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朧車  作者: 赤丸朧
第4幕 しょうがい
48/51

12場

「はぁ……はぁ……」


 息が切れる。立ち上がろうとして、膝が笑う。それでもなんとか立ち上がった。左腕が震えるてる。守る様に自分の身体を抱く。


 圧迫されるような恐怖感から、つい、目の前に無造作に倒れている殺し屋ちゃんから後じさり、何もない地下墓地の周囲をキョロキョロと回りを伺ってしまう。


 あっと言う間の出来事だった。

 死ぬかと思った。殺されると思った。


 殺し屋ちゃんは遠慮なくパンパン銃撃つし、ポンポン爆弾投げるし。


 構成員くんと何時間も話し合って、ついでに屋上で取っ組み合いまでして練習して、かなりの想定を立てたというのに、その作戦パターンのどれも殆どを使わなかった。


 使えなかった。殺し屋ちゃんの行動に対応するのが精一杯だった。


 しかも亜因果まで使われた。殺し屋ちゃんの亜因果。多分アレだろう。


 赤と青と緑、三種のぼやけた空間。眼を思い切りつぶった時に見えるアレに似ている。それが実際の視界に重なってるような感じだ。一番最初に見た時は幻かと思った。でも赤い空間の中を殺し屋ちゃんが瞬間移動してわかった。青は多分、防御。二度目の手榴弾の時に見えた。体育館で足を撃とうとしてかわされた時も、きっと使っていたんだ。緑はわからない。


 構成員くんめ。何が『一人の人間には、一種の亜因果しかありません』だ。断定するから信じちゃった。三種類もあるなんて聞いてない。


 それもこれも、『あまり期待しないで下さい』と前置きされて渡された『魔法のコンタクトレンズ』が付けていたからだ。これは役に立った。これが無かったら、事前にどこに殺し屋ちゃんが来るかわからなかった。


 役だった構成員くんの助言といえば『ソード1は近接攻撃を好むようです。銃でいい筈だった場面で、ナイフや関節技を使った記録が複数あります。亜因果もそれに関する可能性があります』というのぐらい。


 最後、私の近くに赤い空間を通って現れた時、その助言を思い出してスタングローブを使った。それも考えてやったという訳でもない。表層思考は完全にナイフに気を取られてた。


 そうやって、頭が勝手に、ここ一分間程の記憶を鮮明に掘り返し、分析して弄り回して、結論する。


 ――――私は生きてる。殺されなかった。殺し屋ちゃんを倒した。


 二度目の爆弾を防いでから、頭がクラクラする。吐き気もした。音か、衝撃か。たぶん、爆弾相手には、その二つは同意義なんだろう。


 右手の感覚が異常だ。温かい粘度の高い液体が滴っている感触。流血しているのはわかる。でも鉄でも詰まったようにパンパンに膨れ上がる感触に、ピクリとも動かない。


 背中は相変わらず鈍痛を訴えている。感覚では指一本分横にしたぐらいの長さ、深さで抉れてれ、凹んでいるのがわかる。ドレスに血が染みて、べったりと張り付いてる。


 大丈夫。身体は動く。構成員くんの作戦を続けなきゃ。


 左手で『まさか貫通したりしてないよね?』とお腹を擦り、血の感触もなく肌触りのいいドレスの生地を弄んで安心する。


 右手では、コートの裏、やや右よりの背中に持っていた拘束具を探す。これを殺し屋ちゃんに着せなきゃいけない。そういえば撃たれた所だ。背中に傷があるって事は弾が拘束具を貫通しちゃった……? 壊れてなきゃいいけど。


 拘束具が上手く取れない。ちゃんと見てないからかも知れない。さっきから私は、倒れている殺し屋ちゃんから殆ど目が離せない。


 怖い。今すぐ起き上がる気がする。そしてまた私に襲いかかるという想像が、こびり付いて離れない。拘束具を着せようと、近づいた所をガバっときたりとか?


 結局使わなかった、使ってもヘルメットを被ってた殺し屋ちゃんには効かなさそうな、閃光爆弾なんかより、三メートルくらい長さのある棒が欲しかった。つついて、気絶してるか確認したい。近づきたくない。


 そこまで考えても、拘束具はまだ取れない。コートの裏に強力なマジックテープで固定されてるだけだ。引っ張れば取れるはず。


 右手で取るのを止めて、左手でそれを確かに掴んだ。思い切り引っ張ってみると、ベリベリと音を立てて、案外すぐとれた。


 右腕を動かしてみる。袖口が血で重く、少し持ち上げると、ポタポタと血が滴ってるのが見えた。早く止血しないといけないかもしれない。包帯なら同じくコートの裏にある。


 あれ? 右手が見えない。

 痛むのを想像して、そっと、馬鹿みたい大きく、血を塗れて重くなった袖口をつまんで、めくっていった。


 ………………?

