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朧車  作者: 赤丸朧
第4幕 しょうがい
46/51

10場

 学園寮、C棟0502室。

 深夜にもかかわらず、昼間と同じ制服姿の彼女が机に向かっていた。


 彼女は、日課として就寝前に読書をする。


 その日は医学書だった。目次からして、既に理解不能かと思われた本だったが、読み始めるとそれなりに理解でき、それがページを進めさせる事につながる。


 しかし、ところどころ説明のない、自分の知識にない専門用語が増え始める。数ページもすると、知らない外国語で書かれた本と大差なくなってくる。


 彼女は諦めて、パタリと本を閉じた。机の隅にある時計に目をやる。日付変更が近かった。


 優柳という生徒の期限日。P5は時たま今回のように、期限ギリギリに情報を提出する事があると聞く。そうして提出された情報は、かなりの精度と量を持っており、教員の間で評判である事も耳にしていた。


 日付が変わった頃には、優柳の情報は提出されているだろう。読書の代わりに、その情報を閲覧する事を決める。


 優柳が持つ『光輪』という亜因果は、彼女の持つ亜因果に似ている。彼女が『光輪』に興味を持つのは至極当然であった。


 明日からは冬休みであり、彼女はその予定の大半を修練に費やす。その修練の内容に『光輪』研究も含めたいと思っていた。


 魔法。常道から外れた法則。人為的で儀式的で、さらに実験的な『他人の亜因果』の再現。


『光輪』を我が物にすれば、使い勝手のいい道具になる。そこまでいかなくとも、それに似る自分の亜因果を使う際に、何かのプラスになるのではないか。彼女はそう考えていた。


 日付変更まで、残り十数分。その間くらいなら休んでもいいだろう。椅子に掛けた腰を浅くしていき身体を背もたれに預ける。目を閉じ、何も考えないようにする。


 しばらくそうしてから時計をもう一度見る。長針が殆ど動いてない。ついでに木製の椅子に変な体勢で座ったものだから背中が痛みが走る。


 じっとしているのは止めた。彼女はあまりじっとしていられる性格ではない。


 軽く筋力トレーニングでもしよう。彼女がそう決めて、席を立った時だった。


 机の上の充電器に立てられた携帯電話が振動する。

 液晶画面にドット文字が浮かぶ。『Pentacle 5』


「はい」


 彼女がそれを取るのは早かった。1コール半ほど。

 耳にした微かな電子ノイズの向こうに、荒い息遣いが聞こえた。次いで、男の声。


『S1ですね……?』


 彼女は電話を耳に当てたまま直立し、応えなかった。風の音が時折舞い込んでいる。相手は外に居る。堪えるような息遣い。運動か、それ相応の何か。どちらにしろ通常ではありえない。そしてP5は現在、生徒の一人に対応中。


 嫌な予感がした。


『しくじりました』


 その言葉を聞くや否や、彼女は足早にクローゼットに歩いて行く。

 疑問や意外さが浮かんできた。しくじったのなら教員()の関係ではないのか。わざわざ推奨されていない直接生徒同士()のやりとりをする必要があるのか。そして未だかつて、P5(かれ)のミスなど聞いたことが無かったのだ。


 クローゼット開ければそこには装備と銃器が詰まっている。その準備は両手でする方が早い。システムの通話中継を使えば、両手が空く。


「少し待って」

 彼女はそう携帯電話に告げてから、何もない空中に声を張る。

「システム、通話を――――」


『待って下さいッ!』


 静かな寮の室内では、耳を外していてもその声ははっきりと聞き取れた。再び携帯電話を耳へ戻す。その間にももう片手で、装備を選び、使うものだけ取り出しては、床に置いていく。ブーツ。レガース。オーバーボトムス。


『この件は、内密にお願いしたい』


 つまりシステムを介さず、会話をしたいと。


 その言葉を聞いて、彼女は納得した。なるほど、ミスが無いのでは無く、P5は隠蔽工作と穴埋めが得意なんだろう。流石は情報部ペンタクル期待の星。時期生徒会長。


 しかし彼女自身は、彼が生徒会長になる事に反対だった。どうにもP5は秘密主義であるように思えるのと、それも合わさって、全ての事象に独りで対応しようとする所が危うく思えたのだ。


