空間だった。二人に続けて入っていく。私は上を見上げた。天井は体育館の倍はあろうかという程に高い。強く白い光が均等に、敷き詰められてる。壁は灰色の鉄板。下が白い所為で強い照り返しに眉を潜めた。広い。奥に70メートル、幅は50メートルくらいかな。とっても広い。


 足元を見ると、自分の靴が白く汚れている。白いのは床ではない。踏み固められた砂? 少しだけつま先で削ると、簡単にくぼんだ。その感触はどちらかと言えば粉に近い。それを証明するように靴の後が綺麗に残っていた。


 片栗粉? 小麦粉? かなぁ。でも、よく見れば淡い色がついてる。真っ白というワケでも無い。


 率直訪ねてみる。


「なに、ここ」

「カタコーム、なんて呼ばれていますね。教員はあまりそう呼びませんが」


 私はその言葉を反芻して……カタコーム……って……地下墓地《catacomb》?


「あー……これ、遺灰? ウソでしょ?」


 すこし肌色掛かっている、踏み固められた粉の床を見つめたまま、私の笑顔は引きつった。


「よくわかりましたね。そんな英単語、僕は聞いた事もありませんでしたよ」


 そんな事はいいから、さっさと答えて欲しい。私は今、何の上に立っているの?


「遺灰ではありません。線香の灰です」


 線香? この視界に、空間に、隙間なく映るのが全部? 掃除してよ。

 捨てるにしても、厳重な扉に守られた地下深い場所、重機は当然使えない。手間が掛かるのかなぁ。


「せめて、四隅に山積みにするみたいにけばいいのに」


 なんでこうも均等に撒いてあるんだろう。


「それが出来ない理由は、本来の目的で此処に来る事になればわかりますよ」


 淡々と答えて、構成員くんはサブバッグを地面に下ろしてしゃがみ込んだ。汚れてもいいらしい。そのままサブバックのジッパーを広げ始める。中に道具かなにかがあるんだろう。サッチは私達の会話の意味がわからないらしく目を点にしていた。


「では、ちょっとしたテストに協力して頂きます。先輩に当てはめれば、くじ引きのようなものです。体の力を抜いて自然にして下さい。簡単なモノですが、遊びでもありません。亜因果について理解を深め、それにより――」


 なんか長く、かつまどろっこしそうな説明が始まった。面白くなさそう。


「サッチ、お腹空いてない? 朝あれだけだったでしょ」

「え、うーん。実は……かなり」

「おにぎりしか持ってないよ。要る?」

「わざわざ貰わないってー」

「そうだよねー。さっきサッチが抱きついたから潰れちゃったしね」

「当て付けする為に話題ふったの!?」

「これ終わったら学食行く?」

「うん。え……あれ? おにぎりの話題、終わり?」


「――と、いう訳です。優柳先輩には是非とも協力をお願いします。これは半分、義務のようなもので――――」


 まだ終わらないらしい。それにしても。


「テスト、どれくらいで終わるかわからないけど、また時間ギリギリになりそうだねー」

「そだねー」

「サッチもこんなだだっ広い所でくじ引きしたの?」

「流石にそれはないよー。さっき寄った部屋でー」


「――だと思いますが……って他人ひとの話聞いてますか?」


 いつの間にかカラーボールと記録ボードの様な物を抱えた構成員くんが、私達に冷たい目線を向けていた。仕方ないから応えてあげる。


「聞いてたよ。『亜因果に関わる組織の構成員として、亜因果の詳細を知る必要がある。それは、これから発現してしまう生徒の為でもあるし、今後、私とサッチに何か問題が起こった時の為でもあるから真面目にやってね』って事でしょ」


