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朧車  作者: 赤丸朧
第4幕 しょうがい
38/51

2場

 眠りに落ちたと思ったら、すぐに構成員くんに起こされてしまった。上半身を起こして伸びをしてみれば、温かい気だるさと、それを上回る身軽い心地良さを感じた。構成員くんの言った通り、六時間(すこし)け、眠っていたらしい。夢すら見ない、深い眠りだった。


 構成員くんがニ段ベッドの上まで上がって来ない辺り、ちゃんと学習しているようで偉い。


 梯子を使ってベッドを降りると、ラミィを観察する時の比じゃ無い荷物が部屋の中に積まれていた。海外旅行でもするのかってぐらいだ。私はそれでも起きなかったらしい。


 そして、作戦会議が始まった。

 そのまま延々と二時間ぐらい、長ったらしい説明と解説と対処を聞かされた。


『なんで?』『どうして?』『~すればいいでしょ?』


 なんて私が口を挟む度に、構成員くんのこめかみ辺りに青筋が浮き立った。後半辺りは、流石に可哀そうかなって思って、基本的に『はーい』と素直に返事をしてたんだけど構成員くんはそれでも不満気に『本当にわかっていますか?』と私を疑っていた。


 やがて私が聞き疲れてき、構成員くんも喋り疲れた所で、一通り作戦会議は終わった。


「僕はまだ、仕込みが残っていますので」

「職人さんみたいだね」


 そんな会話を交わして、構成員くんはまた部屋を出ていった。

 作戦を要約すると。


 殺し屋ちゃんを呼び出して、ふん縛って、使われない部屋にポイ。それは後で構成員君が回収。殺しはしないと約束させた。そして私はラミィを捕まえつつ、この街と学園から遁走する。


 基本的にはそれだけだったけど、その各行動の詳細と、それぞれが上手く行かなかった時のプラン変更パターンがそれぞれ三通り程、用意周到を地で行く構成員くんは、作戦会議の殆どの時間を『途中で失敗した場合の対処』に当てた。


 私は頭の中で、この二時間程言い聞かされた事を反復し終える。暇になってしまった。


 作戦の決行は日付が変わる直前。その前、午後六時に屋上へ集合。そういえば、なんで屋上かは聞きそびれた。


 本を読む。…………のは気が乗らない。結局読み終わる前に夜になっちゃうし。


 勉強する。…………のは全く意味が無い。なにせ学園を飛び出すんだ。


 あれ? する事が無くなってしまった。こういう時、無趣味は辛い。光輪を発現する前だったら、意味もなく光輪を出そうと宙に手を伸ばしてみたり、ボケッと考え事したりしてたんだけど今となってはそれも必要が無くなってる。


 原付を洗おうかな。


 ふと、そう思った。あんまり自分で洗った事も無いし、学園を出る時にお世話になる予定だ。そして逃亡の旅が始まったら、しばらく洗車も出来そうにないだろうし。


 思い至って、立ち上がって、ようやく自分の姿を思い出した。下着姿にワイシャツを羽織っているだけの、かなり扇情的な格好だ。


 構成員くんが何も言わないし、目を逸らしたりもしなかったから忘れてた。うーん。若干、気に入らないなぁ。少しは照れるなり慌てるなりしてくれてもいい気がする。


『うっふーん、あっはーん』とくねくねサッチ。

『…………何をしてるんですか? 先輩』と真顔の構成員くん。

『がーんっ!!』サッチ、ショーック!


 なんて事にならないか心配だ。


 そんな取り留めのない事を考えながら、シャワーを浴び終える。着替える服は制服でいいか。構成員くんが制服にしろって言ってたし。


 部屋に積まれた荷物から、カロリーメイトを探りだした。説明の通り、ちゃんとあった。構成員くんは『非常食です』って言ってたなぁ。今がその時だろう。寒い外を出歩くのも面倒だし、一応、平日だし。今何時だろうと携帯電話を取り出して時刻を確認した。午後一時半。そして、着信が三つあった。どれも同じ番号。ラミィじゃない。構成員くんでも無い。でもその番号には覚えがあった。…………だから私は無視する事にした。


 雑誌を整理しながらそれを咥えて、ついでにサッチの机も掃除してあげて、歯を磨いて、ベッドからくまの人形拾い上げて小脇に抱える。そしてコートに手を伸ばした。


 エントランスを出て、思わず感嘆の声を上げた。


「おー」


 真冬の部屋に、薄着で居ても平気だったのはこれが原因だったみたいだ。

 頂点に近い太陽が、地面を暖かくしてる。時折吹く北風もその熱を奪い切れない。空の色には所々、薄い雲があるだけ。殆どが、白い水色で埋め尽くしていた。


 ホワイトクリスマスなんて程遠い、見事な冬晴れ。


 コートを脱ごうかな、と肩を出してみたけど、風の冷たさは尋常じゃなかった。コート無しはきつい。結局そのまま裏手の駐輪場へ向かった。


 原付に鍵を差し込んで、ハンドルロックを解除する。そのまま水道の近くに押していく。


「あー」


 そういえば、この原付で遠出するんだから、中身は空にしておいた方がいいのかな。


 そう思って鍵を捻った。シート下のメットインを開ける。


「ん?」


 荷物は無い筈だけど……と考えていたんだけど、それどころじゃなかった。シートがしっかりと閉まるギリギリまで、毛布が敷き詰められていた。よく見ると……、一杯に近い荷物を、毛布でくるんでいるようだった。その真中に、小さな紙が置いてあった。


