7場
まずは家族へ書き始めた。
子供の頃、家を出たいと言い出した理由を、当時の感情付きで書いているうちに、目頭が熱くなってきた。
友達に家族での卒業旅行へ誘われた時、とても嬉しかった反面、自分は一生『そういえば、小さい頃に家族と○○に出かけてさー』なんて軽い思い出話一つ語れない人生を送るんだと思うと悲しくて、すごく行きたかったけど、少しだけ行きたくなかった。
その件を書き終える頃には嗚咽も我慢できなかった。
妹へ『貴女の姉になりたかったです』とか敬語でしめた時には『我ながら私らしくない。なんで敬語?』とか思いながら、しばらく続きが書けない程、声を出して泣いた。
Bには恨みつらみを書いてやった。よくも見捨てたな。お陰で死にました、と。
『ちょ、こんな遺書、トラウマもんじゃねー!?』
とか言いそう。BはBAKAのBだから。こんなに馬鹿な人に会ったのは私の人生で二人くらいです。『えー……もう一人、誰よ?』とか言いそう。お陰で楽しかった。とか書いて、泣いた。
Cには、CHIBIの癖に無口で暴力的で怖かった事、怖がってたら不意に(やっぱり無言で)優しくされてコロっといきかけた事とかを書いた。
三人の友情がとても羨ましくて、眩しかった事を書いた。
Cは『四人だろ』とか真顔でボソッと言いそうで、そう思うとまた泣けた。
右ちゃんへは簡単だった。多分似合わないだろうけど私の服をあげる、とか為になった参考書とかをあげると書いた。私の死がどう伝わるかわからないので、日常会話のノリだ。
『似合わないとか一言余計だよっ!』
とかキャーキャー騒ぐ右ちゃんが簡単に想像出来て、笑いながら泣いた。左さんによろしくとも書いておいた。
サッチは一番大事な友達だ。だからできるだけ丁寧に敬語で、構成員くんを恨まないでーとか、幸せになるんだよーとか、自分を責めないでねーとかひたすら書いて。
書き終わりそうになった時に『あー、こんなの読んだらサッチ、そっこーで屋上からダイブしそう』とか思って、一度全部破り捨てた。
だからサッチには、ただひたすら楽しかった事、嬉しかった事だけを書き連ねた。
最後にお願いと称して『自殺だけはしない事』と付け加えて。
忘れてたけど構成員くんへも。
屋上で、よくも好き勝手言ってくれたな、というか常に好き勝手やってるよね、とひたすら文句を書いてやった。トラウマになってしまえ。
そう思って書いても、読んだ構成員くんはどこ吹く風なのが想像できて少し寂しいのが本音です、としめた。
そして、ラミィへ。
もうそれを書き始めた時には、擦り過ぎて目の周りがヒリヒリするし、鼻たれが乾いてバリバリだし、ラミィの事を考えるだけで混乱して、上手く書けなかった。
だから目に付く物全てを欲しがる子供みたいに、『○○したい』という形でひたすら書いていった。一枚目が終わりそうになった時、このまま書き続けたら一生終わらないと思ってやめた。
残される人の事を考えたら、この遺書を読んだ後の人生を考えたら『私を忘れて』とか書くべきなのかもしれない。でも、例え嘘でもそんな事は書けなかった。
だから、最後に『私を忘れないで』と書いた。
『おぅ、まかせろ』
そう自信たっぷりに即答してくれるラミィが、好きだから。
書き終わってから涙のぶり返しが落ち着くまで、さらにちょっと時間がかかった。署名拇印をしてない事を思い出したのは、落ち着いてからだった。
時計を見たら、書き始めようとした時からもう3時間近く経とうとしていた。ほんの十数分に感じた。
それぞれの枚数を数えながら署名拇印をしていく。家族へ七枚。Bに三枚。Cにニ枚。右ちゃんにニ枚。サッチに三枚。構成員くんにニ枚。ラミィに一枚。
随分いっぱい書いたなぁ。少し手首が痛い。右手は擦ったようにインクで汚れてた。
全てを、組毎に三つ折にしてから、
「終わったよー」
と告げた。そう言うと、なんだか身体が軽くなった気がした。
