1場
第四幕 障害
「優柳先輩。……彼が来ましたよ」
寮の部屋で、ラミィとの写真を見ていたら、突然、構成員くんが話し掛けてきた。
「ん? 彼って?」
「……………………………………」
『彼』なんて代名詞を使われたら、当然出てくる疑問だと思うんだけど、構成員くんの表情はえらく不満気だった。
「申し訳ありませんが、今のは嘘です」
台詞の最後には溜息が付いていた。意味わからない事を突然言ったと思ったら、今度は意味わからない謝罪を押し付けられた。しかも嘘だった? 何がしたいんだろう。
「貴女は彼と……その……」
「別れたよ」
「……はい。そこまでは最初の予定通りです。本来ならば後は貴女が、僕の報告後、彼とやり直してもらい、貴女にも彼にも亜因果とは無縁の、一般的な生活を送って貰えればそれで良かったのですが、そうも行かなくなりました」
「殺し屋ちゃんがラミィを知ってるから?」
「その通りです。ソード1からしてみれば、後輩の手助けをしたに過ぎないからでしょう。彼を殺害した件を含め、報告を僕に一任してくれました。幸運です。彼女さえ止められれば、予定に狂いは生じない」
淡々と述べる構成員くんの顔に、ツッコミを入れる。
「綺麗に裏切ろうとしてる割に、信用されてるんだ」
「裏切り、ですか。信用は消費モノ、とだけ応えておきます。貴女にとってはどうでもいい事でしょう」
「そだね」
「というわけですので、これからソード1を片付けに行ってきます。恐らく、もう会うことも無いかと思います」
え? どーいう事? 片付けるって、部屋をじゃないよね? そう思える程、構成員くんは淡々としてる。
「試算に試算を重ねましたが、他の構成員、教員、に知られず処理する事は不可能という結論に達しました。ならば開き直って、知られる事前提で、確実にソード1を仕留める方法を取ります」
「片付けるとか仕留めるとか、随分気楽に言うねー。殺し屋ちゃんの事、憎いの? 私は憎いけど、殺そうとは思わないよ?」
「憎くはありません。ですが、彼女は僕が生徒会長になる事に反対していたので、邪魔と言えば邪魔ですね」
「え。生徒会長? 構成員くんが?」
「そうです」
うえ、と表情にしてしまう。
「なんですか、その顔は。何か不満がありますか。これでも現、副会長なんですが」
「年上で良かった。圧政で苦しみたくないし」
「逆に……亜因果関係の圧政を解こうとしていたんですが…………話が逸れました。その為、貴女にはこれから、僕が思いつく限りの状況展開を頭に叩きこんで頂きます。これからは僕が補佐する事も出来ませんので」
えーと? 殺し屋ちゃんを殺しに行って、そして、もう二度と会えない、と。
「死ぬ気? 私は別にいいけど、サッチが悲しむ気がする雰囲気の可能性があるかもしれないよ?」
「ほぼゼロッ! なんて言い草ですかッ! …………死ぬ気はありませんが、必死です。二通りの意味で。……もっとも、むざむざ簡単に殺されるつもりもありません。運良く死ななかったとしても、まず貴女に会えない状況になるのは確かです」
「えぇー。……なんでそこまで?」
「貴女には言った筈ですが。……僕の目的です」
「『どうしようもないのをなんとかしたい』だっけ? でもそれって。サッチどうすんの? 薬、飲まなくてもいいようにするんじゃなかったの?」
「嘘になってしまいました。申し訳ありません」
「はぁー?」
そりゃないでしょ。構成員くんがそれを選んだんでしょ。
「ここからは予想と言うより、想像に近くなってしまいますが」
そう前置きして、構成員くんは姿勢を崩した。私の向かいの壁に寄りかかって低い天井を仰いだ。