 故にP5の方から彼女を頼ってくる事に、彼女は微かな喜びを感じた。


 だが、それでも。

 非公式に手伝うなんて後ろ暗い真似を、なんの得もなくするつもりはない。


『殺生与奪を譲渡します。殺した場合は遺体を、拘束した場合は身柄を、僕に出来うる限りの権限で貴女に回します。それと、上に提出しないであろう彼女の細部情報と、毛髪、血液、塩基配列を』


 無言のまま、彼女は目を細める。P5《かれ》のやり口に呆れたのだ。


 P5の出した条件は十分すぎるものだった。まるで心を読まれる様に、条件を出す前に、彼女が出すであろう条件をピタリと言い当ててきた。


 遺体を含めた本体は言うまでもなく、毛髪、血液、塩基配列は研究と魔法に使える。そこまで揃えれば再現まほうも容易いだろう。


「わかった」


 彼女はそう応えた。携帯電話を肩で挟み、両手を空けた。彼女はこういう時の為に防護性能がある学園制服を、就寝直前まで脱がないのだ。


「状況は?」


 言いながら、積み重なった装備の隣にしゃがみ込み手を伸ばす。


『2230から彼女の『光輪』に関する最終確認の為に、彼女を連れC装備で屋上に居ました。そこで……不意を、つかれました』


 彼女は絶えず手を動かす。両手に分厚く黒い皮手袋をする。携帯電話を挟む肩を交換しながら、両腕だけを包む防護服を身に付けていく。


 P5の言葉は途切れたまま、続かなかった。代わりに苦しそうに悶える声が聞こえる。


 運動だけでは、こんな苦しげな呼吸にならないだろう。


「怪我、しているの」


『えぇ……2351、彼女は僕の拳銃を奪い、発砲。その後さらにいくつかの装備を奪って逃走した様です』


「私物か……。具合は?」


命に別条はない(軽傷)です。しかし足を撃たれました。弾丸は貫通、動脈はそれている様です。追撃は不能、P6も僕についてもらいます。応援は不可能です』


 応援不能。その台詞が少し申し訳なさそうに聞こえた。


 気にすることはないのに、と彼女は思った。こちらが応援に行くのだ。応援される事は考えていないし、できたとしても遠慮する。バディでもないのに、突発的な案件に対してスムーズな連携が取れるとも思わなかった。


 四肢に防護服を着終え、彼女は立ち上がる。制服と防護服の間に挟んでしまった髪をかき上げ、少し思案する。


 優柳が逃走。どこへ? なんの為に? 本当に逃走なのか? それがわからなければ応援のしようもない。


「動機は?」


『不明です。銃を奪いながら脅迫するでもなく即時発砲。手が届くほどの至近距離だったにも関わらず、狙いは脚部。発砲後は銃を捨てています。なのに、僕が所持していた他の装備は奪われました。一貫性がありません。計画的犯行では無いと思われます。灰村巳辰が死亡してから情緒不安定でした。その延長線上と考えます』


「装備は?」


『C装備一式。B型意識迷彩、あとは私物の閃光爆音手榴弾(フラッシュ)が二つ。それと……彼女がコートの中のIDカード(アゲラタム)に気付かなければ、それで追跡が可能の筈です』


 流石のP5も実弾で撃たれれば気が動転するのか。相手の思考を予測できていない。優柳がカードに気づいても、たった一枚のそれで居場所が割れるとは露にも思うまい。


 それとも感心するところだろうか。撃たれた直後に状況を正確に理解し、その上、保身に気を回す余裕まである。


 もし自分が撃たれたらどうだろうか。ここまで冷静に対処はできないのではないか? そう思うと、自然と感心が大きくなった。


 更に細かな情報を、P5から受け取っていく。彼女の亜因果、光輪の事も出来うる限り詳しく聞く。光輪は一度は経験してる。その脅威も大体は想像がついた。


 奪った装備について使用するほどの知識があるのか。また使用するほど感情が高ぶっているのか。


 聞きながら、装備を終え、確認に入る。全身は、一部制服の緋色が見え隠れする以外、黒い防護服で包まれている。


 頭部には口元以外を覆う、防具を兼ねるヘッドマウントディスプレイ。暗視、赤外線、聴覚資格保護機能もある。


 後頭部に手を回してスイッチを入れる。真っ暗だった視界は外側に付いてる小型カメラの映像を取り入れ、やや視界が狭い以外は普段と変わりない映像が目に映る。バッテリー残量も十分。後頭部に手を回してスイッチを切り、次いで横にあるレバーを使って固定具を緩める。頭全体の圧迫感が消えた。外したそれは小脇に抱える。