構成員くんは「くっ……~~~~」と声にならない呻きを上げながら伸びをした。そういえば一言も喋らず、目を閉じたまま、時折ペンライトを左右持ち替えたりもしたけど、それ以外は微動だにしなかった。結構すごいかもしれない。
のそのそと動き出したと思ったらダンボールに片腕を突っ込みながら、
「では、渡して下さい」
と言ってきた。私が差し出した七組の三つ折にされた手紙を見て
「またえらい書きかましたね……何枚ですか」
と言って、またダンボールに手を突っ込む。
「ななー」
そう言うと、返事もなく七枚の封筒が差し出された。使うのは一枚と想定してたのに、ちゃんと七枚あるんだ。素振りからしてまだいっぱいありそうだし。何十枚のパックをそのまま持ってきたんだろうか。
私は受け取った封筒に遺書を入れていく。のり付きの封筒だったので舌で湿らせて封をしていく。
「それとこれに宛名を書いて下さい」
「?」
言われて付箋シールを受け取った。小さなそれを手紙に貼り付けて、内容がわかるように宛先を書いていく。なんで封筒に直接書いちゃいけないんだろう。
聞こうとして顔を上げた時、構成員くんが取り出したそれが見えた。細くて赤くて長くて先に糸がある……ロウソク?
「もう修正はききません。いいですね?」
「あー……うん」
それよりも赤いロウソクについて聞きたい。それって低温ロウソクってヤツなのでは。
あの……アレとか。あーんな事に使う、ね。アレ。
「フーローを施します」
そうそうフーローに使う、アレ。
「ふーろー……?」
手紙にフウ……封? ろう……ロウソクの蝋。
封蝋。
なにそれ。
字面を想像して、それでもわからなかった。聞くよりも、構成員くんのやる事を見て理解した方がはやかった。
ポケットから取り出したライターでロウソクに火をつけたかと思うと、それを回すようにして溶けたロウを溜めて、封筒の上に落とした。そしてどこからか取り出したらしい大きな判子のようなものを、ぐっとそのロウに押し付けた。しばらくして離すと、そこには学園の校章(なんで?)がくっきりと浮かび上がって、確かに蝋が封をしてる。
「あー」
よく手紙用の赤いシールがあるけど、コレを元にしてたんだ。きっと昔はそうだったんだろうなぁ。でも21世紀の今日に、なんで封蝋? と聞く前に構成員くんがぽつりと、
「魔法の封蝋です」
と漏らした。まぁ構成員くんの事だから何かの準備だろうと決めつけて「へー」とだけ返事をして作業に戻った。私はペロペロペタッと手紙を作って、構成員くんはポタポタグッと封をする。しながら構成員君は淡々と言う。
「珍しく聞かないんですね。『なんで?』とか『どんな?』とか」
「聞いて欲しいの? 必要だったら説明するんでしょ?」
『では説明します。これは――――』とか淡々と長話が始まると思ったら、
「まぁ……そうですが」
と言ったきり無言。微妙に歯切れの悪い構成員くんだった。最後の一通に封するのをまじまじと見終わっても無言で、特に『魔法の封蝋』についての説明は無かった。
構成員くんは懐から金色の懐中時計を取り出して、ちらりと時間を確認するも無言。私もそれに釣られるように手首の時計を見た。時間はまだ余裕がある。
構成員くんはボケたのか、何も入っていないであろう封筒を三枚程取り出して、封を施し始めた。何がしたいだろ。
私が渡した七通の遺書は、そっとダンボールに入れられた。しばらく中でごそごそと整理する。それも終わって、それでようやく完了らしい。
組手、遺書は終わった。三つの条件だからあと一つ?
あれ? 終わったよね? 構成員くんは何も言わない。私も立ち上がっていた。手早くちゃっちゃと次に行きそうなのに、顔も、身体さえもこちらに向けない。
私が訪ねても、
「次は?」
「次は……腕を服から出して下さい」
見向きもしない。避けられてる?
