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朧車  作者: 赤丸朧
第4幕 しょうがい
49/51

13場

 十二月二十四日。


 私は寮のエントランスから、ガラス張りの入り口を通して、小雨の降る薄暗い外を眺めていた。駅に行こうと思ってた。雨が降っているのは元々わかってたけど、実際目の前にして、傘を持ってみると、なんだかめんどくさくなってきた。


 あと数分も待ってたら、雨、やんでくれないかなぁ。予報では午後、次第に止むって言ってたんだけど。


 そうして行こうか行くまいか、待ち合わせがあるから結局は行かなきゃいけないんだけど、うだうだとする。


 エントランスの外、屋根のある柱の横に、見知った私服姿の男の子が居た。柱に隠れるようにして寄りかかっていたのを、不意に止めたから、私の視界に入ったんだ。


 私はガラス張り自動ドアを通って、雪にならないのが不思議なくらい寒い空気に纏われながら、Bに声を掛ける。


「やほ」


 気付いたBはちらりと私を確認したものの、すぐにそっぽを向いて「よー」と暗い返事を寄越した。なんで暗いの? 雨、降ってるから?


 でもこの前降った時『雪ならいざしらず、雨には負くるべくもない』とか言って真冬の雨の中を上半身ハダカで駆けずり回ってたじゃん。


「どーしたの? なんでお迎え?」


 返事は無かった。私を見ず、視点が宛もなく下の方を彷徨ってる。まぁ、いいや。話したくなったら話すでしょ。他の二人と喧嘩でもしたのか。しょっちゅうしてる気もするけど、これは深刻そうだ。


「とりあえず、行こっか」

 言って、私は傘の留め具を外してパサパサと振り開こうとすると。


「ちーと待ってくれー! …………話がある」


 やはりBはこっちも見ずに呼び止めた。その声は結構大きく、驚き、続く『話がある』の台詞は弱々しかった。ちぐはぐだ。


 一体なんだろう。そう思って、Bの横顔をまじまじと見て、ようやくその雰囲気に気付いた。


「あー」


 鼻の頭も、頬も。かすかに覗く首筋まで高揚してる。真っ赤だ。


 時折、息苦しそうに息を吐いたりしてる。

 よく思い返してみれば、声も微かに、掠れるように震えてた。その癖、時折力みすぎる。


 Bは極度の緊張に見舞われている模様。


 これは…………告白というやつではなかろうか。


 女っ気無い中等学生の周りで、ほぼ毎日、高等学生の異性と接触していれば、こうもなる。好感を持たれてるのは知ってた。でなきゃ毎日も会えない。でも、突然だなぁ。あー、クリスマスじゃん。突然でもないのかな。前から考えてたとか。幸い、休日といえど雨だからか、遠巻きに傘をさして歩く人がポツポツと居るくらいだけど、雰囲気ゼロだなぁ。そもそも頭の中が異性それ一色になってもおかしくない中等学生相手に、知り合って一年以上も告白されなかった私の魅力はどーなんだろう。


 Bから伝染でもしたのか、私の鼓動も早くなってる。それに急かされるように、なんか色々と照れとか嬉しさとかを誤魔化そうと、頭がぐるぐると下らない事を思考してた。


「だぁぁぁ!!」


 びっくりした。いきなりBは叫んだ。いや、多分数分ぐらお互い無言、微動だにしなかったから、溜める、備える時間は十分あったのでいきなりじゃないかもしれないけど。


 って、また余計なことを私は考えてる。


「好きだぁ! 付き合ってくれ!」

「ちょ」

 更に叫ぶ。


「声がでかいっ」と私は傘の先でBの足を刺した。


「いだ……わ、わりぃ」と一瞬、Bは素に戻る。それから気を取り直す様に、コホンと一つ咳払い。そしてやや震えた声。


「それでぇー……えー、その。…………いかがでしょうか」

「いかがって?」


 理解っていたけど、緊張でくらくら、鼓動がどくどく。私の頭は回らない。


「好きだぁ! 付き合ってくれ!」

「二回目!?」


 ンンッ、と喉を鳴らして、Bはまた姿勢を正す。


「そーいうワケで……えー。なんだこれ。なんて言えばいいんだよーぅ。だから、あー」

「――――いいよ」

 私はBの言葉を待たず、握手を求める様に右手を差し出した。


 Bはいい子だ。ちょっとバカで……いや、かなりバカだけど。コロコロ変わる表情は見ていて楽しい。だらだらーとしてる時も可愛い。間延びした喋り方も気がほぐれる。どれも自分には無いものだ。


