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朧車  作者: 赤丸朧
第4幕 しょうがい
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9場

 残り短くなったタバコを、屋上縁の段差に押し付けて火を消した。ポイ捨てするのもなんだから、コートのポケットに突っ込んだ。

 振り返ると、離れた所で構成員くんは真面目な顔をしてこっちを見ていた。


 一歩踏み出し、近づいていく。構成員くんは何も言わない。言うことは無い。もう作戦はさんざん聞かされた。


「カルセオラリア」


 構成員くんが告げる、まるで暗号みたいな横文字は、貸し出され、私が今身に着けている武器の名前。所持の最終確認だろう。私はパンパンとコートの下のそれを手で叩いて、

「おっけー」


「ミオソティス」

「おっけー」

 もうひとつも確認。


 すると構成員くんは静音装置付きの拳銃を、握り手を私に向けて差し出した。引き金に指がかからないように気を付けながら、そっと受け取った。

 何度も向けられたなぁ。いつか撃たれる気すらした。


 でもそれを、まさかこの私が、構成員くんに向かって撃とうとは。

 曰く、銃槍の一つでもないと言い訳できないらしい。


「どうぞ」


 構成員くんは私に背を向ける。その右足、太ももの真ん中、やや外側。構成員くんに動脈がどーだ、弾丸がこーだとか口うるさく何度も練習させられたそこに銃口を向ける。


 この引き金を引けば、もうあとはなるようにしかならない。


 このメガネの生意気な後輩が居なかったらどうなっていたのか。サッチは吉祥天があるからなんとも言えないけど。亜因果を発現した私は調子に乗って使いまくって問答無用で他の構成員に『対処』されたりしたんだろうか。そう考えるとぞっとする。


「ありがとね、いろいろ」


『別に貴女の為ではありません』

『しゃべっていると銃口がブレます』

『そういうのは終わったあとにして下さい』

 などなどの減らず口がまた垂れ流される。


 かと思ったら。


「えぇ。……ご健闘を、祈ります」


 短く、落ち着いた声が、私の胸に響いた。

 他人を撃つ、傷つけるというためらいも霧散して、透明な堅い決心だけが残った。


 引き金を引く。


 くぐもった爆裂音が空いっぱいに広がる。弾ける様に持ち上がる手首。その勢いのまま私は屋上の端まで走りだす。コートのフードを上げながら、尻目に、声もなく崩れていく構成員くんが見えた。


 手にしていた拳銃を滑らせるように屋上に捨てる。


 散々、構成員くんと議論した結果、銃器は持って行かない事になった。主な理由は『相手が訓練を積んだ構成員である事』『私の知識と理解、訓練不足』そして『殺し屋ちゃんに対して、至近距離からの射撃が当たらなかった事』など。


 屋上の端まであと数メートル。それでも勢いはそのまま。縁の段差を蹴るようにして、闇夜へ飛ぶ。


 屋上からダイブだ。


 暗く、ハッキリと地面が見えない程の高さに、身の毛がよだつ。でも着地まではほんの一瞬。


 すぐに光輪を作る。二つの輪が、飛んだ先と、遥か下の地面とを結ぶ。


【私は地面に着地する】そして光輪は消す。


 体感では1メートル程度の落下距離だった。


 すぐに新たな光輪を作り、中に飛び込む。その繰り返しで、私の一歩は三十メートル程にもなる。校庭の一部を突切り、校舎の中から外へ、まっすぐ目的地に向かう。


ソード1(かのじょ)を相手にする時に最も警戒すべきは暗殺、不意打ちの類です。街中は以ての外。望むのは遮蔽物が無く、目視距離で相対せる場所です。銃器を所持しているであろうソード1に対し不利になると思うかもしれません。事実ではありますが、彼女に地の利を与え、その場の状況を利用されると、それ以上に優柳先輩が不利になります』


 目的地は、数日前に訪れた場所、広い広い、真っ白な地下墓地カタコーム。あそこには集音器やカメラも無いらしい。好き勝手に出来る。


 作戦や、その時の会話を反復しながら、C校舎裏手まで来た。日のない暗闇の中では昼間打って変わって見える。少し躊躇いを覚えた。


 場所、あってるよね?


