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朧車  作者: 赤丸朧
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 俺は拳銃を握っていた。

 最後の一発に集中する。右掌はグリップの滑り止めに痛いほどに絡みついている。左掌はそれを庇うように柔らかく右手を包んでる。もう殆ど重さを感じなくなった引き金を引く。爆ぜる銃口を受けとめ、押し殺す。吐き出された薬莢が、視界の隅に消えていく。


 それが最後の一発だった。遊底が下がったままなのが、それを証明してる。


 一息つきながら、聴覚保護(みみあて)をずり下げて、首に掛けた。遊底を戻して、もう一度、的に向かって引き金を引く。金属の作動音が静かに鳴った。空の弾倉を引き抜いて、薬室を確認後、もう一度引き金を引いてさらに安全性を確かめた。


 三時間。学園地下ここでこうして射撃練習をしていた。こんな物だろう。俺は借りていた一区画を出る。


 ほうき塵取(ちりと)りを取ってきて、足の踏み場も無いほど埋め尽くしている薬莢を取っていった。


 経費削減、なのかはわからないが、この道具は学園で使われていた物のお古だ。日用品で危険物の掃除をしてるとどうにもそれが危険物に思えなくなってくる。溜息をつきたい。


 塵取りを手にして、一人分の射撃訓練スペースを出る。表のゴミ箱に、塵取りから薬莢を雪崩の様に捨てようとした所で。声がかかった。明るい女性の声。


「あー! いいよ。それ、代えるから。置いといてー」

 時間通り。今日の本番はここからだ。


「そうですか。では、お任せします」


 俺は区画に戻って、そこに置いてあったアタッシュケースを手に取る。他の荷物も小脇に抱えた。精算の為にカウンターへ向かう。


 さっきの女性が脇を小走りで駆け抜けて行って、カウンターの中へ入っていく。俺がそこに立つ頃には、はさんで向かいの椅子に座っていた。書類の用意し、使用弾丸確認等を手早く調べてながら、こちらも見ずに言う。


「はいはい、ごくろーさま!」


 俺は無言で懐から拳銃を取り出して、一応、もう一度残弾が無いか確認してからロックを掛けて、カウンターの上に置いた。


「貸与物の返却も、ここで構いませんか」

「後で寄るからね、いいよー」


 アタッシュケース、中身は汎用自動小銃と予備弾倉。それに未だ装備しっぱなしだった閃光手榴弾を2つ、発煙手榴弾が2つ。懐から訓練で使った拳銃を一丁とその空弾倉。もう反対側の拳銃は私物だから構わない。拳銃の予備弾倉が三つ。非殺傷弾の弾倉が一つと、ひたすらカウンターに並べて行く。


「すごいねー。戦争帰りみたい」

「エイリアンと戦って来たんですよ」


 適当に口をついて出た言葉に女性はくすくすと笑った。それは、まるで自分には関係がないものと言っている様に見えた。この女性が無関係だと言いはるのなら、俺は不快だ。


補佐部カップの真似事ですか。執行部ソード2」

 女性は全く意に介さない。


「んー? まぁ……そんなとこ。それで情報部ペンタクル5くんは、なんで突然こんなに熱心に射撃訓練してるの? 執行部ソードの真似事?」


 真似事と返されたが、その通りだ。


執行部ソード1の腕前に感化されまして。今回は頼ってしまいました。ですが情報部ペンタクルだとしても、やはり腕前があるに越した事は無い」


 ソード2は会話を交わしながら、カウンターの上に並べられた物品を確認し、PCをいじり始める。プリントアウトされた書類を机で整えてから、手元にあった判子を握りしめた。およそ十枚以上あった筈の書類は、叩きつけられるような音を貰って、たちどころに全てが捺印された。手馴れてる。


「ソード2は――――」

「表じゃないからって、わざわざナンバーで呼ばなくてもいいんじゃない?」

「そうですか。……では会長補佐と。そんな役職はありませんでしたが、自称してましたね」

「なんだよー、副会長は冷たいなー。呼び辛くない?」


「――――なら、クリーニング屋さん、とでも?」


『――――なんでそれを?』


 そんな言葉……あるいは近い言葉を予測していた。ともすれば、その瞬間、対立が生まれてもおかしく無い問いかけだった。


 構成員は必ず、二人一組で扱われる。それはソード1も例外では無い。ソード1が偽ラミィを殺害し、その情報と報告を優柳先輩の件と合わせて、俺に一任してくれたのは運が良かった。 けれど相方であるソード2も、彼の情報を得てる恐れがある。


