表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朧車  作者: 赤丸朧
第4幕 しょうがい
47/51

11場

「優柳! そこにいるの?」


 彼女は扉の向こう、遠く立ち尽くす優柳に届くように、声を荒げた。

 言いながら拳銃をホルスターから抜き、スライドを引いて装弾、確認。そして戻す。


 返事を待たず、また声を上げる。


「話をしましょう。貴女の目的はなに?」


 ベルトで肩から下げられた短機関銃の安全装置を外し、レバーを引いてから、戻す。


「私が憎いの?」

 返事は無い。


 光輪は、無限の硬度を持つ盾にもなり得る。それも意識すれば一瞬で出現する。攻撃が届く一瞬の間を作らなければいけない。


「彼の遺灰が欲しいの?」

 彼女は腰から破片手榴弾をとり、ピンを抜く。レバーを握りしめ、投擲の構えを取る。


 返事は無かった。細かな位置まではわからない。しかしシステムは優柳の移動を告げていない。

「もしそうなら――――」

 言いながら、手にした手榴弾のレバーを離し、起爆時間を調整する。


「――――これを受け取って!」


 それと同時に、扉の中へ強く放り込む。一瞬だけ中が見えた。手榴弾は優柳の数メートル前に落ちる軌道。宙を進むそれを優柳がしっかりと見ていたのも見えた。


『彼の遺灰』


 そう言われて投げられたモノに、優柳は興味を示すだろう。

 優柳が防御するには、まずそれが遺灰に関係しないものだと理解し、更には自分に害を及ぼす物だと結論する。それをわずか一、ニ秒の間に行わなければならない。


(間に合うわけがない)


 それが彼女の判断だった。


 投げ終わってすぐ、彼女は短機関銃を構え、爆発後の突撃に備えて――――。


 ゴン。


 彼女の背後で、重い物音。次いでさらに背後の床に『コン』という音。

 まるで――――手榴弾が自分の背後の壁に当たって、床に落ちたかのような――――。


 彼女の判断は早かった。振り向くことすらしない。


 亜因果を使う。距離の短縮。二つの領域。

 ひとつ。一歩を前に踏み出すだけで、扉の前へ。

 ふたつ。身体の向きを変える余裕もなく、倒れこむようへ扉の中へ。


 一面に敷かれた灰の中へ、彼女は倒れこんだ。その後、扉の向こうで大爆音。全身が痺れ、腹の中が叩かれる。


 その衝撃に耐える。


 思考が真っ白になる。自分が生きている事を理解するのに、一瞬、時間が必要だった。


 彼女は顔を上る。作る表情は驚愕だった。光輪で防御されるどころではない。攻撃が、そのまま反撃に転用された。


 彼女から二十メートル程、遠くに立つ優柳も目を見開き驚いていた。突然投げられた物が手榴弾だった事か。光輪を通して返した筈の手榴弾から彼女が生き延びた事か。それとも、優柳から見て、不自然な高速移動をした彼女にか。彼女が身を包む漆黒の戦闘服にか。


 二人が思考を取り戻したのは同時だった。


 彼女は上体を起こしざま、短機関銃を肩に当て支え、単射で発砲する。優柳は自身の前に光輪を発現させる。彼女が引き金に力を込めた時には、優柳の姿は光輪に包まれていた。発射された弾丸は何処かへ消えた。


 彼女は膝立まで体勢を整え、さらには立ち上がるたものの、続く牽制射を放てずにいた。状況を理解するのに間が必要だった。


 優柳が盾の様に出した光輪の中に、人影があったのだ。その人影は、黒い防護服を身に付け、短機関銃を構え、背を向けている。


 彼女は背後を見て、ぞっとした。


 もうひとつの光輪が、盾の光輪がAとするなら光輪Bが、彼女の背後、壁に張り付く様に存在していた。その中にも自分が居る。まるで合わせ鏡のように、彼女は二つの光輪に挟まれて立っていた。A表から入った弾丸は、B裏から出現する。


