1場
第三幕 消えないマーク
「なーなー。わかってるー? 最下位は買い出しなー?」
私とラミィとBとCで寒空の下、お粗末な麻雀卓を囲んでる。誰かが体勢を少し変えたりする度、机がガタガタと揺れる。足の長さがあってないんだ。使われなくなった机を拾って来たらしいしこんな物だ。私達四人が掛ける椅子も同じく、統一感が無い。一人がけのソファだったり、学校の椅子だったり。
Bはわざわざルールを確認しつつ、勿体ぶった動きで牌を捨てる。その視線は私の対面、ラミィに向いてる。その視線に、ラミィは吐き捨てる。
「誰に言ってんだ? 最下位はコイツだろが」
ラミィは牌を捨てながら、Cを親指で指した。ついでに体勢を変えた。右手の親指から中指までが机に掛かってる。左腕は肘をつき、何かを考えるように顎に当ててる。中指の第一関節辺り。つまり。
『サンピンあるか。あったらくれ』
返事。右目の下あたりをかく。ポリポリ。
それは『なーい』という意味を示してる。ラミィはそれを見て、少し体勢を変える。『ならイーピン』と。
少し悩む。私の役に必要だから。
現在オーラス。その順位は
私。B。ラミィ。C。
前半は勝たせてもらったし。今は居力しようか。
と、こんな風に私とラミィはズルしてるけど。
「おーい、ヨユウこいてるじゃーん。いいのー?」
とかニヤニヤベラベラ並べながら牌を捨てるBと。
「ロン」と冷たく発するCが、
「…………ぁああッ! 裏切ったぁあああああ!」
元々先にズルをしてたから、構わないよね。
結果は、私。C。ラミィ。B。となった。
「なんでだよぉー。オレがケツかよぉー」
「テメェ……俺の順位、気にしてたか? オーラスだぞ」
「いいんだよー。あそこでラミィに振り込ませれば、ラミィが最下位ジャン」
ラミィが振り込まなかったらどうすんだろ。Bなら『えー。オレが最下位になる訳じゃないしー』とか言いそう。多分。Cも同じく考えたらしく、それ以上は言わないで、ただ財布を取り出してた。五百円玉をリーチみたいに放る。
「並。……汁抜きな」
同じくラミィも500円玉を机に置いた。
「オレは普通の。……野菜全マシで。ソースまかせる」
私も真似る。でも置くのは100円玉。お金ないから、とも思ったけど、なんでか財布にはお金がいっぱいあった。年末年始は三人に奢ってもらおうとか思ってたんだけど、なんでだっけ。あんまりお腹空いてないなぁ。でも何も食べなかったら夜まで持たなそう。あ、そうだ。
「コールスロー食べたい」
私が言い終わると、負けた悔しさからプルプル震えていたBが叫んだ。
「吉野家! サブウェイ! ケンタッキー! あと優柳の姉さんはカネ足りねーから。お前らーイジメかー? そういうのよくないぜー? 駅周辺まで駆けまわってこいっつーの? 近くのフレッシュネスでいいんじゃないん?」
その台詞に、Cが噛み付く。
「ちげぇ、松屋だ。地味な横着してんな、クソが」
松屋は駅の向こう、対して吉野家は駅のこっち側である。
「あー、やっぱオリーブとピクルスだけマシで」とラミィ。
「細かいなぁ。5円玉ないよ」と私。
要するに三人とも聞く耳を持たないのであった。
「もういいよ。……優柳先輩? 原チャ貸して下せー?」
「あー、やだ」
「なんでー? ……ですか」
こんな時だけ慣れない、しかも取って付けたような敬語を使うから…………ではなく。
「免許もってないでしょ」
「いってーきまーす」
そうして、私達は遅い昼食を取った。そしてそのまま、溜り場の公園で何をするではなくお喋りに興じる。
私はチラリと公園の入口に視線を向けた。そこには原動機付自転車が止めてある。
私は免許を持ってる。
そして私達は原付を持ってる。
『負けたら言いなり』ゲームは、麻雀だけじゃなく色々と形を変えて事あるごとに突然起る。
それは体力が皆無な、それこそ買い出しに行ったら平気で何時間も帰ってこれない私も例外じゃなかった。
その対処が、原付だ。
いつか免許をとるから、と四人で、一円単位の割り勘で買ったんだ。名義は私。
