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朧車  作者: 赤丸朧
幕間
20/51

幕間

 午前中いっぱいを使って、先輩を病院に連れて行った土曜日の昼さがり。戻ってすぐ、俺は先輩達の校舎、その屋上に続く踊り場に向かっていた。


「構成員くんも屋上の鍵、持ってるの!?」

「いいえ。僕は持っていません。扉に用があるんです」


『扉?』と隣を歩く先輩が小首を傾げて顔を覗きこんでくる。


 もし、素知らぬ女子がこんな態度を示したら『何を媚びているんだ』と俺の中で評価を三段階ほど下げなければいけないというのに、何故か先輩がやると目を逸らしてしまう。目的遂行中である今はどうにもやりにくい。


 先輩は病院が終わっても俺のそばを離れようとしなかった。たとえ一人でも日常生活は卒業までという条件付きで、一応可能だと聞いてる。麻薬を摂取していても全ての理性を失ってる訳では無いが、恐らく、自分がおかしな目で見られるであろう事を肌で感じているんだろう。


 だから彼氏《俺》の所に来た。

 それも織り込み済みだった筈なのに。悔しさに歯噛みしたくなる。


 階段の先を登っていた先輩が、不意に振り返った。


「あ、そだ。お昼食べいこー! あっははは!」

「そうですね。どこがいいですか?」

「昨日! 昨日話たでしょ! あの――」


 俺は普通に、構成員としての対応を守れているのか? もし食べに行こう、と言ったのが優柳先輩だったら、俺は即答で同意したのか? 恐らく『呑気ですね』と言って、後は特に考えない。今は、先輩が笑ってる。喜んでる。楽しそうにしている。それだけで俺は……同意してしまった。一緒に居るだけで、その顔を見ているだけで――――胸がしめつけられる。


 それが自己嫌悪だったらどんなに良かったか。


 優柳先輩が薬を渡してくれて。先輩と顔を合わせたあの寮の前で。変わってしまった先輩を見て。


 何故かはわからない。でも初めて、はっきりと自覚した。


 自分だけの欲望こいを。


 ――――早く、薬に頼らない方法を見つけるべきだ。


 今その方法を見つけたなら、躊躇わず出来る。

 だがこの後、一緒に食事をして……恐らくそんな事すら俺は嬉しく感じてしまうだろう。


 それを経た明日は。一週間後は。一月後は。半年後は。一年後は。……それよりもっと時間がかかったら。


 その方法が上手くいって、正気に戻ったら。恐らく先輩は俺を軽蔑する。


 今、俺に向けられる笑顔が、嫌悪に変わる。


 それが俺に出来るのか? 今なら出来る。俺が正気で居るうちに、なんとか見つけたい。


 その為にも手掛かりを掴める地位に居る必要がある。今は目の前の優柳先輩の件に、難なく収拾をつける事。今の所は何の障害も無いが。もし失敗したら、正気に戻った先輩が俺を見る目は軽蔑では済まない。少しは気合が入るというものだ。


「扉ってなにー? それってすぐ終わるの?」

「どうでしょう」


 階段を登りきって、踊り場まで来た。一応、小脇に抱えて持ってきていた工具とノートパソコンを床に置いた。


 (ペンタクル)6から『扉に細工したみてーだ』という報告、それに伴う優柳先輩の尻拭いをしにきた。P6は『そんなの補佐部(カップ)にやらせりゃよくね?』とか言っていたが、それではダメだ。構成員としての地位を築かなければならないのに、他人に頼ってはそれが遅れる。それに自分で出来る事は自分でするべきだ。


 俺は扉に近づく。パッと見は何も変わらない。扉の隙間じゅうに木工ボンドが溢れんばかりに詰め込まれていた時の為に工具一式を持ってきたが、必要無さそうだ。しかし細工とは一体なんだろう。よく見れば。ノブの鍵穴が何か金属のような物で詰まっていて絶句する。


 工具を所持しておいたのは正解だったようだ。

 流石、優柳先輩だ。…………褒めてるんですよ、これ。


 居もしない人に、内心で嫌味を言いながら、工具を取りに振り返った所で。


「あ」


 先輩が何かに気付いたみたいに声を上げて、踊り場の隅へ駆けていき、しゃがみ込んで何かを拾っていた。


「なんですか」

「鍵……かな?」


 何故疑問形なんだ。先輩は俺に近寄って、掌に乗せたソレを見せてくれた。それは鍵の半分だった。本来あるはずの挿し込む部分が無い。その無くなった部分はまだノブに刺さったまま。


