2場
部屋に戻ると、意外な顔が居た。その意外な顔は、部屋の真中であぐらをかいていて、目の前に置かれたワープロを腕組しながら睨みつけていた。
部屋にはもう一人、意外じゃない顔が居て、何故か意外な人を抱きすくめていた。なんだか、小さな子供が、お父さん遊んでー、と擦り寄ってるみたい。
「あー」
『なんでいるの?』『何してるの?』『私は出ていったほうが……?』『というか、私の部屋なんだけど』
瞬時に浮かぶ疑問が、私の言葉を曖昧にさせた。
構成員くんとサッチが、イチャイチャしてた。サッチってそんな性格だったっけ。
あぐらをかいて、抱きすくめられる構成員くんは、目だけを私に向け口を開く。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
お互い、歓迎しない声色で挨拶を交わした。後ろのサッチも、明るく笑う。
「おかえりー!! あっはは!」
「あー、うん」
「なんでッ!? わたしには『ただいま』無いの!」
「……ただいま」
あぁ、サッチがめんどくさい娘になっちゃった。……元からちょっとそう思ってた事はお墓まで持っていく。
「なんで居るの?」
「申し訳ありませんが、今日はこの部屋に泊まらせてもらいます」
「だから私に出て行けって? 許すと――」
「は? 貴女が出て行ったら意味がありません!」
「え」
驚いた。私の目の前でいちゃつきたいらしい。しかも完全な敵意を私に向けてる。よくわからない趣向だ。構成員くんは深いため息をこれ見よがしに撒き散らす。
「大体、何を考えているのかは想像できます。……おめでたいというか……。流石、他人に見られる可能性のある場所でキスするぐらいはありますね」
当たり前だけど、監視してるんだから見てたか。気にはしないつもりだったけど、流石に少しひっかかるなぁ。
「他人の部屋で抱きあうのはいいんだ」
「何処が抱き合ってるんですか」
「抵抗してないんだから変わらないでしょ」
「抵抗出来ないんですッ」
とか心底不満気な声を上げるけど、本当は喜んでるんじゃないんですかー? 呆れを以って私は言う。
「サッチ。離してあげれば? 嫌がってるよ?」
「あっはははは! それが楽しいんだよっ!」
……あれ? 本当に抵抗出来ないの?
私は二人に近寄って、サッチの腰に手を回して、思い切り引っ張ったけど、少しも動かなかった。代わりに構成員くんが「う……ぐぉ」とか踏まれたカエルみたいな声を出してた。そのまま思った事を口に出したら「僕の知っているカエルと、貴女の知っているカエルは大分違うようですね」と冷めた目で見られた。その不機嫌さは、面と向かってサッチに文句を言えない八つ当たりだ。でも首にサッチの腕を巻きつけたままだったから、嫌味も嫌味になってない。
それにしても。
「性格まで変わっちゃう物なの?」
「そんな話は聞いていません。……恐らく元々そういう思考が奥底にあったと思われます。それが表面化してぐぇ」
「あー、今のはちょっとカエルっぽかったね」
先刻まで笑ってたのに、突然黙ったサッチが構成員くんの首を締めていた。暗に『薬』と明言しなかったけど理解できたらしい。この話はこれで終わりだ。そのまま構成員くんは、ワープロの前で苦悶にのたうち回ったり、土下座したりしてて、サッチも部屋の中を飛び回るように笑ってて、私は暇つぶしに本を読んだり勉強をしたりしてて。
「電気消すよー」
「どうぞ」
結局、消灯するまで構成員くんはワープロの前で不機嫌なままでいた。自分のベッドへ梯子を登りながら見ると、やっぱりまだワープロの光が構成員くんの苦悩顔を照らしてた。なんなんだろう。もうサッチも寝るんだから照れ隠しする必要も無いのに。
私は布団に潜り込んで、下段のベッドに居るサッチがしきりに構成員くんに話しかけてるのを『うるさいなぁ』と思いながらただ寝ることだけに集中して。
やがてその声も遠くなっていって、実際、無くなって。私は眠りに落ちた。
「(優柳先輩。……優柳先輩!)」
声がした。誰? 何?
