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朧車  作者: 赤丸朧
第4幕 しょうがい
50/51

14場

 私たちは移動した。雨宿りするために、立体遊歩道の下、乾いた段差がある所まで来た。


 私はその段差に座って、Aのする消毒を膝に受けていた。Aはさっきのコンビニに言って消毒液を買ってきて、持っていたんだろうポケットティッシュを傷に当てがっている。


 治療はAに任せて、私はくまの人形で手遊びしていた。


「おいコラ。足ぃ動かすな」

 治療されていない方の足をプラプラさせていたら怒られた。


 人形を見てて、思った。AはBにプレゼントの内容を相談したんだろう。で、くまの人形と言われて、コレを選んだ。そうとしか思えない。


 悩んだんだろうなぁ。高身長の不良男が、真面目な顔して、どのくまさんが一番いいか、真剣に選んだんだ。


 そう思うと、

「コレ、結構気に入ったかも」

 と口についてでた。Aは「はーん」とつまらなそうに返事をしたけど、ニヤケ顔が隠しきれて無かった。それを見て私は、大切にしようと心に決めた。あ、大切にするんだったら、

「名前は……そーだなー。……ラミィちゃんで」

 意外にすんなり決まった。


「ハァ? 人形に名前つけんのか」

「そういうもんだよ」

「ほーぅ」


 Aは感心したように声を出しつつ、『変な名前だな』とクツクツ小さく笑った。由来、キミなんだけどね。私が渡した絆創膏をAが張り終わって、ぺしっとそこを叩かれた。痛い。


「終わった。メシ食おーぜ」


 言って、私たちはコンビニで買ったものをそれぞれ食べ始めた。私は板チョコ一枚。Aはおにぎりニ個。そうして食べるてる間も、学園が勉強を強要してくるとか、冬は寒いとか、下らない事を話し合った。


 そうして思った。それをそのまま口に出した。


「なんか、なんも変わんないね」

 食後の水分を炭酸ジュースで補ってたAも「だなー」とぽつり。続けて、やや真剣気味に、

「これ、付き合ってンのか?」

「そうじゃない? Aは――――」

「それだッ!」


 Aはクワッと眼を開き、大声を出す。え、なに? それって?


「とりあえず、その『A』ってのやめろ。オレはお前の彼氏だ」

 えっへん、とAはふんぞり返った。


 はぁ、なるほど。確かにそうかも。流石に彼氏を、イニシャルでも無いアルファベット呼びはよろしくないかもしれない。呼び方を変えれば変わってくるのかも。


「じゃ、ラミィで」

「そりゃくまの名前だろーがッ!」

 A……いや、ラミィは切れてガバっと立ち上がった。


「違う違う。くまがラミィちゃん。貴方は、ラミィ」

 ラミィは、はぁーと溜息をついて腰を下ろす。そして、

「なんなんだよ、そのラミーって」

 え、覚えてないの? 少し驚いて、少し寂しい。


「初めて会った時、ラミィがそう名乗ったんだよ」

「はぁぁぁ!? そんなワケねーだろッ! つーか、名乗ってねぇ!」

「名乗った名乗った」

「確かオレはテメェをクソ面倒くさそうとしか思ってなかった! 名乗るわけがねぇ」


 二人でぎゃーぎゃー言い合った。結局、結論は出なかったけど、とりあえず私はラミィをラミィと呼ぶ事にした。やっぱり以前と何も変わってない。

 私は別に構わなかったけど、ラミィはそうじゃ無かったみたいで、なんか隣でウンウン唸りながら何かを考えていた。


 そして突然だった。さっきの『付き合う』よりも真剣味のある声。身体を私に向けて、しっかりと眼を見てくる。


「なぁー。……『愛』ってなんだ?」

「さぁ?」


 私の即答に、ラミィはがっくり項垂れた。割りと本気の質問だったんだろう。


 いやいや? それ以前に、そんな質問されると、

「じゃー、ラミィは私を愛してないの?」って事になる。


「好きだ。なんでもしてやれる」


 とラミィはちょっとぼかした答え。


 でも私はニヤケそうになるのを、手で抑えるべきか、それとも顔筋だけで対処可能なレベルなのか、それとも顔をそらし、警戒した方がいいのか、と葛藤に震えていた。


「でもきっと違うだろ。違う気がする。オレが想うだけじゃダメなんだろ。多分な。……別にテメェがオレを好きじゃないって言ってるワケでもねぇ。お互いが好き合うだけが愛じゃねーだろ? 告白した。好き合ってるってわかって、付き合った。じゃあ……愛ってなんだよ」