 左右を見回す。あまり使われない砂利敷の駐車場。遠目に生い茂る雑草と樹木。裏門も見える。そして校舎。


 搬入口としてあるんだろう、扉。前は中からその扉を通ってエレベーターに乗った。つまり今はこの足元、なんの変哲もなく見える地面のさらに下にエレベーターがある。


 そういう話になっていた。


 少し集中して、地面を凝視する。光輪は物体の中には出せない。でも遮蔽物があり、密閉された中でも、その中に中空があれば出現させられるのは実験で確かめてある。


 1メートルくらいだろうか、2メートルかも? じっくりと掘り進めるようなイメージで深度を下げていく。それでも光輪は現れない。意外に深いのかな。


 焦ることは無い、時間には余裕がある。そう思ってもなかなか発揮されない自分の亜因果に眉をしかめた。


 その時。


「何をしてる?」


 背中にぶつけられる、低く鋭い男の声。ぞくりとしたものが足先から頭のてっぺんまで上がりきって、ついでに思考も全て奪っていった。


 振り返る。


「お前、花柄かへいが対処してる……優柳、だよな。何してる? こんな時間にこんなとこで。花柄は一緒じゃないのか。微かに銃声みたいなのも聞こえたが」


 短髪の巨躯。阿行……だっけ。エレベーターの門番。警備担当の構成員。

 更に向いていた方から、砂を蹴るような足音に視線が奪われる。そこには、コートのフードを下げながら、闇から湧き出るように現れる長髪の痩男。吽形。


 二人の男に、距離を置いて挟まれた形になった。


 こんなの作戦よていに無い。魔法のコートを着ていれば、他の構成員に見つかる事は無いって構成員くんが言ってた。でも見つかった。なんで? どうして。いやどうすればいいのか。どうしよう。見つかった。なんで? 逃げる? いや、知らないふりをする? でもあれこれ聞かれてボロが出たらどうする? 拘束されたりする?


 ぐるぐると頭の中が煮詰まったのを、一段トーンが下がった声が現実に引き戻す。


「そのコート……意識迷彩だな。なぜそれを着ている?」


 構成員くんが私にこれを着せる理由が思いつかない。何も知らないフリはできなくなった。


 二人の強い警戒心に当てられ、足が竦みそうになる。


花柄かへいはどうしたと聞いているッ!」


 その怒号に、突き動かされた。腰の後ろに手を回す。そこに設置されているのは閃光爆音手榴弾(カルセオラリア)。二つのうちの一つを取り出して、教わった通りに安全ピンを引き抜いて、言われた通りに投げ――ようとして。


「あ、タンマ」


 先ほど叫んだのと打って変わって、その場に似合わぬ力の抜けた阿行の発言に、あんぐり口を開けて、したがってしまった。


 なにやってるの、私。早く投げて、あとは教わったとおりに盾の様に光輪を出して、隠れて耳と目を隠して丸まって――――。あ、敵対してないなら誤魔化せるのかも……ってもう思い切り手榴弾を手に握ってる、私。


 どうしよう。え、タンマって何?


 阿行は後ろポケットから何か……紙? を取り出し広げ、もう片手のペンライトでそれを照らした。


「こほん……読むぞ。『――――このように、現実では想定外の事というのはいくらでも起こりえます。予定や予測を事細かに立てれば立てるほど、それに囚われてしまった時の危険性が増します。予測外の自体に遭遇した場合、決してパニックに陥らず――――』」


