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朧車  作者: 赤丸朧
第1幕 亜因果、こうりん
3/51

2場

 ある日偶然、鍵を拾った。拾った場所からして、私物ではなさそう。私は学園敷地内の何処かだろうと目星をつけた。


 暇つぶしも兼ねて、その鍵に合う穴を探し始めた。始業のHR(ホームルーム)に出て、そこからの授業を全てサボって敷地内をウロウロと歩きまわり、また終業のHR戻ってくる。何度も教師に見つかりながらも、一週間。ようやく結論が出た。


 なんともまぁ、それは屋上の、しかも三年のAクラスがある校舎の続く鍵だった。一人で行くのも何だしルームメイトを連れて行く事にした。

 そのいかにも気弱でお人好しそうなその小動物ルームメイトは、教師や先輩方に捕まった時に使える。置いて逃げても、私の事を告げ口する事は無いだろうと踏んだのだ。


『優柳さん! 止めとこぅよぅ』『一年生が三年生の校舎をうろついたらダメだよぅ』


 先輩方の視線に怯える小動物を引っ張るようにして、私達は初めてその校舎を訪れた。階段を登りながら説得を重ねる。


 学園生活は青春である。青春といえば屋上である。昼食の団欒に、放課後の恋路に、夜の哀愁にと、使い方はいくらでもあるのだ。


『えへへ……青春、かぁ』


 ちょろいものである。


 ただ、説得の言葉が全くのデマカセという訳でもなかった。そもそもは私も(かす)かな憧れを抱いていたからこそ、そんな説得が出来たんだ。


 隣で目を輝かせる小動物の影響もあった。二人で階段を登り切った時には、浮かれていた。


 だから、扉を開いて、辺りを見回して、色々と歩きまわって……失望を隠せずにいた。


 景色は悪くなかった。立地的に高い位置にあるこの学園から見ると、遠くに見える高層ビル群と大体同じ高さになった。街なかを歩けば空が見えないこの都会で、これはなかなかの開放感だった。


 でも、それだけだった。


 立ち入り禁止である屋上が綺麗なワケもなく、手を付けば真っ黒け、腰を下ろせば洗濯確実な具合。辺りに立ち並ぶ鉄製ロッカーのような変電設備(?)。足元には逞しく生える雑草。隅っこの方には腐ってる判別不能のボール、片足だけの靴、電子レンジなどなど。


 青春とは程遠い雰囲気だった。

 私は嘆息し、小動物は苦笑いしてた。

 これじゃ使い道が無い。


『…………なんで電子レンジが?』


 なんて呟く小動物の背中を、


『――いッ! やぁああああ~~~! やめてやめてやめて! 落ちる落ちる落ちる! フェンスないんだよッ!? 優柳! お願いお願いやめてぇ~~~!』


 押して遊ぶ以外には。



 あまり意識した事がないから多分だけど、それが初めてサッチに『優柳』と呼ばれた日の事。その後、校舎を降りながら涙目をもって『優柳さん、ヒドイよぉ~』と言われた時に。はて? やっぱり呼び方が戻ってる。とポツリと思った事を覚えてる。


 そんなサッチが男とは。生意気な……いや、けしからん……? なんだろう。変な気持ちが湧いた。


 昼休みの終わりを告げるチャイムが校舎内に鳴り響いてる。もう廊下にも人気がない。私はそんな階段をのろのろ登りながら、いろいろと思い出していた。

 そうこうしてる内に、鉄製のやたら重い扉の前に来た。その前に立って、しばし逡巡。


 もう授業は始まった。サッチは教室に戻っているだろう。開いて無かったとしても、鍵を借りたという事は、それすなわち使うという事で。ここで待っていれば現場を確保できるかなぁ、今日の放課後の少しの間ここで待ち伏せて、来なかったらそのまま公園にでも行こうかな――――そう考えながら手を伸ばして。


 捻って、ガチャリ。押して、キィ。


 開いてしまった。――――あれ? マズイ?


「……お茶菓子もって来たわヨ~~~~!」


 とっさに扉を三回、強くノックして裏声を上げる。更に扉を押して隙間をつくって、そこに耳を澄ませる。人付き合いは少ないが、私は友達思いではあるのだ。


『えっ。あ、ちょ、人きた!』『えぇ! はやく! 服、きて!』『ワーワーワー』なんて声と、制服の衣擦れの音が微かに聞こえ――――――なかった。


 無音。微かな人の気配すらしない。吹きこんでくる風がやたら冷たかった。


 私は頭だけを扉から出して、軽く左右を見た。それでも見つからなかった。


 拍子抜けしながら、そのまま屋上に出る。重い扉が音を立てないように、後ろ手で静かに閉めながら、建物の影になってる部分を覗いたりしてみた。


 見つからない。居ない。でも鍵は開いている。サッチは一度はここへ来たんだ。そうなると、……後で『あれぇ? なんでか屋上が開いてるネ。入っちゃおうヨ! てへっ』とか言って連れ込む気だろうか。とも思ったが、そんな風に男を誘えるしたたかな女なら、とうに彼氏の一人や二人はできている。どういう事だろう。謎は深まるばかりだった。