 うわ、重っ。そんなのよくわかんないよ。とりあえず『愛の営み』とかいうの、やってみる? 多分そんな悩みは吹っ飛ぶよ。


 これは名案だなぁ、とか思ったけど、しまった。特に準備がないから却下。


 他の答えを、というワケで、私も真剣に考えてみた。


 愛とはなにか。

 考え始めて…………………十分もしないで飽きた。わかんないし。


 隣ではまだ、ラミィがうんうんと唸ってた。


 この調子じゃ、ずっと唸ってそう。


 付き合って数年たっても『愛ってなんだ』。


 結婚式で『愛ってなんだ』とか言って友人家族を愕然とさせ。


 生まれた子供を抱えて見つめながら『愛ってなんだ』とか言って私を恐怖させ。


 子供が成人して家を出ても『愛ってなんだ』と二人きりになって言い放ち。


 老後でお互い身体が弱ってきても『愛ってなんだ』と寄り添い合う。


「あ、わかった」


 ずっと一緒に居る事? ちょっと違う。離れてても愛しあう人もきっと居る。


 ラミィの言うように好き合う事? 前提だろうけど、これも違う。


 うーん。言葉にすると、囚われる。わかった意味が、ズレてきちゃう。


「マジかよ、すげーな……」


 ラミィは隣で目を見開き、感動に震えていた。そして、

「教えてくれ。愛ってなんだ? オレはテメェを愛してぇ」


 ぐっと、肩を掴まれた。その感覚が広がるように全身に回って、ぞくぞくした。あぁ、今の台詞、イイ。ここがベッドの上じゃなくてよかった。準備なんて忘れてしまいそう。


「知りたい?」

 欲望と悪戯心が交じり合って、言葉に出た。


「おぅ」

「なら……さっきの続きして」

 言って私は目を閉じる。少し、突き出すように顔を前へ。


「はぁ!? それとなんの関係が……って……チョコ。……テメェ」


 恨み節に力がない。私の考えに気付いたんだ。チョコレートはラミィの好物。


「好きなんでしょ?」


 言って薄目をあけて微笑んで見せた。瞬間、顔全体が真っ赤になってラミィはそっぽを向いた。私は再び眼を閉じ、その時を待った。もう逃がさない。言い訳もさせない。


 ずっと待って、不意に張った気が萎える。


 あれ? だめだったか。


 そう眼を開けた瞬間だった。ラミィの手が私の顔に添えられてる。っていうか顔近っ。


「んむっ」


 唇の感触に、全てを奪われた。目に映る光景も理解できない。驚いて上がった手もピタリとそこで止まってる。


 吸われる。何かが吸われる。唇に吸い付かれてるわけじゃない。深いけど、ラミィは吸ってないし、舌も入れてこない。でも何かが急激に吸われてる。意識とか思考とか。


「「ぷはっ」」


 息を止めてた私たちは、離れたと同時に呼吸を再開。


「どーだ。文句ねーだろ」


 とそっぽを向きつつ吐き捨てるラミィの声も、頭に入ってこない。じーんと体全体が痺れて……でも硬直するような、その癖とろけていきそうで。口の中に幸せの味がある限り、それが 続く。


