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朧車  作者: 赤丸朧
第1幕 亜因果、こうりん
8/51

7場

 私は布団の中で身動ぎをした。ほおを刺す冷たさを隠そうと布団をたくし上げようとして、それは途中で止まってしまう。そうだった。隣にサッチがいるんだった。狭い。


 身を縮ませる事で温もりを守った。でもいつまでもそうしては居られない。こういうのは一気に済ませてしまうに限る。


「「うぅ」」


 私は布団をいだ寒さから、サッチは剥がれた布団から舞い込む寒気に、唸る。


「ふぐぅ」


 サッチのお腹を踏んづけながら、ベットを離れる。

 薄着でいるのは辛いので、さっさと制服に着替えてしまった。寝過ぎて痛む頭と首を回しながら、洗面所で顔を洗って髪を梳かす。


 枕元の充電器に刺さっていた携帯電話を回収して時間を確認する。ずいぶんと早く寝たのに、起きる時間はいつもより少しだけ遅い。この分だと朝食は、押しくらまんじゅうされるコンビニか、ガラガラの学食で豚の餌をがっつくように食べる事になるなぁ。


 早く寝たのはサッチも同じ筈なのに、やっぱり起きる時間は普段と変わらないのかなぁ。そうするとそろそろかな。と、櫛を洗面台の棚に戻しながら思った辺りで。


 耳をつんざく電子音が響く。その名も目覚まし時計。

 と、同時に。


「うぅ……うる、さぁーいっ! 消して!」

「自分が設定したんでしょ」

「消しなさいっ!」


 終いには命令された。健康的な毎日を過ごしているというのに、サッチの寝起きは最悪だ。普段だったらコンマ5秒で止められる運命にある目覚ましも、下段ベットにある今その役割を遺憾なく発揮してる。


 仕方ないので下段ベッドを覗き込む。その破壊的な音に顔をしかめてしまう。

 偶に、今日みたいにけたたましく鳴らせっぱなしになってしまう事があった。……でも、他の寮生から苦情が来た事は無い。


 今、初めて、それを不思議に思った。部屋の大幅な模様替もようがえをしても、夜中までサッチが騒いでも、


 ……構成員くんが本物っぽい拳銃をぶっ放しても。


 徹底して防音されてる? それは何故?


『僕は貴方を撃たなくてはならなかった』

 撃つことを想定して、この寮は建てられたの?


『この学園は、貴女や先輩のように亜因果を発現する可能性を持った人物を集め、監視と管理をする為に設立されました』


 這い上がってくる寒気が全身に取り付いて、目覚ましを止めるのに手間取った。またしばらくして、目覚ましの代わりを果たすべく、ベッドにかかる梯子に昇った。掛ける声は、私にしては明るかった。


「サッチー。起きてー」

「や」


 なんとも間の抜けた即答に、鈍い怖気おぞけは薄れてく。饅頭みたいにサッチを覆っている布団を引っ張ってみても、わずかに揺れるだけで元に戻る。サッチの力には敵わない。


 私は早々に諦めて、一息ついた。サッチをパッと起こせるのはきっとサッチのお母さんくらいだと思う。


『なんで起こしてくんなかったのっ!』とか、後で言われるのかなぁ。



「なんで起こしてくんなかったのっ!」

「起こしたよー。サッチが起きなかっただけ」


 洗面所からサッチの叫びに応える。うーん、まるで母娘みたいなやり取りだ。私に娘が出来たら、毎朝こんな感じなのかな。


「どうせ寝起きドッキリみたいな小声で一言呼んだだけなんだ。わたしの寝顔を嘲笑あざわらってたんだ」


 してない、してない。そしてサッチが洗面所でぐちぐちしてる間に、私は登校の準備が終わった。鞄を手に持ち、声を掛ける。


「いくよー」

「えぇ! 早すぎるよ! メイクは!? ……してる。適当過ぎるよ! もっとちゃんとやりなさい!」


 そう言われてもなぁ。毎朝、同じ事するんだから早くて当然だと思う。不器用な私でも十分で終わる。サッチみたいに三十分も掛かる方がおかしいよ。そして今日はそんな時間は無い。


