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朧車  作者: 赤丸朧
第3幕 消えないマーク
30/51

9場

 どうしよう。そう考え始めてから一時間くらい経ったと思う。ただボケッとしてるのもなんだから、コロコロで部屋中コロコロして回ったり、ゴミ箱の中身を入れ替えたり、トイレ掃除してみたり、洗濯物を……でも構成員くんに外出るなって言われたから……それは諦めて、そうしている内に時間はあっという間に過ぎて、もうすぐ二時間ぐらい経とうとしてる。朝の8時過ぎ。


 画期的なアイデアを思いついた。


「構成員くんも、私も、見なかった事にすればいいっ」


 言って、ちょっとブルー入った。出来る事ならしてるよねー。さっきもそんな事言ってたし。最初の時も、体育館でも、幾度もやってるし。でも私にはそれが何故出来ないのかわからない。構成員くんが起きたら聞いてみよう。


 何か無くなったわけじゃない。広さも変わらない。それでも部屋が寂しく感じた。


 新品のカーペットは全くと行っていい程汚れがなかった。唯一あるのはコーヒーの染みくらい。サッチが居ないのも大きいんだ。サッチがいれば、この部屋はいつも暖かさに満ちていた。サッチ、何処に行ったんだろう。元気に馬鹿なことしてるかな。


 あんまり汚れていない粘着シートをペリペリと剥がしてゴミ箱に放って、あぁ、先にコロコロかけてからゴミ箱変えるんだったなぁ、なんて思った所で。


 部屋のチャイムが鳴った。


 誰だろう。祝日の朝っぱらから。一瞬、あの顔が、サッチに銃を向けた殺し屋ちゃんの無表情な顔が、浮かんだ。


 まさかね。


 構成員くんは入れるな出るなって言ってたし、まさかね。出るなはわかるけど、入れるなっていうのはどういう事なんだろう? まさかね。来ることを予想して……レトロアクトで予言してたからそういう事言ったとか、まさかね。


 今、その顔を見て、平気で居られる自身が無い。


 構成員くんが知るのも数日掛かった、病院に行ってもわからなかった『私のきっかけ』に辿り着くわけがない。


 そう解っていても、怖いものは怖い。


 もし知られたらその想像の人物、殺し屋ちゃんはその呼び名を遺憾なく発揮しそう。


 逆に考えて。


 もし私だったら。そんな無意識に他人の亜因果を発現させる男を黙って見ている事なんてしない。サッチみたいな生徒が増えると思えば……殺すまではしないけど……なんとかしようとするに違いない。


 そこまで考えて。


『何も問題のない優柳(わたし)が居留守を使うのは不自然だ』という判断が、私を動かした。大きく息を吸って吐く。緊張してる胸を抑えたいのを我慢して、扉に向かって行ってノブを手にした。


「はーい」


 開けた扉の前に立っていたのは。


「おっはー! 年末の長期休みを前にしたこの祝日、有意義に使いたくはないかなっ!? 使いたいなら時間を無駄にしちゃーいけないよねっ! 手間の掛かる掃除とか……は、自分でやってね! でも私が来たからには洗濯はお任せあれー! ワイシャツ一枚……優柳は知ってるから値段の説明以下略! ……とちょっとした損して、大きな得取れ、だ!」


「…………おっはー」


 お隣のクリーニング屋さんだった。いつもの宣伝文句が少し違う。冬休み前専用のモノに変わってた。丁度いい。外出るなって事はランドリーにも行けないし、ここ数日の溜まりに溜まった洗濯物を預けてしまおう。


「うん、お願いー」

「ほいきたー!」


 私は踵を返して、洗面所に入って行った。下着類は……クリーニング屋さん曰く『完璧に仕上げるぜ?』とか言ってたけど流石に同級生に洗わせるのは忍びない……から自分でやろう。軽く選別して、抱え込む。