「「…………………………………………………………」」


『一体なんなんですか、この人は』『うーん、わたしもよく解らないけど、時偶すごいよ』

 構成員くんとサッチが、コソコソ喋ってる。聞こえてる。


「テストはすぐ終わるものばかりです。空腹なようなので先に食事にしますか」

「わたし、何も持ってきてないよー」

「サンドウィッチで良ければあります」

「ありがとー! 中は?」

「チキンカツ、またはハムレタスです」


「らーめんじゃないんだ」


 私の発言にサッチは苦笑し、構成員くんは睨んでくる。

 ため息と共に、構成員くんはテストの道具一式を鞄に戻して、中からサンドウィッチを取り出す。コンビニのものらしい。


「どちらがいいですか」

「ハムレタス! カツは太っちゃいそうだよねー」

「体型を気にするんなら、寝る前のポテチやめれば?」

「無茶言わないでッ!」


 びっくりした。無茶なんだ。それなら仕方ない。


 構成員くんからハムレタスを受け取ると、封に手を伸ばすサッチ。私もおにぎりを食べようかとポケットに手を突っ込んだ時。


「あ」


 文字にすればたった一字の、悲痛な声が浮かんだ。

 サッチを見ると、手には一切れのサンドウィッチ。地面にはバラけてもうサンドウィッチじゃなくなったハムとレタスとパン。


「コンビ二のサンドウィッチ開けるの失敗するなんて、サッチが人類史上初なんじゃない? 亜因果レベルだよ」


「…………同感です。不運でしたね」


「がーん」


 自分の口で自分の感情を露にしつつ、サッチは震えて動けずにいた。構成員くんは、買った時に手に入れたのであろうコンビニ袋を取り出して、元サンドウィッチ、現灰まみれの食材を放り込んだ。


「どうぞ」


 そして呆けるサッチにカツサンドを差し出す。照れているのかは判別出来ないけど、そっぽを向いてる。


「え? でも構成員くんは?」


「僕は優柳先輩がフラフラしてる間にもう食べました。このサンドウィッチは、先輩と優柳先輩が手ぶらで来た場合の為に用意していたものだったのです。優柳先輩は『適当に米を握り固めようとしたモノ』を――――」


「『おにぎり』ね」

「………………」

 なに? その目は。


「『たこわさのおにぎり』、ね?」

「…………『おにぎりだと自称する物体』を持参のようなので、構わないでいいんですよ」


 もういいよ。


「あ、はは。それじゃ~」

 なんて言いながらサッチはカツサンドに手を伸ばした。もういいよ。否定してよ。なんで苦笑なの。もういいよ。美味しいのに。


 私がブレザーのポケットから『とても美味しいたこわさのおにぎり』に手を伸ばした時、


 ぐぅぅぅ~。


 と、この場にいる三人に、しっかりと聞こえる程大きなお腹が鳴った。私ではない。そしてその犯人はすぐに分かった。


「…………元来、お腹が鳴る、という現象は空腹の時に起こると思われがちですが、実際には違います。胃の活動に寄るモノなので……その……」


「えっと、はんぶんこしよっか」


「……………………………はい」


 そうサッチは笑って、構成員くんはムスッとそっぽを向きがちに、一切れしか残っていないハムレタスさえ半分にして、食べはじめる。どことなく私は蚊帳かやの外からそれを眺める。


 構成員くんの目は泳ぎっぱなしで、チラチラとサッチを見る。サッチが構成員くんの方を見ると慌てて目を逸らす。


 あー、これは私でも判別できる。構成員くんは照れてる。


 構成員くんは女子に免疫無いのかな? ありそうには見えないけど、元、女バスのエースは男子だろうが後輩だろうが分けへだてないからなぁ。


 なんて染み染みと観察していないで私も昼食にしよう。


 ブレザーのポケットから、『男女がイチャイチャと分けあってるサンドウィッチより美味しいおにぎり』を取り出した。楕円形気味になってはいたが、いい感じに固まってたので気にせずラップを解いていき、ぱくりと口に含んだ。


 構成員くんは、肩が触れそうな程近くに立つサッチがきになるのか、チラチラと様子を伺う。サッチが咀嚼しながら『美味しいね』とでも言いたげな笑顔を向けると、それに気づいて居ない振りをする様に、慌ててそっぽを向いた。その先は私で、目があった。


 その途端、少し困ったようにしていたな表情が一気に冷める。つまらないモノを見るような目に変わった。『なにか?』『べつにー』と視線でやりとりをする。そしてまた構成員くんはチラチラとサッチを伺って。


