6場
焦りを隠すような重い声が耳に入ってくる。
『――――優柳先輩。今すぐ退いて下さい。出来るだけ自然な形で、何も知らない事をアピールして下さい』
だめ。それは出来ない。ラミィはかなり鋭いし、一旦目をつけたらしつこい。
なにより、私に隠してた事、少し許せない。
問い詰めなきゃ。
『優柳先輩……!? 従って下さい! 彼はウォモ・ド・ノーレという言葉の意味に気付いていま――――』
「うぉーもどのーれー」
不敵な笑みはそのままに、気だるげに振られる手。その発音はちょっとぎこちない。
まるで『さっき初めて耳にした流行りの言葉をちょっと使ってみたぜ』なんてワクワク感に満ちてる。
「……………………」
「んだよその顔はッ! テメェが言ったんだろぅが! 流行ってるって!」
『――――――す?』
彼はウォモ・ド・ノーレという言葉の意味に気付いて気付いています? って私に聞かれてもなぁ。構成員くん風に言えば、余程上手く隠してる、ってやつじゃないの? まぁ、私は元々信じてなかったし、ラミィを信じてたけどね。
「それ、なんて意味なの?」
二通りの返事が来た。
一つ目は舌打ちと共に。二つ目は思考硬直したコンピュータみたいな口調で。
「ハァ? 知るかよ! テメェが言ったんだろぅが!」
『『誉れある男』……という意味です。何の変哲も無いただのイタリア語ですが……その言葉の意味する所を知ってる者なら、そしてそれに関わる者であれば、おいそれと……それこそ、挨拶のように口に出来る言葉では…………ありません』
なんかどっと疲れた。構成員くんに振り回された感じだ。
詰めれば五人くらい掛けられそうなベンチのど真ん中で、両手を広げて迷惑な座り方してるラミィに、手をチョイチョイ振る。不貞腐れながら空けられた隣に、私は腰を掛けた。
「あー……帰ったら?」
「んでだよッ! ……そんなにダメだったのか。あれか。手ぇ振っちゃいけなかったのか。……つーか、テメェが言っ――――と、あぶね。『三回同じ台詞吐かせたら勝ちゲーム』か。今のはかなりキテたな。やるじゃねーか」
あー、前やったね、そんな遊び。渾身の『でも、まだまだだぜ?』なんて言いたげな顔には悪いけど、ラミィに言ったんじゃなくて。
『……いえ、これも魔法使いの試練だと思えば』
あっちの草葉の陰に言ったんだ。墓標は大量の荷物。
でも返答に数秒かかった。かなり迷ったみたいだね。ご苦労様。
『それにしても、下らなすぎます。短時間で同じ台詞を三度も言うわけありません』
なんて愚痴を片耳で聞いていると、ラミィの方から微かな匂いが漂ってきた。
「タバコ、吸ったでしょ」
「はー? 吸ってねーけどー?」
わかりやすいなぁ。さっきまで目があってたのに、今は真後ろの空を首をひん曲げて眺めてる。別にいいけど。
「BとCはー?」
「病院」
『病院? 先輩や貴女がかかった病院なら、詳細な情報を取れます。確かめてみて下さい』
構成員くんは、一応、やるべき事はやるらしい。でも。
「病院って、本当に行ったんじゃないでしょ?」
「当たり前ぇだろうが。今更だな」
『紛らわしいですね』
今まで見ないようにしてたけど、不満を口にする構成員くんの方につい、一瞬だけ、目をやってしまった。全く隠れてなかった。腕組をしながら遊具に寄りかかって真っ直ぐこっちを見てた。荷物は何処かに置いたらしい。
「(メシは)まだか?」「うん」と短くやりとりして、構成員くんが『今のは会話ですか?』と驚いたりしてた。
「んじゃ、シンプルに――――じゃんけんでいくか」
ラミィはニィと笑ってから、大きく行きを吸い込んで伸びをする。コキコキと首を鳴らしてから、手首をプラプラ拳をニギニギ、そして深い呼吸で精神統一してる。
『じゃんけん一つで何を溜めてるんですか』
さぁ? なんでも真剣にがモットーらしいよ。
「――――いくぜ」
ラミィの目がギラリと光る。
「ジャンッッ!!」
「けーん」
「「ほい!」ッ!!」
『ほい、ってなんですか。ポイじゃないんですか。気合の割に抜けてますね』
「よしッ!」
「……あー」
負けてしまった。今日は原付ないんだから、恨むよ、右手と構成員くん。
「クラシックのセットな」
そう言いながら財布を取り出し、そこから千円札を渡された。珍しいなぁ。今日はウェンディーズらしい。ちょうどいいかな、チリチーズフライ食べたかったし。
だからかな。
なんで私が食べたいかわかったのかはわからないし、偶然かもしれないけど、そういう事にしておきたかった。
「音しねーが、原付どーした?」
「あー、なんか動かなくなった」
舌打ちが一つ。
「なら見てくる。テメェが戻る頃には丁度いいだろ」
「よろしくー。……じゃ、行ってくる」
私はポケットから鍵を放り投げて、歩き始めた。公園が見えなくなるぐらい歩いたんだけど、構成員くんが後ろから付いてきたりする事はなかった。ラミィの方を見張ってるのかな。
「構成員くん」
『はい。なんですか』
「どこにいるの?」
『もうすぐ着きます』
その言葉に疑問を持って、辺りを見回したけど、誰も居ない。他の人も一人も歩いてない。黒いワンボックスカーが横を通り越していくだけだった。
「着くって、どこに?」
『着きました。……乗って下さい』
私の歩く先、通りすぎていったバンが路肩に寄せていた。近づいて、恐る恐る運転座席を覗くと『なにやってるんですか』と不満気な見慣れた顔があった。色々と疑問があったけど仕方なく、後部座席のスライドドアを引いて乗り込んだ。感想は一言で、でっかい。
「えー……と?」
何から聞けばいいんだろう。私がぐるぐる考えてる間に、構成員くんが『なんで後ろに乗るんですか』と言ちてすぐに車を出した。普通に運転してる。というか、手馴れてるようにすら見えた。
「クラシックとは? 時間は?」
「ウェンディーズのメニュー。私が歩いて、往復四十分くらいかな」
「了解しました。駅前のでいいんですね?」
「うん」
そのままポカーンとしてても車は動く。構成員くんが運転してる。……えーと?