 もしも単射ではなく連射であったなら、自分で自分の背中に弾丸を撃ち込んでしまったかもしれない。その事実が、彼女を震え上がらせたのだ。


 その恐怖は、彼女をさらに冷静にさせ、怒りにもにた能動性を増させた。


 背後の光輪Bが壁際にあるのは、B表から通して、A裏に居る優柳に攻撃が届くことを警戒しているからか。


 そう考えると、彼女の中に、微かな違和感が湧く。


 感情的にP5を撃ち、目の前に恋人の敵が居る状態のただの学生が、そんなことにまで気をやれるものだろうか、と。


 しかし、そんな勘の様なモノは、対応に必要な状況を分析するのに邪魔なだけだった。


 優柳は反応が早く、光輪の出現位置も正確だ。それでも、光輪は見て反応しなくては使えない。それなら視界を奪ってしまえばいい。そしてこちらは装置により暗視と赤外線視覚化ができる。優柳が光輪に隠れた今のこの状態なら、こちらの行動は見えない。優柳は光輪から頭を出し、こちらを覗いてもいいが、その瞬間、反応するより早く眉間を撃ちぬく。彼女はそう結論した。


 彼女は両手で構えていた銃を、優柳が隠れる光輪に向けながら、ゆっくりと片手に持ち替える。空いた手で腰についた発煙手榴弾に手をのばす。そこまでしても、優柳は光輪に隠れたまま動かない。


 手榴弾のピンを口に咥えて抜いて、前方に放る。


 その瞬間に全てが起こった。


 視界の真ん中に捉えていた盾の光輪が、なんの前触れも無く消え、優柳が小さくしゃがむ姿を晒す。その代わりの様に現れた小さな光輪に、放った手榴弾が吸い込まれて光輪ともども消える。盾の光輪の左右どちらかから顔を出すとばかり思っていた銃口に、狙いを定める必要性が生まれる。そのわずかな間に優柳は自身のすぐ横に、穴の様に光輪を作って中へ、最小限の動きで入っていった。


 彼女は驚愕した。様々な思考が、彼女の頭を駆け抜けていく。


 なぜ手榴弾を投げる事が分かった? どうやって位置を知った? そんな事よりも、やはり何かがおかしい。亜因果を持っている事は戦闘能力に直結しない。亜因果を持っただけの人間に、ここまで正確な対応なんてされる筈がない。優柳の動きは何か違う。知らない何かがある。


 その中で最も強い疑問が彼女を突き動かした。


(どこに行った!?)


 銃を構えていた、優柳が居た筈の正面は、一面、灰ばかり。優柳が中へと消えた光輪。遠くねずみ色の鋼鉄の壁。彼女は銃を構えたまま、体ごと大きく振り返る。背後、正面よりは近くに壁。開けっ放しの扉。もう一度勢い良く正面へ銃を向ける。


 そこにも優柳はいない。どこにも居ない。


(逃げられた……?)


 違う、違う、そんなワケがない、と彼女の内心が否定する。


 二度、予想に裏切られた。一度目、最初の手榴弾。二度目、発煙手榴弾。

 予想が、三度目もあるぞと告げている。


(なら、一体?)


 ふと、二秒ほど、彼女はそれを見つめ続けてしまった。


 優柳が落ちて消えた光輪の穴が、まだそこにあったのだ。


 あの中に入れば、優柳を追える?


 そうも思ったが、二秒も凝視してしまったのはそれだけではない。


 黒い何かが光輪の縁に落ちている。


 ディスプレイに映るその映像に、彼女は目を細める。


 ……いや、落ちているんじゃない。引っかかっている?


 黒い――――手袋をした片手が、光輪の外側につかまっている。


 彼女はそう理解した瞬間、銃を連射に切り替えて、自分の頭上に向けて撃ち放った。同時に顔も上げて、引き金を引きながら狙いを絞っていく。


 彼女の頭上、十数メートルの高さの空間に、優柳がいた。優柳がいた。空中に浮く光輪に片手光輪だけでぶら下がりながら、片手で閃光手榴弾を準備していたが、驚きと共にすぐさま掴まっていた手を離し、新たに光輪を作りなおして射撃を防ぐと同時に、その穴にまた落ちていく。


 彼女の背後、音にもならない空気の振動、気配とも呼ぶべきものが現れる。優柳がそこに着地したのだ。彼女はすぐさまそれに反応し、銃口を向ける。引き金を引くより早く、優柳は光輪の盾を作っている。