 そんな繰り返しが五順ぐらいした時。


「あぁ! 次、体育だった! ココからじゃ遠いようっ」


 遠いって体育館かな。それまで無言で、でも楽しそうに昼食を咀嚼していたサッチが声を上げた。私と構成員くんが呆気に取られている内に、サッチは口の中にサンドウィッチを詰め込んだ。私が声をかける前にパタパタとカタコームから出ていく。


 突然だなー。体育って事は着替えて現地かぁ。準備もあったらのんびりしてられないよねー。


なんて思いながらサッチの背中を見る。この部屋の広さにしてはやけに狭い出口を出た辺りで、ピタリと止まった。


 そして勢い良く振り返る。


「□□ー! □□□□ー□ー!」


 何か叫んでるけど、さっぱりわからない。飲み込んでから喋って欲しい。


「右手の奥に、マットがありますからーっ!」


 構成員くんが声を大にして応えた。


『ゆかー! よごれちゃーうー!』……かな?


 確かに、靴は灰だらけだ。その割に廊下は綺麗だったな。


 サッチはコクコク頷くと、言われた通りに右手に進んで、数秒後、また戻ってきた。入り口付近でまた叫ぶ。


「□□□□□□ー!」

 のどかわいたー! ……かな? そりゃーあれだけ口にパン詰め込んでたら喉も渇く。


 構成員くんにも伝わったらしく、サブバッグからペットボトルの紅茶を取り出すと、サッチに向かって投げた。


 結構距離あるけど、大丈夫かな。なんて思ったけど、意外にもコントロールは良く、真っ直ぐサッチの方へ向かって行った。……が、ちょっと強かった。その放物線はサッチの頭上を通り越しそうだ。