 それにしても寒い。今は十二月半ば。分厚い雲が太陽を隠してる。学園の制服であるブレザーは厚手で、その上、中に同じく制服のベストを着ている。それでも思わず身を抱いてしまった。全身が勝手にこわばる。痛いくらいに冷たい風が肌に刺さる。


 流石にこんなところでヘンな事はしないか。


 でも咄嗟にフォローする事が出来た。漫画なんて低俗だと思っていたけど、まさか現実に対応可能とは思ってな――――。


 ふと、視線を上げた先、屋上の向こう側に、少女の後ろ姿が見えた。


 その瞬間、思考が止まってしまった。


 身長は低い。着ている制服は緋色(三年生)のブレザーで、私と同い年。サッチに似ている。


 誘われるように、私は近寄っていた。ガタガタと凍えた身体の震えも止まっている。両肘を抱いていた手は、力なく下ろしてしまった。


 近づいていくにつれ、その姿形がはっきりと見えてくる。髪の色、形。履いている靴、スカートの丈、ソックス。全てがサッチに似ていた。それでも私はその少女がサッチであると、断定できないでいた。


 サッチを脅かした時は、端から十メートル以上離れていた。それでもあんなに怯えていた。 それは屋上にフェンスが無いからかもしれない。コンクリートでできたひざ丈くらいの段差があるだけで、それが更に恐怖を煽ったのかもしれない。


 なのに。


 私に背を向けてるその少女は、その段差の上に立っていた。大股一歩でも踏み出せば、後は地面へ真っ逆さま。


 近づいてくる私に気づいたらしく、少女が小さく振り返って、またすぐに真っ直ぐ向き直る。一瞬だけ、穏やかな横顔が見えた。その目と目があった。それでも私には信じがたかった。


 顔すらサッチにとても似ているけど、私の知ってるサッチはコロコロ笑うか、プンプン怒るか、グズグズ泣くかで。


 そんな、何かを諦めたように、力なく微笑む()じゃない。

 

「それ以上、近づかないでね。まだ話したい事があるんだ」


 いつの間にか、そんな声がハッキリ聞こえる距離まで、私は近づいていた。

 その言葉に、足は釘付けにされる。


 私は何を考えていいのか、思っていいのか、言っていいのかわからず、変な声を上げた。


「あー……。サッチ? なにしてんの?」

「飛び降り自殺」


 その返答は明るかった。面白い冗談のオチを言うみたいな。しかも『サッチ』と呼んだ部分をなんら否定もしない。本当に、目の前の少女は、サッチらしかった。


「あー……、なんで?」

「うん。……それが『話したい事』なんだ」


 普段の私を、平静を、無理やり絞り出して、口を開いた。


「じゃ、聞くよ。でもそんな所に立たれてると落ち着かないんだけど」

「あ。……そうだね」


 サッチは薄く、息を吸い込み、ゆっくり息を吐いた。とりあえず自分が危険な場所に立っている事はわかってるみたいだった。それに安堵を覚える。


 物理的に危険な状況じゃなければ、後はどうとでもなる。その塀から降りるだけでもいい。どこか落ち着いた場所に移動してから、隙を見てふん縛るなり、助けを呼ぶなり、悩みを全部吐き出させるなりすればいい。


 そしてサッチが一歩。


「でも、だめだよ? 優柳」


 ――――屋上の向こう側へ、足を運んだ。


 瞬間、私の全身の血液が落ちるようにして霧散していくのを感じた。今すぐしゃがみたい。身の安全を確保したい。私の身体は勝手に動きそうだった。見ていただけなのに。


 サッチの一歩は小さかった。それこそ靴一足分ほど。でも置かれた右足のつま先は、すでに宙に浮いていた。


「もういろいろ済ませてあるの。その最後が優柳なんだ。一番、油断しちゃだめだから、一番、わたしを止められる人だからね。……話だけはしたいけど、それがダメなら、もうオシマイ。――――わかった?」

「わかっ……っ……」


 サッチの本気を感じて、即答しようとして、出来なかった。喉が震える。私が話を先延ばしにしようとしている事も、もし本気だったら止めようとしている事も、全て見ぬかれてる。


「優柳、もうずーっと、いつもいつもわたしをからかって、困らせてばっかりで……。最後くらい、『わたし』で困ってね?」


 サッチがゆっくり、つま先が宙に浮いた右足を元に戻す。それをしっかり確認してから、ようやく私は言葉を発する事ができた。


「……聞くよ。話くらい」


 それが精一杯で、


『□□□□が、わたしを殺すんだ』


 サッチの(こぼ)した音を、私は正確に拾いきれなかった。

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