6場
そのままサッチはポタージュだけで小さなお腹を一杯ににし、私は苦しくなるくらい食べて、 殺し屋ちゃんは甘ったるい紅茶をちびちび飲んでた。
意外にも殺し屋ちゃんは、私達が食べ終わるまでずっと席に座っていた。ただ、食べ終わると何も言わずにどこかへ行ってしまった。
「あぁぁ、苦しい。歩けない」
「あっはははは! 歩いてるよ? 優柳」
なんて言いながら、寮への夜道を歩く。多分、亀のほうが早いんじゃないかっていう速度だ。
食べるのにも体力を使うのか。着ているコートが水を吸っているみたいに重く感じた。
今日は散々な目にあった。走り回ったし、いっぱい転んだし、蹴り飛ばされたし、床に押し付けられたし、お腹が破裂しそうだし。
食べるのに掛けた時間の半分位を使って寮の前まで来た。点々としていた生徒たちがエントランスに吸い込まれていく。明るくお喋りしながらであったり、練習に疲れきって一言も発せないままと様々だ。そんな中で、一人だけ動かず、エントランスの明かりを背に受ける男子生徒が居た。
「あ! 構成員くーんっ!」
サッチが気付いて駆け寄っていく。体育館での一件以来会ってない筈だけど、その声には明るさしかなかった。
「お勤めご苦労さまデスっ! もう嘘ついちゃダメだぞ? 特にわたしには! なんちゃって、えへ。……あ、それとシャワーも覗いちゃダメだぞ? あっははははは! あ、夕食は?」
サッチは、構成員くんの表情を伺いもせず、捲し立てる。構成員くんは何も応えず、ただサッチを見ていた。相変わらず表情に力は無い。しばらくしてようやく、サッチはその表情に気づく。『どうしたんだろう』と小首を傾げて、構成員くんの顔を覗き込む。そうされても、構成員くんは動かず、じっとサッチを見てた。
やがて後を追う私を見つけ一瞥すると、無理やりな笑顔を作ってサッチに向き直った。
「僕は……もう摂りました。先輩達も今ですか」
下手糞だなぁ。笑顔も、取り繕うのも。
「うん、そだよー! ポタージュ定食ッ」
「ポタージュ……定食、ですか」
「優柳はねー、なんか変なの食べてた! あっはは!」
「優柳先輩は……変なの食べるでしょうね」
さっきから、構成員くんはサッチの言葉を繰り返すだけで、会話してる。その抜け殻みたいな対応は、会話と呼べるのかな。聞いてられず、見てもいられず、口を挟む。
「自首して来たんだって?」
少しだけ、構成員くんの表情に険しさが戻った。
「誰から……。いえ、その通りです」
「その通り、かぁ。犯罪者扱いするなーとか思わないの」
「犯罪者ではありませんが。重大な過失です。それで、誰から聞いたんですか。もしや――」
「うん。殺し屋ちゃんが来た。さっきまで一緒だった」
「は? そ、れは」
私の発言に目を見開き、意味を理解し、表情が一層鋭くなる。
「会長を殺したんですか。遺体は何処へ?」
周りの生徒を気にしてか、声は小さく、視線は目立たない様に周りを伺っていた。もしや、の予想から外れた人物だったらしい。それはわかるけど、なんで殺したって事になるんだか。
力無かった表情は構成員モードに戻ってる。責めたり怒るというよりは、迅速に隠蔽を図ろうとしてるように見える。
「なにそれ。なんでそうなるの」
「えっ……。貴女方がこうして無事という事は、その、処理したからでは?」
処理って随分だなぁ。殺し屋ちゃんと会って、私達がのうのうと出来るのは、殺し屋ちゃんを処理した上でしかありえないらしい。
「殺し屋ちゃんは……何? 私を殺しに来てたの? 別に普通だったよ」
普通じゃない事もされたけど。『システム制音』とか。
「僕が始めて貴女に会った時の事、覚えてますか」
屋上? では特に何もなかった。寮の部屋の事かな。それだったら忘れもしない。いきなり拳銃、突き付けられた。
「正直、あの時はかなり迷いました。その場に居た僕と先輩が既に亜因果を発現してたからいいものの……。ですが、貴女は恐らく他の生徒が居ても行使したでしょう。本当にそうなる前に、と。先輩の目の前という事もありましたから撃ちはしませんでした。今にして、それで良かったとは思いますが……」
憤りを感じさせつつ、べらべら並び立てる様を見ると、調子戻ってきたじゃん、なんて思う。
「殺し屋ちゃんの立場だったら、私を殺すんだ」
「はい」
真剣に即答された。殺し屋ちゃんも言ってたっけ。亜因果を知ると亜因果を発現させてしまう、とか。
「それは貴女の人となりを知らない場合の話です。いや、知っていても、というか、知っているからこそ不安な気もしますが」