私は自分の布団で寝てる。目を開けると、その間近に、男の顔があった。
その顔はラミィじゃない。思考がそう辿り着いた直後、私は左手の拳を全力で、その顔面に向かって振るっていた。どたどた、と梯子から落ちて転がっていく……殴った時、眼鏡が見えた。そういえば今日は構成員くんが居たんだ。
「いっ…………ったぁ~~!!」
でもそれどころじゃなかった。殴った時、手首を捻った。私はその痛みに顔を歪めながら、ベッドから身を乗り出し、小声で言う。
「(……なんなの? 何考えてんの?)」
「~~~~~~~~~ッ!!」
床では声と顔を抑えて身悶える構成員くんが転がってる。
『ちょっと待ってくれ』と震える片手を上げて、しばらく鈍痛に耐えてから、ようやく落ち着いたらしい。そして鼻の下を拭っては、拭った手を確認していた。鼻血なんか出てやしないって。
「(サッチに言うから。あと今すぐ出てって)」
「(貴女はッ! ……自意識過剰にも程があるッ)」
「(あー、そっか。サッチは下だよ? 今度は間違えないでね。 ……ホントにやったら今度は右が飛ぶから)」
左は痛いから無理。
「(本当に、ただ単に先輩に弄ばれたいが為に! 今日、今、此処に! 僕が居ると思ってるんですかッ)」
「(襲うためだった訳だ)」
「(貴女に! 内密に! 話があるんですッ! この部屋を選んだのは他に……他の構成員にも漏らしたくないからです! 出来れば先輩にも聞かせたくないんです。……降りてきて下さい)」
終いには、落ち着き払った、冷たい怒りを灯した眼、構成員モードになっていた。私は仕方なく、梯子を降りてった。寒い。身震いが全身を包んだ。
「で、何?」
私は身を庇うように、腕組をし、背中を曲げていた。さっさと終わって欲しい。私が立ったまま、声を掛けると。正座して背筋を伸ばしてる構成員くんは何も応えない。
向かいに座れ、という事らしい。私はそれに従う。向かいにしゃがみ込んだ。冷たいカーペットにくっつきたくないから膝を抱えて視線の高さを合わせただけ。
「でー、なにー?」
「単刀直入に聞きます」
「はい。ぜひ、そーしてください」
寒い。眠い。
「ラミィの事、どこまでご存知ですか」
「あー」
なんか構成員くんは若干、緊張してるように見える。そういえば『調べておきます』とか言ってたっけ。それで私に直接聞くって事は、調べがつかなかったのかな。構成員として独自に調査できず、直接答えを求めているのを恥じているのかもしれない。別にいいのに。
でも。
どこからどこまで言えばいいんだろ。私はなんとも言えず、頭を掻こうとして手をあげた。
その瞬間、構成員くんが爆ぜていた。釣られて、私も驚き、ペタリと尻餅を付き、辺りをキョロキョロする。
「うあ、え? 何? ……え」
見ればすごい勢いで後退ったらしい構成員くんが、私に拳銃を向けている。怖い。でもそれ以上に構成員くん怯えていた。だけどそれに負けないように精一杯な表情。
撃たれるの? いつの間に拳銃取り出したの? 分からない事だらけで、ついどもる。
「え……なに? え?」
「あ………………申し訳、ありません」
え? 素直に謝った? そっちの方が驚きだ。バツが悪そうに拳銃を懐にしまって、また正座をした。でも距離は離れたまま。
えーと。なんで銃を向けられたのかはわからないけど。かなり真剣な、切迫した話だというのはわかった。
「その反応を見るに、何もご存じない。……ですか」
「あー……うん」
変な敬語に口を挟むこともままならない。とりあえず、構成員くんがそこまで怯えるような事は知らない。
「ラミィには、亜因果があります」
「あー……そうなんだ。でも発現してないんでしょ?」
「発現するものでは……ないんです」
「貴女や僕の思考型。先輩の自動型。……それともう一つ、型があるんです」
能動的に使う。自動的に使う。
残りは何? 両方併せ持つ……または……そもそも、使う物じゃない、とか?
構成員くんは重い口を開いた。
「彼の亜因果は存在型。オリジナルと呼ばれるものです」
「どんな超能力なの?」
「わかりません」
そりゃないでしょ。
「一言で言えば……彼は魂に干渉できる」
「………………」
さっぱりわからない。ので、目を細めて、あんに構成員くんをじとっと見てそれを表す。
「この世の全てには、物質、生物は当然の事、概念にすら、魂があります。それに干渉すると言うことは――――」
「へー、すごいね」
大体、言いたいことはわかったので、途中を遮った。ラミィは要するに全能らしい。うわー。知らなかったぁ。
全能で、なんでも好きにできるなら、ケンカもしたりした事も、告白に一年も掛けたりした事も、エッチまでこぎつけるのにした苦労も全部、ラミィの意思だったわけかー。……付き合いきれない。
「おやすみ」
言って、私は立ち上がった。ベッドに戻ろうと振り返った背中に、声が掛かる。
「貴女には心当たりがある筈です。彼は乙種全能……それなりに近くに居たのなら、それと思うしか無い出来事があった筈です」
「無い」
「そうですか。……余程上手く、隠しているんですね。そして貴女は、その亜因果を知らない。知らなかった」
念を押すように、もう一度聞かれる。
「嘘や冗談は止めて下さい。もしこの件で虚偽があった場合、利害関係無く、貴女を殺します。ここで彼を庇うというのは、僕に対する完全な敵対行動です」
その声は、すでに敵対する者へ向けられる鋭さを持っていた。私は言葉が出ない。その尋常じゃない雰囲気に飲まれる。
嫌だなぁ。真面目な空気は苦手だけど、怒りを向けられるのは嫌いだ。その態度で、例え短い間でも、一緒に過ごすなんて考えたくもない。
私は向き直って、構成員くんの目をしっかりと見た。今度は馬鹿にした態度も作らない。
「よくわからない。心当たりもない。だからその話は信じられない。……隠すつもりも嘘をつく訳でもない。自分の彼氏が突然、全能だなんて言われても、それが普通だと思うよ。…………おやすみ」
信じてもらえるように自分の思考をありのまま伝えて立ち上がる。構成員くんは何も言わなかった。だから私も、何も言わず、自分のベッドへ登った。
だんだん、サッチの寝息が聞こえて来て、それを覆うように。
緊張を解くように、息を吐き出す音が聞こえた。
緊張。構成員くんはラミィが全能者だと確信してたみたいだ。対して、私は全く信じられない。
でも。
構成員くんがなんの根拠もなく、そんな話を持ち出すだろうか。
私は全く信じていない。
それでも、上手く眠ることが出来なかった。