 放置しては置けない。


 カウンターに置かれた武器類に油断してる彼女。その白い首筋に突き立てる為の大ぶりの戦闘用(ファイティング)ナイフを、影で取り出した。


「優柳以外、そう呼んでくれないんだけどね~」

 その平然とした笑みすら混じる声に今度は俺が油断した。


「どんな魔法か亜因果か、それとも科学技術、技法、情報操作かは知りませんが。……この学園の寮に住む全ての女学生が、貴女を『寮の隣人』と認識しています」


「ん? 気付いてたの?」


「優柳先輩の携帯電話に、ソード2の端末から着信がありました。……そこからです」


「あちゃー。しくじったー」

 何が目的かはわからないが、白々しい弁明だった。


「という事は、当然、彼の情報を得ていますね?」


「うん。すごいよねー。サメがうようよ泳いでる所にサーロインステーキ投げ込んだみたいだよね。よくもまー、学園うちに帰属してる魔法使い達が群がらなかったもんだ」


 よく言う。ソード2は魔法の習得に主眼を置いていた筈で、立派な魔法使いだ。俺も少しかじっている。広義では魔法使いだ。


 そして目の前の魔法使いは、俺の敵であると確定した。


 もう話す事も無い。この時間、射撃訓練場の担当は彼女だけ。利用者も、目撃者も俺だけ。彼女は魔法使いであり、物理的な戦闘行為に対する訓練を何も受けていない。何も問題は無い。始末した後に、遺体はゆっくり隠蔽させてもらう。


「でもあたしは何もしないから。気にしなくていいよ」


 その言葉に、どれだけ信憑性があるのか。聞くまでも無いと俺は判断する。死人に口無し。絶対の法則だ。


 カウンター越しに彼女の髪を掴もうと乗り出して、反対側の逆手に握られたナイフに力を込めて、振り上げようとして。


 肩透かしを食らったような軽さに、驚いた。


 ナイフが軽い。それこそ、刃の部分の金属が無くなったみたいに軽くて、つい、それを確認しようとして顔を向ける。


 度肝を抜かれた。


「ん? 怖い顔してー。……ホントに何もしないって!」


 本当に、刃の部分が無くなっていた。なんの感触も無かった。音もなく、その部分だけが消えた。柄にはねじ切られたような金属の一部が残っているだけだった。俺は何の意味もなさないグリップに、力を込めるばかりだった。


「これが証明にー……なるかな?」


 彼女が、カウンターに何かを置いた。ゴト、とその音が響く。硬く重い金属片。ナイフの刃を置いた音だった。その末端はねじきれている。俺の持っている柄と、ぴたりと一致するのだろう。


「信じてくれると嬉しいなぁ!」


 露見していたらしい。


 その事を理解するのに、三秒もの時間を要した。口ぶりからして、俺を撃退するのが容易な事も予想できた。


 寿命が縮まった気がする。だが実際に殺されなかっただけマシ、凄まじい幸運ぶりだ。


「わかりました。一応、信用しましょう」


 今この場で反撃されても文句は言えない状態だが、精一杯の虚勢を貼って、そう言った。


「灰村クン……だっけ? その子、生きてるんでしょ?」


 予想はついていたようだ。


「そうだよねぇー。……あんなの、なんの護衛も無く暮らしてるって事は、なんの護衛も要らないって事。狙撃されたくらいで死ぬわけないよねー。……会長、考え方シンプルだから。目の前で死んでれば取り敢えずオーケー、違ったならまた出て来た時に殺せばオーケーってさ」


 それもわかっていたから立てた作戦だった。


「貴女は彼を放って置けるんですか」


「え? 放っておかないって。君か……優柳がなんとかするんでしょ?」


「まぁ……そう……なりますが。……それは要するに会長を殺す事と同義ですよ。『また出て来た時に殺せばオーケー』と貴女も言ったでしょう。彼を守りたいなら、会長は避けられない障害です。報告に彼を殺害したとは記入出来ない。しかし彼は生存してる。結局、気付かれます」