そのおかげで、夕飯が0時近くなって『遅ぇよ』『うわぁ』『クソが』なんて罵られることも無くなった。
私をゲームから外すなり、自分たちで買いに行くなり……わざと私を勝たせればいいのに。
三人がそうする事はなかった。
三人がそう口にした訳じゃないけど、それが三人の絶対のルールみたいだった。
私がどんなに歩くのが遅くても、関係なく、ずっとぶーたれながら、待ってたんだ。
三人だけのルールが、今や、四人のルールだから。
それを感じられたから、原付が無くても良かったけどね。
私が珍しく心地いい感傷に浸っていたというのに、三人はずっと下らない話をしてた。
Cがまくしたててる。
「――――そしたらさー、うちの班長がー『俺は! お前のパンツを洗うために! 生まれてきたんじゃあないッ!』とか言って泣き出しちゃってさー」
「パンツ洗うために生まれてこられたら、マジ困るな」とラミィ。
「ウゼェ……。洗えよ。……マジで」とC。
「だからさー、言ってやったぜー。『すんません! 靴下の方でしたか!』ってさー!」
「あー、オチが弱かったな。……27点」
「煽んな、ボケが。大人しくパンツ洗っとけ」
ほんとに下らない。私はただ聞いてるばかり。
話はオチてないのに、陽は落ちてるから救いようがない。
「おい」
不意にラミィが声を掛けてきた。Bはともかく、珍しくCまでもが私をじっと見てた。気づけば、そこに会話は無かった。なんだろう。若干、真剣な空気を感じた。
パンツ洗えとか言われたらどうしよう。
「テメェ、なんか様子がおかしいぞ。いつもだったらここで『話はオチないに、陽は落ちちゃったね』とか下らない事言うだろうが」
「あー……言わないって。そんなダジャレ」
思ったけど。
ラミィはじっと、真っ直ぐ見てくる。
「なんかあったのか?」
あった、といえばあった。でもそれはもう終わった事で、今の私は普通な筈だ。自分でも、いつもとの違いなんかわからない。でも、まだ胸のどこかで尾を引いてるのかもしれなかった。
「別に?」
Bが割ってくるように口を開く。
「だからー、ラミィがふごぉ!」
「あ? なんだよ。よく聞こえねぇよ。『ふごぉ』?」
Bが余計な事を言おうとしたらしく、ラミィに口を抑えられていた。ついでに摘むようにして鼻も抑えてるから、声どころか息もできそうにない。
少し助かった。
やがてギブアップ、とラミィの腕を叩くBは解放される。
「…………死ぬかと思った。マジで息できねー。なにその技。教えてくれー」
「はぁ? ……こうやって――」
などと窒息クロー道場を開いてた。しばらくすると。
「って、じゃなくてさー! そろそろ時間だろー?」
私の寮の門限までは、あと一時間以上ある。それでも。
「おぅ。じゃ、行くか」
そう言ってラミィは立ち上がった。
原付がない頃は『危機管理できない馬鹿女』な私を門限に間に合わせる為に。
原付を入手してからは、時間ギリギリまで連れ回され、帰ろうとすると文句を言われた。
そして今は。ラミィと二人きりになれるから。
私達が付き合い始めたのを知った(というかその場で覗いてた)Bは、冷やかし混じりに、露骨に気を使うようになった。その一端がこれだった。
最初は文句を言ったりしてたラミィも、というかそれでケンカしたりしたけど、今では割合、素直に従う。
私は公園から離れる。原付を押すラミィの横についた時、
「じゃなー!」とBが叫んでいた。振り返ると、手を振っていた。でもそれは、変な形の握り拳だった。なんだろう。ラミィだけに伝わる何かのサインだろうか。
私も真似してみる。
こう、親指だけ、人差し指と中指の間に差し込んで……。
私がその握りこぶしを真似しようとしていると、突然、隣に居た筈のラミィがBに向かって走って飛んで行ってた。「え」と横を見ると今まで支えられてた原付が倒れそうになってて、私はそれを抑えようとして、抑えられる訳無く、一緒に倒れこんだ。重い。痛い。
なんなの?
