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朧車  作者: 赤丸朧
第1幕 亜因果、こうりん
7/51

6場

 凧糸の長さは均等。印をつけてない方は綺麗に断たれていて判別は出来ない。一本の糸から創ったのか、色合いが違ったりもしない。それは不可能を確認する作業に他ならなかった。


 仕掛けが観客にバレてしまう状況に、手品師が(おちい)る訳はないか。この状況では、もう私がどうしたって仕掛けはわからないのかなぁ。なら考えたって仕方ない。


 それか。

 吉祥天が構成員くんの言った通りの本物であるか。


 私にこのくじを託したのはこうやって仕掛けの有無を確認させる為なの? 違うよねー。


『私自身がくじを引かせてみろ』って事でしょ? 簡単に吉祥天の効果がわかるよねー。さっきの話だと、もう吉祥天は私に知らせる事を選んでるんだから。このままサッチに赤がある事を知らせずに引かせれば一発でわかるかもしれない。


 そう結論づけて、それでも納得がいかなくて、部屋の壁に背中を預けて座り込んでいた時。


 部屋が突如として開かれる音。家宅捜索が始まった様な衝撃に、思考が阻まれ、身は怯む。


 音に反応してそちらを向けば、息を切らしたサッチが居た。靴を脱ぐのももどかしそうに振り落として、駆け込んで来る。


 身体を振る勢いで辺りを見回す。構成員くんを探しているの?


「あー……帰ったよ?」


 私は言いながら立ち上がった。私の言葉を聞いても何の反応も無く、私の顔を見上げ続けるサッチ。私の顔にぶつかるんじゃないかというくらいの荒々しい息を吐いては吸う。やがてその大きな瞳に涙が溢れそうになる。


「どーし「優柳ぃぃい~~~!!」うぐ」


『どーしたの?』という台詞が完成する事なく、サッチのタックルに阻まれて、私の鳩尾から呻き声が漏れた。苦しい。


 サッチはそれと共に、咽び泣き始める。錯乱しているのか、その涙には遠慮が無かった。


「どーしたの?」


 聞きながらサッチの身体を観察する。制服は無傷だ。足元のソックスにも汚れは無い。とりあえず物理的に何かがあった訳ではないみたい。


 無事ならそれでいいので、一応訊ねてみたものの、泣いている理由は気にならない。亜因果の事で頭がいっぱいだった。


「う、えぇぇ~~。ぐ、……うぇぇえええ」


 でも制服がぐしゃぐしゃになるのはそれ以上に気になるので離して欲しい。この咽びは説明しようとして呂律が回ってないのかな。それとも何も聞こえていないのかな。


 ただ、私には何もできないので、しょうがないな、とサッチの背中に両腕を回した。


 しばらくこうしててあげよう。


 …………やっぱダメ。苦しい。自分が万年運動部で鍛え上げた身体能力を自覚して欲しい。


私はサッチの肩を掴んで引き離そうとする。それはほんとにするだけで終わった。ピクリとも動かない。私が非力過ぎるのか、サッチが馬鹿力過ぎるのか。


「あああ……りがどぉぉぉおお~~」

 ようやく解読可能な咽び声を吐く。『ありがとう』かぁ。


「あー」

 まったく心当たりは無い。まだ何もしてないし、出来てない。


「うん」

 でも、それを受け入れるように両腕に力を込めた。


 何も言わず、落ち着かせればさっさと開放してくれるんじゃないかなって期待して。


 私の目論見は叶わず、結局離してくれるまで6時間(体感)ぐらい掛かった。

 離してくれたのはいいものの、現状を話してはくれない。ぐしぐしと丸めたてのひらで擦るものだからマスカラがスス汚れの様に広がって、さながらガラス職人みたい。


 どうしたものかと思案し始めた矢先、サッチはポケットから四つ折りの紙を取り出した。それを私に差し出す。


 そういえば構成員くんから渡されていた紙袋を、今は持ってないなぁ。なんて思いながら開く。これがそうだったのかな。


 その紙を開いて、そうだった、と確信を得た。それは手紙だった。宛名も差し出し人の名前も無いけど、ボールペンで書かれたやたらカクカクと書体の良い字、大きさの割りに文字が小さい事から、構成員くんが書きそうだなぁ、なんて思った。


『この薬は吉祥天を抑制する為の物です。同包の処方箋にも記してありますが、一日三度、食事の後に摂取して下さい。それと弁解します。この薬をすぐに渡せなかったのは規則の為でした。本日、16時30分をもって七日間、計百時間以上の監視が終了します。恐らく、これを読む頃には過ぎているかと存じます。また、薬の用法、用量は正しく尊守して下さるようお願いします。尚、この手紙は紛失しないようにして下さい。後で回収します』