 サッチは一歩、カタコームの中に進んで、力を溜めて、垂直に跳躍。そしてキャッチした。


「□□ーー! っ□、□ーーーーー!」

『やたーー! って、あーーーーー!』


 踏み込んだので、また靴が灰で汚れてしまっていた。


 それを見て、私が小さく笑っていると……驚く事に構成員くんも、口元を隠すように手を当て、笑いを堪えていた。


 サッチは一頻ひとしきり言葉になってない文句を叫んだあと、口の中の物をごくり、と飲み込んで。


「ナイスパース! あ、お金後でねー!」


 なんて、叫んで駆けていった。

 駆け足の音が、静かなカタコームに響いて、それがやがて消えて無くなる頃、構成員くんが小さく呟いた。


「全く」


 その言葉の意味はわからないけど、まるで子を見守る父のような優しい笑顔をたたえた横顔だった。淡く、広大な安らぎを感じているみたい。これも初めて見る表情だ。


「構成員くんさー」


 私が声を掛けると、こちらを向いた。さっきのは幻だったみたいに、元の表情に戻った。二日目にして、もう見飽きる程にり固まった表情。口をへの字に曲げて、鋭くがれる瞳。


「なんですか。貴女も早く食事を済ませて下さい。時間は有限です。長引いて困るのは貴女の方で――――」


「サッチの事、好きなの?」


 きっかり三秒ほど、表情はそのままで、構成員くんは固まった。


「はぁ? 何を言ってるんですか。第一――」


 その口調は、心底心外だと言わんばかり。

 結構、思い当たる節があるんだけどなぁ。


 元々、私を敵対視してた理由は、サッチの動向に無頓着だったから、みたいだし。そんな私が自殺を防いで、一番美味しい所を持って行って、納得できないとか。


 朝、食堂でサッチが自分を見て暗くなった時、すごく凹んでたし。


『優柳先輩』、そして恐らく構成員仲間で、サッチよりも先に知り合ってた筈の『阿形先輩』。


『先輩』という目上全般を指す筈の言葉が、構成員くんの中ではサッチに限定されてる。


『必要ありません』って言って自分の名前を教えない割には、サッチが付いてくるのを許容したよね。それこそ私のテストなら全く必要無かった筈なのに。


 あと、明らかに私とサッチの扱いが違うし。


「――というわけです。大体、僕には立場というものがあり、個人的な感情を持ち込んでは、結果として――」


 なんか饒舌にまくし立ててるし。


「ふーん。じゃぁ、片思いなんだ」


「……ッ! 貴女はっ! 本当に他人ひとの話を聞いて――」


「サッチの」


「――は? 先輩の片思い? ……そ、れは、……つまり先輩が…………僕を?」


 目を閉じて得意げに語っていた筈なのに、今はあらんばかりに目を見開いて、止まった。よく見ると、頬が紅潮していくのがはっきりと見えた。うわぁ。すごいなー。人間ってこんなに真っ赤になるものだったのかぁ。漫画とかで表現されるのは事実に基づいていたんだ。


「ど、ど……どういう意味なんですか!? こ、これでは、目的とか……その、思想的なものに支障が……! 僕は今後、どう接すればいいんですかッ!」


「さぁ?」


 そんなの自分で決めてよ。ていうか、サッチに好かれる事って、宗旨替えするぐらい大事なの? 思想的なもの?


「……『さぁ?』!? 貴女が言い出した事ですよッ!」

「知らないよー。『サッチの片思い』とかウソだし」

「…………………………………………………………」


 あ、また固まった。しかも今度は長そう。テストしなくていいのかな。時間、あとどのくらいだろう。あ、今のうちにおにぎり食べよう。


 もう広げていたおにぎりにパクつく。咀嚼そしゃく。もぐもぐ。


「……そうでした。貴女の言動を一々真に受けては、部屋の電気を付けるのにも朝まで掛かりますね。これからは必要な時以外は無視しますのでご了承ください。これは貴女が招いた結果ですので」


 もぐもぐ。構成員くんがロボットみたいに動き出した。口調も若干、無機質だ。嫌われちゃったなぁ。さっき一度出したボールとボードをまた取り出す。


「テストを始めます。よろしいですね」


 ぱく。もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、ごく。


「むりー」


「さっさと済ませて下さい」


 ぱく。もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、ごく。


「はーい」


「朝はあんなに早かったのに。今はなんで遅いんですか。もしかして、嫌がらせですか」


 ぱく。もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、ごく。


「えぇー。違う違う」


「なら、どうしてですか」


 ぱく。もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、もぐ、ごく。


「構成員くんが『よく噛め』って言ったんでしょ」


「撤回します。癪に障るので、早々に済ませてください」


 ぱく。


 今更だなぁ。よく噛むと冷めたご飯もしっかり味がして美味しい。良い事を教わった。あ、たこわさ領域が終わってしまった。少し悲しい。


 私が応じない事を悟った構成員くんは溜息の後、頼んでもいない解説を始めた。


「大体、僕が先輩に恋愛感情を抱くなんてありえない事です。あの身長でバスケ部のレギュラーを取ろうだなんて、無謀というモノです。冷静に自己評価を下せない人物には好印象を持ち得ません。吉祥天を自覚した際も、誰にも悟らせないようにするなんて事は優しさでもなんでもありません。結局、自己の破滅を呼びます。そんな弱い人間には惹かれようもないです。お分かり頂けましたか?」


『身長という圧倒的なデメリットに負けなかった先輩に惚れました。吉祥天なんて最悪な亜因果を持ってしまっても、笑顔を絶やさなかった強さに惹かれ、助けになりたいと思いました』


 とかかな? 残り少ないおにぎりを含みながら、呆れる。


 構成員くんとサッチが知り合った一週間前、もうすでに引退してた女バスの話を、まるで見てきたみたいに言う。『レギュラーを取ろう』だなんて、いつの話だろ。今はもう、レギュラーを取った上、エースとして活躍して、引退までしている。構成員くんはその頃からサッチを知ってたのかな。でも、照れ隠しとしても。