「先輩は……放って置いても幸せになります。吉祥天がありますから」
「あった、でしょ。今はもう無い」
「えぇ。無いでしょう。ですがそれを……正確に言えば、『自他共に無いと思っているし、在ると断定する要素は起き得ない』というだけの事です。バタフライ・エフェクト、ご存知ですよね。昔、在ったとしても、今、無くても、もう関係ないんです。『運』なんて言いますが、結局は先輩のちょっとした選択の賜物ですから」
そのチョウチョ効果はご存知じゃないけど、言ってる事はなんとなくわかる。
私も、吉祥天に対しては同じ結論を抱いてる。だから何も言わなかった。
「そしてその選択はもう終わった。先輩の幸せは、もう確定しました。最初に僕が関与しようとしたのは『死こそが幸福』となりかねない状況だったから、というだけです。それが避けられたのであれば、あとはどうでもいいです。どう転がっても、先輩は幸せになれるでしょうから」
まだ手にしてた写真を胸に仕舞った。長いなぁ。
「もし突然僕が居なくなったら、貴女は先輩をどうしますか。放って置きますか? ……放っておかないでしょう。僕が居なくなる事がきっかけとなって、貴女が先輩を救う事になる。……そう、思っています」
「あー」
よくわかったけど、全く同意する気になれない。
「やっぱり構成員くん、カレシ失格」
「では失格だったと、先輩にお伝え下さい」
ツンと、構成員くんは首を振った。意固地だなぁ。なんで素直に『僕が先輩を救うんだ』って思えないんだろう。それに、その吉祥天の理論だと。
「殺し屋ちゃん、私がなんとかするよ」
私がこう言い出すのも確定してる気がする。
構成員くんは絶句して、口を金魚みたいにしてた。
『構成員くんは私とラミィを助ける為、そしてサッチが助かる道を作る為にどっか行ったよ。二度と会えないよ』って言って、サッチがどう思うか。そんな事もわからないのかな。
「終に頭がおかしくなってしまいましたか?」
「終にってなに」
「失礼しました。常にでしたね」
「………………」
「………………」
一頻り睨み合った後に、私達は溜息をぶつけ合った。今はこうして仲良く刃を突き付け合ってる場合じゃなくて。
「不可能です」
「『無理じゃない』……よ」
私は渾身の笑顔を作った。台詞は、構成員くんの思い出のモノ。今は亡き友へ、構成員くんが送った言葉。
ラミィなら照れて舌打ちが返ってくる、サッチなら安心のあまりに泣いちゃう、自他共に認める良い笑顔の筈だったんだけど。
「何故ですか。理由をお聞かせ下さい」
まるで自分の綺麗な思い出を汚されたと言わんばかりの表情をして、疑われた。特別に見せてあげたのに、構成員くんには効かなかった。
「そもそも。貴女に他人が殺せるんですか。とてもそうは思えないんですが」
更に畳み掛けられた。
「なんで殺すの?」
「単純、かつ確実だからです」
「何と比べて、単純で確実なの?」
「生かしておいたら、と比べてですッ! いつ貴女や彼の事を学園に報告してしまうかわからないでしょうッ!? それくらいわかって下さい!」
「要するに口封じしたいんでしょ。殺す必要ないでしょ。それくらいわかりなさい」
「……ならッ! 聞かせて下さい。殺すよりも確実な、口封じをする方法を」
「あー、ガムテープでも貼っておけばいいんじゃない?」
構成員くんは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「話になりませんね」
なんで? 死ぬのも、口にガムテープ貼られるのも、喋れない事に代わりはないでしょ。
なんて私がボケッと思っている内に、構成員くんは素早く立ち上がって居た。
あれ? 行っちゃう気?