「殺しちゃうの? ……まぁ、最悪、それでもいいかなぁ」


「貴女が会長を邪魔に思っているとは、意外でした」


「えー。別に邪魔になんて思ってないって。ただもう十分じゃないかなー、って気がしてるだーけ」


 十分? なにが十分なんだ。俺がそう疑問に眉を潜めている間に、彼女は何もない宙空に声を掛ける。


「システム、許された権限の全てを使って、以下を実行。偽りなく、訓練でもない。ソード2の詮索、介入、戦闘準備、準戦闘行動に限りペンタクル5に即時報告。四十八時間、この命令を維持でー、その後の記録は封鎖。この命令の解除は不可。あたしからも。……っと……これでどう?」


 教員が出張らない限り、今の命令は覆せない。ソード2の行動は俺に筒抜けになる。そして教員は基本的に報告があってから動く。


 完全に敵は会長だけになった。


 願ってもない事だが、その真意がわからない。ただ、気にしている時間も無い。俺個人で目を光らせておく事に越した事はないが。


 会長を、ソード1を敵に回して、ソード2が動かない事は確定に近いのか。それだけで十分な収穫か。そう思ってみても。


「感謝、しておきます」

「いいよー。あたしも色々期待してるし」


 ソード1を殺害する事を? ……好都合ではある。だからこそ、納得がいかない。ソード2が見てみぬ振りをする利点が無い。


「感謝するー、なんて言う割に、疑いの目だねぇ~」

「当たり前でしょう」

「うーん……。あたしさ、自称、クリーニング屋なの」

「それは知っています。それは、もしや殺し屋……つまり掃除クリーニング屋というジョークですか」

「そそ! いやぁ、傷つくよねぇ、事実だけに」


 その事実に耐えられない心が吐き出した、深い自虐か。

 それとも。


 傷つけば、自分が心を持っていると確認できるからか。


「とまぁー、冗談は置いておいて。……あたしの夢なの。クリーニング屋さん。……真っ白なワイシャツとか、いいよねぇ~」


 俺は彼女の経歴の、大体を知っている。今まで何人殺してきたか。


 彼女は自分の着ているシャツの袖を撫でた。その姿が一瞬だけ、血にまみれているような。そんな幻覚を見た。


 執行部2は言った。夢、と。それは夢と言うより、幻に近い。


 学園の構成員をしていれば、それなりの謝礼金が出る。そして構成員である限り、その金を使い切る暇は、余程無駄に使わない限り、無い。


 夢と言うなら、今すぐその金を抱えて、地方に高飛びすればいい。申請を出せば、学園は認めてくれるだろう。


知ってしまった学生達を、これからから危険に晒されるかもしれない学生達を、知らぬ、忘れたと言って無視できるなら。


 そもそも。そんなに開き直れるような人間なら、まず構成員になんかなっていない。


 その夢は、幻に近い。


 構成員は、自分の意志では……自分の意志だからこそ、止められない。止まる事も無い。


『もう十分じゃないかなー』

 だからソード1を見殺しにするか。


『まぁ、最悪、それでもいいかなぁ』

 ――――あたしみたいに、なる前に。


 昨年度、副会長、ソード2。順当に行けば生徒会長になりソード1と呼ばれる筈だった、現生徒会長補佐、ソード2の、言外の声が聞こえた気がした。


「よく……わかりました」


 俺は先の無い柄だけのナイフをカウンターに置いて、踵を返した。返事は無かった。


 軽く振り返ると、視界の隅に、彼女の姿が映る。


 真っ白なシャツを撫でる、穏やかな表情だった。しかしその内の心は安寧じゃない。虚無だ。


 俺もいつか。こんな風になってしまうのか。


 ――――それでもいい。目的さえ、達成できたなら。

 俺は決心を固くして、彼女に背を向けて歩き始める。


 その背中に声がかかった。


「あ、ついでにさー、これもよろしくー」


 振り返ると、カウンターの上に色とりどりの服が置かれていた。綺麗にたたまれて、積み重なっている。


 なんだ……? 私服使用の戦闘衣か……? ワイシャツも見え隠れする。防弾防刃繊維の試供品か何かだろう。


「優柳とサッチの服。洗濯頼まれてたからさ! あ、クンクンしても意味ないよ? 変な事は考えないように!」


 可笑しいな。俺は何しに此処へ来たんだったか。ついさっき決心を改める出来事があったきがするんだが。


 そうして俺は地下を後にした。



 先輩達の部屋に戻る。隅の方に抱えた洗濯物を置きながら横目で見れば、部屋の隅で体育座をしている優柳先輩が視界に入った。昨日の晩、彼と別れてから先輩は写真をずっと見ているばかりだった。泣いて抱きしめる訳でもなく、ただ両手でその写真を見ていて、時折、華やかに微笑むんだ。しかしそれも数秒すると、元の真顔に戻ってしまう。