それで……腕? イマイチ理解が及ばないものの、私はコートとブラウスから腕を抜いて肩を露出させ差し出す。すごく寒いから早くして欲しい。構成員くんはさっきからどこか上の空で、なにか考え事でもしているように見えた。まぁそれなら、ほっといてあげよう。
と思ったけど、ダンボールから取り出したソレを見て、流石に声を出した。
「ちょ……っと待って? 何する気?」
「何って……採血です。経験ぐらいあるでしょう」
取り出したのは透明なビニールに包まれた使い捨てっぽい注射器、上腕を止める為であろう茶色の太いゴムひも。
「え。普通に怖い。免許ないでしょ?」
「ありませんが。慣れてます」
「あー……」
えーと。なんて言えば止めてくれるのか。そもそもこれが条件なのか?
よくわからない。なんて考えてる間に、ゴムで出来た縄のようなもので二の腕を締めあげられ、コンドームみたいな何かを取り出したと思ったら、そのギザギザの口を切って中身を取り出す。白い脱脂綿が見えて、風にのってツンとした臭いが漂って、あ、これアルコール消毒か。うわ、本気だ。とか思ってるうちに前腕部を消毒され。あ、ちょっとまって。とりあえずそう言おうと口を開いた時にはもう注射針が私の腕に侵入し始めていた。
痛い。寒い。
刺さっていくソレを見たくもないのでとりあえず上を向いて
「あー」
と口を開けてみたりした。事後とはいえ、一言くらい言っておこう。
「せめて刺す前になにか言ってよ」
「失礼しました」
その言葉も暗い、というかやはり上の空で感情を感じない。
またも腕にスッとしたアルコールの感触があったと思ったら、もう針は抜かれていた。
「しばらく抑えてて下さい」
構成員くんの手と交代するように、自分で脱脂綿を当てた。グイグイと二の腕のゴムも解かれる。
「あー」
いきなり血を抜かれた。特に説明もなく。なんか怖い。まだイライラしながら垂れ流される長々とした説明を聞いていた方がマシ。
採った私の血を、ゴム蓋の小瓶に突き刺して注入してから、注射器に蓋をして、ダンボールに入れる。結構ぞんざいな扱いだけどいいのかな。私の血入り小瓶はポケットへ。
そして今度は似たような小瓶を取り出したけど……中にはもう液体が入ってる。薬品? と新しい使い捨て注射器を取り出して、
「では、次にいきます」
「待って待って待って」
「……はい」
私の右腕を取りながらも、構成員くんはピタリと止まった。
よかった。間に合った。
さっきから虚ろというか上の空というか。そんな状況で注射なんかされたくないし、何より。
「構成員くん、ちょっとこっち見て」
私の顔を見ない。
ピタリと止まったまま、構成員くんは何も言わなかった。そのままじっと人形のように、私が抑えてる腕のあたりを見ている。
「説明しなさい」
そのままじゃ動かないと判断して、年上のお姉さんっぽく言ってみた。
しばらくして、深呼吸すると共に、ようやく構成員くんは動いた。
「失礼しました」
言いながら構成員くんは薬品の小瓶に注射器を突き刺し、中身を吸い上げる。ピストンと連動して、注射器の中の薬品も増えていく。作業を進めながらも口を開いた。
「外傷を負ってしまった時や血管が損傷した時、血液中に含まれる血小板が……えー……」
薬品を吸い上げ終わり、小瓶をポケットにしまう。ドラマか映画のように注射器をトントン叩いてから、ピューと出してみせる。作業はスムーズだったけど言葉は続かなかった。
「えー……要するに、身体が全体的に強くなります。あと、気休めですが失血による死亡を予防します。効果は6時間ぐらいです」
衝撃を受けた。
あの構成員くんが、私が何も言わないのに説明を端折った。
なに? 『強くなります』って。抽象的すぎるでしょ。『ぐらい』って。適当だなぁ。
私が聞きたいのは、
「そうじゃなくて。今の構成員くんの態度を――――って、痛ぁい」
あー、うー、と思わず顔が歪んだ。喋ってる途中なのに腕にツツツと注射された。
「ゆっくり行きます」
そう言って構成員くんはその通り、ゆっくりと注射器のピストンを押していった。
「これ、変なのじゃないよねー?」
こんな態度をされれば当然でてくると思う疑問。何か企んでるのでは?