 私は淡々と手紙らしきものを読み続ける阿行に近づいてって、手榴弾を握った手で、思いっきり腹にパンチした。


「ぅごっ……『冷静に状況を判断し、最も信頼出来る選択をしてください。春端花柄より』……だそうだ」


「読むなよ……ばかぁ」


 私は言いながらその場にへたり込む。後ろでくすくす笑ってる吽形が殺したいほど憎かった。 顔を隠す振りをして、溢れそうになっていた涙を拭い取った。


「なんなの? ほんとサイテーなんだけど」


 構成員くんめ。ありがと、なんて言うんじゃ無かった。本当に頭真っ白だった。次に会ったら覚えておけあのスカメガネ。眼鏡の上から手榴弾パンチをお見舞いしてやる。



 手紙を奪いつつ、二人の話を聞くに、二人は微妙な協力者らしかった。見ないふりをしてくれたり、アリバイ工作の片棒を担ぐとか。構成員くんはその辺りが手伝ってもらう限界と判断したんだろう。巻き込みたくないだろうし。


 二人になぜ協力してくれるのかと聞いてみたら『世話になった事がある』というシンプルな答えだった。


 握りっぱなしの手榴弾を元に戻したくて、いつの間にか投げ捨ててしまっていたらしい安全ピンを探していると、必要ないと言われた。


 門番の二人にも、やはり『言い訳』が必要らしく、亜因果『光輪』、魔法のコート、花柄のIDカード所持、それらを使った閃光爆音による奇襲、とくれば役満らしい。


 またエレベーターの中空に光輪を作ろうとして数十秒、やっと輪が通った。中は真っ暗。もう少し下だ。ペンライトを借りて光輪の中、エレベーターの箱を照らし、距離感をつかむ。そうしてから出し直せば、輪の中に、真っ白に輝くエレベーターの箱の中が見えた。


「じゃね」


 そう言って手榴弾を投げる。二人は慌てて頭を覆いながら伏せる。何か文句を言ってる風だったけど、よく聞こえなかった。いい気味だ。


 爆発する前に、私は光輪の中に飛び込んだ。


 エレベーターの床に着地。これは本当にエレベーターなのかと疑いたくなるくらい、微動だにしないし、音も軽いものだった。コンクリートで出来てるみたい。


『エレベーターが止まっているのは目的の階です。そのまま光輪を使って出て下さい』


 言われた事を思い出し、その話を聞いた時は、そうする方法について疑問に思いつつも、まぁなんとかするんだろうな、と適当に流していたけど。


 なんの事もない。誰かがエレベーターを使ったら、あの二人が目的の階まで無人で戻していたんだ。


 光輪を使って、秘密基地内部に潜入。後は簡単だった。時折、揺らぐ透明人間とすれ違いながら、ただ歩いて行くだけだ。


 金庫室のような分厚い金属扉の前まで来る。コートの胸ポケットから構成員くんのIDカードを取り出して、備え付けのパネルにかざした。


 重い振動と微弱な音。地下墓地カタコームの扉は開いていた。


 若干踏み固められた灰が、視界を埋め尽くしてる。その雪の様な地面を歩いて行く。


『もし、ソード1以外の人物がそこに現れたら失敗です。それが生徒の様な若い人物の場合は光輪を使い速やかに逃走してください。その後はプランBです。教員や大人だった場合は逃げずにその場で遺書を使い記憶を破壊し、自殺してください』


『もし、ソード1が時代錯誤な……中世期に使われた様な武具を持って現れたら……まぁ、とりあえず諦めて下さい。魔法の武具です。今ここで、どうするべきとは断定出来ません』


 他にもいろいろと言われたことを反復する。大丈夫だ。ここまでは上手くいってる。


 この墓地の真ん中近くまで来て、歩を止めた。これぐらい入り口から離れれば十分かな。


 見上げると天井は高く、降り注ぐ白い電灯の光は強い。天地の白と、四方の壁、ただそれだけの広い空間。


 視界の隅、遠くには、無記名の金属墓標が小さく見えた。


 後は、待つだけだ。

 最後の障害が現れるのを。


『優柳先輩。貴女は、『必要がないから殺さない』と言った。それがどういう意味か、ご自身で理解されていますか』


 わかってるよ。


 それは……必要なら殺すということ。


 もう、自分の為に構成員くん(ひと)を傷つけた。後戻りはできない。

 私も殺し屋ちゃんも、構成員くんだってそうかもしれない。


 大差ないんだ。

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