走りるフリをした脅しかと思ったんだけど、ラミィは本気で『ちっと痛い目見せてやる』とか思ってるみたいで、スプリンターさながらに風を切ってた。
対するBは『やべーっ!』とか笑いながらラミィから逃げ始めてた。
私が膝を払いつつ立ち上がると、何も言わないCが無言で原付を起こして、沈黙のままスタンドを立てた。
「あー、ありがと」
当然、返事なんか無い。今でも背が低いのに、力はあるなぁ。力が無いと、あの二人と一緒に居られないとは思うけど。その10分後、ラミィがBをいてこまして帰ってくるまで、私はひたすらCに話しかけ、無視され続けていた。
「やきいも食べたい」
私のその一言で、進路が決まった。寮と反対方向へ二人で歩き出し、駅前へ向かって、結局やきいもは売ってなくて、代わりにたいやきを買って、食べながら寮へ歩く。
着く頃には、きっと門限の直前だ。
「それで次の日、サッチが枕買ってきてー」
それはラミィがサッチの事を聞いたのがきっかけだった。
「低反発枕すごいよー、298もしたとか言うから、私の枕と取り替えた。次の日、感想を聞いたら『すごく良かった』って。あと『優柳の匂いがした』とか言っててー」
「…………気付かねぇのかよ」
「あー、カバー外して中身だけ取り替えたから」
「そういう問題か?」
「サッチだから」
私がそう言うと、薬でおかしくなったサッチを思い返したらしいラミィは、しばらくの沈黙後、応えた。
「なるほどな」
その時は薬飲んでなかったんだけど、ラミィからすれば納得だろうなぁ、とは思う。
「んで? ダチからパクった枕はどうだったんだよ」
良心の呵責を刺激したいらしくラミィは不敵に笑うけど。
「なんか枕使ってないみたいだった。首が痛くなった。……でー、それ言いつつサッチに白状して、返してもらおうとしたら『優柳ヒドイ!』って言われてー。……結果、今でもその枕で寝てるよ」
「自業自得ってヤツだ」
ラミィがカラカラと笑いを発して、それが消えた時、寮の駐輪場に着いた事を知った。駐輪スペースに原付を押し込んで、鍵を放り投げられる。それを受け取った時、ちょっと思いついた事があって、試してみる。
「じゃねー」
そう言って私は踵を返した。会えるのは、もう明日。今日が終わる。二人の時間が無くなる。なのにそんなアッサリとした別れに納得のいかないラミィは。
『待てよ』って台詞と共に、私の手が引かれる。振り返ると、ラミィが近い。その表情は迷うようで。その一瞬の躊躇いが積み重なってラミィは動けないで居る。
『ん? どしたの? ……ん? 何?』
やはりなんとも思ってない風の私を見て、迷いと躊躇いを振り切る。
『どーしたの、急に』
『黙ってろ』
そのつぶやきを踏ん切りとして、きょとんとしていた私の肩を掴んで、覆いかぶさるように引き寄せて。私の唇が――――強引に奪われる。
………………なんて事にならないかな?
ラミィは雰囲気作るのもヘタだからなぁ。私も上手いワケではないけど、一応年上だし、うまーく、そういう風なカンジになるように仕向けないと行けない。楽しいし。
あの時は上手くいったんだけどなぁ。
「おい」
ん? 背中に声が掛かった。おー。上手くいった?
