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朧車  作者: 赤丸朧
第4幕 しょうがい
44/51

8場

「予定よりは遅くなりましたが。時間が余りました。作戦開始時刻までおよそ二十五分です」


 携行兵器の扱い方、またそのちょっとした訓練をして、あとは作戦とやらの確認をしつこいぐらいやらされた後、そんな言葉を持って会話は無くなった。


 やることも無いので、二人して一定の距離を保ったまま、屋上から黒い街の影をただただボーっと見ていた。


 雑談(主にサッチ方面)でも話そうかとも思った。けれど構成員くんの横顔はあいも変わらずキリリとしていて、何か考え事でもしてるんだろーなぁ。そう考えて、話しかけなかった。


 少ない星と、楕円みたいな月を見ながら、コートを風に煽られていると。


「終わったら、何かやりたい事でもありますか」


 構成員くんの方から雑談を、しかも作戦とやらには全く関係ないであろう、最も憎んでいそうな意味のない会話を振られた。


 心底驚いて、構成員くんを見た。


 しばらく返答がないのが気になったらしく、構成員くんはチラリと私をみて、

「っ。……なんですか、その顔は」

 イラッと来たらしい発言をする。


「びっくりするでしょ、構成員くんが意味ない事言い出したら」

 ムッと来たのか、視線を外された。


「では僕らしくして差し上げます。無意味な会話、すなわち損得勘定、予測に基づいた発言等の複雑な思考を行わない会話は、心理的余裕を生み、今後の活動をスムーズにする効果があります。故に今の状況から――――」


「『リラックスさせようとしました』、ね?」

「まぁ……そう、です」


 今度は腕を組みながら体ごとプイッと逸らされた。気付いかいを指摘されて照れてたのか、それとも遮られて不快なのか、よくわからない。多分、怒り3照れ7ぐらいだと思う。


 ちょっと笑いそうになって、構成員くんがこっちを見てないのを良い事に、片手で無理やり押さえ込んだ。ここで漏らし笑いでもした日には怒り5失望5照れ0くらいに変わってしまう。


「ふぅー」

 と声に出すようにして息継ぎ(ごまかし)をして落ち着かせてから、


「そうだなー。なにしようかなー」

 と呟くと、構成員くんはガバっとこっちに向き直って、

「話すんですかッ! だったら最初から素直に会話に乗って下さい!」

 と声を荒げた。


「あー。とりあえず寝たい。いつも日付変わる頃には寝てるんだよね」

「そういう事ではないんですが」

 と、若干意気消沈したものの、すぐに気を取り直して、

「でも、そうですね。僕もここ二週間ほど満足に眠っていません。二日程惰眠を貪るのも悪く無いでしょう」

 と疲れた顔で言った。


「あとはそーだなぁ」


 抱きしめあいたい。たまにポカッと殴られて注意されたい。麻雀したい。四人でダラダラ一日を公園で潰したい。サッチを弄って遊びたい。構成員くんをからかいたい。家族が欲しい。


 支離滅裂な要望がパッと浮かんでは消えていく。でも『この作戦が終わったら』かぁ。それなら、


「早くラミィ、迎えに行かないとねー。こんな寒い中待ってたら風邪ひきそう。ラミィ風邪引いた事ないけど」

「待っているでしょうか、彼」

「待ってる待ってる。ゼッタイ」

「そうは思えませんが……まぁ、居なかった場合も予定に……覚えてますよね?」

「だいじょーぶだいじょーぶ」

「そのわざとらしい適当な応答は、改めて欲しいのですが」

 構成員くんは顔に手を当て頭を振り、呆れていた。


「あー、あとはー…………」

 口に出そうとして、ちょっと迷った。なんだか恥ずかしくなった。


 そう、恥ずかしいのだ。

「最近気づいたんだけど……私さー、正直、結構恥ずかしがり屋みたい」

 構成員くんは、聞きたくもないし、同意もできないみたいな顔、死んだ目をする。


「へぇ、そうなんですか、初耳です」

 今だって、こう、誰にも言った事が無かった自己性格診断の結果を晒したというのに。


「あ、わかりましたっ」

 ポンと手を叩いて、新事実を発見した刑事みたいな明る表情。


「優柳先輩、『恥』という言葉を間違った意義で覚えていませんか?」

 それしかない! きっとそうだ! とかいう勢いで言われた。


 信じられない程に失礼だ。本気っぽいからなお悪い。


「はー? なにそれ?」

「『恥』というのは、社会的ルールや常識と呼ばれるものから逸脱してしまっ――」

「要らないから、説明」

 遮られて、ムッとする構成員くん。

「では、優柳先輩は『恥』の概念をご存知だと……?」

「ご存知だよ」

「おかしいですね……」


 君の発言がね。構成員くんはスッと目は細められ、悩むように顎に手を当てる。私の視線が見下す様な冷たいモノになってしまうのも仕方ない事だ。

「僕の中で、かなり合点がいったのですが」とボソり。いってたまるか。


 それなら具体例を出してあげよう。


「例えばー。……うん、自分からキス出来なかったりとか」


「あぁ、何百回もした癖に出来なかったんでしたか。でも、それは貴女がただの自己中心的にねじれ切ったひねくれ頑固者なだけで、普通、恥ずかしがり屋と言えば、路上でキスしたり、路上でセックスがどうこう言い出せない人物の事を指します」