 断る理由が無い。


「えっ……ーと。……マジで?」

 戸惑うBに、私は微笑んで差し出した右手をさらに少し前へ。


 するとBは、何か小さな逃げる生き物でも捕まえるように、両手でハシっと掴んだ。そうしてしばらく動かなくなったと思ったら。


 いきなり両手を離して振り上げて、

「ィィィィイヤッホーーーーゥッ!!」

 そのまま飛び上がった。そしてぴょんぴょん飛び跳ねる。


 もう、ここまで喜ばれると好きにしてってカンジだ。私はそれを苦笑しながら見てた。


 でも。


「もし今、服脱いで走り回ったら、ナシにするから」

と言うと、既に上着にかかり始めていた腕をそのままに、石像の様に固まったBは小さく「ハイ。ワカリマシタ」と言った。



 私もBも傘を持っていたけど、Bから熱烈に希望、説得されて今に至る。私は自分の傘を寮のエントランスに置いてきた。そしてBの傘に入っている。


 いわゆる相合傘というヤツだ。時折濡れるけど、なるほど。私達の距離は時折肩が触れるくらい近くて、これはいいものなのかもしれない。


 Bがバカな事しようとしたお陰で、雰囲気はもういつもどおりだった。

 適当な、無意味な、それでいて私にとっては最も重要な、おしゃべり。

 バカにして、バカにされて、二人で笑った。


 そうして駅が近くなった。駅の遊歩道、時計の下で二人は待っているらしい。二人に付き合い始めた事を言ったらどんな反応をするだろう。Cはつまんないだろうなぁ。内心、どう思ってるのかはわからないけど(私に惚れてて欲しいけど)表に出さないもんなぁ。


 Aは……どんな反応するかな。想像できるような、出来ないような。慌てるのか、騒ぐのか、知らんぷりしておいて、後で一人で悶えるのか。


 想像すると、わくわくしてきた。


「おーおー。それそれ」

「?」

 不意に、Bが口を開く。


「――――その、たまに見る笑顔が一番、好きなんだよなぁー」

 はしゃぐBの声が遠く感じた。


「まぁー、他のとこも好きだけどさぁー。ってうぉー、オレ何言っちゃってんの!?」


 周りに落ちる雨音も、微かな生活音も、雑音も、全てがフッと浮くように遠のいた。


 ――――彼が言った、一番好きな笑顔の時、私は一体、誰のことを考えていたのか。


 そう思うと、足が止まった。


「うぉっ……と」

 私が濡れない様に、Bも引きずられる様にして止まる。


 そしてBに向かって、ハッキリと口を開く。

「ごめん。やっぱナシに……じゃないか。私と別れて」


「おーい、それはいいけど濡れるぞぉー……って、ええええぇぇぇ!? よくない! よくない! よくないよー!? !? え? ちょ あれ? え」


 言葉にならずごもりながら、Bの周りにクエスチョンマークの嵐。

 私は顔を上げられず、Bのお腹あたりを見ている。


「ねー。私の一番の笑顔って、どんな時?」


 私がそう言うと、おどおどとしていたBの動きが無くなった。乱れていた言葉も無くなった。しばらく間を置いてから、溜息と共に微かな独り言が聞こえる。


「あーぁ。クソ。調子に乗りすぎた。やっちまったぁー」


 Bは頭をガリガリとかいてから、深呼吸を一つする。そして一歩、私に向かって踏み込んでくる。落ち着いた声が私に届く。


「どんな時って言われてもわかんねーっつーの。お前の考えてる事、さっぱりわかんねぇーもん」


 Bの手が、私の手に伸びてきて、掴む。持ち上げられて、傘を握らせた。


「でも、誰の事を考えてんのかはわかるぜー。言ったろー? お前が好きだって」


 私は顔を上げた。ニカッと笑うBの顔が近くにあった。


「ごめん」


 私が面と向かって言うと、途端に満面の笑みが崩れる。それでもBこらえた。歪んでるけど、笑顔を取り繕ってる。


「まぁー、わかってたけどなぁー。だから、わざわざ今日、迎えに行ったんだしさー」


 言いながら、ポケットに手を突っ込んで、Bは傘から出て行った。その台詞にドキリとして私は動けない。Bの方から私に会いに来たのは……Aより早く私に会うため。Bが告白したのもきっと……。