私も釣られて、勢い良く立ち上がって。その瞬間、自分の頭の重さに耐え切れなくったみたいに左右に揺れた。耐えようとした足がちょこまかと位置を変える。それでも結局耐え切れなくて尻餅をつく。
「何をやっているんですか」
構成員くんが呆れながら私を見下ろして居た。お尻が痛くなったお陰で、引き止める事には成功した。
「現在、午前四時四七分七秒。……貴女は昨晩から一睡もしていないでしょう。寝た方がいいです。起きる頃には終わっています」
あれ。やっぱり成功してなかった。
「構成員くんが殺し屋ちゃん殺したら、どうなるの? ……あ、短くお願いね」
「貴女は彼と仲直りして、めでたしめでたしです」
「それは当たり前。私じゃなくて、構成員くん」
「短く言って。恐らくソード1を殺すだけなら確実です。その後は……1、殺される。2、逃げ延びた先で別の何かに捕まって物のように使われる。3、学園に捕まって教育という名の洗脳を受ける。4、魔法使いの餌にされる。……こんな所ですか」
「じゃあ、私が殺し屋ちゃんを止められたら? 口止め出来たら?」
「貴女がソード1を相手にするのは不可能です」
「仮定を否定しない。……はい、短くどーぞ」
「1、捕まる。その後は僕の4に近いです。
2、…………――――――逃げ切り、貴女も、彼も、僕も、先輩も平穏に過ごす」
「決まりだね」
「構成員である僕の勝手は許されません。ですが、貴女はただの生徒で……逃げ延びた先で平穏に、亜因果を隠し生活する分には学園は文句を言いません。この学園が設立された目的は、亜因果を持つ人間を社会に溶けこませる事だからです。少しばかり卒業が早くなったのと、大差が無い」
解説もつけてくれた。これは説得が上手くいったって事でいいのかな?
「で・す・がッッッ!!!」
いってなかった。
「今の比較は、僕と貴女がソード1に対して同じ能力を発揮する事が前提、その上に、貴女がソード1に対抗している間に、僕が自由に動けるという状況だから、出てきた話ですッ! 貴女に他人が殺せますか! 出来ないでしょう? 貴女にソード1を止められますか? それも不可能です!」
「なら、出来るようにして?」
「は?」
「まだ時間、あるでしょ。レトロアクト持ちならわかるよね。その間に……殺し屋ちゃんを止める方法、やり方とか考えて。それで私に教えて? ペンタクル5の実力、見せてね。…………私は寝るけど」
「…………貴女は……何を」
「構成員くんがただの構成員ならどーなってもいいって思うけどねー。一応、サッチのカレシだし。構成員くんが行けば確実に誰かしら不幸で、私が行けばみんな幸せになれる可能性がある。選ぶまでも無いと思うよ?」
「だからそれは! 貴女がソード1を止められればの話で!」
「だからー、止められるようにしてね? って言ったの。任せるよ。…………長い話も、聞いてあげるよ?」
「貴女が? 文句も言わず、嫌な顔もせず、細かい所に突っ掛かって来たりもせずに、説明を受けると?」
そこまで言ってない。けど馬鹿正直にそう言ってはいけないなんて、わかりきっているので、私は笑顔を作って頷いた。
「――――今の言葉、本当ですね?」
私はもう一度、深く、頷いた。言葉にウソは無い。ただ、頷きにちょっと含みがあるだけで。
私はブレザーとベストを脱いだ。首に巻かれたリボンを引きぬいて、床に捨てた。なんかフラフラするし、寝間着に着替えるのも億劫だった。スカートを外して、床に落とした辺りで構成員くんは勢い良く私に背を向けた。
「僕は準備があります。『少し』掛かります。貴女はその間に十分、休息を取っていて下さい。……貴女に……希望を持ってもいいんでしょうか、僕は」
振り返ったのは、別に私の素肌を目に入れない為に、ではなかったらしい。その背中が、震えているように見えた。
希望かぁ。そう私に言われてもなぁ。
「さぁ? どうだろ。がんばり次第じゃない?」
としか応えようが無い。それでも、構成員くんの肩の震えは止まってた。緩やかに、その場に佇んでる。
「今の言葉は、すごくやる気が出ました」
「そ? それは良かったー」
「『貴女は心底頼りにならない。僕がなんとかしなくては!』という意味ですッ」
そう言って構成員くんは慌ただしく部屋を出ていった。
「貴女に……期待してみたい。期待を裏切らないで下さい」
扉が閉じる直前、構成員くんの呟きが部屋に漂った。
結局、私はいつも構成員くんの言う事を聞いてるばかりで、自分では何も出来ていない。そんな私を、信じようとしてくれた事に深い情が湧いた。
でも、構成員くん。そうやって私を持ち上げといて、自分の命惜しさじゃないよね?
まぁ、それでもいいかな?
その気持に、応えるよ。
構成員くんががんばったら、次は私だ。
冷たい布団に潜り込みながら、私は『うぅ』と唸って、ものの数秒で眠りに落ちた。