「構成員くん、火ぃあるー?」


 もう無視する事にした。ついでに思い出した事もあって、訪ねてみた。

 私はコートのポケットに手を伸ばす。


「ありますが……」


 構成員くんがライターを取り出したのと、私がタバコのソフトパックを取り出したのは同時だった。目が合うと、構成員くんは避難じみた視線を向けてくる。


 じっと睨まれたものの、言っても無駄だと判断したのか、目を閉じ、溜息と共にライターを差し出してきた。ちょうど、お互いが手を伸ばしきると届いた。


 私はパックから一本だけタバコを抜いて、ポケットに戻した。

 タバコを手に持って、火をつけようとする。


 今からタバコを吸う。以前、吸えなかったタバコを。

「あー……」

 それだけじゃない。そんなのじゃ足りない。自分からキスだってしたこと無いし、エッチだって一回しかしてないし、Bには酷い事したと思われてるだろうし、Cには試すなって言ってくれたきりだし、右ちゃんにも励まされっぱなしだし。


 ライターの火が揺れる。そこにタバコの頭を入れて数秒。先が黒くコゲただけで火がつく気配が無い。火が点けば白く灰のようになる筈だ。


 湿気っちゃったのかな。

 ――――私はタバコすら吸えないらしい。


 そう思うと、途端に怖くなった。私はまだ何もしてないんだ。やらなきゃ、やらなきゃ、やらなきゃ。足りないんだ。欲しいんだ。


 今すぐ、サッチの事も構成員くんの事も投げて、ラミィに、BにCに右ちゃんに、叔父様に叔母様に妹に、会いに行きたい。泣いてすがって、全てぶちまけて、自分は影に座り込んで丸まっていたい。


 違う。

 そうするべきなんだ。そうしなければいけないんだ。

 だってそうしなければ私は――――



 死ぬかもしれない。



「どうしたのですか」


 突然かけられた声にビクつきそうになった。その瞬間、全力で平静を取り繕う。


「ん? どうって? あー……タバコ、湿気ってるみたい」


 構成員くんはじっと私を見ていた。あれ? 表情を読まれたかな。私は顔を背けてしまう。


 その所為で構成員くんが近づいてくる事に気が付かなかった。

 音もなく手にしていたライターを掠め取られてしまう。そして一言。


「タバコ、咥えてください」


 私は意味もわからず、言われた通りにする。構成員くんは手で壁をつくりながら、ライターに火を灯し、胸上くらいの高さまで差し出してくる。


「詰まったストローをイメージして下さい。その要領で、この火を吸うんです」


 少しだけ体全体を俯けて、言われたとおりにする。


 そういえば、風がいつの間にか止んでる。揺れながらも確かに燃え続ける火を見てそう思いながら、タバコの頭を火に当てる。そして吸うと、黒かった頭はみるみるうちに白く灰の様になっていった。


 火がついたんだ。


「ん、ん」


 咥えたままで喋れない代わりに、タバコを指さして『火がついた』とアピールする。


 それを見た構成員くんはどこ吹く風で。


「貴女がタバコを吸わない事は知っていました。吸いたがるのは何か意味があるのでしょう。でも着火すら知らない様子でしたので、失礼ながら口出しさせて頂きました。咥えないで手に持つだけでは着火できません」


 淡々と述べてからまた数歩、離れていった。

 私はチューっとタバコを口に含んで、『ふぅー』と夜空に向けて吹きつけた。


 息よりも数段濃い、白い煙が空気に溶けていった。

 口の中が煙い。もごもごする。


「これの何が楽しいんだか」

 そう言ってから、また吸って吐いた。


「吸ったまま吹かずに止まって下さい」

 今度はなんだろう。またも私は言われた通りにする。


「そして、そこから深呼吸です。……はい、吸ってー」

 深呼吸。言われた通りに、大げさに息を吸い込んで、その瞬間。


 大きく咳き込んだ。苦しい。空いてる片手で胸のあたりを押さえて、勝手に体は折り曲がって更に三回咳き込む。


「あー」

 と言って落ち着いたと見せかけてから、さらに軽い咳が二回出た。


「あー……びっくりした」

「灰まで煙を入れて、初めて『吸う』になるそうですよ」

 腕を組みながらつまらなそうにしてる構成員くんを尻目に、私は三回、咳き込みながらもタバコを吸った。


「やっぱり苦しいだけ。何が楽しい――――」


 言って構成員くんの方を向こうと首を振った時、変な感覚があった。頭の中身が膨張している様な、それに伴って重くなって、揺られるような。


「わっ。……あー。なにこれ」


 つい、左右に首を傾けるようにして頭を揺らす。右に。左に。右に。

 風邪を引いた時に似てるけど、不快感は全くない。不思議な感覚だ。


「そっかー。これを楽しんでたワケだ」

 確かに楽しいと思いたくなるのもわかる。


 構成員くんが目で疑問を訴える。私はそれに答えた。


「前に三人に除け者に……っていうか、知らないうちに三人がタバコ吸い始めててねー。何も言えずに結局、なんか私がタバコ嫌いって事になっちゃってさー。私の前で吸わなくなっちゃった。以来、照れ屋な私は、素直に『私も吸ってみたい』と言えず悶々としてました、とさ」


「そうなんですか」


 構成員くんはなんとも言えなさそうな、多分喫煙に対し忠告したい感情と、好きにさせてあげようという思考が入り交じっているんだろう顔をして。そのとおりに何も言わなかった。


「これでタバコの吸い方分かったし。後は三人の目の前で吸って総ツッコミを待つだけ。『吸うんかよッ!』……ってね」


 ラミィはキレ気味に。Bは笑いながら。Cは睨みつつボソッと。目に浮かぶ様だ。


「もしかして、それが貴女のやりたい事、ですか?」

「内の一つ、かなー」


 それを聞くと、構成員くんは一呼吸待ってから、まっすぐ私に向き直った。


「では、残りは作戦の後にどうぞ。――――もうすぐ時間です」

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