 先輩は折れた鍵が珍しいのか、じっとそれを見てた。


「これ優柳のかな?」

 珍しさではなかったようだ。


「先輩を屋上に行かせない為にそうした物と思われます」

「そっかー。……これも吉祥天かな? 屋上に行ったらわたしが死んじゃうから?」


 その声色に悲壮感は無い。だが先輩は笑ってもいなかった。

 俺は先輩の手にした鍵を預かり扉のノブと見比べる。


「あの時、先輩は体育館に居ましたし、体育館で。…………。ですから、関係無いでしょう。そもそも鍵は、偶然で割れるような材質で作られません」


 口から出任せであったが、あえて断言した。優柳先輩の意志なのは間違いないからだ。


「あはは。そっかー! これ、要らないって事でしょ? 貰ってもいいのかなっ!?」

「構わないでしょう。ですが……こんな物を?」

「優柳ねー、これ、すっごく大事にしてたんだよ!」

「そうなんですか」

「うん! 一週間、全部の授業サボるくらい! これわたしが抜く! あはっ! いい?」

「はい。お願いします」


 工具を差し出すと先輩は受け取って、扉の前に膝立ちした。がちゃがちゃと手際悪く工具箱を開け、どれを使うか迷っている。


 大事にするのと授業をサボるの因果関係は不明だが、先輩は確信してるようだ。


 大事にしていた物を先輩の為に折った事が嬉しいのか。

 P6の報告を思い出した。


「優柳先輩は少しも迷わなかったそうですよ」

「……えへへ。そっかぁー!」


 本当は違う。


『細工したみてーだ』『みたい、じゃない。詳細を』『はー? 早くてよく見えんかった』


 だがきっと変わらないだろう。

 床にあぐらをかいてノートパソコンを広げた。


 見れば先輩は、道具にペンチを選んだらしい。鍵穴を埋めている金属の、ほんの少し飛び出ている部分をペンチでつまんで引っ張ろうと考えているようだったが。


「こ、この……えいっ。……あ。……あれ? ……えいっ。……こらぁっ!」

「全く」


 あまり上手くいってないようだった。ノブと格闘してる先輩を見て、聞かれないように言ちる。あの様子では時間が掛かるだろう。


 その間に、くだんの優柳先輩の交際相手を調べる事にした。可哀そうに。優柳先輩の外面に騙されてしまった男性を憐れむ。きっと苦労してるに違いない。


 学園のデータベースを検索。『ハイム・ラミー・辰』

 同時に、そのきっかけを思い返していた。


『セックスした』『は?』『だからー、セックスした』


 眉ひとつ動かさず、微塵も躊躇いもなく、その台詞を口にした事に驚きを隠せなかった。


 あまりに異常だった為、盛大な勘違いをしてしまったが、誰が俺を責められようか。


 恐らく、彼女の辞書に『恥』という言葉が載っていないのだろう。残念極まりないが、そこは先輩を清純さを見習って――――。


『そういう事は、まだ早いと思うんだよね!!』


 ――――しまった。見習うどころか、毒を撒いてる。この件も対応を考えなくてはいけない。


 そう考えながらパソコンの前で待つこと数秒。検索結果は『該当なし』俺は溜息をついた。アルファベットだったか。HOME、HAIM、LAMY、LUMMY。どんなにスペルを変えても、検索には掛からない。しまった。データベースの自動誤字修正、予測検索機能を当てにしすぎていた為、油断してた。


 あと考えられるのは『辰』の文字か。タツで他の字を使う事なんか無いだろうと、憶測で進んでしまったのもいけなかった。果たして、龍か、竜か……たつ、たつ。


 電話して聞こうか。そう思ったが、もっと速い手段を思いついた。カーソルを動かして、チャットソフトを起動する。そこに文字列を打ち込んで待てば、返答がくる。



P5□そっちはどうだ。

P6○さむい

P5□優柳先輩の様子を聞いてる。

P6○マージャンしてるオレもまざりたい

P6○・・・おいムシかよ

P5□昨日、優柳先輩と一緒に。打ってる途中だったんだ!

P6○はーおまえだけうってんのかよずりー

P5□違う! タイピングだ!

P6○わかるよばーかオレがかんししてんだから

P5□漢字を使え! 苦と雨天をつけろ!

P6○フィーリングでなんとかしろ

P6○つまり「かんじをつかえ」(わらい

P5□優柳先輩の交際相手らしい。性行為による発現の可能性がある。名前はハイム・ラミー・タツ。

P6○いきなりマジモードかよ

P6○それ灰村巳辰だろ

P6○だれだよハイム・ラミーってガイジンかよ



「何?」


 画面に浮かぶ文字列を見て、思わず口に出た。灰村巳辰? 完全な日本人の名前じゃないか。


 昨日の夜、優柳先輩は確かに外国系二世だと――――


『ハイム、ラミー、たつ、だよ』

『外国系二世ですか。調べておきます』

『……………………』


 ――――言ってない。否定しなかっただけだ。

 電話を掛けなくてよかった。


『え? あれ? 引っかかってたの? あれを信じて? ……ねーサッチー、構成員くんがさー、変な事言ってる』と馬鹿にされる所だった。危なかった。


 非常に不愉快だ!


 こちらは真剣なのに何故冗談を言えるのか理解出来ない。

 再度、検索を掛けると、今度は確かに引き当てた。しかしそのデータを閲覧しようとしたら画面が真っ白になってしまった。フリーズしたか? そう思ったが、マウスカーソルは動く。


 チャットソフトも止まってしまったか? 適当にキーボードに指を滑らせる。



P5□くぁwせdrftgyふじこlp;@:

P6○あああこわれたふざけてすまんかった



 動いてる。とすると、データベースだけが止まっているのか。それともパソコンの調子が悪いのか。そもそもコードも繋がって無いのにどうやってデータのやり取りをしてるのかすらよくわからない。こればかりは修復出来そうにない。



P5□灰村巳辰に関するデータを送ってほしい。

P6○わかったすぐおくる



 何時になく迅速な対応だ。何かあったのか。まぁ良い事ではある。普段だったら10秒程で終わるデータのやりとりも、5秒ジャスト現在12%。パソコンの調子が悪いようだ。



P5□パソコンの調子が悪い。データベースも止まってしまっている。助かった。

P6○いやそれデータめっちゃおもい

P5□電子情報に質量があるのか。

P6○ちげーよまってればわかる

P5□待つ?

P6○データベースもとまってなくねうごいてんじゃん

P6○がめんひらいてまってろ

P6○これだからしろうとは

P6○つーかなんだこれまじなの?



 俺は言われた通り『灰村巳辰』の画面を開いて待つ。

 真っ白だった画面が数分後、文字の波に埋め尽くされる。


 合間に踊る、画像イメージファイル参考文献ハイパーリンク


 押し寄せるそれらを頭に入れる為に。目の前の現実を受け止めるのに必死で。

 その日、先輩と食事には行けなかった。

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