「免許、持ってるの?」
「免許不携帯は3千円の罰則金があります」
「そーだね。……で?」
『そういう意味で言ったんじゃないの、わかるでしょ?』と私の続きを待つ言葉になんの反応も示さなかったけど、車が大通りに出て、信号に引っかかった時、構成員くんは前を見たまま、後ろ手に免許証を渡してきた。
持ってるんだ、免許。それを見て、私はつい呟いた。
「…………春端、花柄」
写真はそのまま構成員くん。偽造免許なの? という事は名前も偽名? かと思ったんだけど。私が読みあげた名前に「あ」と小さく漏らしてた。顔は見えないけど、しまった、とか思ってるんだろう。
「忘れて下さい」
「別にいいでしょ、名前くらい。………………………………似合ってないけど」
「先輩に口止めされてます。……………………………名前はほっといて下さい」
「サッチに? …………………………それに、普通に呼んだら? 『幸』って」
「そうです。………………………………………………それもほっといて下さい」
「なんで? …………………………………二人でサッチとハッチなんてどう?」
「わかりません。…………………………………もしや3回目、狙ってませんか」
バレたか。
「『構成員くんは構成員でしょ』だそうです」
「あー、なるほど?」
『構成員として優柳と接してね、それ以外は許さないよ』って意味か。
「本当にわからないなら、カレシ辞退した方がいいよ」
「えっ…………どういう、意味ですか」
うわ。そんな捨てられた子犬みたいな声あげないでよ。らしくないなー。サッチのちょっとした専有感だって。それは私が言う事でも無いから、黙っていた。
バックミラーで私の表情を確認したらしく、からかわれてると知って、構成員くんはらしさを取り戻した。
「優柳、という名前ですが」
「似合ってるでしょ? 主に外見に」
本当の両親から貰った、たった二つだけだから。身体と名前。
「確かに、外見には。ですが全く凪いでないですよね」
「字が違うでしょ」
「それもそうですね」
その年齢で免許は取れないとか、取り留めもない会話をするうちに到着する。そのまま私だけを下ろして、10分後、また私を回収して車は走る。ものの数分で、乗り込んだ場所に戻った。
「彼の件ですが」
「怪しい所でもあった?」
「いえ。全く見受けられません」
私にも全く無かったけど。……あれ? でもそれなら昨日のラミィとの会話、就職がどうのこのってなんだったんだろう。
「ただ記憶を操作できるのなら、自身の記憶さえ封印してる可能性があります。今現在のように素性を探ろうとする者を遠ざける為に」
そこまでするのかなぁ。
でも仮定として、全能だとするなら、それぐらいの警戒も当然なのかも。構成員くんはそう思っているんだろうな。
「ですから、判子を試して下さい。記憶が無くなっても……と、いいますか、今更ですが、そんな事が出来るのなら判子を誤魔化す事だっていくらでもできるので、信憑性はあまり無いですが」
「じゃー、無駄足だったね」
「いえ。……触らぬ神に祟り無し、という言葉がありますが、これだけ目の前を軽々しく……しかも交際相手の女性に対して触れているというのに、何の反応も示さないのであれば、彼は安全な人物だと推定できます。それを知る事ができただけでも、大きな収穫と言えます。それが彼の思惑かもしれません」
それだとラミィが私に隠し事してるって事になるでしょ。ちょっと安心した、みたいに言うけど、全然良くない。
「『騙されてる』と、不満な顔をしてますね」
「顔、見えないでしょ。運転中だし」
「貴女を想っての事でしょう」
「なにそれ。サッチに対する自分の正当化?」
私も人の事は言えないけど、つい感情が口をついて出てしまった。
「彼がこのまま何も見ない振りをしてくれるなら、平穏に過ごせるんです。どこが不満ですか」
「自分の重大な事、隠したまま好きだって言った事」
「それはお二人でなんとかして下さい」
「話していいの?」
「いえ。申し訳ありません。言わないで下さい。自分の身は可愛いものなので。神の怒りは買いたくない」
自分の身が無くなったらサッチはずっと薬漬けだもんね。そうなったら私が動くけど。
「ずっと知らない顔作って、悶々として過ごせっていうの?」
「彼もそうだったのかもしれません」
