11場
誰かの声が聞こえた。男だ。記憶からその声色を検索し、引き当てる。構成員くん。誰かと話してるみたいだった。でも違う。構成員くん以外の声が聞こえない。
眠い。私は寝てたみたいで、なんだか息苦しくて、身じろぎをしようとして、出来なくて。
「うぐぅッ!」
声もまともに出せない。何かが私の口周辺を覆ってる。
思い出した。思い出した! 捕まったんだ、私!
私はベッドに寝ていた。サッチの匂いがした。手足を動かそうとする。揺れることすらやっとだった。
「彼女が起きました。……えぇ。そのようです」
首を回して、部屋の中を視界に収める。机の椅子を引っ張り出して、部屋のど真ん中に悠々と座る構成員くんが見えた。こっちを向いてる。でも、その他には誰も居ない。
「ようやくお目覚めですか。疲労が蓄積していたのでしょう。……もう少し睡眠を取っては如何ですか」
え……私、寝てた? ……寝てた。ずっと?
首をひん曲げて、外を見た。カーテンは部屋の電灯の光を反射してて、その隙間から黒い影が見えた。
黒い、影。夜なの? 今、何時。
あれから、どれくらい時間が経ったの。一瞬にしか感じなかった。
「現在、第一次作戦の実行前です。……あと一時間もすれば結果が出るでしょう。……まぁ、成功するとは思えませんが。今日だけで第三次まで予定されています。そこまでは指揮を取りますが、その後は傍観させて頂きます。それぐらいはご了承頂きたい」
なに、それ。私に言ってるの? さっぱりわからない。
「それもそうですが。いえ……問題無いでしょう。彼女は目の前に居ます。何も出来ない。はい。……自らが動けなければ、また、動いている物に対してでなくば、光輪はなんの役にも立ちませんから」
視線は真っ直ぐ、身動きの取れない私をとらえてる。でも私に向けた言葉ではない。無線で誰かと話してる……?
構成員くんは言いながら、席を立った。言い終わる頃にはベッドのすぐ隣まで来ていて、その手が私に伸びた。
なんだか怖くて、とっさに目を閉じた。
開く前に、後頭部の圧迫感が薄れる。口を覆っていたベルトのような物が外された。
まだ身体の殆どが、それこそ自由なのは首ぐらいなのに、一気に開放感に包まれた。
「あ……」
喋れる。でも、何を言っていいのかわからない。作戦ってなに――――それは聞いちゃだめだ。とりあえず。
「これ、外して。苦しい」
「出来ません。……はい、そうですが。……いえ、問題ありません。……はい」
やっぱり、私からは見えないし、聞こえないけど、誰かと会話してる。
「誰と話してるの」
「ソード1、会長です。……会長、彼女が僕と話したがっているようなので、一旦通信は……それもそうですね」
何かを操作する様子はなかった。まだ通信は続いてる。
ソード1……生徒会長……殺し屋ちゃん。その作戦の、実行前。あと、一時間……。
「なん、……で?」
「何故、ですか。そればかりですね。少しは自分で考えてみては如何ですか。自ずと理解が進むと思われますが」
「嘘でしょ?」
「どの辺りが、嘘だと思われたんでしょうか」
どの辺り……? どの辺りって。
「全部」
「全部、ですか。……彼の亜因果の対処は困難を極める事が予想される。対処法は、彼の意識を奪い続けるぐらいしかない。要するに、殺すという事です。相手が無自覚の思考型であれば、僕自身が行動を起こしても良かったのですが。相手は存在型。そんな相手なら、経験者に、それも選りすぐりの頂点に立つ方に頼った方が、不便なく進むでしょう。……最近、情報のやり取りをする仲になれたのも大きいですね」
「殺す……? ラミィを……?」
「あぁ、失礼しました。また『長い』と言われてしまいますね。簡単に言います」
あ、あ、あ。拘束具をまかれた上半身の所為で、耳が塞げない。
聞きたくない――――だからさっきもわざわざ作戦の事を聞かなかったのに――――。
「――――灰村巳辰を殺害します。……以上です。何か質問はありますか」
「なんで殺すの。必要ない」
「『可能な限り、生徒の亜因果発現を防ぐべきだ』という事に対しては、以前に同意を受け取った筈です」
「えっちしたのがダメなんでしょ。ラミィは私以外を抱いたりしない。もう誰も、亜因果を発現したりしない」
「何故そう言い切れますか」
「外見」
「故に、彼は貴女以外を抱かない、と。……恐らく貴女の人生で最も説得力のある一言でしょうね、今のは」
笑うな。私は真面目に話してるッ!
