3場
朝を教える電子音が三度鳴る筈だったけど、たったニ度なった時点で、叩かれた音と共に消えた。ベッドの下の、サッチだ。
今日は日曜だっけ。もう少し寝よう。そう思って、身じろぎと共に瞼を閉じる。
下段のベットで、布団の衣擦れが聞こえる。そしてカラカラと……ケースを振って薬を取り出す音が聞こえた。しばらくの静寂の後、また布団を戻す音がする。
私が何度言っても起きなかったのに。薬を飲んでいても、これだけは、機械みたいに正確だった。
寝よう。
そう思ったけど、昨日構成員くんが変な時間に起こすし、あまり心地良いとは言えない音も聞いてしまったしで眠るのに努力が必要そう。結局、私は起きる事にした。
ベッドを降りると、強い違和感を覚えた。
真新しい壁紙、カーペットに机にゴミ箱にベッドに布団。それと部屋の隅に置かれたワープロ。構成員くんが居なかった。
本当にあの与太話をする為だけに、泊まるとか言い出したらしい。行動は異常だけど、一応、常識はわきまえてるみたいだった。少し関心してしまう。
私はカーテンを開いた。まだ薄暗い空へ開けて、空気を入れ替えようかと思って止めた。滑りこんできた冷気が予想以上だった。これは自殺行為だ。
閉じられたワープロが目について、その向かいに座ってみる。構成員くんはずっとワープロを見てた。もしかしてこれを見てラミィの亜因果がー、とか言い出したのかな。
少し苦戦しながらも、なんとか画面を持ち上げた。するとそれだけで画面が光った。おぉ、すごい。カラーだ。
その画面には何かを入力待ちするスペースと、点滅するカーソルだけがあった。これは知ってるなぁ。パスワードってヤツでしょ?
とりあえず『P5』『PENTACLE5』とか小文字にしたりカタカナにしてみたりと頑張った。だけどダメだった。画面は相変わらず入力待ち。ローマ字で入力に苦労したのに。
ならサッチかな? サッチの誕生日を入れてみる。
「お?」
と口に出してみたけど、ダメだった。見れない。
ここは見れちゃう場面じゃないのかな。お話だと、ホントに見れちゃった、とかなりそうだけど現実は甘くない。しばらくそうしてワープロと格闘してみたものの、うんともすんとも。
こうなったらサッチに聞くしか、いや、聞かせるしかないなぁ。とりあえずヒントをもらおうと、サッチのベッドに近づくと――――。
安らかな、二人分の寝息がそこにあった。
…………何してんだコイツは。
とりあえず、右拳を振り下ろした。言ったよね、私。
全力でやったら私が痛いから、痛くない程度に。でも骨を効かせたお陰で、ゴツンと響いた。
「~~~~! つぅ……」
構成員くんは殴られた額を抑える。やがて不機嫌そうに細められた目がしっかりと私を捉える。
「おはよ。……よく眠れた? よく眠れたよねー」
さて、なんて言い訳してくれるのかな。
寝ぼけ眼の構成員くんは私を確かめるように目を更に細めた後、隣に眠るサッチを見た。
そして。
「眠れてないっ」
そう呟いて、サッチから布団を剥ぎ取って、自分の方に寄せて、それにくるまって、また寝た。
身体が布団から出てしまったサッチは、潜りこむように、すり寄る。構成員くんの背中に抱きついた。まるでコアラの親子みたいだった。
……あれ? 予想と色々違う。
「あー……構成員くん?」
「んッ!」
耳元に蚊が居たみたいに、腕を振って応えてくれた。うるさい、という意味らしい。
それが被った。朝『うるさい!』と叫んで聞く耳持たず、寝ることしか考えられない娘と。
構成員くんも朝が弱い性質なのかぁ。呼んでみる。
「おーい。構成員くん」
「…………」
サッチの真似してみる。
「構成員くーん!!」
「…………」
「うるさぁー! ……い」
サッチが反応した。溜息をつく。こほん、と軽く咳払い。構成員くんの耳元に寄る。男っぽい、重苦しい口調を作る。
「――――おい。ペンタクル5」
「――――はい。なにか」
起きた。それどころか、ガバッと上半身まで起こした。サッチが薬を欠かさないように、構成員くんは構成員としての立場を欠かさないらしかった。
キリッとした顔をしてるけど、髪はボサボサ、眼鏡はずれてる。というか、なんで眼鏡したまま寝てるの? まぁいいか。
「おはよ。……よく眠れた? よく眠れたよねー」
さて、なんて言い訳してくれるのかな。
現状を把握しきれていない構成員くんは、眼鏡を直しながら私の存在を確かめて。隣に眠るサッチを見た。サッチを見たまま、ピタリと固まった。もごもごと口だけが動いてる。
「これは…………その…………違うんです」
あ、ようやく思った通りになった。私は存分に責める口調を作る。
「何が違うの」
「これは多分、先輩が、その、俺を……いや僕を心配してくれて……恐らく」
「サッチが? 構成員くんをベッドまで運んだの? そんな事するわけ、というか、できるわけ――――」
昨日の寝る前の会話がリフレイン。
『構成員くん、寒くない?』『大丈夫です。毛布がありますから』『一緒に寝よーよ! あっははは!』『遠慮します』『だいじょぶ! 変な事しないから!』『……それは僕の台詞だと思うのですが』
朝方、浅い眠りの耳に入った声も思い出した。
『あっはは! こっちでねんねしよーねー!』
トイレに目を覚ましたらしいサッチは、毛布一枚で壁に背を預けて眠る構成員くんを、持ち前の怪力……じゃなくて運動部で培った力強さ? で、自分のベッドへ運んだ? うーん。ありえるなぁ。