「ひどいなぁ。そこまで言わなくても」


「貴女が言わせたんです。これが正直な僕の気持ちです」


「……サッチ、そこから覗いてるのに」


「ッ!」


 カタコームの入り口をひょい指さすと、大仰に振り返って走りだす構成員くん。転びそうになりながら叫ぶ。


「センパァイッ! 今のは違うんです! ……先輩?」


 雄叫びを上げなら重厚な扉に掴まって、廊下にせわしなく視線を配る。しばらくそうしてから、ボソリと呟くように喋る。聞こえにくい。まるで怨霊の言葉みたい。


「…………優柳先輩。先輩はどこですか」


「さぁ? 多分、体育館辺りじゃないかな」


 次の授業は体育だって言ってたの、聞いてたでしょ。にしても『今のは違うんです!』かぁ。熱いなぁ。『せぇんぱぁあい! いまのはぁー! ちがうんですぅー!』なんてシナをつくってからかってあげようかと思ったけど。


 石像の様になってる構成員くんが憐れだったので止めておいた。


 結局、私がゆっくりおにぎりを食べ終えるまで、構成員くんは誰も居ない廊下を眺め続けていた。


 おにぎりを食べ終わって、ラップをポケットにしまった辺りでようやく動き出したけど、その動きは何処か虚ろで、目にも生気が無かった。


 のろのろとサブバッグに向かったと思ったら、重く、優しい色を以って『さぁ……テスト、はじめましょうか』とかここ五分くらいの会話記憶を消去したような発言をした。


 追求は止めておいた、というより、出来なかった。

 殺されるかと思った。むしろ本人が死人みたいな感じだったし。


 でもいざテストを初めてみたら元に戻った。よかった。


 構成員くんの手にあるボードには、テストの内容がリストアップされているらしく、言われるがままに私は光輪を使う。最初は簡単なモノで、光輪を出せるサイズやら持続時間、それに対する私の状態変化だったりを調べて。その後、ボールを使って光輪で遊ぶ。構成員くんが明後日の方向に投げるボールの先に光輪を出したりと、忙しかった。


 一歩も動いてないのに、もう疲れた。内容は簡単なものばかりで、ひたすらこなしていく。十五分くらいして、ようやく延々としたテストが終わった。


 構成員くんはボードの記録を見ながら告げる。


「……こんなところですか。光輪を出せる数は一組、計二つ。光輪の発生までは平均コンマ12秒程。光輪が発生してからはX軸、Y軸、Z軸と如何なるベクトルへの移動回転は不可能。光の様に見える輪も、実際に光を発しているのではなく、そういう風に認識できるだけ。光の輪、それ自体に物理影響を及ぼす力は無く、持続時間は――」


「独り言、長いね」


「言葉に出して認識の共有と確認をしてるんですッ」


 ボールとボードをサブバッグに戻して、溜息をつかれた。


「今言った事に、間違いはありませんでしたか」

「あったよ」

「…………本当に、ちゃんと聞いていたんですね」


 私を試してたらしい。試験だし? なんか構成員くんは私に対して意地悪だし、来るかなーって思ってた。


「ひとまず、テストは終わりです。お疲れ様でした。ご協力に感謝します」


「はいはーい。あと六日? 毎日こんな事するの?」


「いえ。優柳先輩の光輪は明確な意識型(アクティブ)ですので。これで終わりです」


 それはよかった。組んだ手を天に向けて伸びをする。こんなに疲れたのは中等部の運動会以来だ。体育祭だっけ? 高等部からはサボっていたからわからない。


「頭が痛かったり意識が朦朧としていたりしませんか」

「べつに? なんで?」

「いえ。亜因果の行使には弊害へいがいともなう場合が多いです」

「弊害? サッチは無かったよね」

「貴女は何を見ていたんですか。……あったでしょう」


 構成員くんの顔に影が落ちた。人生に幸運しか無い、とかかなぁ。


「貴女の場合は、恐らくアレでしょう」

「たこわさが食べたくなる、とか?」

「その通りです。失礼ながら、初等部から今までの成績を見せてもらっています。体育のみ、常に最低評価でした」


 ボケを無視されちゃった。


「恐らくコレでしょう。考えてみれば道理です。光輪があれば走ったりする必要なんて無いんですから。……先程のテストで判明した空間把握能力と反射神経でカバーして、ようやく普通の生活を送れているんでしょう。おにぎりもまともに握れていませんでしたからね。三次元空間内で『動く、動かす』事を認識していない、またはその能力が著しく低いものと思われます」