「………………」

 ………………。


 よくわからないけど、右手が無かった。


 手首から先が無い。


 断面には赤い肉。微かに白いく見え隠れする骨。そこから溢れ流れ出る黒い血。


 視界に映るそれを理解した瞬間、ブラックアウトする。


 倒れこむ先、灰の地面に左手をついて、右手を庇うように三つん這いの形になった。その衝撃で、意識は途切れずに居る。


 でも相変わらず、目を開けているのかわからない程、視界が黒く満ちたり引いたりする。気を抜けばすぐにでも意識が無くなりそう。


 この体勢はよくない。簡単に倒れ込める。起きなきゃ。

 状態を起こしたものの、正座のようになるだけで、立ち上がる事ができなかった。


 私は、二度目の爆弾が使われた辺りを見た。その時から右手首の感覚がおかしくなったんだ。黒ずむ視野に目を細め、落ちてる筈のそれを……って何を探してるの私は。意味無さそう。


 どうしよう。

 そうだ。止血しようと思っていたんだ。包帯は要らなくなったんだから、少しラッキーだ。


 私は重い上半身を起こした。上手く動かない。頭が天井を仰ぐ。倒れないように、しばらく耐える。


 止血の方法は教わっている。えーと。四肢から出血した場合、心臓に近い動脈を……それってどこだっけ。わからない。上手く思考がまとまらない。

 とりあえず、左腕でコートに備えついてる細い止血用のベルトを締めていく。思い切り引っ張るだけで、ベルトのツメは狭い方、狭い方の穴へと移っていき、外れない。


 よくわからないから、右腕の全てのベルトを締めた。


 あとは……そうだ。殺し屋ちゃんを拘束しないと。

 正座から、片膝を立たせる。震えて、それすら維持が難しい。もう片足を立てようとして。


 今度は左手を着く暇もなく……いや、暇はあったけど、左腕は動いてくれなかった……倒れこんだ。正面から灰の中に埋まる。顔に灰がつく。


 あぁ、これはやばい。でも何がやばいのかはよくわからない。

 とりあえず立たないといけない。全神経を使う。全ての感情も高ぶらせる。そうしても、うつ伏せから仰向けになる。それでもう、身体のどこも、指先も、まぶたすら、動かせなくなった。


 そして。まばゆく一面の灰を照らしている筈の天井が、暗かった。

 何も見えない。ほんの僅かに残った意識が、尋ねる。


 どうなるの?


『貴女が死亡した場合、僕の行動は当初に近いものになります。ソード1が彼に疑問を持つ前に、殺害します。その後、保身に走りますが、それに失敗しても彼や先輩は問題ありません。貴女と同じ方法で、僕の記憶も全て消しておきますので』


 記憶。そうだ、記憶を消さなきゃ。


 左腕を動かし、コートの裾を引っ張って、ポケットに手を入れる。さっきまでぴくりとも動かなかった癖に、それだけは動いて、笑いたくなった。吉祥天の加護かもしれない。それが出来ないと、サッチに不幸が訪れるからかな。助かった。


 表情一つ動かない。


 それでも左腕はちゃんと一通だけ、胸の上まで持ってきた。引っ張られた他の手紙は周りに散った。


 どれでもいい。一つ封を切るだけ。左腕は動く。


 封筒の隙間に、指を差し入れた。


 でも。

 …………でもさ。



 ――――嫌だ。



 嫌。嫌。

 叫ぶ。

「……っ……ぃ……」

 声にもならない。身体は動かない。



 嘘だよね?

 こんなの嘘だよね。



 助けてくれるよね、構成員くん。



 助けてよ、ラミィ。助け――――――。



 薄れる。保てない。消えていく。その前に。


 封を切らないと…………でも、それはなんで?


 封を切らないと、私の記憶が消えない。構成員くんも言っていた。他人の記憶を抜く魔法か技術が学園にはあるんだ。


 そうすればラミィが危ないんだ。BとCの目の前でラミィが死ぬかも。そうでなくてもBとCが居なくなったラミィを探せば、学園に関わってくる。構成員くんは言うに及ばず、構成員くんと私が居なければサッチが。叔父様も叔母様だって、私が消えたら放って置かないだろう。



 あぁ、みんなだ。みんな大変な事になる。

 もしかしたら、みんな死ぬかも。

 なんだ。



 ――――だったら封を切らなければいい。



 私は死ぬんだ。


 その後どうなろうと、そんなの知らない。知りようがない。


 私は、みんな大好きなんだよ?

 だからみんな――――一緒に来て。



 ――――――――――独りでなんて、嫌。

 ――――――――――独りなんて、耐えられない。



 そうして。

 微かに残っていた思考は消えた。

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