「優柳先輩。ずっとそうしてたんですか」


 返事は無い。能面な顔のまま、写真を眺めてる。そして、写真に笑顔を向けた。それは数秒で、元の仮面に戻る。


 怖い。


 その前に、優柳先輩がこんなに精神面メンタルが弱いとは思わなかった。泣く事、つまりは発散する機能すら満足に作用していない。壊れている。


 外堀はだいたい埋まった。後はソード1を片付けるだけ。もしかしたら、優柳先輩に会えるのは今が最後かもしれない。少し話を聞いて貰って、身の振り方を考えてもらう必要がある。


 俺は口を開いた。


「優柳先輩。お話があります、聞いて下さい」

 喋らないどころか、ぴくりとも動かない。


「優柳先輩。下着が見えていますよ」

 動かない。いや、優柳先輩に限って、下着が見えたくらいで正気を取り戻すわけないか。


「優柳先輩。たこわさ食べますか」

 動かない。


 この人はどうすればまた動き出せるんだ。


 少し、苛立つ。俺はおもむろに近寄って、写真を取り上げた。見てみる。なんの変哲も無い、彼と一緒に歩く優柳先輩の写真だった。隠し撮りなのか、二人共こちらを見ていない。その上、見つめ合ってる訳でもない。本当に、ただ一緒に歩いているだけだ。しかもピントが少しだけズレている。彼の方はコンビニ袋を持って、彼女の方は何故かテディベアを持って、そして二人共、畳んだ傘を持ってる。一体、何なのか。これの何が優柳先輩をこうさせているのか、理解に苦しむ。


 そして。


 写真はもう無いというのに、優柳先輩の視線はそのままだった。網膜に焼き付く、というのはこういう事なのかもしれない。呆れが過ぎて、溜息が漏れた。


「優柳先輩ッ! いい加減にして下さい!」


 言って、肩を掴む。服越しだと言うのに、身体が冷え切っているのが解った。


 その冷たさに驚いて、手を離す。それでも、揺らそうとしていた勢いが優柳先輩の身体に残ってしまっていた。コテンと、だるまの様に、体勢を変えずに倒れた。


「死ん…………でる!?」


 …………という冗談を、先輩や彼なら飛ばしたかもしれないと思って恥を忍んで柄にもない『ボケ』というモノを吐いてみたというのに、優柳先輩は無反応だった。


 だるまと違う所は、起き上がらない所だ。


 体勢が変わっていない。その手に未だ握られている透明な写真を見て、また、小さく微笑わらった。周りが花畑だったら、その外見と合わせて絵になりそうな雰囲気だがここは学園寮の薄暗い一室で、冷たいカーペットの上で、変な格好でそんな事されても。


 こ、怖い。不気味だ。


 それ以外の感想を持ち得ない。


 取り敢えず、倒れてしまった石版を押し起こすように優柳先輩を座らせる。優柳先輩の体重はそんなに重くなかった筈だったが、中々手に来るものがあった。


 優柳先輩が見つめ続ける透明な写真も、本物の写真に戻す。


 埒があかない。このまま俺だけで事に及んでもいいが、その後、優柳先輩が何かしでかさないかが不安だ。


 最後の障害、ソード1を超えた後も普通に過ごして貰わなければ、なんの為に俺が奮闘しているのか。薬の切れた先輩が、こんな優柳先輩を見たらと思うと、それだけで胸に刺さる。立ち直って、彼とやり直して貰わなくては。


 どうすれば反応が貰えるのか、思考に思考を重ねて搾り出した。


 今一番、いや、もしかしたら一生で一番、彼女の注意を引けるもの。

 それは…………。



  幕間 了

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