顎に手を当てまじめに貶めてくれた。ただ最後に『しかし、無事でなによりです』と、しめた。
「で、何しにきたの?」
後ろでサッチが『優柳ひどーい! 後輩が慕って来てくれたら、先輩は優しく迎えてあげるんだよ? あっはは!』とか言ってたけど、煩いから無視。
構成員くんて、何かしら目的が無いと現れないじゃん。朝も、結局、偽薬が効いてるか見に来てた訳で。
「薬の用法と用量を伝えに来ました」
「それ、殺し屋ちゃんから聞いた」
『そうですか。ではあと一つ』なんて呟いて、歩く。蟻でも眺めてるのか、植え込みに向かってしゃがみ込むサッチに近づく。
先輩、と小さく呼ぶと、サッチが立ち上がって大きく返事した。ただ、言葉は続かず、二人は見つめ合っていた。サッチは不思議そうに。構成員くんは何かを考えているみたいに。
ふと、構成員くんが振り返る。
「優柳先輩、外していただけますか」
「なんで?」
「まぁ、別に構いませんが」
そう言って、またサッチに向いた。
「先輩。僕と付き合って下さい」
「えぇぇぇええええええ!!」
理解不能で頭の中が空回り。ただ見てる事しか出来ない。
サッチの雄叫びに反応した周りの生徒が、二人に視線を注ぐ。それに向かって『あ、すみませーん』と困り顔で謝罪を振りまくサッチ。顔を驚きに戻して。
「…………真剣に?」
「はい」
「…………真剣で?」
私に聞くな。こっち見るな。目の前の眼鏡に聞け。
「構成員くんって、わたしの事好きだったの!?」
「好きです。だから、側に居させて下さい」
サッチは一瞬固まってから、私に駆け寄ってきた。こっち来んな。
「どうしよぉ~~~~! 告白されちゃったよっ!!」
イラっと来た。しかも本人は小声で言ったつもりなんだろうけど、それは殆ど叫び声に近い。構成員くんどころか、周りの生徒にも聞こえてる。その証拠に、足を止めはしないものの、ニヤケながらエントランスに入っていく生徒が何人か居た。そしておそらくサッチの素性を知っているだろう生徒が走りだしたりしてた。早くも情報の拡散に入ったいるみたいだった。野次馬を集めに行った、という線もありうる。
「これ、オーケーしたら付き合えるって事だよね!?」
「…………あー」
私は様々な思考が入り交じって、応えられずにいる。結局サッチは私の応えも待たずに、また構成員くんの方へ駆け足で戻っていった。なんの為にこっちに来たんだか。
もじもじしながら言葉を作るサッチ。
「えっとー。…………ど、どうしても?」
「はい。どうしても、です」
「~~~~~ッ! よ、よろしくお願いします。…………ああああああああ! 言っちゃったぁぁああああ!」
そのまま叫び声を上げながら、サッチはエントランスに走りこんで、曲がり角を過ぎて消えた。中からサッチの爆笑が小さく聞こえて、元々、中に居た生徒がギョッとしていた。『ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします』なんて構成員くんが言ってたのは、多分、微塵も耳に届いていない。
構成員くんはサッチの消えていった寮のエントランスをずっと見てた。私はそんな構成員くんの横顔を見ていた。しばらくしてると、半野次馬化していた生徒も、エントランスに入っていく。やがて元の、時折帰る生徒が目に付く、普段の夜の寮の前に戻った。
自動ドアの横、建物の壁に寄りかかって腕組みをする。構成員くんも人一人分の間をあけて隣に立った。二人して、寮の前を歩いて行く生徒達を見ていた。
「なに考えてるの」
構成員くんを見ず、言葉を発する。きっと私の声は、多分に責める色を持ってる。視線まで合わせたら……声を荒げてしまうかもしれない。
サッチの監視してたって事は、あらかた、サッチの情報も知ってる筈だよね。今まで何度か告白されてた。その度に怖気付いてOKを出せなかった。でもずっと『カレシがほしー』とも言ってた。どうせ自分から何もしないし、告白されては断ってたから、私は無視してたけど。
薬を飲んでる今のサッチは怖気付かない。
――――怖気付けない。
「今だったら断られない。……そう思ったわけ?」
「その通りです」
まるで悪いとも思ってないような即答、口ぶりに、つい視線を動かした。
「…………なに、その顔」
「別に。普段通りですが」
そう。普段通りだ。普段通りの、強い義務感と使命感を胸の奥底に溜め込んでる顔。
もしも。
もしも、あの地下の時みたいな顔を少しでも見せたなら、今がどんな状況だって、私は冷やかしたり、素直に祝福できたりしたかもしれないのに!