「知らない。そっちの都合でしょ」
そっちの都合……か。ラミィは望んでそんな亜因果持ったのかな……違うよね。私もサッチも、多分構成員くんも、気付いたら持ってた。
「なんでラミィがそんなの持ってるってわかったの?」
「出生の理由から現在に至るまで、事詳細なデータがありました。常に監視してる、という訳ではなさそうでしたが目の届く範囲を出ないようにはしているみたいです」
「出生の理由……?」
「聞く覚悟がありますか」
「そういうのはいーから、早く。もうすぐ時間だよ」
「魔法使い、要するに亜因果の研究者ですが。その魔法使いが生成した……創りだした人間……ホムンクルスというモノがあります。……彼はその最高傑作なんです」
最高傑作、誉れある男、かぁ。
「創った本人が言うんだから、間違いないって?」
「はい。そういう事です。僕や先輩、そして貴女などは天然の亜因果です。天然のマグロみたいなものです」
まぐろ?
「彼はそのマグロの群れの中で、唯一の完全養殖に成功した遺伝子改良で全身トロのマグロです。異様でしょう。僕が怯えるの無理からぬ事と理解して頂きたい所です」
「なんでマグロ? 好きなの? 前もまぐろがどーとか言ってなかったっけ」
「好物ですが、それとは別です。不可能だと言われていたり、三十年も掛かった研究だったり、天然と養殖という言葉だったり、大抵の人間に対し『ふーん』と興味も無く終わる話が、一部では狂喜乱舞したり青ざめたりと、状況が似ていたからです。今年の初夏辺り、完全養殖に成功したと、ニュースになっていたでしょう」
あったっけ? そんなニュース。
「あと七分です。そろそろ……」
「ん」
その言葉に、私はテイクアウトの紙袋を持って、スライドドアを引いた。風が冷たい。降りて、ドアを閉めた。私が離れるのを待ってから、バンは何処かへ走り去る。
私が歩き始めた所で、耳に嵌めこんであるスピーカーから声がした。
『彼の出生を聞いて、どう思いましたか』
「どうって?」
『言ってしまえば……彼は人間ではありません』
「私もまぐろ、結構好きだよ。だから天然か養殖かーなんて気にした事なかった。美味しいし、どっちでもいいよ」
『そうですか』
その声はどこかほっとしていた。人間じゃない、かー。でも殺し屋ちゃんにも人間じゃない呼ばわりされたし、お似合いの二人かもね、私達。
「春端ぁー」
『…………』
「おーい。花柄ちゃーん? 聞こえないの?」
『……………………』
「構成員くん?」
『はい』
「聞こえてるなら返事してね?」
『今ので、どうして僕が返事すると思えるんですか?』
「別にいいでしょ。似合ってないけど……春端かぁ」
『なんですか。僕が春端ではおかしいですか』
「サッチには似合うな、ってね」
『……………………………………………………………』
「想像した? 嬉しかった?」
『――――ッ! ほっといて下さいッ!』
「はい、負けー」
『?』
「『ほっといて下さい』……3回目」
『わかりました。負けました。なんですか。ハンバーガーでも奢ればいいんですか』
「私達はねー、たかりはしないんだ。欲しいのはその人のプライドが潰れる音……だったっけな?」
『最低ですね』
「だね。だから、気持ちいいよ」
『では、もうひと勝負、お願いしましょうか』
公園の前には原動機付自転車が止めてあった。それを尻目に公園の中に入っていく。入り口の階段を数段上がればもう中はすべて見渡せる。
『彼の亜因果の有無、判子で確認して頂きます』
近づくと、ラミィが笑って鍵を放り投げて来た。
『押した瞬間、封印が解かれ別人になるかもしれません』
――――動くじゃねぇか! ……帰り、はやかったな。
――――治ったんだ。ありがと。ただいま。
『それでも押すんですか』
押すよ。押しても、印は消えずに残る。だってラミィはただのがきんちょで、不良を気取ってる、私の彼氏。
『もし……彼に亜因果があったら』
そうだなぁ、もし印が消えちゃったら。私にずっと黙って、隠してたなら。三日間ぐらい、口聞いてあげないから。テイクアウトの紙袋を渡す。
その間に、片方の手は、ポケットの中で魔法の判子の蓋を外す。むき出しになった印章を、がら空きの、ラミィの額に突き出して、
力いっぱい押し付けた。