 それを拾い上げる。小さいのもその筈で、四つ折りにたたまれていた上に、何枚か重なってるみたいだ。広げると手書きの文字が、踊り連なっていた。



 優柳先輩へ。

 この手紙を読んでいるという事は、作戦は順調に進んだ物と推察します。多少違いが出ていたとしても、貴女がこの場でこの手紙を読んでいる時点で、完全勝利に近い形となりました。 ご苦労様です。


 今後の方針と、合流予定……p.2~

 追手が来た場合………………p.3~

 安全な地域……………………p.6~

 生活と仕事について…………p.7~

 最終手段………………………p.9



 うーん。とりあえず、この手紙、というか、手作り感あふれる旅のしおりのような物は今読むべきでは無かったみたい。準備がいいなぁ。っていうか、どうやって鍵開けたんだろう。


 しおりをひっくり返して裏を見ると、

『彼とお幸せに』と、隅っこに小さく書いてあった。


 手紙をたたみ直して、荷物の隙間に差し込んだ。それを押しのける様にして更に隙間を作って、そこにくまの人形を詰め込んだ。一体この邪魔な荷物はなんだろうと毛布をめくってみると、着替えやら下着やらカロリーメイトやら石鹸……なんで石鹸? やら、色々なモノが入っていた。下着はまだいい。石鹸も別にいい。


 でも生理用品(コレ)だけは許せそうにない。

 しかもちゃんと私の使っているものという念の入りよう。


 何考えてるんだろう。変態? 本当にいいの? サッチ。変態彼氏だよ? とも思ったけど、サッチも若干変態っぽいとこあったからお似合いかもしれない。


 でも常識人である私は、説教の一つもしたくなる。


『何を考えている……ですか? 別に何も。使わないんですか? 不衛生極まりないです。使用した方がいいかと存じます。……なんなら使用法をお教えしましょうか』とか言われたりして。


「あー」


 どうすればいいんだろう。問題の品を片手に、ぼうっと立っていたら、突然、背後からの声に身が竦んだ。


「気にすんなって。それ、用意したのオレだし!」


 恐る恐る、振り返った。見知らぬような、どこか見たことがあるような、女性が立っていた。


「あー」


 えっと? ペンタクル6、春端花織、構成員くんのお姉さん……だよね。


「こんにちは?」

「ちわーす!」

「いつからそこに?」

「つか、タゲのデータ消しに行った時以外、初日からずっと隣にいたぞ」


 タゲって……? 目標(ターゲット)? ラミィの事かな。格好を見れば、姉は魔法のコートを着てる。


「なんで隠れてるの?」

「花柄が言うには『奥の手』だとさ。確かに、オレが6だって知ってるヤツ、超すくねー。お陰で、超ひま」

「あー、じゃあなんで出てきたの?」


「そんなの…………決まってんじゃね?

 ――――――――――お前を消しにだよ」


 冷たい声が、私に降り注いだ。

 構成員くんは何やってるの? 荷物準備する前に自分の姉をなんとかしてよ。


 そう頭は回っているものの

「あー、え?」

 口を出る音は言葉にもなってない。一歩下がったけど、それはは身構えた訳じゃなく、動揺が隠せなかっただけ。そのまま、風が吹いて、凪いだ。


「――――なんてな! ビビった? まぁ、正直、ちょっとそう思ったけどな! お前居なきゃ、花柄は危険な事しないって。……でも本人がやりたがってるんだから、仕方ねーよなぁ。花柄さぁ、奥の手とか言ってるけど。単に守ってくれてるだけだぜ? 優柳さ、もしホントにあのラミィってヤツ殺されてたらどうしてた?」


 どうしてた……って。そんなの……。


『――――殺してやる!』


 私は、自分がそう、胸の内で叫んだ事を思い出した。


「恨むよな、当然。構成員とか、一次接触する可能性のあるペンタクルは尚更、危ねーんだわ。だから、表立って、わざわざ頻繁に顔見せたりするわけよ。花柄は。目の前に恨みをぶつける相手が居れば、他の人間を恨んだりしないからな」


「『私の可愛い花柄を危険に晒したら許さないよ。つまり失敗したら許さない』……って事?」


「うわ、身も蓋もねーな。まぁ、そーだけどさー。なんつーか、脅しより激励? に近いカンジで!?」


「ありがと。一応、全力でがんばるよ」

「よろしくな! あ、あと花柄にはナイショな!」

「内緒? なのに、ワザワザ言うために出てきたの?」


 姉はアメリカンホームドラマのように、大げさに手を広げてみせる。


「だってさー、監視とかマジ暇なんだぜ? 優柳、別に独りでも面白い事なんもしねーし! その点、サチは面白かったなぁ。あの頃に戻りてぇ……とか思ってたらなんか優柳が花柄を変態扱いしそーなカンジがしたから? ま、いっか、出てっちゃえ、つー話」