「…………すぅ、はぁー」


 思考が戻って、深呼吸して、驚愕した。うわぁ、キスされるのってこんなに気持ちのいいものだったのか。これは街中でむちゅーっとやってるカップルをバカに出来ないなぁ。


 チラリとラミィはこっちを見て、またムスッと向こうを向く。


「で? どーなんだよ」

「……すごかったぁ」


「はぁぁぁ!? ばッ……ちげーよッ」

「ん? あー、愛ね、愛。……なんだろーね」

「オイ」


 正直、もうどーでも良くなっていた。そして何と言えばもう一度して貰えるのか、どうすればその先へ進めるのかを考えていた。


 でも「クソ。……オレはマジで……」ぶつぶつ、と本気で落ち込んだらしいラミィを見て、流石に今日はやめとこうかな、と思った。仕方ない。明日があるし、今日はいいや。


「なぁ、優柳。オレはテメェが好きだ。誰よりも。だから――――」

「あ、雨、止んでる」

「聞けよッ!」


 私が空を見上げながらテコテコ歩いて遊歩道の外へ出ると、ラミィも深い溜息を立ち上がって二人が出したゴミを拾って、コンビニの袋に詰めていった。


 そのゴミをコンビニのゴミ箱に捨てて、また二人で歩きだした。


 隣を歩くラミィはポツリと言う。


「なぁーんか、テメェの事見てたら、どーでもよくなってきたわ。テメェが横にいりゃ、それでいいや。……つーか、そー言ってコクったな、オレ」

「うん」


 多分、愛は、考える事じゃない。かと言って、感じる事でもない。


 ん? 違うな。考える事もそうだし、感じる事もそうなんだ。

 あぁ、コレを言ったら、せっかく鎮火したのに油を注ぐかな。


 そう思ったけど言わずには居られなかった。

 寮の前。別れ際に、私はラミィを呼び止めた。


「ラミィ!」

「んぁ?」


 あ、ちゃんと振り返るんだ。それに笑いそうになりながら、



 ――――――言った。


 ――――――あぁ、そうだった。

 ――――――私は確かにあの時に言ったんだ。


 ――――――思い出せ、私。思い知れ、今の状況を。




 眼を開ける。開いたのかな。わからない。なにも見えない。


 私は灰の上に、仰向けで寝ている。きっと近くには殺し屋ちゃんが倒れてる。


 無くなった右手の感触を思い出す。

 感覚の鈍い左腕に神経を集中する。まだ、それは動いてくれた。

 もう指は、手紙に差し込んであった。それを横に動かすだけ。


 自分の胸に押し付けるように、封筒を固定する。

 指を動かしていく。


 封を切るということ。


 私が消える。消えて、私の知ってるみんなは、私の居ない時間を過ごす。

 私の知り得ない時間を過ごす。


 薬の要らなくなったサッチ。

 努力が報われた構成員くん。

 仲良く団欒する家族。

 恋人を作り、結婚して、子供が生まれて、共に育てて、老衰していく、

 ラミィ。


 全てが消える。

 それを見るのも、聞くのも、感じるのも、全て私じゃない。他の誰か。


 まぁ…………いいか。


 ――――封蝋に力を込める。


 薬の要らなくなったサッチと遊ぶのが、私じゃなくても。


 ――――ヒビが入っていく音が微かに聞こえる。


 努力が報われた構成員くんを祝福するのが、私じゃなくても。


 ――――赤いであろう、それの一部が欠けた胸の上を転がって落ちる。


 仲良く団欒する家族の中に、私が居なくても。


 ――――あともう少し。



 私でない誰かと恋人を作り、

 私でない誰かと結婚して、

 私でない誰かと子供が生まれて、

 私でない誰かと共に育てて、

 私でない誰かと老衰していく、



 ラミィ。             そんなの許さない。許せない。認めない。認められない。



 まぁ………………………………………………………………………………………………嫌だけど。いいか。


 サッチ。

『助けて……優柳』

 ごめんね、ちょっと見捨てそうになっちゃった。


 構成員くん。

『終わったら、何かやりたい事でもありますか』

 あー、ごめんごめん。ちょっと裏切りそうになった。



 ――――最後の蝋が、剥がれ、割れ、落ちた。

     止められていた封筒のそれが、跳ね上る。



 胸の内に映るのは、あの時の彼と、喜びを抑えきれなかった私。



「ラミィ!」

「んぁ?」

「ふふ。……生涯(いっしょう)、愛してあげるよ」



  第四幕  生涯しょうがい  了

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