「『動く』って、それくらいわかるよ?」


「それこそ、アニメーションの様に捉えている筈です。アニメは実際に動いてはいません。動いているように見えているだけです。まぁ、これはクオリアに関するので確証を得るのは不可能ですが」


「ふーん」


「確認できるのは、貴女が運動音痴を超越した存在という事ですね。それが光輪の弊害です」


 馬鹿にされてるのかな? 常に頑なな表情をしてるから、いまいち冗談なのか真面目なのか判りづらい。


「これも予測に過ぎません。ともすれば、いきなり頭痛や吐き気に襲われる可能性もあります。気をつけて下さい」


 気をつけろって言われてもなぁ。あ、そうだ。


「携帯電話の番号、教えて。何かあったら掛けるよ」


 構成員くんは一瞬、何かを考える様に沈黙した後、ボソボソと11桁の数字を並び立てた。


「はい。ありがと」

「今ので覚えたんですか」

「うん」


 電話帳の使い方なんてわからないし、宛先が110番、119番、ラミィ、叔父様、叔母様、実家、構成員くんになっただけだ。それくらいは覚えていられる。


 一応、試しに掛けてみる。ブレザーの内ポケットから携帯電話を取り出して番号をプッシュする。構成員くんも試そうとしたのかポケットから携帯電話を取り出していた。


「ん。だいじょぶそーだね」

「そのようですね。本当に覚えたとは驚きです」


 ……ん? あれ? 大丈夫じゃないって。ここ地下だったよね。なんで繋がってるの?


「秘密基地ですから。中継器ぐらい設置してあります」


 不思議そうに携帯電話を眺める私に、珍しく短い解説をした後、長い説教を始める。


「いいですか。ここを出たら、もう光輪を使わないで下さい。あくまでテストという名目の元、行使したに過ぎません。ここに来たのは、絶対と言っていい程、無関係な人間が立ち入らないからです。また、地上では亜因果をイメージする起因となる言動と行動は謹んで下さい。先輩や、僕に対してもです」


 言いながら、サブバッグを持ち上げる構成員くん。


「なんなら、今ここで、飽きるまで光輪を使ってもらっても結構です。それで節制して頂けるのなら」


「じゃー、そうさせてもらおっかなー」


 呆れたような溜息をついて、構成員くんは腕組をして待ちの体勢に入った。実はずっと、テストしてた時に視界にチラチラ入って、気になってたものがあるんだよね。


 この広い、灰の敷き詰められた空間の奥の方。入り口から点対称の壁際に、何かがある。結構遠い。


【私の目の前はあの『何か』まで届く】


 私の目の前に一つ、『何か』の目の前に……は届かなかったらしく、その途中にもう一つ、光輪が出て、その中を潜る。『え、優柳先輩!』とか戸惑った構成員くんの声が聞こえるけど無視。使って良いって言ったし。


 一度、光輪で近づくと、その何かの大体の大きさと形が掴めた。私の腰より少し高い、一辺が20センチ程の、金属の四角柱。頭が少しだけ白い。ほかは金属の灰色。


 もう一度、光輪を使う。この距離なら届きそう。


【私の目の前はあの『何か』の近くに繋がってる】


 後ろで構成員くんが何かを叫んでたけど、聞こえない。


 光輪をくぐって、手が届くくらいの距離でその『何か』を見て…………やっと、それが何であるかが予想出来た。


 ここは地下墓地カタコーム。墓地にあるものは決まってる。


 ――――墓石だ。


 苗字も彫られていない、無機質な金属の墓石。頭が白いのは、積もった灰だ。


 私は足元の灰を、靴で擦るように掘り返した。その範囲を広げると、鉄製の地面に細い線が見える。そのまま線に沿って掘り進めると、十字になった。灰の下は、金属の正四角形で埋め尽くされてる。この墓石は迫り上がったんだ。だから頭に灰が積もってる。


 この広い一面の下は、全て墓標で出来てる……?