 優柳の判断や反応より早く、攻め立てなくてはいけない。彼女はそう考え、亜因果を使うことを決める。


 亜因果を取り締まる立場の自分が、積極的に使う事も躊躇われるし、使用すれば体調が悪くなるのも使わない理由の一つだった。だが、それ以前に、人を殺すのにうってつけの武器、銃器を、彼女は与えられている。それを使用する技能もだ。


 人を殺すのに、超常的な能力は必要なかったのだ。


 今までは。


 彼女は集中して、優柳の背後、光輪の向こう側へ回り込む道を、領域を作り出す。


 その領域に飛び込むだけで、数十歩分の距離を、一歩分の時間で進む。


 優柳の背後に回り、振り返りざま、驚きに目を見開く優柳に――――彼女も驚いていた。一瞬にして背後を取ったというのに目があった――――引き金を引く。フルオート。しかし彼女は三発も撃つと引き金を離す。優柳の光輪が、そしてその中に彼女の背中があった。


 しかし、優柳が慌てたのか。それともそこまで意識する時間が無かったのか。


 光輪の中の彼女の背中は、先ほどよりも近かった。


 つまり。


 彼女は振り返る。そこにある光輪Bも近い。そして、壁に密着していない。光輪Bの向こう側は、優柳の隠れる光輪Aにつながっている。


 また亜因果を使って回りこんで射撃をする――――そう一瞬、考えたが取りやめる。今、それが失敗したばかりだ。銃口を構えて狙い、引き金を引くより、優柳がそれを見てただ反応する方がはやい。


 彼女は腰から焼夷手榴弾を取り出し、ピンを抜き、レバーを離して起爆時間を待つ。そしてそれを思い切り振りかぶって光輪Bの向こう側へ投げる――――フリをした。


 彼女が振り返ると、優柳はしゃがんだ姿勢で姿を晒している。さっきの発煙手榴弾の時の様に無効化しようとしているのだ。彼女は片手で短機関銃を向ける。そして射撃は間に合わない。また優柳は光輪の盾を作っていた。


 これで彼女は確信した。方法はわからない。だけど優柳は、光輪に隠れながらも、しっかりとその目でこちらを見ているのだ。


 そして。


 起爆時間が迫った焼夷手榴弾を光輪Bの向こう側へ投げる。優柳は光輪の連続使用が出来ないのか、それとも慌てたのか、彼女にはわからないが、今度こそ手榴弾は邪魔されずに光輪Bの近くに落ちた。意識して、爆炎と燃焼剤が光輪の中へ向かうように、亜因果で領域を作る。


 そして彼女は未だ優柳が隠れる光輪の方へ、両手でしっかりと持ち、銃口を向けた。焼夷剤が自分に届かぬよう、背後にも領域をつくる。

 着火するまで、もう一秒もない。


 さぁ、光輪を解け。さもなくば焼け死ぬぞ、と。


 焼夷手榴弾が炸裂する。


 一瞬だけ、それこそカメラがシャッターを切るような一瞬。優柳の姿が見えた。彼女が引き金を引こうとする間も無かった。新たな光輪が表れ、また優柳を守っている。


 しかし、その光輪の向こうで。


「ぅぁああっ」


 悲痛な優柳のうめき声が、装置を通して彼女の耳に聞こえた。光輪を閉じるのが遅れたのだ。程度はわからない。しかし、燃焼剤が何処かに付着したのだ。


 そう思い至ってからの彼女の行動は早かった。


 光輪の右側へ迂回する形で領域を作り、肩から短機関銃のベルトを外し、その領域へ投げ込む。それと同時にホルスターから拳銃を抜き、光輪の左側へ領域を作り、自身はそこに飛び込む。


 囮と、本命の二つが、優柳を挟み込む。


 光輪に隠れながら、短機関銃に気を取られる優柳の背後に回った。優柳は完全に彼女を見ていなかった。投げられた機関銃が地を跳ね、その勢いのまま空中で幾度も回転するを見ている。しゃがみ込んでいるその背中に、彼女は躊躇いなく三回、引き金を引いた。