 これは『もうサッチから手を引きます』って事でいいのかなぁ。でも気になる節がある。


「薬って?」

「ああうう~。……う、うう~~」


 脳天ちょっぷ。


「薬を出しなさい」

「うぇ、ぇええ~。ぐすっ……ぇぇぇ」


 鼻をすすりながら、ポケットをまさぐるサッチ。取り出したのはオモチャみたいな水色のプラスチックケース。それを受け取って眺めた。


 確かにいっぱいに錠剤が入っている。蓋を開けて中の匂いを嗅いでみる。ラムネ菓子みたいな匂いがした。


 糖衣錠(とういじょう)なのかな。そうなると、比較的安全かもしれない。個人で糖衣錠剤を生成するなんて出来るわけないし。まぁそれでも一応念の為にどんな効果があるかは知っておきたい。


 私はジャラジャラとケースを振って、何錠か取り出し、ぽーんと口に放り込もうとして。


「わ」


 どつかれるようにサッチに奪い返された。びっくりした。手に残った錠剤も、ササッと取られる。


「何してんのっ!?」

「あー…………飲もうと?」


 驚愕の表情をもって肩で息をするサッチ。怖い。


「優柳、『光輪』自分で抑えられるでしょ!? ……抑えられるよね? ほ、欲しいなら一週間待てばくれるからっ! これはダメ!」


 サッチは普通に喋ってる。顔はぐしゃぐしゃだけど泣き止んでる。さっきまでのはなんだったんだろう。


「ごめん」

 とりあえず泣き止んだし、いっか。謝っておく。代わりと言ってはなんだけど。

処方箋しょほうせん見せて」

 ひょいと手を出す。


「…………食べるの?」

 何を言ってるんだろうこの娘は。泣き過ぎて頭おかしくなっちゃったのかな。


他人ひとが処方された薬を勝手に飲もうとした人に、そんな眼で見られたくないよっ!」


 サッチはぷんすか怒りながらも『食べないでね』と小さく折りたたまれた紙を財布から出して、私の持ってた構成員くんの手紙と交換した。新たに貰った紙を広げようとする間も、サッチはじーっと睨んでる。広げるのを一旦止めて、小さく折りたたんで。


 また口に運ぶ。


「あーーーー!!」


 なんてね、冗談。私は小さな紙を広げる。


 しばらく口をパクパクとさせていたサッチは『もうッ』っと振り返ってお怒りだ。からかい甲斐がある。


 私は広げた紙に目を落とす。病院名は……ってすぐそこの大きな病院だ。医師の名前もどうでもいい。発行日、期限共に何故か一月も先。これは次の為の処方箋らしい。


 処方内容はエンタクトゲン促進剤そくしんざい。その下にドイツ語か何かの筆記体で、細かな調整内容が乱雑に書いてある。私にはさっぱりだ。末尾には発行を証明する医師と病院の判子がある。パッと見れば本物。でも、これが正規(ほんもの)でも偽物(にせもの)でもまずい気がする。発行日偽ってるし、その癖ちゃんと実在する病院名を明記してるし。胡散臭さが(にじ)み出てる。


 サッチに『もういいでしょっ!』と詳しく見る前に奪われた。綺麗に折りたたみ直して、また財布にしまった。


「優柳ってどうして、そう突然……あ! あの子は!?」


 サッチも突然だよねー。で、あの子って誰? そういえば屋上でもあの子がどうとか言ってた。本当に構成員くんの事だったのか。じゃあ、男の噂も構成員くんか。


「さっきまで居たあの子!」

 おチビなサッチに『あの子』呼ばわりされる程子供っぽくないよね。


「テメェの監視すっから覚悟しな、って言って帰ったよ」

「……それ絶対に言ってないよね」

「あー」


『今日から貴方を七日間、監視します』


「言ってた言ってた」

「……そういう意味で何か言ったのはわかった。そのたまに使う不自然に乱暴な優柳語はなんなの?」


 大抵、男子ってこんな口調でしょ。なんて思ったけど、私がそれを口にする間もなくサッチは続けた。


「まぁいいや。でも……これで。うふふ」

 泣き喚いた次は笑い始めた。


「これで! 私は普通! 普通って素晴らしーー! あはははは!」


 突然、私の両手を掴んだ。繋いだ両手を軸にして、ぐるぐる、どたどたと周り始めた。今、突然離されたら私は死んでしまうかもしれない。サッチの笑い声が怖い。


 途中、床に放りっぱなしの小銭をサッチが踏んづけて『いだぁ!』とか叫んで『なんでお金床に撒いてるの!?』とか怒られた。『世の中、お金で解決できない事もあるって知ったからだよ』って応えたら『?』とサッチは呆気に取られてた。