 洗面所を出るとき、転びそうになった。見れば扉は少し開かれていて、クリーニング屋さんが抑えててくれたみたいだった。それを足で、押し広げる。


「おぉー。大漁だねぇ」

「うん。季節柄ねー」


 扉と廊下の境目に置かれた、スーパーのカゴに衣類を放り込んだ。手早く仕分けしてるのを見ながら、金額の換算を待つ。少しだけ、押した声が届いた。


「サッチ、どう? カレシと別れちゃった?」


 ん? あぁ、そっか。クリーニング屋さんはアレ以来、サッチを見てないのか。


「ううん、別れてないよ。大丈夫だった」

「えぇ!? だってカレシ、すっごく泣いてたよね」

「でもホント。明日の終業式で見ればわかるんじゃないかな」


 きっとサッチは、笑ってるから。それが例え薬の所為でも、笑顔には違いない。


「そっか! いやぁー、ホントやっちまったってカンジで焦ったよ。浮気現場目撃かッ! みたいな」


 言いながら、仕分けは終わった。料金は六百円。シャツが何枚、私服が何着あったかは覚えてないけど、2コインでこの山が無くなると思えば安く感じた。


「クリーニング屋さんって、クリーニング屋さんになるのが夢なんでしょ?」

「真っ白いワイシャツとか、サイコーだよねぇ、ウフウフ」


 なんか悦に浸ってる。のに悪いんだけど。


「実際、綺麗にするのって業者さんでしょ? それでもクリーニング屋さんになるの? 個人経営?」

「マジデ!」

「えっ……うん。まじで。多分。……個人経営にしない限り。あと免許も要るよね。クリーニング師免許」

「それって大学行きながら取れるのかなぁ……」

「どうなんだろう……」


 そんな取り留めもない話をして、クリーニング屋さんと別れた。将来の明確な目標があるって、いいなぁ。というか、呼び名に使う程の夢なのに、それすら知らなかったのか。先生に相談すればいいのに。


 部屋に戻ると、まだ構成員くんは寝ていた。それに構わずウロウロしたり、シャワーを浴びても、構成員くんは起きない。お腹がすいてきた。


 サッチの戸棚を漁ると、ポヘチが出てきた。


「あー」


『絶対! 一人で食べちゃダメだからね!』

『ポヘチはね? 深夜食べるとサイコーなんだよ?』

『自分で買ってくればいいでしょーッ! 小さいの!』


 なんて私には拒否する癖に。


『構成員くん、お腹空いてない!? ポヘチ食べる?』

 自ら進んで差し出したからなぁ。


「まぁいいや」


 私はお腹空いてる。お腹空いてたら食べていいみたい。

 袋をバリッと……開けようとして、開けられなくて、ハサミで切って開けた。いいんだ。開けられれば問題ないんだ。


 人間だもの。道具くらい使うさ。……みつお。……こんな事言ってたっけ? 別段興味も無いから、あまり思い出せない。語尾にみつおってつければそれっぽくなるし。


 鞄からたこわさを取り出して、それをポヘチに乗っけて、ひとつまみしつつ。


 どうすればいいのかなぁ。ラミィに自覚してもらって自力で抑えてもらう、以外の方法が無いものか思案してると。


 お腹いっぱいに……はなってないんだけど脂っこいししょっぱいしでもう要らなくなった。 半分ぐらい残ってる。


「あー」

『一人で食べちゃダメ』『小さいのを買いなさい』って、そういう事かぁ。

 別にいいのに。後でサッチが処理するんだし。サッチ、どこいったのかなぁ。


 そうやってボケッとしてたら、構成員くんが身動ぎした。うっすらと目を開けて……そのまま驚きに見開かれた。私がポヘチを食べてる事がそんなに驚くことなのか。それとも乗っけてるたこわさかな。確かにあまり合わなかった。


「おはよー」

「おはよう……ございます」


 半分残ってるポヘチを丸めつつ、ポケットから携帯電話取り出して時間を見た。


 十一時半過ぎ。


 もしかして、きっかり6時間寝る気だったんだろうか。レトロアクトの弊害(?)で、時計が無くても時間がわかるとか言ってたし。地味に便利な超能力だ。


「食べる?」

 丸くたたまれたポヘチを差し出してみた。


「…………はい」


 何故か口調が怒ってた。もはや懐かしすらある、鋭い瞳に影で燃ゆる意志。頑なな表情。あれ? もしかしてサッチに、私がポヘチ食べないように見張っててとか、頼まれてた?


 私がそれを聞く前に、構成員くんはスッと立ち上がる。


「シャワーを借ります」

「あー……どうぞ?」


 そのまま、ムスッとしたまま、隅に置かれた荷物から着替えを取って、洗面所に消えていった。怒らせるような事、何かしたっけ? ポヘチは? 食べるんじゃなかったの?


