10場
「なん、で?」
「何故? とは、僕が訴えたい疑問です。何故、排除以外の選択肢が存在するとお考えですか。今後の為にも、是非、耳に入れておきたいものです。可能なら、その方法を取っても構いません。可能なら、ですが」
立ったまま、腕を組み私を見下す。強い口調は『不可能である』事を確信し、捨てきってる様にすら感じる。
「え…………だって…………昨日……」
「昨日? 昨日、何か出来事が?」
「構成員くん、『どうしようもないのをなんとかしたい』って…………言ったでしょ? ……言ったよね?」
「意思疎通に齟齬があったようですね。彼の『どうしようもない』亜因果を『なんとかする』のが僕の使命です。故に排除しようと言ってます。ご理解頂けましたか」
怖いよ。なんでそんな事言うの? あれ? だって昨日は……いや、さっきまでは……。
「そんなの……嘘でしょ? シャレになってないよ?」
「嘘でも冗談でもありません」
「構成員くんがそんな事、言うわけない」
「僕が偽物だとでも? それならなんと言えば信じてもらえるのでしょうか。……『自分がどう思われたって、それが正しいと思ったなら必ず実行する』とでも言えば?」
それ……昨日、私が言った台詞――――!
信じられない。なんで今、それを言うの。本当に、そう思ってて本当に、でもやっぱり信じるって、決めたのに。
よく、わからない。もういいよ。
馬鹿みたいだ。あんまり他人と関わった事、無かったから……ちょっと本音っぽいの、見せられただけで、信じちゃった。馬鹿みたい。愚かだ、私は。
「でも……信じて……るのに」
裏切られたの? 裏切られた? そんな筈ない。でも、よく、わからない。
「光栄ですね」
まるで地を這う蟻を眺めるみたいな、つまらなそうな目。
わからない。でも此処には居ちゃいけないって思った。外に出るな、入れるなって、ロックしてるのバレたくなかったの?
あれ? でも、ロック掛かってなかった。クリーニング屋さんには、普通に扉を開けられた。
……もう、よくわからない。やだ。
私は背後に光輪を創る。その先は……寮の裏手。雑木林の中。距離は……ギリギリいける筈。
とりあえず、逃げる。ラミィに会いたい。
《私の背後は、雑木林に繋がってる》
「なッ…………待っ――――!」
それを見てから構成員くんが手を伸ばすより、私がただ一歩下がるだけの方が、早い。
雑木林に降り立つ。
「――――シックスッ!!!」
光輪が閉じきる寸前、そんな叫び声が聞こえた。
草一つ残らない寂しい木々の間から、枯れ草を踏みつけて後ろを見上げた。曇り空を背景としたレンガ造りの様な寮が視界に広がってる。同じベランダが並んでるけどその中の1つだけに注視する。先刻まであそこに居たのに。
上着も何もない。寒い。私は振り返って寮に背を向けた。
ラミィに、電話しよう。位置を割り出されたとしても光輪で逃げ切れる。それよりも連絡がつかない事の方が怖い。今直ぐ、声が聞きたい。
運が良い。掃除して時、邪魔だったからポケットに入れてたんだ。携帯電話を取り出しながら、一歩進んだ。小枝か何かを踏んだみたいで、足の裏が傷んだ。
十一桁が無闇に長く感じる。もっと短く出来るんじゃないの?
焦りが、もう一度、寮に振り向かせた。構成員くんは光輪の距離を知ってる。ここに居ることもすぐにわかる。ベランダに出てしまえば、目が合う距離だ。一瞬だけど光輪の向こうの景色も見えたはず。あぁ、動かない方がいい。動けば、サッチの居場所を突き止めたみたいに、レトロアクトで更に捜索範囲が狭まる。
わからないや。頭の中がぐしゃぐしゃだ。とにかく、ラミィの声が聞きたい。ようやく番号を押し終える。最後のボタンに指をかけ、押しながら耳に当てようとしたら。
「――――え? あれ?」
携帯電話が消えた。
本当に消えた。落としてない。まるで握った手から釣り上げられたみたいな感触を覚えたが最後、消えた。私はつい、上空を見上げた。枯れ木の枝と、灰色の空だけがあった。
なに? なんで携帯電話が。
『――――シックスッ!!!』
あの声を思い出した。
シックス。6。6は5の後の数字。
――――構成員くんの仲間……?