「言い切れるのか、と言ったのはそちらではなく『もう誰も亜因果を発現したりしない』という部分です。何故、それが無いと言い切れますか。彼は生まれてから今まで、ずっと誰の亜因果も発現させて来なかった。何年も、何年も。それが突然、貴女の亜因果を発現させるに至った。……これを成長してると取っても、不思議は無いでしょう。一週間前は性行為だったかもしれない。でも明日は、触れただけで、かもしれない。……そう考えるのは、学園の守護者として当然でしょう」
え…………?
「そんな『かも』だけで、人間を殺すの……?」
「その、小さな『かも』を執拗に潰してきたから、この『全生徒が異能を持つ』という異常な学園で、平穏を演じて来れたんです。……おわかり頂けましたか」
そんな……そんな理屈なの!?
「忘れてよ。知らなかった事にしてよ。……見逃して」
「不可能です。何を言ってるんですか? 正気ですか」
なんでッ!? サッチの時は散々、見なかったフリした癖に!
それどころか薬だって、自分の都合ですり替えた癖に!
なんで私の都合が悪い時は、そうしてくれないのっ!
「もうすぐ時間です」
……え? うそ。だってさっき、後一時間ぐらいって。そう思ってから自分が呆けていたのに気づいた。私は一体どれくらい呆けていたのか。
「待って。待ってよ。薬とか、ないの?」
「先輩の場合、『自身の幸運』という明確な定義があったから出来た対処です。彼には定義が無い。対処法も無い」
なにそれ。本当に、ラミィを殺すの? 本気で?
「止めてよッ! ……なんでこんな事するのぉ」
「僕は何もしませんが。……まぁ、そう慌てる事も無いと思いますよ。成功するとは思えません」
全能だと、構成員くんは恐れていた。殺し屋ちゃんが失敗すると思って……だから、平気でこんな事出来るの?
少し、安堵が沸いた。
でもそんな事したら、間違いなくラミィ、自覚しちゃうでしょ……? そうしたらあの夢みたいに、ラミィが私の前から消えちゃう……? でも、殺されるよりはいいかもしれないな、って微かに思った。
ただ、何にも考えられなくなって。
「開始まで、あと1分」
そのカウントを聞いて。
何かが弾けた。
「まってッ! 止めてッ! 今すぐ止めて! 私がなんとかするからッ!」
なんでこの、私を簀巻きにしてる何か、こんなに丈夫なの痛いでしょ。切れないでしょ。出れない。止められない。
「もう遅いかと。例えこの瞬間、僕を殺害できても止められません」
私はただ暴れ続けた。そして、お姉さんの言葉を思い出した。
『花柄を信じて』
信じていいの…………? もしかして、本当にラミィが死なないと思ってるの?
亜因果が、それもかなり強いものだっていうのはその目で確認した。
解ってるのはそれだけ。ラミィが本当に死なないかはわからない。だってどんな作戦をしてるのかもわからない。
『僕が作戦の指揮を取ります』
そういう事、なの? 大丈夫なの? ラミィが死なない確証があるの?
信じていいの? 失敗する事を、失敗させる事を――――――。
「成功、した……?」
――――――え。
構成員くんの小さなつぶやきを理解するのに、時間がかかった。
成功した。
『んなの、どーでもいいだろうが』
『笑っとけ。後はどーとでもなる』
『楽しいか……? ………………だろ?』
『――――――好きだ』
成功、した?