『優柳の位置、取れますか?』

 彼女はすぐに、なにも無い空間に尋ねる。


「システム。P5の位置情報を」


 学園施設の殆どの場所に、見分けもつかないように存在している指向性音声装置が返答を返す。移動速度、移動経緯。目的地予測。


「地下に居る……。歩いている。迷いは無い」

 口にしてから、彼女は疑問に思った。


 装備を持ったまま街に出ていないのは幸いと言えるが、優柳からしてみれば敵の本拠地である地下に、何故? あの階層には何があったか。考えてみても思い当たるフシがない。それなのに迷いがない。


 しばらく無言だったP5が告げる。


地下墓地カタコーム。……多分そこへ向かっています。以前、一緒に行った事があります。その時、そこの機能をある程度、説明しました』


「何故そこに?」


『恐らく、彼の遺灰を求めて』


 彼。優柳の彼氏だった男性。まえに彼女が殺害した人物。


 彼女は納得した。まだ遺灰はそこには無いが、誰もその事を優柳に教えてはいない。


 短機関銃、また、それと同じ弾丸を使用する拳銃の動作確認をする。胸には大型のナイフ。両腰には四個の手榴弾。それぞれ破片フラグが2、焼夷、発煙。


 P5からもたらされる情報も、徐々に有用性の低いものになってきている。勢いも少ない。


 未だ続くそれを、途中で遮る。


「用意よし《standby》。……追跡に向かう」


『わかりました。よろしくお願いします。それと……今、思い至ったのですが』


 P5は区切り、何かを思案するように間を置く。


優柳(かのじょ)は僕と貴女しか構成員(カード)を知らない。僕を撃てば貴女が出てくると考えた可能性があります』


 彼女は納得した。いくつか出た動機の予想の中で、一番わかり易い。


 復讐だ。


 そして彼女は、それ相応の事をした事実を自覚していた。

 その事に特別な感情は抱かなかった。ただ、当然だろうな、静かに受け入れるだけだった。


『用心して下さい』

「わかった」


 言われるまでもない事だった。ニ秒、会話が終わった事を確認してから、通話を切り、携帯電話をナイフとは反対の胸ポケットにしまった。


 部屋の電気を消し、振り返ると、制服姿の女性が居た。


 S2。彼女のバディだった。


 突然、音もなく現れたS2に、彼女は驚く素振りもない。銃火器や戦闘を専攻した彼女とは対照的に、S2は魔法を専攻していた。そのくらいはできるし、時たまそういう事もあった。