 玄関前の廊下に掛かった小さな鏡で、最後のチェック。うん、おかしな所はない筈。


 そうしていると、サッチがドタバタ洗面所から出てきた。その髪にはまだ寝癖が見て取れる。


「髪は?」

「行きながらっ」

「ん。じゃー、いこっか」


 部屋を出て、同じく学園に向かう生徒たちに混じってエントランスに降りる。そこは冬の厳しさから身を守る最後の砦で、暖房にあやかる寮生がひしめきあってる。


『あぁ! ちょっと寒いじゃん! 自動ドア反応させんなって!』『じゃあ、どうやって外出ろっつーんだよ!』なんて男女が騒いでたりする。


 構成員くんと同じく、ベージュのブレザーやコートを着込んだ二年生の彼等は、流石に自動ドアをくぐる私達に食って掛かったりしなかった。というか、端から見ると、ただそうやってキャッキャしてたいだけに見える。


「優柳って寒いの大丈夫そうだよねー」

「知ってるでしょ。すごーく苦手。暑いのもダメ」


 なんて取り留めもない会話をしながら自動ドアをくぐる。


「あー」

 寮前にある並木の間から、分厚い灰色の雲が見えた。最近はもうずっとこんな天気だ。この調子だとホワイトクリスマスになったりするのかなぁ。そんな事よりも。


「寒い」

「うぅー! 寒いねぇー!」


 エントランスに戻りたい、先に進まないと仕方がない、そんな葛藤の所為で一歩も踏み出せない私。風の子を体現するみたいに楽しむサッチ。この違いはなんだろう。


「走るしかないねっ」


 とか呟いて、走りだすサッチ。肩に掛けた学園指定サブバッグが揺れる揺れる。


 えぇ。なんで? 割りと本気で嫌だ。寒い上に疲れる。


 結局、私は普段のペースで歩いて、サッチがそれに合わせてくれた。


 二人して歩きながら、朝食を決めた。サッチはコンビニでおでん食べたいって言ってたけど、朝からそれは遠慮したかった。だから、暖房とお味噌汁で説得。サッチを学食まで連れて行った。


 学食に入ると、そこは楽園だった。でも、暖房がちょっと効き過ぎで、入った直後にコートを脱いだ。パッと見るだけでも、続々と生徒達が席を立っていくのが見えた。外に出ていく生徒達の流れに逆らって、学食内を進んでいった。


「「おはよーございまーす」」

「あいあい、おはよーさんねぇ!」


 給仕のおばちゃんに、二人で挨拶しながら食券を買う。私はいつも通りで、すぐに買い終わって券を提出したけど、サッチは迷ってるみたいだった。


「ダブル納豆定食でいいじゃん。好きでしょ?」


 サッチは好んでそれを頼んでた気がする。生徒が溢れかえる昼と夜だと大顰蹙を買うので、朝、しかもこの時間だけの一品だ。


「うーん。気分じゃないんだよねぇ。歯ブラシ忘れたし」


 そうなんだ。納豆後の歯磨きができないとは致命的だ。


「あ! 優柳、今日何曜日ッ?」

「木」

「もしかしてラヴィニア・プロメテール入ってる!?」


 …………なにそれ。長く学食を利用してきたけど、そんな高級そうなメニューは見たことない。だけど、遠くでおばちゃんが『入ってるよー』と声を上げたのが耳に届く。


 サッチは興奮気味に券売機のボタンを指さす。


「これこれ!」


『灯 パン 200円』


 それは手書き感がひしひしと伝わってくるラベルだ。


「駅の近くのパン屋さんあるでしょ? ラヴィニアー! あそこが火ー木(かぁもく)だけ学食にパン出してるって聞いた! すごく美味しいんだって! ソノちゃんが言ってた!」


『灯』は火木と書かれたものだったみたい。掠れて潰れて読めなかった。そのボタンの存在は知ってたけど、そんな風貌だからてっきり食パン一斤が出てくるものかと思ってた。『今日はチョコクロワッサンだよー』というおばちゃんの声が届く。しかも日によって内容が変わるらしい。だから『パン』しか書いてなかったのかぁ。