「にわかには信じがたい。偽装の可能性が高い。警戒の強化を。……いえ。ニ次作戦の体勢は解かないで下さい。…………えぇ。…………しまった。第一で成功する事はあまり念頭にありませんでした。……後詰が……えぇ、はい。そうです。…………はい、お願いします」
嘘でしょ。あぁ、嘘か。
それか、夢だ。ここ二日くらい、ちゃんと寝れてなかったし。構成員くんが小言うるさいし、いじめるから、こんな夢見ちゃうんだ。起きたら許さないから。
「彼は自覚が無いとは言え、甲種全能に近い存在です。これくらいの警戒は当然の措置かと。……はい。そう、ですか」
早く目、覚めないかな。とりあえず起きたら、構成員くんに八つ当たりしよう。それでグダグダやって、結局私も謝って、それで、一緒に方法を考えるんだ。
「それでは髪と爪を。……えぇ。アナログ写真の撮影も、三方向から。それと個人的な物ですが血液を。……はい。200cc程。……えぇ、そうです。これぐらいは構わないでしょう。……はい、もちろんです」
なんか、生々しい夢だ。ラミィを物扱いするなんて。夢でも許せないけど、芋虫も同然な私は何も出来ないから、何も考えない。
「迅速ですね」
構成員くんが無表情のまま、席を立ってた。何もない空間へ手を伸ばし、何かを掴む。すると手には、小さな試験管みたいなものが三つと、インスタント写真が3枚。
さっき、言ってたやつ、か。
構成員くんは一つ一つ、光に透かすようにそれを眺めて、懐に仕舞っていった。手には写真だけが残されている。
「貴女も見ますか」
その目はしっかりと私を捉えてた。私に言ってる。見るかって、聞いてる。なにを……? 何を確かめさせたいの。
「や、だ。見たく、ない」
「貴女にとっては残念でしょうが、これが現実です」
目がどこにも焦点をあわせないから、気付かなかった。構成員くんが近くに来てて、私に手を伸ばしてる事に。
ベッドが軋んだ。構成員くんが片膝を侵入させる。私の頭を掴んだ手、その指が私の顔を這っていき、まぶたを開かせる。滲む視界が明るくなる。部屋の明かりがぼやけて見えた。
ある。目の前に。写真。人が倒れてる。頭が。形が――――――
「いっ……やぁぁあああああああッ!!」
力の限り、叫んでた。
溢れる涙が視界をぼやけさせてる。
それを見たくないと、身体だけじゃなくて、視点までも暴れた。
でも、目の前にモノがあって、見たくないって意識すればする程、焦点が合っていく。
「…………あっ」
――――殺してやる。殺してやるから。
絶対に許さない。目の前でサッチを……サッチを……。
~~~~~ッ!
サッチの偽物用意して、ソレを惨たらしく何かして、泣いて謝らせて、私が飽きるまでいたぶって、多分飽きないからそのままいたぶられて死ね。
殺してやる――――!!
写真に焦点があってしまう。首の皮以外の頭部が無い。周りには黒い零れたオイルのようなものが散乱し、飛び散った小さな塊に囲まれるようにして…………
――――太った男が倒れてる。
グロテスクなそれを見つめながら、思った。
――――――――――え? 誰? これ。
その倒れてる人は、どう見てもラミィには見えなかった。ズボンからはみ出ている腹回りの肉、パンパンなズボン。かなりの肥満体型だった。
間違えてるよ構成員くん。私は自分の思考を思い出す。
『サッチの偽物用意して』。ラミィの偽物……?
私がそれを口にする前に、構成員くんが口を開く。
「この写真は、先程取られたものです。編集する時間も有りませんでした。どうですか? これを見て、灰村巳辰が死亡したと、理解できましたか? 貴女もこうなりたくなかったら、冷静になるべきでしょう。恋人が死亡してしまった事実は大変痛ましい事でしょうが、忘れる事です。希望があれば、記憶も改ざんできます」
ペラペラと、まるで教科書通りに解説する教師のように、淡々と構成員くんは告げる。でもその殆どは私の頭に入っていない。そのうちのたった一言が、私の意識を埋め尽くしていた。『これを見て』?