「やほ」


 S2軽く手を上げて挨拶する。声は明るかったが、暗い中では表情までは見えない。彼女はそれに対して同じく手を上げるだけで挨拶を返した。


「でかけるん? またお手伝いかな?」

「えぇ」


「午前中に手伝ったばっかりじゃん! 今度は私も手伝おうか?」


 言われて、足が止まった。S2はここ数ヶ月、事あるごとに休め、仕事から遠のけとうるさかった。手伝ってもらう方が楽ではある。選択肢も増える。


 しかし、単独で遂行可能なら、彼女は一人の方がよかった。


 殺人というカウントは、なるべく少ないほうがいい。そう考えていた。二人で殺せば、二つカウントが増えてしまう。


 彼女は手の動きだけで『大丈夫だから要らない』と示し、ベランダに向かう。そこから降りようと考えていた。


 その歩みを遮られる。進行上にS2が立ち塞がった。


「ならわかった。私が代わりに行くよ。それでいいでしょ?」


 S2との付き合いはそれなりに長い。その中でも、幾度も注意されたり、助言をもらった事はあった。だが、行動に干渉されたのは初めてだった。彼女は少し躊躇いを覚える。


 殺人のカウントの話はしたことがある。だから『わかった』というのは、本当に理解しているのだろう。


 もう準備をしてしまった。しかし、魔法使いであるS2に、言うほどの準備というものは無い。その身一つで、既に人知を超えた能力を持ってる。


 状況の説明にも時間を要する。しかし、S2を優柳の下に向かわせている間に全てを伝えることは十分に可能だ。


 それでも。


 正直、有能な後輩の男の子に頼りにされるのは悪い気分ではなかったから、

「私が行く」

 と彼女は告げた。


 S2はそれを聞くと、深呼吸なのか、溜息なのかわからない大きな呼吸を一つ天井に吐き出してから、快活に言う。


「おっけー! んじゃ、がんばってね」


 距離が近いから、暗闇の中でもウィンクしながら小さく敬礼するS2が見える。


 彼女はそれに笑みで返して、横を過ぎ、ベランダの窓に手を掛けた。

 落下防止の柵を越え、向こう側へ。


 そこは地上5階。彼女の眼下に映る地面は遥かに感じられる。

 しかし、彼女には関係がなかった。


『距離を自由にする』


 それが彼女の持つ亜因果だった。


 飛び降りる先の地面を【自分に近くする】。一瞬にして彼女は地に降り立つ。体感としては一メートルくらいの高さから飛び降りた程度にしかならない。


 直線的な距離なら、かなりの範囲を自由にできる。訓練し、その意識の中を通るモノにある程度、方向性を与えることもできるようになっていた。


 弊害として、数分でも持続させれば吐き気や目眩に襲われる。十分も続ければ頭痛に平衡感覚の喪失、それにより嘔吐を繰り返し、立っている事すらできなくなる。


 使用する際は一瞬の場合が多い。故に問題は少ないが、問題自体、無いほうがいいのだ。


『意識のみで発現し、移動する物質に対して効果を発揮する領域を作る』


 その点では優柳の光輪と全く同じだった。


 もし彼女の亜因果が空間を歪めているモノなら、光も歪む筈なのだが、肉眼には全く変化が映らない。そしてそれとは逆に、優柳の光輪は、輪の中の景色が見える(光にも干渉している)のに、干渉していない部分まで光を発する様に見える。


 彼女の弊害はヒドイ物だが、優柳の弊害はほぼ無いと言っていいものだ。


 同じ部分と、異なる部分。


 その二つが彼女の興味を買っていた。


 P5の保身もあり、なるべく人目を避け、普段使われない偽装した民家から地下へ降りていった。彼女が亜因果を使い、カタコームのある階層までたどり着くのに、それほど時間はかからなかった。


 最後の長い廊下。警戒は怠らない。身を屈めながら壁際を滑る様に歩いて行く。システムのガイド音声は、P5のIDカードが、優柳が、まだその奥から動かない事を告げている。


 カタコームの分厚い金属扉が開いている事を確認する。そのすぐ横までたどり着き、壁に背を預け、数秒、呼吸を整える。


 ポケットからそれ専用の小さな鏡を取り出し、差し出すように構えて、扉の中を覗く。


 優柳が居た。

 それを確認して、すぐに手を引っ込めて、鏡をしまう。


 優柳は白いコート、恐らくP5の物を羽織っている。着衣は私服。そしてカタコームの真ん中ほどで直立し、開け広げられたままの入り口、こちらを真っ直ぐ見ている。


 彼女は、優柳が何かを待っているように見えた。


 数秒、考える。

 人外の能力を持った者は、人外のように扱われ、やがて心まで人外に成り果て、暴走する。


 現に優柳は、光輪を使わなければP5から逃走できなかった。逃走できないとわかっていたらP5を撃つ事もしなかっただろう。光輪を使うから、他者を傷つけた。


 ここで優柳を排除できなければどうなるか。光輪を使って逃げられれば簡単には補足できない。人数が動員され、全力を以って彼女に当たる。追い詰められた優柳はその光輪を使っていとも簡単に他者を傷つけるだろう。体育館で使われた落とし穴なんて、その気になれば、輪の中に落ちた時点で三十メートル超の自由落下だ。亜因果無しに瞬時に対応できる人間が一体、何人居るだろうか。


 彼女は亜因果を使う者が、自分を含め、好きでは無い。亜因果自体はどうでもいい。ただの、他人には使えない特別な効果のある道具にすぎない。

 他者に協調し、使わないという選択があるのに、それが出来ない弱さが、彼女には許せない。


 許さない。

 そして。


(きっと優柳も私を許さない)


 だから優柳は待っているいるのだと、彼女は結論づけた。

 そう思うと、やることは決まった。あとは結果が残るのみだ。

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