突然、後ろから押し倒される。枯葉の上に押し付けられるて、後ろ手に拘束された。押しつぶされた肺が、呻き声を出させる。服が汚れちゃう、とか場違いな感想が浮かんだ。
「う――――ぐッ」
この拘束のやり方に、覚えがあった。
体育館でいとも簡単に組み伏せられた。あれと同じ型だ。
――――嘘でしょ。まさか。
「あ、わり! 痛かった?」
――――女の声。この体勢といい、殺し屋ちゃん? かと一瞬だけ思ったけど、違う。軽い口調。振り向こうとして少しだけ視界に入ったのはと魔法のコートの色だった。姿を隠してた? え、だれ……?
「ちーす! 一応初めましてだなっ! オレはペンタクル6、春端カオリ。花に織物の織りって書いて花織。花柄の姉な。あいつ、変な名前だろ? オヤジからオフクロへの、最初のプレゼントが花柄の織物だったんだとさ! ちなみに、構成員は名乗るべからず、なーんて決まりはねーよ? 単にあいつが――――」
馬乗りになられながら、頭上でベラベラばら撒かれてる事が上手く理解できない。
……なに? 姉? ……ペンタクル……6? 構成員?
後ろ手に組まされた腕が、動けない。拘束されてる。何かの道具を使って。もしかして。
「どいて。離して。外して」
「――――名乗りたがらないだけで……って、それ無理」
嘘。捕まった? こんなにあっさり?
携帯電話、奪ったのもこの人なの? 息を、出来るだけ大量に、吸い込む。
「まー、大人しくしてくれよ? 悪いようには――――」
「助けてぇぇぇえええええッッッッ!!」
「ウォー! ……びっくらこいたぁ」
全力を込めて、叫び続ける。躊躇わない事が大事。
「誰かぁああああッッッ!!」
「言っとくとさー、それ無駄だぜ?」
耳元で呆れた声を聞かせられた。すぐ背後にある寮は防音設備だけど、近くにある歩道まで声が届くかもしれない。そこに誰か居てくれれば。
「システム、制音を維持。んでー、後は臨機応変に?」
「え……それ。……なんで? まほ、う?」
食堂で、殺し屋ちゃんが使ってた、魔法。
「これ? 魔法じゃねーよ。機械だよ。構成員ならみんな使えるし。……花柄は使いたがらないよなぁ。制音できるけど、録音も同時にしてんだよ。検閲する教師とかに手間増えんだろ? だからだろーな。これ使い過ぎると担任の小言が……あ、お疲れっすー! ここ、カットでおねしゃーす!」
嘘。嘘。捕まった。逃げ切れない。方法が無い。
「うぉ。暴れんなって。跡残っちまうぞ?」
助けて、ラミィ。助けないと、ラミィを。
「離してッ! これ外してッ! 助けて、ラミィ!」
「暴れんな、っつーのに。あーあ。じゃ、おやすみ。……制音解除」
まるで枯葉でも食べさせるかのように、頭を押し付けられた。止めて。離して。触らないで。行かせて。
うなじに、冷たい何かが当てられた。二つの、刺すように肌に食い込んだ金属。何かを持ってる。大部分はプラスチック……? 形は電動の髭剃りをイメージした。
あ……これ知ってる。……スタンガンだ。
裸足で感じる冷たい湿った地面も、上着なしで吹きつけられる過酷な風にも、何も感じなかったのに。ゾクッとした。
這いつくばり、次に来る電撃に震える私の上。
まるで水の様な声。乾いた何かに、染み込ませたい。そんな意志を感じる、さっきまでと打って変わった声。
「よく見て。花柄を信じて」
え? なに? そう聞き返す前に、
パチっと鳴って、バチっと視界が消えて、身体が物になった。




