9場
そこは全てが真っ暗。例外は二つ。寮の部屋から漏れる微かな光と、感覚が開きすぎてる白い街灯だけ。その中をスキップしてからくるりと一回転。サッチが叫ぶ。
「シャワー浴びた後に、真冬の夜を散歩って、正気!?」
言いながらもう既に外に居る。爆笑しながら真っ先に自動ドアを潜って走りまわってた。私は未だエントランスで渋っている。……っていうか、エントランスでいいんじゃないかな。それでも今のサッチを口だけで引き戻すなんてできなさそうなので、私も出る。
「すごいね、構成員くん! 寮の門限、破れるなんて!」
「そうだねー」
一部の生徒が出来てるのに、構成員が出来なかったら嫌。
サッチのテンションが高い。門限破って夜遅くに出歩く事が無いから、楽しいんだろう。
「あーーーーー」
顎が震える。
「あっはははははは!!」
私が凍え死にそうなのを見るのも、楽しいらしい。友達がいが無いなぁ。
さっきの構成員くんの話を思い出して、
「ねぇー、サッチ」
「ん?」
「構成員くんの事、好きなの?」
つい聞いてしまった。まともに返事は期待できないのに。
「えー! うーん。……嫌いって言ったら!?」
「私がもらう」
「じゃ、好き! 大好き! 愛してるー! あっはは!」
『別に? なんとも思ってないよ』なんて言葉は聞きたくなくて。ただ物珍しさに惹かれてるサッチの心境を利用して、それを言わせた。なにしてるんだろ。私は。
「どんな所が?」
なのに、なんで繰り返すのか。
『眼鏡!』とか言うに決まってるのに。
サッチはそれまで弾んでいた歩みをピタリと止め、目を閉じで『うーん』と悩む。乾いた冷たい風が舞って、私の肌を刺した。ゆっくりとサッチは振り返り、
「眼鏡! あっはははは!」
……ホントに言った。しかも考えた上で。爆笑付きで。
もう、いいか。何を期待したんだろう、私は。
「あー、ごめん。やっぱりなんでも――」
「あのねー、昔ー、……2年の初め頃? 最初はフツーだったのに、なんか突然、ケンカが始まったの!」
「え? ……うん」
「新入部員の男子が二人。すごかったよー! あっはは! なんか『部活を辞めろー!』『無理だー!』とか。もー、体育館中にバーンってなるような怒鳴り合いで! でもさー、酷くない? 自分も部員の癖に、部活辞めろ! だってさ。周り、バスケ部員しか居ないのに。サイッテー! て、思ったよ。酷いよね!?」
「うん。ヒドイね」
私とサッチは並んで、ゆっくりと、真っ暗な道を歩き始めていた。
「どーして周りの気持ち、考えないかな! わたし、そういうの気にする方だからすっごいヤだった! うざい! ……まー、それは置いといてー」
「え。うん」
「ストーカーだよ! 10日くらい前はね? そう思ってたの。ペンタクル5さん。よく解らないけど、一応常識はあるみたいだし、真剣だったし、一週間だけって約束したから、相手してあげたんだー。……そしたら、自分に吉祥天があるってわかっちゃって。あー! もう、最悪だよっ! 死にたいって思ったぁ。なんかね、そしたら怒鳴られたの」
「怒鳴られた? なんて?」
「んへへ~。それは教えませんっ! それでね? びっくりしたけど、ドキドキしてー……思い出したの! あの時の、ケンカしてた新入部員だっ! って」
スキップでもしそうな、軽快な足取りが止まる。その時の事を思い出してるのか、『あー』とか言いながら、真っ直ぐ、黒い空を見上げてた。
「それでね、わかったの。その子はね、構成員で。辞めろって言ってたのは亜因果か何かの為で。周りを気にしてなかったのは……周りを気にできなかったんだ、って。すごく、真剣なの。自分は亜因果とかペンタクル5だとか、必死に隠そうとしてた癖にそんなの忘れて怒鳴っちゃうの。それだけ……相手の事しか、見えてないの」