 ぬか喜びさせちゃったのか。私がちゃんと考えなかったから。


「そっか。ごめん」

「いい夢見させてもらったわぁー。嫌味じゃないぜー? ここ十分くらい、オレは世界で一番……あいつよりも、幸せな男だったんだ」


 言いながらBは振り返って数歩歩く。私のさした傘から抜けて、小雨の中へ。私に顔を見せられない理由でもあるんだろう。


「……ごめん」


 Bの背中に投げかけると、悶えて、頭を抱え叫んだ。


「だぁぁぁぁ!! それ以上謝んなよぉー! 正直、泣きそうなんスわぁー」


 それを聞いて、私は傘を捨てた。

 開いた両腕を広げて、笑みを作る。


「じゃあ泣とく? 飛び込んでもいいよ」


 冗談めかして、まるでいつものように、軽い口調で言った。


 でも、もし本当に、飛び込まれたら――――その時から私は変わろう。


 全てをBに捧げようと思った。


 Bは潤む瞳で振り返った。私をしっかりと見る。強い歩みで近づいてきて腕を振り上げた。


 怖くは無かった。殴られようとも、構わなかった。


 振り下ろされた腕は急激に速度を落とし、手首だけで私の頭を軽くはたく。


「あたっ」と、つい声が出た。


 私は頭を擦る。Bは、落ちた傘を拾いながら、

「自分をフッた女の胸じゃ泣けねーよ、ばーか」

 と言って、それを差し出してきた。それを受け取る。


 私は傘をさしたまま。Bは小雨にうたれながら、しばらく見合っていた。

 小雨がしとしと、Bの頭や肩を濡らしていく。


 これ以上、濡らしちゃいけないな。


 そう思った時、どちらからともなく「じゃあね」「おー」と、いつものやり取りをして別れた。


 しばらく歩いて振り返ると、遠くでBとCがじゃれあっていた。Cはどこからか覗いていたんだろう。Cが茶化し、Bがムキになって反応する会話が聞こえてきそうな様子だった。


 大丈夫そうだ。

 そう思って、私は前だけ見て歩いた。


 遠くから叫び声が聞こえた。泣き声でもある。


「忘れんなよぉぉー! たった十分、世界記録並の短さでもなぁー! (あいつ)よりも早く、お前に告白して、お前の初めての彼氏になったんだかんなぁー!」


 うわぁー。ここは駅近く。周りの人が何事か? とチラリチラリと振り返ったりしてる。でも振り返りたくない。周りに知り合いと思われたくなーい。


 それでも、聞こえたよ、と私は手を上げた。

 ありがとう。嬉しいよ。そう届かない言葉を胸に抱いた。



 遠くからでもAは目立つ。高い身長、周りからどう見られるかを想像できない、幼さの残る威圧的な素振り。顔はよく見ると端正で、ハーフっぽい。

 傘をさし、小脇に茶色い紙袋を抱えて、立っている。


 Aが私を見つけた。目が合う。

 何も言わず、私たちの距離は近づいていく。


 普段の距離になる。手を伸ばせば届く距離。だけど今日、Aは違った。Aは更に一歩、強く私に踏み込んでくる。それだけじゃなかった。


 腰をさらう様に、腕を回され、抱きすくめられた。


(わっ…………)


 それっきり、私の頭は真っ白になった。傘を取り落とした。Aの胸に顔がつく。鼻孔に侵入してくる香りに身体が硬直し、思考の復帰もままならない。


「ずっと我慢してた。もう抑えらんねェ。――――好きだ、優柳」

 腰に回された腕に、力がこもる。


「オレは喧嘩じゃ負けた事がねェ。負ける気がしねェ。でもいつか、それ以外の事で負けんだろうな。でも、テメェが横にいれば、オレは負けねェ。テメェが横にいるだけで、オレは最強になれる。この世の全てからテメェを守ってやれる。だから一緒にいて欲しい。付き合え」