 しばらく頭を空白にしていると、駆け足の構成員くんが追いついてきた。息を軽く切らしながら愚痴る。


「全く貴女は目敏めざといというか、突然過ぎます」

「構成員くん……これって」

「その様子ですと、大体は察しているようですね。これはお墓みたいなものですよ。……あぁ、安心してください。遺灰自体はもっと深い位置にあって、参る時だけこの金属墓標に移動させた後、その墓標だけを上昇させるそうですから。今僕達が立っている下には何もありません」


 構成員くんは淡々と、むしろ普段より楽な口調で話す。


 この地下墓地に入る時に、構成員くんは生徒証をかざしてた。私の予想では、それは鍵だ。個人を特定する物を鍵として使った後、しばらく待っていた。


 この墓標に遺灰が入って、迫り上がるのを待ってた。


 そして、この空間の中に入った。


 つまりこの墓標は、構成員くんだけに許されたモノ。


 なんとなく、何も言えず、その無記名の墓標を眺めていると、隣の構成員くんが動いた。


『今日はそんなつもりではなかったのですが』なんて言いながら、肩から掛けたサブバッグを開けて、手を突っ込む。取り出したのは長細い線香の箱と、百円のライター。


 そんなつもりではないのに、ちゃんと持ってたんだ。


 構成員くんは箱を開けて、その内、一本を取り出して、また箱をバッグにしまった。ライターで、線香に火を点けてから、フッと息を吹いてその火を消す。白く、朧げな煙が二筋、浮かび上がる。


 それを、墓標の前に、灰の積る地面に、あげた。

 そしてゆっくり目を閉じた。


『せめて、四隅に山積みにするみたいに掃けばいいのに』

『本来の目的で此処に来る事になればわかりますよ』


 一面に灰があるのは、どこの墓標が迫り上がったとしても、線香を立てられるから。


黙祷を終えた構成員くんが、口を開く。


「優柳先輩も一本あげますか」


 まるで飲み物を奢るみたいに気軽に言う。もう吹っ切れてるのかな。このお墓が親しく無い人物のモノだったら、テストの為だけに来て、準備があるなんておかしい気がする。


「遠慮しとくよ」

「薄情ですね」

「お互いに知らないのに、あげてもしょうがないでしょ」

「それもそうです」


 その横顔からは、なんの哀愁も見いだせなかった。


「あー……構成員くんさー」


 言うべきかな? 言ってもいいのかな? なんて一瞬迷ったけど、言ってしまえ。


「線香に着いた火、吹き消しちゃいけないんだよ」

「そうなんですか? 僕をかつごうとしてませんか」


 最初は呆気に取られたものの、すぐに訝しむ。日頃の行いが良いので、信じてもらえない。


「生者の吐く息はけがれてるんだってさ。だから手で仰ぐの。……じょーしき」


「貴女に常識を説かれるとは……屈辱の極みですね」


 構成員くんは心底屈辱そうに顔を歪めた。それがなんとなく、微笑ましく見えてしまった。


 本気で悔しそうな顔をしたのち『これからは気をつけましょう』と言って、またムスッとした顔に戻った。


 ほんと、らしくないよ。


 ずっと、こんな常識すら指摘する人が居ない状態で――――独りで。


 気軽に言葉に出せてしまうほど長い時間、線香をあげ続けてたの?

 それは、どんな気持ちで?