「注射剤はこの種類しか持ってきていません。ラベルも三度、確認しました。間違う事はありません」
対する回答はちょっと明後日の方向。
失敗したら困るので、とりあえず注射が終わるまで黙ってる事にした。
感覚的には結構な時間、実際にはほんの数分の注射を終わった。私は片手で二個の脱脂綿を抑えてる。
構成員くんはダンボールから七通の、さっき封をした手紙を取り出してた。
それを差し出してくる。
「これは冗談でも、笑いの『フリ』とやらでもありません。この封筒を絶対に開けないでください。土下座して乞えと言うのならその通りにしましょう。ですからお願いします」
さっきまでちょっと上の空だったのに、今度はまるで私が悪いことでもしたみたいにまっすぐ睨みつけてきた。なんなんだろう。
私は抑えていた脱脂綿を恐る恐る持ち上げて、血が出ないか見てから、脱脂綿をポイっと捨てた。【その先はダンボール】
腕を袖に戻しながら……そういえば全然寒くない事に気がついた。かと言って暑いわけでもなく……全身の皮膚が分厚く、鈍感になった様な。その癖に身体が軽い、変な感じ。
さっきの投薬のせいかな。
そんな事を考えながら私の遺書、計七通を受け取った。
さて、受け取ってどうするの?
疑問の視線を構成員くんに向けると、視線が交差して、構成員くんは喋り出した。
「最後の条件ですが……非常に簡単です」
あ、やっぱり注射が条件じゃ無かったんだ。でも遺書を渡されたくらいから構成員くんの表情はキリッとしたものに戻ってるので、いくらか気は楽だった。
「『僕の質問にYESと答える』……それだけです」
「あー」
軽くなった気分が重く……はならないけど、なんだか面倒くさい雰囲気というか。構成員くんがもったいぶると、大抵、気分的によろしくない情報が舞い込んでくるんだ。
質問にYESと答える、かー。
ちょっとドキドキしてきた。無理難題を言われるのか。それとも答えたくないような質問をされるのか。一筋縄じゃいかないだろうなぁ。
「わかった。質問どーぞ」
意を決して、身構える。
「では、まず説明をします」
コケそうになった。おもいっきり肩透かしを食らった。説明かぁ。
構成員くんはダンボールに手を伸ばし、三通の封筒を取り出した。それを見て、私は自分の手元にある七通を軽く確認する。全てに自分で書いた宛先があった。
あれはさっき作っていた空っぽの封筒だ。
その内、二通を地面に置いて、飛ばないように靴の先で踏みつけた。
「先ほど、魔法の封蝋と言いましたが、その仕掛けを見てもらいます」
残った一通を顔から遠く離す様に持ち上げた。
何をするのかと思ったら、もう片手でその封筒の隙間に指を入れていく。
しっかりと深く差し込んでから、素早くスライドさせる。
封が切られた。そう見えた瞬間だった。
「わっ」
まるで手品に使われる綿火薬のように、ボッと一瞬燃え上がったらと思ったら、封筒は跡形もなく消えていた。
構成員くんの足元にも光がおきていた。見れば足元に踏んでいた筈の封筒も無い。
三通の封筒は、封を切った瞬間、消えてしまった。
「おー」
パチパチ、と思わず拍手。
それを見た構成員くんは心底呆れたような溜息をつきながら『どうも』と吐き捨てた。
呑気な人だとか思われているんだろう。
「これが魔法の封蝋の効果です。僕が――――」
「魔法? ただの手品っぽかった」
私の割り込みに一瞬ムッとしながらも、慣れたのだろう。すぐに続ける。
「科学的な反応で、似たような事が起こせますから、それを模しているのでしょう。一目見て『異常な現象だ』と思われる事は避けるべきです」
手紙が突然燃えて跡形も無くなったら十分異常だけど。言わないでおく。
「続けます。……科学的に真似できないのは……いや、今の技術なら出来るかもしれませんが……この魔法は封を切る人物の条件を特定できるのです。今、燃えてしまった封筒は、封をする時に定めた人物、つまり貴女でなくては開けられないモノだったのです。僕が切ったため、燃えてしまいました。そして連鎖反応します」