 なんの脈絡もない。意味もちょっとわからない。


 でも身体わたしは勝手に動いた。Aの腰に腕回して、負けないくらい、強く引き寄せる。言葉も勝手に吐き出された。


「うん。私も。手が止まるとAの顔が浮かぶ。次にいつ会えるのかって、考えてる」


 押し付けられる様だった胸に、逆に擦りつけるように顔を埋めて、身体を預けた。


 心地よさが身体に広がって、満たして、溢れるようだった。


 私は世の中が嫌いだった。自分を理解してくれない他人(たにん)が、許せなかった。でも、Aに会ってから全てが変わった。一つの感覚、誰にも理解されない感覚を諦めた代わりに、(えがお)も、(ゆうじん)も手に入れた。残りは素直さくらいだろう。それも、今日、一歩進んだ。今のこの、素直になった気持よさを忘れなければ、また万にもなるんだ。


 ふと、Aに抱きとめられていた方腕が緩む。私が顔を上げて見ると、背けたくなる程近くに、Aの顔があった。でも、その青い瞳の奥の真剣さに射抜かれて、顔も背けられなかった。


「優柳……」


 私の名前を呼ぶ声が揺れる。求められているような、その言葉に身が震えた。


 私は目を閉じ、顎を上げて、許可を出す。

 でも、いくら待っても来ない。


 代わりに、Aの言葉が聞こえた。


「テメェ、歯ぁ磨いてんのか? テメェが磨いてんの見たことねェ。……雰囲気壊すようでワリィんだけどよ」


「………………?」


 その言葉の理解するのに数秒かかった。閉じていた目を見開いてパチクリしてから、胸の内で復唱して、ようやく理解した。


 理解して『えぇー! やだー、もぅ。磨いてるよっ。会うのは放課後だけ、一緒に住んでるワケでもないんだから、見るわけないジャーン。ほらっ、はやく、んちゅー!』とでも言える可愛げある女なら良かったかもしれないが、あいにくと私は違ったので、直ぐに懇親の力を振り絞り、全体重を乗せ、踏み抜く勢いで、踵をAのつま先に落とした。