「ふふ……あははは!」

 グルグル回るのやめて、繋いだ手をまたブンブン腕を振って、ようやく放たれた。


「ふぅ。……ありがとね、優柳、ほんと。優柳が居なかったら、わたし……わ、たし……わだじぃぃ~~~」


 わ。また泣き始めた。(いま)だ頭に残る遠心力に耐えながら、とりあえず頭を撫でた。私が居なかったら? 屋上から飛んでた、かな? なるほど『ありがとう』はその事かぁ。別にいいのに。好きでやった事だし。そう思いながらも、胸が熱くなるのを感じた。


 それにしても。


「薬渡せなくても、在る事だけ先に教えてくれれ――」

「そうッ!」


 泣きそうだったのに、突然眼をクワッと見開いて私を見上げるサッチ。


「あの子ぉぉ~! なんで教えてくれなかったの!? 守秘義務しゅひぎむなんだろうけどさっ!」


 理由、わかってるじゃん。それにさっきからあの子、あの子って。


「構成員くんの名前、知らないの?」


 そう聞くと、途端にしゅんとするサッチ。


「何回か会ってるんでしょ? なんて呼んでたの」

「ペンタクル5さん」


 律儀だなぁ。


「何回か聞いてみたんだけど『教える必要はありません』って……」


 言いそうだなぁ。きっと初等部の頃は『まだ使用できるので問題ありません』とか言って、指先第一関節ぐらいのやたら短い鉛筆を使ってただろうし。


「出来れば他人に言いたくない、ってくらい、変な名前なんだ……かわいそう」


 サッチの予想は私とは違うらしい。どっちなんだろ。


「よし! 優柳、ご飯食べにいこー! 今なら食堂、空いてるよねっ」


 泣いたり笑ったり叫んだりと、その全ては突然で、サッチがおかしい。当然かもねー。さっきまで自殺するかしないかの瀬戸際で、今はそれが一応の解決を見てる。


「あー」


 夕食かぁ。さっきとは逆に、今度は私が行きたくなくなってる。お腹が満たされてる方が頭は回る、なんて聞くけど私は少しぐらい空腹の方が回る。元々少食だし、一食抜くなんてしょっちゅうだ。今は考えたい事がある。


 サッチは怪しいお薬もらって解決かもしれないけど、次のターゲットは何故か私だ。


「くじで決めよっか……あー」


 丁度いい。置いていった事だし、試してみよう。それに結果はわかってる。


 と、思っての発言だったんだけど、少し無神経だったかもしれない。このくじは吉祥天をハッキリと示すモノらしいし、サッチはこころよく思わないかな。


「あれ? くじ置いて行ったの?」


 と、思ったんだけど、不快に思う様子は無かった。


「失礼の代わりに徴収した」


 そう言いながらさっきまで座り込んでいた所まで行って、ビニール袋を拾い上げる。


 変な気を使わせたくないし、構成員くんから『試してみろ』と渡されたことは伏せておく。


 袋の中に手を突っ込んで、まとめながら、くじを手に握った。……うわ。覆いきれない。上からヒョイと覗き込まれれば、一発で赤が多数とバレてしまう。


 ちょっとドキドキしてきて楽しい。


 私は構成員くんのように部屋の真ん中に座り込んで、サッチもそれに合わせるように座った。くじを差し出す。


「白を引いたら食堂ね。黒を引いたら夕食抜きで」

「なんで抜きなのっ! 耐えられないよっ」


 そんな事言いながら、サッチは楽しそうだ。そんなに鬱屈した日々を送ってたとは知らなかった。私が仕込んだ事にして、赤を引いてもらおう。結果は黒でも白でもないので、夕食は別々に、というあたりが落とし所で。お互いの目的を果たせていい感じ。