でも予想と違い、手を引かれたりしなかった。待ちきれなくて振り返ると。ラミィは私に近寄ってすら居なかった。この根性無しめ。
しかも。
なんだか割りと、真剣に思い悩んでいた。これはそういう雰囲気にはなれそうもない。
さっさと切り上げて、また明日だなぁ。
「どーしたの? ラミィこそなにかあったの?」
「はぁ? ……別になんもねーよ」
「じゃー何? 私、帰るよ?」
「あー。クソ」
私の一言がきっかけになったらしく、たどたどしく言葉を作っていった。
「テメェ、もうすぐ卒業だよな」
「そだねー。ラミィもね」
「んで、一人暮らし初めて、大学に進学するんだろ」
「うん」
「あー……そんで、卒業して、就職すんだろ?」
「うん」
「…………はぁ? 就職決まってんのかっ!?」
「んー? 流れの話でしょ。多分そうなるんじゃない?」
「そうか……。なら、いい」
そう言って、何も言わなくなった。私が本題を待っていると、訝しげな顔をして。
「ぁん? どーした」
なんて聞いてきた。
「それは私が言いたい。なに?」
「別に。なんでもねーよ」
本当に今のよくわからないやり取りがやりたかったらしくその顔にもう悩む色は無い。なんなんだろう。
「まぁ、いいや」
その私の呟きを踏ん切りにしたみたいで、抗えないように力強く肩を掴まれて、覆いかぶさるように引き寄せられて。私の唇が――――強引に奪われる。
しかし、触れたかどうか解らない程の一瞬だけ。
もう少し、上手くならないのかな。こう、まったりなカンジに。見あげれば、まだ目を瞑って不満気な顔をしてる。
照れすぎて一歩も動けないし、一言も発せないんだ。
もうこうなってしまったら、舌打ちぐらいしかしない。
「雰囲気って言葉、知ってる?」
「知らねーよ」
おぉ。舌打ちの代わりに喋った。少しは成長してる?かくいう私も、心臓が痛い。びっくりしたから。……だけじゃない、とはわかってるけど。いざこうなると思考が急速冷却状態になって下らない評価をしたりし始めるからどうしようもない。
未だ仏頂面のラミィを数秒見上げて、その表情を堪能してから、お腹をつついて。
「あと四回」って言ったら、真っ赤になるのを通り越して、絶望に青くなってた。
「なんで四回なんだよ……ッ!」
「昨日分と一昨日分と以下略」
でも、私がこう言い出したら後に引かない事も知ってるし、ここで引いたら翌日辺りに私から件を聞きつけたBとCに煽られ、冷やかされるのもラミィは解ってるから。
大きくて、ごつごつした手が、私の顔半分を包む。
そのまま、啄むように、三回、唇同士が触れた。……四回って言ったのに。震えて、触れたか触れてないか解らないキスまで、ラミィの中ではカウントしちゃったらしい。
『よくできまちたねー。えらいでちねー』
昔、似たような状況になった時、照れ隠しで言ったらブチギレられて三日間ぐらい口聞いてくれなかったから、ここの応対はシンプルにしなくてはいけない。
照れ隠しすら許してくれない、鬼のような彼氏を持つと苦労する。構成員くんもその気があるから、サッチは気をつけた方がいい。なんだか、頬が熱くなって、思考がグルグル回ってひたすらどうでも良い事を吐き出し続けてる。
「じゃーね」
私はお腹をつついて、踵を返した。少し振り返ると、ラミィは不機嫌な顔して棒立ちしていた。寒くないのかな。寮の自動ドアをくぐりながら横目で見ると、まだラミィはその場に棒立ちしていた。エントランスに入って、ラミィが見えなくなってから待つこと三拍。また自動ドアを出る。ポケットに手を突っ込んで、不機嫌そうに歩いて行く背中が見えた。
なんだかそれがおかしくて、
予想通り過ぎて、私は笑ってしまった。
『危機管理が出来ない馬鹿女』で良かった、って。