 一発目。

「ぐっ」


 うめき声と共に、優柳の体がビクリと跳ねた。

 二発目、三発目はすぐに光輪を出されて防がれる。


 ――――まだ生きてる。


 しぶといな、と思考の隅で彼女は思った。経験からして、ここまで追いすがってくる生徒は未だかつて居なかった。その反応の良さ、亜因果使用の正確性。


 彼女は思考する。優柳の姿を思い返す。


 片手で顔を抑えていた。身体の何処かが燃えている様子はなかった。焼夷剤はほんの僅か、顔に付着しただけなのだろう。致命傷にはならない。


 さらに一発の着弾。対人用(ホローポイント)の弾丸が胴体の何処かに当たった。しかし、彼女が身にまとっていたのは、学園従者に支給されるP5のコート。ある程度の防弾と防刃機能がある。こんな事なら対防護用(アーマーピアサー)しておくべきだった。


 これも致命傷には至っていない。


 優柳は囮の方向に対して光輪を出して居なかった。動くものに対して即、防御をするのではなく、銃を向けられて、それが危険だと判断してから盾の光輪を出しているのだ。


 それが射撃に対して間に合うという事実が、ここまで手間取る原因だ。

 彼女は次の行動を決める。その行動を決めるまで、一秒の半分もかかっていない。


 拳銃を握っていない方の手で、破片手榴弾を腰から取り、口でピンを抜き、レバーを離す。


 起爆まであと五秒。


 ニ秒だけ待つ。優柳は動かない。動けないのか。光輪の盾の向こうで痛みに耐えているのか。それでも気絶や死亡はしていないのが、未だ光輪が盾になっている事からわかる。


 あと二秒。彼女は回りこむ様に領域を作り、飛び込む。

 進んだ先で、彼女は棒立ちして、ゆっくりと振り返った。


 片手で顔の半分を抑える優柳の片目が、驚愕と恐怖、危険の判断をしようと見開く。その視点は、彼女のブラリと力を抜いて持たれる拳銃に注がれる。


 そして二人は止まった。光輪は出ない。出さない。拳銃は向けらていない。向けられていない優柳は危険と判断しない。できない。


 彼女は音もなく、手に握られた手榴弾を優柳へ、差し出す様に向けた。それでも優柳は判断できない。爆弾とは近くにいればいるほど危険な物で、それを使おうとする人間が手にしている間は爆発する事がない。それが当然であり、また優柳もそう思うだろうと、彼女は予測していた。


 手榴弾が起爆する。彼女は手榴弾を弄ぶように宙へ放し、その腕を引き、衝撃に備える。宙に浮くような、移動していない手榴弾に対しては、光輪で遠くへやる事もできない。


 爆発した。二人に向かって、炎と音と煙と、不可視の殺傷破片が降り注ぐ。


 彼女は全神経を研ぎ澄まし、自分の全身に領域を作っていた。一メートルにも満たない空間が、三百メートルを超える『距離』になった。彼女に襲いかかる筈だった光以外の全ての現象は、その距離に効力を激減させられ、飛散する筈だった破片は重力に引かれるまま地に落ちる。


 爆発する直前、優柳が光輪を出すのが見えた。だけどそれは危険に対して判断したわけではない。今まで優柳が光輪を使う時、身体はほとんど動かさなかったが、今回は自分の顔をかばう様に腕を動かしていた。彼女が防御の構えを取った事に対して、釣られるように身体のうりょくが勝手に反応したのだ。


 だが、そうして体勢を崩した所為(せい)で、光輪の外の地面に右手を着いてしまっていたのを、彼女は見逃しては居なかった。


 爆発が終わる。


 彼女は小さな立ちくらみと、大きな不快感を脳に感じる。亜因果の弊害だ。ここまで全力で使う事は、生きてきた中で数えるほどしか無かった。


 彼女の周りには、終ぞ人を傷つける事の無かった破片が円を描くように落ちている。優柳の方面には舞い上がった灰が、一寸の先も見えぬほど濃く漂う。


 すぐに灰は地に落ちきり、視界が晴れてくる。優柳が出した光輪はまだそこにあった。その光輪の外、右手を付いていた部分、灰に混じり見難いが、放射状に微かな血の跡が見えた。


 優柳はまだ生きている。

 それどころか。


 彼女は自身の眼を疑った。亜因果の弊害により、思考が鈍重としていた所為もある。


 優柳は遥か遠くの壁際に(うずくま)っていた。彼女の目の前には盾だった光輪がまだある。それなのにどうやって移動した? 爆風に影響されたのなら即死だろうが、優柳は蹲りながらも微かに動いている。