 と、ここまで私が考える時間がありながら、サッチはそのボタンを押さず、悩んでいた。


 チョコかぁ。私は平気だけど、サッチは悩むよね。


「やめとけば? 私と同じ『ごはん味噌汁セット』と『ごはん小』でいいよ。リーズナブル」

「……それだけはやだ」


 サッチは財布から、硬貨を券売機に投入すると『パン』のボタンを押した。

 まぁ決まったならいいか。


 サッチが食券を提出すると、それこそ交換するみたいに二つのトレーが出された。その上には私とサッチの注文通りのものが乗ってる。『あんた、またコレかい』なんて笑うおばちゃんは流石ベテラン給仕といったたたずまいだ。


 それなりに広い学食も、ただでさえ朝は少ないのに、HRまでの時間も相まってもうほとんど人は出ていってしまっていた。


 サッチと二人、トレーを持ってテーブルへ進む。


「うぅ、小さい」


 サッチが泣き言を宣う。確かに、すこしばかり小ぶりのマーブルなクロワッサンが二つだけ。多分、売る側の意図としてはスパゲティとかに追加するものなんだろうなぁ。


 ……チョコ? デザート感覚なのかな。まぁ、


「二百円じゃそんなものでしょ」

「もう一枚、買ってこようかなぁ」


 なんて呟きながらチョコワッサンを見ていたサッチは、くすりと笑った。私が不思議そうに見ていると。


「えっとー……、ほら。もしアレがソレだったら、おばちゃん、おまけしてくれたのかなって」


 わざとらしい代名詞。吉祥天を使っていたら、か。


『アンタ、そんなんで元気な赤ちゃん産めないよ!?』とまだ学食に慣れない私のごはんを(迷惑にも)山盛りにしてくれた事を思い出した。おばちゃんは気前がいい事で有名だ。


「そうかもねー。抑えちゃうのはちょっと勿体無いよねー。クロワッサン増えたのに」


 薬は効いてるらしい。その感想は思考を経由せず、突いて出たもので、後ろを付いてくるサッチの足が一瞬だけ止まって初めて、しまったと思った。


「……あはは~。そだねー」

「あー」


 一応、笑顔だった。無理してる。絶対無理して笑ってるよぅ。話題を明後日の方向に変えよう。


「それにしても『一週間も』なんて、まるで猛獣扱いだよねー、私達」


 ん? これは話、変わってるのかな?


「………………そうだね」


 変わってないよねー。本当にごめんなさい。気になってたから、つい。


 だめ。私にコミュニケーション能力は皆無かいむだ。変に誤魔化そうとしないで真っ直ぐ言おう。


「ごめん、掘り返して。早く忘れたいよね」

「ううん。わたしこそ……変な事言い出して、めんね」


 そう言い合ったきり、私達の間に会話は無かった。やがて一つの長テーブルに着く。サッチも心ここにあらずといった緩慢かんまんな動作で隣に座る。


 私のために割り箸を取ってくれたらしく、手渡される。そうしながら小さな口を動かした。


「忘れたい、かぁ。……忘れちゃいけないと思う。忘れたくない事だって……その、あるし」


 力なく笑って、サッチはチョコワッサンを手にとって、齧った。『飲み物持ってくればよかった』なんて言いながら食事を始めようとする。


 忘れちゃいけない、なんて、どんな思いの言葉なんだろ。私にはそれが重く感じた。


 これからは気をつけよう。


 なんて考えながら、椅子の横に置いた鞄に手を掛けようと身を屈ませたら、向かいの席に近づいてくる足が、テーブルの下で見えた。その足は迷うことなく、私達の向かいに座った。


 ベージュのスラックス。男子生徒。

 私は唖然としながら身を起こす。


「おはようございます。ずいぶんと遅い朝食ですね」


 生真面目そうなムッツリ顔。シワひとつ無いベージュのブレザーに身を包んだ構成員くんがテーブルに着席していて、その目の前にあるトレーには…………なんで、らーめん?