ちらりと手にした遺書を見る。えーと。そうなると、これは間違いなく宛先の当人が開けるようにしないといけないのかな。一通でも間違えれば全てがボッ。
「そして、貴女の遺書の封が切れるのは――――僕だけです」
「…………なんで?」
あんまり聞かない方がいいかな、作戦実行直前だし、と思って遠慮してたけど、言わずには居られなかった。だってそうでしょ。なんでわざわざ構成員くんに封を切らせるの。しかも間違えたら全部がボッ。
「さらに続けます。先ほど貴女に注射剤を投与しました。効能も軽く説明しました。それらは嘘ではありませんが……あれにも魔法がかかっています。もし、貴女の遺書が魔法に依り消失した場合。――――注射剤が貴女の記憶を破壊します」
「えー……っと?」
なんか手にした七通が突然危険なモノに見えてきた。適当に持っていた手に力がこもる。
聞きながら、持ってない方の手でコートをめくって内ポケットを探す。見つけたそれに、そっとしまいこんだ。
構成員くんは若干、暗い表情を作って俯いた。私の足元あたりを、ふらふらと視線がさまよってる様に見える。迷ってるように見える。
様子がおかしくなったのは私が遺書を書き終えてから、封蝋と注射を施してる間。
「さっきからその事、気にしてたの?」
躊躇うように一拍置いてから、構成員くんは語った。
「えぇ、そうです。良心は捨て実利を求み、道徳は踏みつけ結果を握ると決めていたのですが。……流石に目の前で赤子のように泣き喚かれれば、情も揺れてしまいます。本当に貴女を行かせてもよいものか、と」
あぁ、そういえば泣いていた時目の前に居たんだよね。恥ずかしくて思い出したくない。
私も別の意味で構成員くんの顔が見れず、遠くビル街の影に目をやった。
「貴女の死は、ただのソレとは違います。封蝋は基本的に一般生徒や学園外の人物への対抗手段として使われます。故にソード1が……学園の職員含む構成員が見つければ、確実にその封を切るでしょう。すると記憶は破壊され、死体から情報が抜かれる事もなくなります。これで僕は僕に都合の良いように貴女の心理状況を予想、構築する事ができます」
「『私が一生懸命泣きながら書いた遺書だろーと、そんなものも全部消してやる』……それが言いたくて遺書なんか書かせたの?」
私にしては、鋭い威圧感を持った睨みと口調。
構成員くんは怯むかと思った。でも全くの逆、まっすぐと、怒りを灯す視線が鋭く私に突き刺さった。
「そうです。質問は……『それでも最後の障害に、貴女が立ち向かうのか』……です」
「はい《YES》」
睨み合って数秒、私たちは微動だにしなかった。視線も合わせたまま、風に揺れる構成員くんの前髪辺りを見ていた。
息が続かないのか、動いたのは構成員くんだった。もう何度目になるだろう、呆れた溜息を一つ。
「即答ですか。よく考えたんですか。貴女でないといけない理由なんて、そう多くはないのですよ」
覇気が抜けた構成員くんに習って、私も身体をだらっとさせる。
「一秒かけても、一分かけても、一時間かけても、どーせ『よく考えたんですか』とか言うでしょ、構成員くん」
手のひらをヒラヒラさせて茶化してあげた。
構成員くんは口元に手を当ててしばらく考えるようにしてから「それもそうですね」とかえらく真面目に応えた。
ついでに、ちょっと前に思った疑問に答えが出た。構成員くんに言われるまでもなく、私はそっとポケットから七通の手紙を取り出す。
そして、そこに貼ってある付箋を、一枚、一枚、剥がしていった。
全てを握りつぶして丸めて、ダンボールに捨てた。
こうする為の付箋だったんだ。
私の遺書に宛名は要らない。あってはならない。
この遺書を開くのは構成員くん以外の誰か。宛名だけでも、情報をその誰かに与える事になる。構成員くんの言っていた、都合のいい状況づくりに制限が出来る。
『どう? あってるでしょ?』と目で言うと、構成員くんは何も言わず目をそらしていた。それは認めているに他ならない。
そうして、三つの条件はクリアーされた。