こんなの見せられても、ラミィが死んだなんて思えない。
構成員くんが、間違える筈ないでしょ? 何度も肉眼でラミィを見たでしょ? どう見れば、これがラミィに見えるの。構成員くんは嘘を付いてる…………?
――――それって、誰に対して?
あ。
『よく見て。花柄を信じて』
構成員くんが突然変になっちゃったのは、今日、起きてから。起きた時、構成員くんは……。
『本当に。……誰も入れず――――』
そして私がラミィの名前を出した途端、誤魔化すのを止めたみたいに、殺すとか言い始めた。
私は構成員くんの顔を見た。平然としてる。
「自我喪失、と言った所でしょうか。もう喋る余裕もなさそうですね。当然と言っては、当然ですが」
そんな事無い。私の表情は見えてる、視線もしっかり交わってる。その癖に、何その台詞。
『下手に喋るな』って言ってるの?
誰に嘘を付いてるの。誰に聞かれちゃまずい事、聞かれちゃったの。誰に隠そうとしてるの。
そんなの……決まってる。
目を細めるまでもなく、やっと、
その姿が見えた。
部屋の隅に立つ、黒衣の女性。その上から魔法のコートを着ている。
――――殺し屋ちゃん。
多分あの時、クリーニング屋さんを出迎えた時、入られた? 構成員くんの変わり様からして、外からは開かないようになってたんだ。それで私が、殺し屋ちゃんの目の前で、ラミィの名前を出したから? それからはずっと見られて。そういえばさっき、殺し屋ちゃんと通信を切ろうとして、切れてなかった。
私の視線が殺し屋ちゃんに釘付けになってた所に、間を割るようにして構成員くんが歩いた。でも、遅かった。
あ……え? 見えた事、気付かれちゃまずいの?
ばっちりと目があっちゃったんだけど。当然、それは向こうもわかってるから、口を開く。
「今、彼女が……」
「彼女が、なにか?」
「私を見ていた」
構成員くんは私の近くまで来て、確認する。目の前をヒラヒラ手を泳がせたり。目を開いてみたり。
「心神喪失。目は虚ろ。反応得られず。……気のせいでしょう。貴女の罪悪感がそう見させた……と、思われます」
「そう」
短く言って一息漏らしてから殺し屋ちゃんは歩き始めた。部屋から出ていくみたいだった。
「処理は一任します。徹底的にお願いします。……僕がやると一月は掛かりそうなので、貴女の判断に託します。くれぐれも油断しないで下さい」
「わかった」
そのままスタスタと、部屋を出ていく殺し屋ちゃんが、動けない私の視界から出ていく。音から察するに、丁寧に靴まで脱いでいたらしい。
そして、バタンと、扉が閉じられた。
「――――行ったか?」
その言葉の相手は私じゃない。私にだったら敬語を使う。……多分、お姉さん。
「『多分』じゃわからないッ! ……事実だけをッ! ……そうだ。……そうか。……戻ってくる可能性、挙げられるか? ……あぁ。…………わかった。何かあったらすぐにサインを……あぁ。ごめん。ありがとう」
先刻とは打って変わった怒鳴り声。なんか懐かしすらある焦りっぱなしの構成員くん。
通信を終えたらしい。
途端に、溜め込んだ緊張をまき散らして、吐き出しながら椅子に座った。燃え尽きてた。
しばらくそうしてから、私に近寄ってきた。
「外した途端、暴れたりしませんか……?」
「どうだろ。その後、する話に因るかな」
私の余裕ある返答を聞いて、もう気付いてると判断したらしく、私の拘束を解いてくれた。解かれた真っ黒いベルトの拘束具は山のように積み重なっていった。
二人して、向い合って座る。
構成員くんは心身ともに疲労困憊といった様子で、私も簀巻きにされてたし、それだけで体の節々が痛む。
色々、考えてた。多分、お互いに。十分ぐらい、何も言わずにそうしてた。
そして。
「どうして気付かないんですかッッッ!」
「気付くわけないでしょーーッ!」
話し合い? が始まった。