 いや、それはいい。なんでそんなに淡々と、まるで普通の後輩みたいな顔して、同じテーブルに着くの。空きならいっぱいある。しかもこの『亜因果でブルー』なタイミングで。……そのタイミングを作ったのは私だけど、棚上げしておく。


 忘れたい、って言ってるのに。いや、言ってないけど。なんで当事者がのこのこ表れるかなぁ。嫌がらせかな。監視してるって言ってたし、寮を出てからずっとつけてたのか。


 サッチを横目で見る。


 これ以上ないくらいに縮こまっていた。一口齧っただけの、なんの変哲も無いチョコワッサンを監視し続けてる。もう無理やりな笑顔さえ作れてない。この分だと一週間くらいそのままかもしれない。


 一体どういうつもりでこんな事するの? なんて言葉を、少しばかり鋭くなってしまう視線に込めると。


「……すみません。浅慮が過ぎました」


 心底、落ち込んだような声を出した。一瞬、目に寂しそうな色が見て取れる。そのままトレーに手を掛ける。


 しまった、と思った。この短時間だけで二回目。


 サッチの雰囲気を察して席を立とうとする、という事は、とりあえず嫌がらせするつもりでは無かったみたいで。


 そのままトレーを持ち上げて、席を立つ構成員くん。


「あ」


 サッチが小さく声を上げた。それが聞こえた私は机を、強く、三回、ノックする。生徒がまばらな学食に、その音は大きく響いた。


「座りなさい」

「いえ。僕は――」

「センパイめーれー」


 構成員くんの瞳には、もう見慣れた頑なさが戻ってる。


 今、ここで構成員くんが帰っちゃったら、サッチが『自分が構成員くんを追い払った』って思っちゃうでしょ。それにサッチがちょっとブルーなのは私のせいで、構成員くんは関係ない。本当に世間話しに来ただけなら無碍むげに追い返す理由もない。私にはあるけど。


 構成員くんは、視線が集まってしまった学食内をチラリと見回してから、サッチを見る。そしてゆっくり、元の席に座った。


「箸、取って頂けますか」

「あ、うん」


 席が一番近いサッチが、構成員くんに箸を渡す。

 ついでになぜか私にもくれた。二膳目のそれを受け取りながら私は口を開く。最初に思った疑問だ。


「なんで朝かららーめんなの?」

「好きだからです」


 へぇ。らーめん好きな人って朝かららーめん食べるんだ。


「この辺り、美味しいらーめん屋さん多いよね」


 サッチが躊躇いがちに会話に混じる。一応の笑顔も戻ってる。構成員くんを引き止めて正解だったみたい。


「はい。喜ばしい限りです。大体は制覇しました」


『おー、すごーい。オススメの店とかあるの?』『やはり、自分の好みを見つけるのが一番かと。先輩はどのような味が好みですか』『うーん。わたしはねー……』


 普通に会話が弾んでる。ホントに世間話しに来ただけなのかな。監視って……そっか。私の光輪は意識型アクティブで、私は使わないと理解ってるわけだから、そんなに気を張る必要は無い、とか?


 私はもう一度、鞄を探る。さっきは取り出せなかった。


「さっきから気になっていたのですが。優柳先輩のソレはなんですか? ごはん二杯と味噌汁……しかないように見えるんですが」


 見えてるモノは正しい。『ごはん味噌汁セット』と『ごはん小』ね。名付けて、


「ごはん定食だよ」

「そう……ですか」


 若干、ひっかかりを覚えたみたいだけど、私が即答するものだから無理やり飲み込む構成員くん。以外に素直だ。


「あはは。優柳はねぇ、たこわさ持ってきてるの」


 サッチの言葉の通りに、鞄から取り出した瓶詰めのたこわさをトレーに置く。


「……………………」


 構成員くんは複雑な表情をする。まぁ初めて見る人は大体二通りで、ドン引きするか爆笑するか。美味しいのに。


「たこわさ、とはなんですか」


 意外だった。構成員くんはたこわさを知らないらしい。


「えとねー。蛸と山葵で作った塩辛? おつまみだよね」

「そう…………ですか」


 サッチの説明に、想像を働かせながら、麺をすする。だんだんと眼鏡が曇っていく。気になるなぁ。


「構成員くん、眼鏡外せば?」

「こッ……! ぼふッ」


 あ、むせた。


 あー。


 構成員なんて、この場で呼ばないで下さい! いや、構成員という言葉事態に亜因果関係の意味は無いんだから変に気にするのもかえっておかしいか。誰かに問われたとしても、いくらでも誤魔化しは効く。