「――――できる、わけ、ない、でしょ?」
「今、明らかに事実に思い至ってませんでしたか」
言いながら構成員くんはベッドをそっと抜け出す。その背中をサッチの手が掴んでいて、構成員くんが優しく「先輩……離してください」とか言ってて、馬鹿だなーそんな事言ったらますます離してくれないよ、なんて思ってその通りになって、剥がすのに苦労していた。
頭がボサボサのままだけど、目は完全に醒めたらしく、気を取り直して言われた。
「おはよう御座います。起こして頂けて助かりました」
「はい。おはよー。で、昨日の話だけど」
「昨日の話、ですか」
構成員くんは露骨に顔を曇らせる。構成員くんから話してきた癖に。『何か問題でもあるの?』と暗に表情を作って尋ねた。
「正直、忘れたいといいますか。見なかった事にしたい」
らしくない台詞を吐かれた。
「別にそれでいいよね。どーなるの?」
「どう、もありません。彼がそんな亜因果を持っていて、発現の前日に貴女は性行為をしていた。それを報告するだけです」
『発現のきっかけを未然に防げれば』
その事に、構成員くんも殺し屋ちゃんも従事していた筈。私は声は打って変わって、真剣なものになる。
「どうなるの」
しばしの無言。一分ほどそうして、考えをまとめたらしい構成員くんが言葉を作っていく。
「ほぼ間違いなく、光輪のきっかけは彼です。性行為に因っていつ発現してもおかしくない状況だったのでしょう。発現したタイミングは――――」
構成員くんは振り返って、サッチが寝ている事を確認。
「先輩の吉祥天に因るものです。学園は彼を排除しようとするでしょう。先輩のように薬を飲めば、という話でもありません。存在型と呼ばれる由縁ですね。そうだとしてもリスクが高すぎる。二人の付き人が居るそうですね?」
「あー、うん」
付き人というか、仲良し三人組なだけだと思うけど。
「第三中等部の三兄弟、略して第三兄弟などと呼ばれて、それぞれ『(幻獣の蹄/ユニコーン・マッチ)』『(瞬く夜這星/トランシェント・メテオ)』『タコ』とあだ名される札付きの不良を気取っていますが、その実は――――」
「ちょっと待って」
遮られた構成員くんは不機嫌そうな顔になる。
「なんですか」
「『タコ』ってなに。いや、それ以外も気になるけど」
「知りませんよ。蛸か……凧じゃないですか?」
構成員くんは手をヒラヒラさせた。気になる。というか、自分の彼氏がタコとか呼ばれてたらちょっと嫌。かなりアレ。私が、どうしよう、なんて考えてる間に、構成員くんは待とうともせず話を戻してしまった。
「二人は彼の護衛でしょう。本人の能力もさることながら、常に警戒し二人を侍らせている。学園の手には負えないかもしれません。それ専門の『何か』に頼る事になるでしょう。学園だけでその三人を排除しようとしたらいくら掛かるか……何人犠牲になるか、わかりません」
「本当に、それ、ラミィ達の話なの? 違う人の話なんじゃない?」
「違う……人?」
構成員くんが何かを考え始める。
「だって……ラミィ、時々ボコボコにされたりしてるよ。すごい照れ屋でシャイだし、すーぐ物に当たるし。なんかチョコに夢中だし、よくわからない所で真剣になったりするし。……ただの中等学生だよ」
私の言う事を噛み締めるように、構成員くんは何かを考えていた。
「それも……そうですね。冷静に考えてみると、そんな異様な人物を学園が放って置く訳がありません。『灰村巳辰』という異様な人物が存在しているのは確かですが、貴女の彼はその影武者なのかもしれません。そうなると、光輪は純粋に吉祥天の影響だけで発現した事になりますが。貴女に光輪を使う感覚があればこうも悩まずに済むのですが」
『貴女の彼』っていい響きだなぁ。言いながらも、さらに何かを考えている素振りの構成員くん。光輪のきっかけが実際にどっちだったか、はっきりわかる、って?
光輪を使う感覚かぁー。特別な感覚なんてないよ。
私は手を伸ばす。光輪は出さないけど。
ただ、昔からこうやって――。
「あ、感覚あるかも」
「はぁッ!? 貴女、無いと確かに言ったじゃないですか! どうしてそういう大事な事を――」
「無いけどね」
「どっちですかッ」
「『生まれた時からその感覚を常に感じてるから、有無の感覚がわからない』……なーんて事、ありえる?」
「ありえ、ます」
目からウロコ。そんな驚きを見せる構成員くん。
「そういえば貴女はずっと……運動が苦手だった。弊害は幼い頃からあった。なら、感覚も……? その場合、ずっと発現してもおかしくない状況で……吉祥天がそれを抑えて、また、発現させた……?」
ぶつぶつと考える構成員くん。独り言も長いなぁ。そして何か結論を出したらしく、キリッと私に向く。
「確かめる必要があります」
「何を?」
「今現在、どちらもありえます。彼に亜因果が在る場合と無い場合。貴女の感覚に関してはクオリアが関わってきますから確かめようがありません。彼の方を確かめます」
あれ? ラミィに亜因果が無いって方向で決まったんじゃないんだ。別にいいけど。
「では、少し準備がありますので。待っていて下さい。それと朝食も済ませておいてください」
そう言って、足早に構成員くんは出て行ってしまった。なんか生き生きしてるなぁ。私とラミィの為だと思うと、少し感謝したくなる。
そうして、日曜日の6時半現在。暇つぶしが無くなってしまった。