「リンスとトリートメントの違いはなんですか」

「…………全て」


 代わりにと言ってはなんだけど、構成員くんはしっかりと私を怒らせてくれた。そんな違いもわからないの? しかも口ぶりからすると、リンスみたいにちゃちゃっとつけてザバッと流したっぽい。いくらすると思ってるんだ。どう使うものだと思ってるんだ。どーせならサッチの使えばよかったのに。はぁ。


「まぁいいけど。……なんで怒ってるの?」

「怒ってる? ……別に。普通ですが」


 確かに、普通と言えば普通だ。

 初日辺りの。敵対視丸出しの時の普通だ。のんびりとしてられない状況なのかもしれない。


 でも。


 シャワーあがりの乾き切らない髪で、両足を伸ばして座って、壁に背を預けて、視線は宙に浮かべて、カロリーメイトココア味をボリボリと食べるその姿は、寛いでる様にしか見えない。


 なんだろう。割りと分かりやすい男だと思ってたけど、どうにも分かりにくくなってる。そこだけで見れば、別人みたいだ。


 まぁ、いいか。普通っていうなら、私の話、聞いてもらおう。暇にかこつけて、ずっと考えていた事を。


「昨日の話の続きだけどさー――――」

「そんな事よりも。僕の言いつけは守っていましたか」


 そんな事? それより大事な事ってあるの?

 まぁ、そっちの話はさっさと終わるんだから、いいか。


「はーい。守ってました。……それで――――」

「本当に。……誰も入れず、また、自分も出ませんでしたか」


 まるで脅しを掛けるような声。『誰も入れず』辺りにかなり力が篭ってる。もしかしてそれで怒ってる? 何か仕掛けがあって、寝てる間に扉を開けた事を察知してるのだろうか。


 その怒気に押される様にして、口が回った。


「一人、来たけど……クリーニング屋さん。すぐ帰ったし……部屋の中まで入ってないよ」

「クリーニング屋とは? まさか業者でもないですよね」

「お隣さん」

「どっちのですか」

「あっち」


 私がその方向の壁を指さすと、構成員くんは首を振って壁を睨んでいた。壁の向こうなんて見えるわけないって。なにしてるんだろ。


「それで、どのような関係ですか」


 そこまで聞くの? ちょっとイラっときた。別に疑われるような事なんて、少しもしてないのに。


「たまーに挨拶したり、洗濯物預かってもらったり。……先輩彼女の部屋の前でわんわんベソかく後輩彼氏が居たら電話で教えてくれたりする関係」

「そうですか。わかりました」


 あれ? 気分を害した様子も見えない。私の言った嫌味に、嫌味を言い返してきたりもしない。ただ淡々と、事実として受け止めただけに見えた。


 どうしちゃったの? 別人みたいだよ?


「なんですか、その顔は。……もしや空腹ですか。確かに、昨晩も軽食でしたね。食事に向かいましょうか」


 勢いをつけて、構成員くんが立ち上がった。

 いや、構成員くん、つい三十秒前までカロリーメイトぼりぼりしてたでしょ。本当にどうしちゃったの?


「…………あー」

 わかっちゃった。なんでおかしいか。


「構成員くん、はぐらかしてるでしょ」

「…………」


 その無言は肯定になる。慌てて付け足したって――

「今、その話をする必要性はありません。まずは――」


 だめ。


「私の発現したきっかけ、ラミィをどうすればいいのか。具体的な案が出なくて、はぐらかしてるの? そこまで期待してなかったし、別にいいよ、気にしなくて。信用はしてるから」


 取り敢えずムスっとされたままなのは嫌だから、怒って反論するなり、落ち込んで謝ってくるなりして欲しかった。でも、それを聞いて振り返った構成員くんの目は。


 ――――――――――冷たかった。


 怒りを通り越して、憐れに思われてるみたい。座った私を見下ろす表情は、今まで見たことも無かった物だった。


 今までは感情が見えた。怒りとか。それすら無い、冷たい目。

 それが『敵』を前にした時の目だと、朧気ながら理解した。


「そこまで聞きたいと仰るなら、聞かせてあげます。

 学園は…………いや、僕は、彼を排除します」


 ………………。

 え?

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