 ……とか考えてそう。『こッ』辺りから予想するに。


 構成員くんは軽く咳払いしてから『失礼しました』と謝罪を述べて、また麺を啜る。啜る。啜り続ける。


 私の発言は無視らしい。らーめんが好きな人は曇る眼鏡も外さない。初めて知った。


 朝のHRまで残り三十分を切っているというのに、まだ食べ終わらない。時折、サッチと構成員くんが言葉を交わすだけで、私は黙々と自分の朝食を平らげていった。


「突然ですが、もう少し良く噛んでは如何ですか」


 私の食事の仕方にケチをつける構成員くん。箸をおいて睨んでくる。叔母様みたい。


「あー、時間無いし。エラ顔になっちゃうし。ラミィに嫌われたらどうするの?」


 別段気にせず、箸をすすめる。たこわさ美味しい。


『らみぃ……?』『あ、優柳のベッドにあるんだ、クマの人形。ラミィちゃん』『人形、しかも名前付きですか』『あはは』


 心底見下して『うわ、似合わねぇ』とか言いたげな構成員くんの視線と、サッチのフォロー無しの苦笑に腹が立ったので、私は無視して食事を進めた。


 ムスっとした顔をそのままに、手を動かそうとしない構成員くん。気付けばもうらーめんを食べ終わっていた。


「構成員くんも早すぎ」

「らーめんはいいんです。そういう物です」


 らーめんはいいんだ、そういう物だから。初めて知った。


 口うるさい構成員くんの小言を右から左へ流しつつ、箸を進める。見ればサッチも構成員くんも既に食べ終わっていた。


他人ひとの話聞いてますか」


 私は咀嚼中。今、イエスと答えたら『口にものが入ってる時に~』とか言うんでしょ。なので無視。


「…………ひっかかりませんでしたか」


 故意なのね。そのボソっと喋ったの、聞こえたよ。


「それにしても驚きました」


 らーめんの器を掲げてスープを飲む構成員くん。コツンと音を立てながらトレーに戻して言葉を続ける。


「優柳先輩がこんなに健啖家だったとは。事前の情報では不規則な食生活と聞いていましたので」


 事前の情報ってなにそれ。


「あはは。優柳のコレは違うよー」


 私が構成員くんの言葉を問いただす前にサッチが笑った。仕方ないので私は実行に移す。


「……それは、何故か優柳先輩のトレーに乗ってるラップフィルムと何か関係が?」


 察しがいいじゃん。


「ごちそうさまでした」


 二人のその台詞から遅れること五分くらい、ようやく同じ台詞を私も口にする。ただ、『ごはん小』はまだ手付かずだ。続いてラップをトレーの脇に広げる。それを見逃さないおばちゃんが『あんま無駄遣いすんじゃないよ! ラップもタダじゃないんだからね!』と遠くから声を投げかけてきた。『はーい』。


「まさか、とは思いますが……」

「優柳ね、二杯目はおにぎりにするの。昼食だって」

「持ち込みに…………持ち帰り?」


 それはアリなのか? と釈然としない表情をする構成員くん。アリも何もラップを用意してくれたのはおばちゃんだし。私になんらおかしい所は無い。


 ラップの上にお茶碗をひっくり返して、箸で広げる。瓶詰めを開いて、たこわさを少々こぼす。優しく元に戻して、包みこむようにラップを持ち上げる。にぎにぎ。


「ここは、公共の場で……いや、しかし」


 なんだか構成員くんは自分の中の常識と葛藤してるみたいだ。私は構わず握り続ける。茶碗一杯の白米は私の手に少しばかり余る。綺麗に握るのは難しい。それでもおにぎり作って約二年の経験が私を導いてくれる。


 お米がラップを挟んでしまうと開いた時に崩れてしまうが、それを見事に避けてる。今日は結構、綺麗に出来た。


「下手ですね。僕でも、もう少し上手く出来ます。せめて三角形にしようと努力してみては」


 わぁ。率直で素直、出来た後輩だねー。三角形? 出来たらやってるよ。


「ちょっと構成員くん! そんなストレートに言っちゃだめでしょっ」


 サッチ、それは素で言ってるの? 私を苛めたいの?