 まただ。彼女には理解できない。


 発煙手榴弾を防がれた事。そして光輪がまだ目の前に在るのにも関わらず、短時間であの距離を移動した事。その疑問に彼女はいくつか仮説を立てて、行動に移る。


 彼女は立ちくらみから頭を振りながら、片手で、遠くしゃがみこんだ優柳に拳銃を向ける。優柳は、右腕を抱え込むようにしゃがんでいたが、その眼で彼女をしっかりと見ていた。向けられた銃に反応して、盾の光輪が現れ優柳の姿が消える。代わりに近くにあった光輪が消えている。


 やはり銃はだめだ。向けた瞬間に光輪が出てしまう。彼女はそう判断して拳銃を捨てた。


 その代わりに、胸に備え付けてあった大型のナイフを、留め具から外して引き抜く。そして逆手、刃が内側に来るように握った。


 再び領域を作る。しかし今度は回り込む様にではない。光輪のすぐ後ろ、優柳が居るであろう場所の横へ通る道だ。


 一歩、その中へ踏み出せばもう隣に優柳が居た。方顔は血に塗れ、髪の一部は焼けている。灰に汚れたもう方顔は、恐怖に歪んでいる。


 彼女は大きく一歩、優柳に向かって踏み出し、必要ない程の大きな動作で、逆手に持ったナイフを優柳の首筋に向けて振り下ろす。


 しかしその腕を寸止する。ピタリと止まった刃先に、拳数個程の小さな光輪が出ていた。


 そして。


 優柳が盾のために出していた光輪は、未だそこにあった。


 彼女の仮説の内の一つが、的中していた。


 彼女が複数の領域を同時に作れる様に、優柳もまた、光輪を複数組出せるのだ。Aは盾、Bは彼女の背後。ナイフの先のCと、恐らくは近くのどこかにDがある。


 発煙手榴弾を回避したのは、盾の光輪に隠れながら小さな光輪を使って何処かから見ていた。移動したのも、隠れながらもう一組の光輪で移動した。


 彼女が頭に装着している、暗視や赤外線視覚化が可能な装置が、優柳の光輪から発する、厳密に言えば光でない何かを捉えられないが故に、気づかなかったのだ。


 もう銃は撃たないし、どこへ行こうとも対処は決まっている。


 掴んでしまえばいいのだ。光輪をいくつ出そうとも、関係が無い。体育館の時、P5が優柳を拘束した時、光輪では対処できない事が証明されている。


 わかってしまえば、終わりだ。


 構えた銃に反応出来る人間が、まさか振り下ろすナイフに反応できないワケが無い。


 しかし遠距離から撃たれる対処可能な銃では無く、突然隣に現れた人間に寄る、対処のしにくい近接攻撃。ナイフという、わかりやすい凶器。


 間違いなく優柳はそこに集中している。今まで隠してきた複数組の光輪を忘れるほどに。


 だから彼女は――――そのナイフを放し、地に落とす。


 二度目の囮。一度目、優柳は引っかかっている。


 ナイフが地に落ちるより早く、彼女は空いた手のひらを優柳に伸ばす。

 掴んでしまえさえすれば、終わる。



 そして。



 優柳は――――彼女の手首を掴んだ。



 彼女の右手首が、優柳の伸ばした左手に掴まれている。


 優柳の力は強かった。それでも彼女なら、振りほどく事も、逆に押し切って優柳を掴むことも出来たが。


 その手首を掴む力は、恐怖からとか、咄嗟に勘で、とかいうものではない。


 明確な意思を感じて彼女は戸惑った。



(なぜ優柳の方から掴んでくる?)



 彼女は二つ知っていた。


 優柳が黒い手袋をはめている事。

 彼女が使用した経験もある黒い手袋の存在。


 しかしその二つは、彼女の中で結びつくことは無い。

 P5から聞いた『奪われた装備』の中に入っていないからだ。


 優柳のする手袋の名は『ミオソティス』。

 高出力の手袋型非殺傷兵装(スタンガン)


 それがもたらす結果に思考が辿り着く前に、


 ――――彼女は気を失った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