 激励とか脅しとかよりも、そっちが主要だったんじゃないかな、と思える雰囲気の女性(ひと)だ。


 変態扱いする原因になった生理用品を再びメットインに仕舞い込んだ。そういえば『本当に僕が女性である先輩を』とかなんとか落ち込んでたっけ。……その割にはサッチや私の半裸とか、随分平然としてたなぁ。この姉の所為かも知れない。部屋では下着一枚でウロウロしてそうだし。


 毛布も詰め込んで、閉めようとした時、荷物と荷物の間に気になる隙間があった。その隙間を作ってるのは細めの茶封筒で、隙間を作る程の厚みを持ってる。


 これは。もしかして。


 まさかねー。でも、これから旅立つんだから、当然、先立つ物が必要なワケで。その茶封筒のサイズといい、いいカンジな厚みといい……まさかねー。


 茶封筒を引っ張り出して、封を切って中を覗く。興味津々な姉も、私の肩越しにそれを覗いてる。


「「わぁーお」」


 二人同時に、感嘆の声を上げた。見れば封筒の中身は福沢諭吉さんの束が入っていた。いくらあるんだろ。メモ用紙も一枚入っていた。取り出してみる。


『無駄遣いしないように。計115万円也。 ※利息は発生しません』

「優柳さぁ……」


 ポンと、姉が肩に手をおいてきた。


「オレ的に、ここでオレの好感度稼いでおくべきだと思うんだよ。そーすりゃ、後で『なんでお前がここに!?』的な助太刀フラグが立つと思う。つまり、それは決して無駄遣いでは無い! ……だから、な? 半分くらい、ね?」


 意味がわからないし、なにが『だから』『半分くらい』なのかもよくわからないので、無視した。封筒もメットインの毛布の上に放り投げて、勢い良くシートを落とす。


 そのまま洗車に取り掛かる事にする。ホースを拾い上げて先の蛇口に近づくと、幸運な事にポリバケツがあった。中には巨大な歯ブラシと、食器洗いスポンジがあった。蛇口を捻って水を出す。二つの道具は少し砂が付いていたけど水で流せば何とかなるよね。


「手伝ってやろーか!」「いらなーい」


 そんな会話をしながら、ホースを原付に向けた。


 車体が水を弾いた。足元に細かな飛沫が付く。その瞬間、凍りつくんじゃないかと思うほどに冷たい感覚が身体を震えさせた。陽は温かいけど、水温までは上げてくれないらしい。


 洗車かぁ。洗車の仕方は…………。


『いいかぁ、まず、水を満遍なくぶっかけて汚れを浮かすんだよ。洗剤とかもバケツに用意してな。……んで柔らかい布かスポンジで…………って言ってんだろーがッッ!! ぁぁあああああ!! …………嘘だろ』絶望するラミィ。

『うわぁー。あれさー、ステンレスウールじゃねー?』白けるB。

『(無言で溜息を付く)』呆れるC。


 懐かしいな。原付を買ったばかりの頃を思い出す。綺麗になればそれでいいのに、三人とも細かいんだから。


 私の顔を見た姉が、訊いてくる。


「おん? 何笑いよ、それ」

「ん? あー…………ヒミツ」

「なんだよそれー。気になるじゃねーの。ん? お姉さんに言ってみな? ん? ほれほれ」


 肘で脇腹辺りをつつかれた。びっくりしてつい、わざとじゃなく、ホースを姉の方に向けてしまった。冷たい水が姉の片足に直接浸されて「どぉうわぁ!!!」とか叫ぶ。


「なんて事をぉう!? だからコッチ向けんなよっ!」

「お姉さん人懐っこいね。構成員くんに似てない」

「よく言われる――――よっとっ! 華麗に回避! いやー、マジで監視って暇なんだって。ホント、フラストレーション溜まるっつーか、――――ん。他人(ひと)が来た」


 最後の台詞だけ、表情が変わった。細まった目が遠くを捉えた。その瞬間、下ろしていたフードを被る。切り替えの速さと真面目な表情が、ちょっとだけ構成員くんに似てた。


 姿が見えなくなる。気配も無くなる。まるで狸に化かされるみたい。


 あれ? 姉が居る事、断定してるのに私にも見えない? それとも、もう移動して私が断定してる位置には居ないのか。


 私が周りをキョロキョロしてると、駐輪場に入ってくる人影が見えた。

 駐輪場なんだから、当然、使う他人が居てもおかしくないんだけど、その人はまっすぐ、この奥まった所にある水道まで近寄ってくる。


「よー」


 気の抜けた挨拶に、私は真似をする様に応えた。私は原付から飛び散り、辺りを濡らし流れる水をじっと見てた。その顔を見れない。

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