 サッチは手を伸ばす。


「うー。なんか緊張する」

「いいからー。引く引く」

「うぅ。他人ひとの気もしらないでぇ~」


 サッチは一本を掴んで、引く。やり慣れてるだけあって、そのペースは速くて、私は置いてけぼりにされる。ただ、その結果を口に出すだけで精一杯だった。


「黒だね」「黒」「……黒」

「おぉー!? いきなり劣勢だぁ」

「白」「黒」「白」「白」

「いいぞー。まきかえせっ!」

「黒」「白」「…………黒」


 サッチは首を傾げる。


「えーと? 6対4かな? ……がーん。負けたっ!」


 サッチはキャッキャと笑う。


「…………まだだよ。……引いて」

「そういえば! いつも十回だったから、ついね!」


 勢い良く引いて『アレ? 赤?』と不思議がる。不思議がってる。次に赤を引くのは決まっている筈なのに、その動きに迷いが無い。間が開きそうになる。


「はい。ルールせつめぇー。……赤を引くとくじが無効になって『好きにしたらいいじゃん』となりまーす」


 私は側にある、引き終わったくじを掻き集めながら、楽しそうに『してやったり』と微笑む。


「えぇー! なにそれ! 聞いてないよっ! もしかして塗ったの? ……赤を引くまで引かせる気で!」


 私は、さも『ご明察』と言いたげに表情を作った。


「むぅー。奢るからー。一緒に行こうよー」

「ほら。今日だけで色々あったでしょ? もう胸いっぱいだよ。だから一人で行ってきて」

「……そっかぁ。……めんね。でも、ありがと」

「うん。……どういたしまして」

「じゃあ、行ってきていいの?」

「うん。私の分も食べてきて」

「わたしが食べても優柳のお腹は膨れないよ!?」

「うーん。私が食べれないのはサッチのせいなのに。サッチは私の分も食べてくれないんだぁ。悲しいな」

「意味わからないよっ! それに優柳、元々全然食べないでしょ!」

「そゆこと。だから気にしなくていいよ。気分じゃないだけ」

「そっかぁ。じゃあ行ってくるね。おみやげ期待して!」

「うん」


 私が笑顔で頷くと、サッチは飛び上がるように立ち上がって、足早に玄関に向かう。


 その背中に声を掛ける。


「なんで急に夕食を食べる気になったの? 安心したらお腹すいちゃった?」

「それもあるけどー。薬ね、一日三回、食後なんだって。そういうのって、やっぱり守った方がいいよね」


 さっさと食事を取って、さっさと薬を摂取したい、か。

 靴に踵を詰めるサッチが、思い出したように振り返る。


「あれ? 会いに行くって言ってた人は? ……もしかしてムダになっちゃった?」


 しゅんと、表情で謝りながら聞いてくる。


「あー、さっき来た。ノート返しに」

「ノート?」

「なんでもないよ。……行ってらっしゃい」

「うん!」


 制服を着替えもせず、サッチは慌ただしく靴をつっかけて出ていく。扉を押して、廊下に出る。閉じていく扉がサッチを隠しきるまで、私達は手を振り合っていた。


 …………行った? 行ったよね。急に戻って来たりしないよね。


 心臓が煩い。頭の血管を圧迫させるように、ひたすら送り込んで登っていく。

 手が不自由。染み出す汗で吸い付いて不快感を伴った現実を打据える。


「…………あー」


 嘘でしょ? かじかむような手から力を抜いて、床に押し付けるように広げた。赤ばかりのくじ。今、確かに引いた。五十本の内から、十本だけを、連続で。


 私は普通に笑えてた? 引き攣ってなかったかな。何か手落ちは、不審な点は、サッチに気付かれるような所は。


『貴方が先輩を信じたのでは無く、吉祥天が貴方に信じさせた事になります。そこに友情、人格なんて無関係です』


 咄嗟に構成員くんの台詞が脳裏を過ぎって、私はごまかしたんだ。……眼に入ってくる映像が、現実と取れなくてそれしかできなかった、の方が正しいかもしれない。


 私は広げたくじ掻き集め直す。サッチにそうしたように、真っ白な凧糸の束を自分に向ける。


 なにか。なにかあるはず。きっと私をからかってるんだ。きっとあの子だってグルで。そうじゃないと説明できないでしょ?


『起こる原理なんて無い。起こるモノは起こる』


 私の視界いっぱいに映る、凧糸の束。それはくじになっていて、その先に印がついてる。


 それはサッチからも、そう見えた筈で。


 私はそこから、白と黒だけを引くことが出来ない。

 でもサッチには出来た。それも二回も。


 私は光輪を出す。

【この手が、あの出しっぱなしになってるお金に届くように】

 頭が空っぽでも手はせっせと財布とお金を片付ける。


 これが亜因果。サッチの……『吉祥天』

 それを噛み締めてから、机の横にあるゴミ箱に、ビニール袋ごとくじを放り込んだ。


 サッチは薬を受け取ってた。それを飲めば、吉祥天は抑えられるらしい。結局、私が理解できず翻弄されてる間に、事態は収束したみたい。


 次は私の番らしい。

 構成員くんの言動からして、私はただ光輪を使わなければいいだけみたい。サッチが薬で抑えるのを、私は自意識で抑えればいいだけだ。それは簡単な話。


 後手後手で気分は良くないけど、終わったならいいか。


 そして、笑顔のサッチが食べ切れない量のポテチを持って帰ってくるまで、次の授業の予習をしたりしてた。

適当な感想、強烈な批判、誤字脱字、ありとあらゆるご意見が頂けると嬉しいです。

よろしくお願いします。

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