 どっちにしても構成員くんの言葉を否定してはくれないんだね。もういいよ。一生サッチにおにぎり作ってあげないから。二年以上ずっと一緒に居て、サッチにおにぎりを作ってあげた事なんて一度たりとも無いけど。


「そもそも、そのたこわさの瓶、鞄から出しましたよね。大丈夫なんですか。生物なまものでしょう」

「今、冬だしねー」

「夏だったらどうしてたんですか」

「あー、夏はクリーニング屋さんに冷蔵庫借りてたねー」


『クリーニング……? 暗号?』なんて考え込み始める構成員くんはやっぱり映画の見過ぎ。そんなつぶやきを耳にしつつ、おにぎりを鞄にしまった。『あっ、教科書が……』なんて悲痛な声が聞こえるけど無視。いちいち細かいなぁ。


「はい、いくよー。あんまり時間ないし」


 私がトレーと鞄を持って席を立つと、慌てるサッチと、渋々な構成員くんが後を付いてくる。


『ごちそうさまでしたー』と三人で声を上げて、トレーを返し、朝食を終えた。


「お、お、おは、おはよう……へへ」


 そこに突然、声が掛かった。肥満体型の見慣れない三年生の男子生徒だった。気味の悪い笑顔を浮かべる男子が発した突然の挨拶に、返事も出来ず固まる。


 構成員くんの先輩? 視線を移すけど、構成員くんも沈黙を保つ。


「あ、おはよー」


 返事をしたのはサッチだった。


「クラスメイト」


 端的に関係を表してから『じゃ、教室でネー』とあっけなくその場を離れようとする。……その気持もわからないではない。なんかこの男子、挙動不審だ。私の嫌悪感を煽る口調、動作、体型をしてる。サッチも似たような感想を持ってるのかもしれない。


 ぞろぞろとその場を離れようとした私達に、

「ねぇ! それ……それ、誰?」


 最初こそ荒らげたものの、徐々に聞き取れない声量まで落ち込んだ声が投げかけられた。


 振り返れば挙動不審がこっちを、正確には構成員くんを指さしていた。


「えーと? 優柳の後輩? 知り合い? かな」


 サッチが躊躇いがちに応えた。どっちかというと、なんて限定しなくてもサッチの知り合いでしょ。サッチの監視から私の監視へ移行したから、そして、この挙動不審かつサッチに固執してそうな男子へ『私の後輩』なんて言ったら付きまとわれそう、という予想からして、その解答は正しいんだろうから、私に不満は無い。


 横目で見ると、構成員くんがあからさまに不満そうな顔をしてこっちを見ていた。失礼かつ生意気かつ無思慮だ。


「もうっ。二人共、なんでそんな嫌な顔するの!」


 とサッチがぷりぷり怒った。私もそんな顔をしていたらしい。


「んじゃ、じゃーね」


 区切るような言葉を持って、足早で出口へ向かうサッチに二人でついていった。

 学食を出た所を、凍える風がお出迎えした。私はコートを着直す。


「優柳先輩、携帯電話もってますか」


 自分の本名を教えもしない頭の硬い後輩男子と連絡取り合う為の携帯電話は、

「持ってないよ」

「え?」


 サッチが余計なリアクションをしたものの、構成員くんはそれも気にせず淡々と『そうですか』なんて応えた。


「それでは僕はこれで」


 サッチが私の発言を訂正する前に、構成員くんは歩き出した。その方向からして、構成員くんは私達と同じAクラスでは無いらしい。


 サッチだったら『ちょっと! 優柳、ケータイ持ってるでしょ? 教えてあげれば?』なんて構成員くんを引き止めてでも言いそうだけど、それが無かったのは幸運だ。


 私はポケットから携帯電話を取り出した。時間はHRの十分前で、ギリギリ間に合いそう。


 画面の未読メールを示すアイコンが目に入った。珍しい。契約会社からかな。


 時刻、今日の午前八時過ぎ。件名『』本文『昼休み、必ず』


 なんだろう? 間違いメール?

 もう一通あった。


 時刻、今日の六時半。

 件名『おはようございます』

 本文『本日、昼休み、5号棟入り口でお待ちしております。先輩と一緒に来ていただいても構いません』


 構成員くんかな? 本人わたしすら知らない、この携帯電話のアドレスにメールを送ってくるなんて、流石自称構成員だけはある。寒さも相まって、身震いが起こった。


 持っているか、というのは、今日持ってきているのか、という意味だったのかな。


「なんで構成員くんにケータイもってるの教えなかったの?」

「必要ないからねー」


 知ってるみたいだし。


「…………ふーん」


 そうして私達も校舎に向かった。当たり障りもない会話をして、玄関で別れた。

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