 他人たにんの繊細な部分に、私はどう接していいかわからなくて、何も聞けない。


 でも、なんとなく。

 構成員くん頑なな理由がわかってしまった気がして、聞いてみる事にした。


「あのさー、なんで構成員になったの?」


 私の発言に、構成員くんは身を引くように大げさな驚き顔を作った。


「優柳先輩……もしかして、貴女、全部知った上で聞いてるのではないでしょうね!? ……そういえば『私も構成員』だとか言ってましたね。どういう事ですか!」


「あー、その反応で大体わかったからいいや」


 でも、全部聞く勇気とか義理とか、持ち合わせてない。


『!? 僕は全然よくありませんっ。貴女、何者なんですか!』とかなんとかまくし立ててくる構成員くん。


 やっぱり、墓標これが理由なんだ。それが構成員くんにとってのどんな人だったかはわからない。でも、常にムスッとしちゃうくらいには、大事な人だったんだ。


 親、かな、やっぱり。そのまま後を継いで、この亜因果学園で身を粉にしている、とか。


 未だよくわからない事を叫び続ける構成員くんにを無視して聞き直す。ついでに歩きながらでいいか。そう思って踵を返して歩き始める。


「! まだ話は終わってませんよッ!」

「あー、そだね。で、なんで構成員になったの?」

「それは……。ただ、亜因果があったとしても、平穏無事に過ごして欲しいからです。それだけですよ」


 やっぱり教えてくれないか。その方が私としては助かる。


「なるほど。……サッチに?」

「生徒全員にですッ!」

「その割に私は死んでも構わないって言ってたよね」

「貴女の奇行の所為で、他の生徒に危険が及ぶよりは、貴女に死んでもらった方が都合がいいという話です」

「わー。嫌われてるなぁ。しかも矛盾してるし」

「今までの行動言動に好かれる要素がありましたか」

「さぁ?」

「まぁ、あと六日間、きっちり監視をして、細かい所を指導していきます。六日後には貴女の方から『顔も見たくない』と言わせてみせましょう」


 フフ、と得意げに唇を歪めた。しっかり復讐するつもりらしい。


「一度でも『顔が見たい』なんて言ったっけ? 私」

「…………本当ぉぉぉおおにッ! 口の減らない人ですね! 貴女はッ」


 怒りの形相に顔をゆがめる構成員くん。ちょっと楽しい。これからも殺されない程度にからかってあげよう。主にサッチ方面で。


『貴女に落ち着けというのは、マグロに泳ぐなというようなものですから。少しは覚悟していますよ』なんてひたすら口うるさい構成員くんと一緒に、昼休みが終わるチャイムを聞きながら、地上に戻る。


 エレベーターを出ると、阿吽コンビがまだそこに居た。


『お、来たな。麻雀しようぜ』『授業に行って下さい』と構成員くんに一蹴されていた。


 構成員くんとは五号棟の前で別れた。構成員くんは走って何処かへ行ってしまった。構成員の仕事があるらしい。


 私も自分の校舎へ帰る。


 教室の扉を開けたら授業中だった。クラスメイトが一斉に私を見て、一瞬でまた前に向いた。『またお前か。さっさと座れ』と教師に言われて、従った。


 席についてしばらくすると、手紙がまわって来た。


『どこ行ってたのー! by右』


 正直に言う訳にもいかず『墓場で運動会』とだけ書いて返事した。四つ隣の席の右ちゃんはワクワクしながらそれを開くと、しばらく無表情っぽい納得いかなそうな顔してた。しばらくすると、また手紙が来た。


『今、昼だよ?』


 そんな当たり前の事言われてもなぁ。適当に返事する。


『え? そうなの? じゃあ寝床でいびきかかなきゃ』


 また手紙を回してもらって、またワクワク顔の右ちゃんが手紙を開いて、また無表情になって数瞬。


「おーい! 右条うじょう!」


『ひぃ』と右ちゃんが声を上げてももう遅い。英語教師はズカズカと席まで進んで、手紙を取り上げて、中を見る。


「全く……推薦が決まってるからと、気を抜きすぎだ! …………なんだコレは。……誰と手紙交換してたんだ?」


「え? えっと……わかんないっス」


 右ちゃんは真顔で庇ってくれた。

 友情ってすばらしいねー。


 そうして、私は普段の生活に戻っていった。

 突然、私の身に降りかかった『亜因果』に関する色々は、これで終わり。

 ただ、少し今までと違う事を知って、

 またそれも日常に溶けていく。

 少しの変化と、大きな流れ。

 それに身を任せるようにして、また退屈で、でも時折嬉しかったりする毎日が続いていく。


 

 ――――――――――そう、思ってた。



  第一幕  亜因果(あいんが)降臨(こうりん)  了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