「っ。……だぁあああああッ!!」


 私を抱いてた腕も離して、Aは叫び、つま先を抑えてぴょんぴょん跳ねると、それでも耐え切れないのか、しゃがみ込んだ。


 ふぅ、と私は怒りの溜息が漏れる。冷めた眼でうずくまるソレを見てた。

 Bにしとけば良かったか。世界記録、更新しちゃう? もういっそCでもいいかもしれない。


「ぁぁぁ……クソッ。ウソだろ。骨イッたんじゃねェか、コレ」


 Aは痛みに悶えながら、ブツブツ喋る。あいにく革靴だったから、骨はイッて無いよ、多分。でも爪の二、三枚イッたんじゃない? ざまーみろ。


「Aの好きってさー。抱き合って、見つめ合った上で、そんな事が気になっちゃう程度なんだ」


 はーん。そーですか。ふーん。と私は腕を組む。


 Aは舌打ちしつつ、

「だってよ……オレは数日前から覚悟してた。テメェは違ぇーだろぅが。それに……テメェと初めてするソレは……オレにとって特別なんだよ。気にしねぇ方がおかしいだろッ」


 痛みからか、Aは若干キレ気味だった。


 私はそんな言い訳を聞いても目を細め、フンッと怒り顔で背を向けたまま。


 でも内心、あー、なるほど。今日から毎日、気をつけておこー。とか思って、さらにその背後で『私は特別』の文字が小躍りしてた。


 まぁ、仕方ないから許してあげよう、という雰囲気を、やや大げさに(かも)しつつ盛大に溜息を吐き出してから、

「お腹すいた」

 と言うと、私が踏んだ足で地面をトントンと叩き、感触を確かめながらAは立ち上がり、

「おー、どうすっか」

 と、いつもの雰囲気になってしまった。


 雨の中、長く歩くのも面倒なので、近くのコンビニで軽く買う事になった。商品をあーだこーだ選ぶ間も、レジで精算する間も、Aは邪魔そうに茶色い紙袋を小脇に抱えていた。


 コンビニの自動ドアを通って、傘を開こうとしながら、尋ねた。


「それ、なに?」

「ぁん? あぁ……忘れてた」


 そこそこの大きさがあるそれを、Aは本当に忘れてたらしい。傘を持ち上げた私の前に、それを差し出してきた。そっぽを向きながら短く、

「プレゼント」

 と告げて。


 私は一度、目の前の紙袋を見てから、もう一度Aを見る。照れているのか、なんの面白みもない雨雲に満たされた空を見上げていた。私は小さく笑ってから、受け取った。


 私たちは歩き出す。傘を肩で抑えるようにして、両手で紙袋を持った。結構重さがある。大きい? 袋は膨れきってる。紙袋の折り目に読めない筆記体の外国語が記されたシールが貼ってあった。ブランド物? 少し、胸が高なった。それをペリっと破れない様に丁寧に剥がして、それを取り出した。


「わぁー…………」


 思わず声に出た。フカフカの四肢。付けられた紋章の様なタグは、確かに何かのブランドを表している。かなり強いデフォルメされた外見は可愛さを存分に引き立てている。持っただけでわかる。そこら辺のUFOキャッチャーで取れるモノとは質が違う。


 くまの人形ぬいぐるみ、だった。


「あー…………わぁー」


 思わず、二度目が声に出た。いや、違う。掛ける言葉が見つからないんだ。私の頭はぐるぐる回ってた。


 果たして私は今まで、この男の前で『くまの人形』が好きだと一度でも、ウソでも、冗談でもいいから発言した事があっただろうか、いや、ない。それとも私が、初等部の小さな女の子の様に、くまの人形を貰って手放しで喜ぶとでも思ったのだろうか。もしそう見られているのなら期待に応えたい気もするけど、私はクールに微笑むお姉さん的な演出で通っているのでちょっと厳しいかもしれない。


 実は私は初等学生だったとか。いや、そんなわけ……あれ。混乱してきた。


「それ、なぁ……つーか、ホントは先に渡そうと思ってたんだけどよ。フラレちまったら、ほら、アレだろ? でも、なんつーか、テメェの顔を見たら、いっぱいいっぱいで……」


 照れ隠しなのかブツブツと言い訳を……というか。Whenじゃなくて、Whyが聞きたいんだけど。照れつつ、的はずれな言い訳をこぼし続ける彼氏(できたて。足掛け一年と八ヶ月)に対して『なんで(コレ選んだの)?』と呆れた眼で言うのは容易いが、できればその気持を受け止めたい。その葛藤に私は停止していた。


 頭の代わりに淡々と動いてた足も止まる。後ろから下品な笑い声が聞こえたのだ。


「グヒャヒャヒャヒャッ。マジで渡しやがったぁー! しかも優柳、めっちゃ悩んでやんのー! ウヒ、ヒャヒャヒャ!」


 その聞き覚えのある声に振り返った。さっきまで居たコンビニのゴミ箱の前、Bが転げそうな勢いで、腹を抱えて笑っていた。


 一目見て理解した。このAHO(アホ)BAKA(バカ)にそそのかされたのだ。告白を失敗させる為、とかだったら、納得は出来ずとも理解はできるけど。あの笑い方からして単純に『面白そう』だったからそうしたんだろう。


 ブツブツと言い訳を続けてたAはBの爆笑に気付かなかったらしいけど、それでも流石に、立ち止まった私に釣られるように止まる。そして私の視線の先を追ったんだろう。


 その瞬間、物陰からCが表れ、笑い悶えるBの首根っこを掴んで路地裏に消えた。


 Aはそれを目撃出来なかったらしく、私が立ち止まった事も合わせて、表情に疑問符がいくつも浮かんだ。


「あっはは!」

 つい、笑ってしまった。隣に立つAが驚く。


「あ? なんだよ、一体……」

 少し不機嫌そう。それに対して、私は、

「あー、なんでもないっ」

 と告げて、走りだした。あの二人、まいてやるー。


「はぁー? なんなんだよっ。教えろっつーの。つーか、コケるぞ、ボケ」

 Aも走って追ってくる。台詞だけではキレ気味だけど、半分、笑ってる。


「なぁーんでもないってばー」


 Aが追ってくる。楽しい。あー、端から見れば、かなりバカなカップルだろうな。そう冷静に分析する思考はあったけど、目の前の楽しさには勝てなかった。


 とかやっていたら、本当に転んだ。痛い。


「アホ」と冷たい罵声が小雨とともに私に降り注いだ。アホにアホって言われた。

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