「それで好きになっちゃったの?」
「え? ちがうよー。あっはははは!」
「え」
「なんだこいつー! 不愛想だな! って。死んでやる! って思った。自分勝手だし? 助けられるなら助けてみろ! って思ったよ。だってそんなの無理だし。そういうの、すごく嫌! 出来ない癖に……助けて欲しいって思っちゃうでしょ!? 優柳もだよ!? 忘れてないからね!?」
「え? あ、うん。ごめん」
「でねー。……そう! 優柳が現れたでしょ!? そしたら構成員くん、今度は優柳の監視するって言うしー……。わかるよ? わかるけど……ふざけんなぁぁ! って思うでしょ?」
ごめん。よくわからない。
「わたしとの一週間はなんだったの!? 終わったらそれでいいんですかっ!? むかついた! しかも、終わったー! と思ったら、それ嘘だったし! サイッテー! 会長に撃たれちゃえ、って思った……」
体育館で、会長が構成員くんに銃を向けた時、サッチは。
「ホントに、思ったんだよ? 撃たれちゃえって。でも、よくわからないけど、身体が動いてて。押し倒した!」
『うぅー! あの時はホントに――』と、しばらくひたすら不満をぶちまけるサッチ。
しばらくそのまま歩いて、ふと、会話が途切れた。
無言の中、やがてポツポツと言葉を浮かび上がらせる。
いつからだろ。
怒鳴り合いのケンカを見た時?
――――――ハッキリと自分の意見を通す、ぶつけあうなんて自分には出来ないから。
ストーカーされた時?
――――――結構、楽しかったんだ。麻雀覚えたし。
怒鳴られた時?
――――――理由を、意思を、感情を知ったから。
くじ引きしてた時?
――――――ずっと真剣な目で、真っ直ぐ見てくれたから。
優柳に乗り換えた時?
――――――嫌だって思ったから。
「わかんない。だからどこがー、って言われても、わかんないかなっ! あっはははは! でもね――――」
――――――好きなの。
「そっか」
その後、サッチが意味ありそうな事を喋る事はなかった。
そのまま、寮に戻ってくる。
「もういいか、聞いてきて。ちょっと早かったから」
「はーい!」
エントランスの自動ドアを入っていって、構成員くんの所に戻るサッチの背中を見てた。
ふわり、ふわりと私の中に言葉が浮かんでく。
亜因果に振り回され、怒鳴り合いをする構成員くん。それに興味を持ったサッチ。サッチを見て、構成員くんは志願して、力をつけた。その途端に発見される(筈の無い)サッチの亜因果。数日、一緒に同じ時間を過ごす二人。その中で(何故か)自覚してしまう、自覚こそが不幸をもたら筈の吉祥天。傷心するサッチは実家に帰り、そのお陰で私は男を部屋に連れ込めて。その時の会話がきっかけで亜因果が発現し、サッチを助けた。
『吉祥天を知る普通の友人』と『サッチを守る強き恋人』が同時に揃った。
不意に、私の脳裏を過る。
『吉祥天に例外はありません』
構成員くんは薬に頼らない方法を見つけ出すんだろうな。
『目の前で不幸が起こったとしても』
亜因果に、薬に、傷ついたサッチを癒して。
『その先にある幸福の布石でしかないんです』
そして二人は――――。
それは確信だった。――――全て、吉祥天か。
構成員くんは気付いてるのかな。どっちにしても、だからといっても、
「優柳ぃー! 大丈夫だって!」
私が何か言う事は、無い。
「ん、わかった。……ねぇ、サッチ」
「ん?」
「今、幸せ?」
「天にも昇る、ってヤツかなっ! あっははは!」
――――知らなければ、幸せで居られるんだから。
第二幕 幸せの昇天 了