「サッチの事、好きなんじゃなかったの」
なのにどうして、今のサッチ、普通じゃないのに告白なんかできるの。
「僕に先輩を好きでいる資格はありません」
気に入らない。
構成員くんの表情と胸中を見てないサッチも。
今のサッチを義務感で利用して、自分の願望を殺す構成員くんも。
――――気に入らない。イラつく。
「先程、何を考えている、とおっしゃいましたか。考えているのはただ、『僕という存在』がこの世で唯一、自分の思い通りに動く人間だという事です」
意味わからない。
私が何も言わないのを確認した後、構成員くんは歩き出した。でも、数歩刻んだだけで立ち止まる。
「軽蔑してもらって結構ですよ」
淡々と告げた。きっと表情も普段通り。
でも、弱った罪人が止めを懇願してるように聞こえた。
そう言うなら、そうしてあげる。でも、それをわざわざ知らせてはあげない。
私が無視すると、また歩き始めて、角を曲がって消えてった。私もそれに倣って、エントランスに入っていった。
部屋に戻ると、サッチが自分のベッドの上で枕に顔をうずめてバタバタしてた。
呑気だなぁ。
「優柳ぃぃぃ~~!! どうしよ、どうしよ!?」
別にどうもこうも無いと思うけど。溜息と共に、私は制服を脱ぐ。指先まで冷え切った身体は部屋の中でさえ寒さを感じない。
「サッチ、いいの? 構成員くんで」
今のサッチがそういう判断が出来る状況じゃないのはわかってるけど、聞かずにはいられなかった。
「あんなの?」
サッチはきょとんとしたあと、ニヤけた。
「そうだよねぇ~。あんなのカレシじゃ、やだよね~」
痛く満足気だった。サッチは別に構わないらしい。
「なら電話してみる?」
「えぇ!? 番号知ってるの? なんで? それ後で消しといてね。……でもなぁ、どーしよ!何話していいかわかんないし、困るよー。えー、どうしよう! どうしよう!」
そう言いながらすぐさまベッドを出て、のこのこ私の前まで歩いてきて、キラキラした眼で私を見上げてた。私は苦笑と呆れを交えた溜息をつきながら、ハンガーに掛けたブレザーから携帯電話を取り出す。構成員くんの番号を押してから、サッチに渡した。
「…………もしもし? わたしー! さっきはめんね!」
すぐに繋がったらしい。困るなーとか言ってた割りに舌の滑りはいい。
さっきのあの場面でサッチが謝る所、あったっけ。むしろ構成員くんは土下座して首をつっても許されない事をしてたと思うんだけど。
サッチは携帯電話を耳に当てながら、のそのそとベッドに戻って、隅っこのほうで正座した。 薬を飲んでても、少しは緊張したりするらしい。
私は構わず、本日二度目のシャワーを浴びに行った。出た時に寒いのはわかっていても、今は温まらずにはいられなかった。寝間着に着替えて、洗面所を出ると、まだサッチは電話してた。ただ格好は大分崩れて、枕を指でツンツンしたり、ベッドの縁を指でなぞってみたり。固定電話だったらコードを指で絡ませる様なリラックスっぷりだった。
楽しいそうでなにより。そしてどうでもいい。
私は途中、部屋に来た弱子から鞄を返してもらって、お礼と称してサッチ温存のお菓子をあげたり本を読んでたりしたけど。やれ『名前はなんだ』『普段なにをしてるか』『最近なにがあったか』『趣味は』『好物は』『家族構成』とか心底どうでもいい会話が背後で繰り広げられ、しかもそれがサッチの声しか聞こえないものだから尚更気になって集中できない。だから混ぜてもらう事にした。
机からメモ帳とペンを取り出して、文字を書く。そしてベッドに腰掛けるサッチに見せた。
『付き合うって事は、そういう事するの?』
えぇー! と言いたげな顔をサッチは作りつつ、自分の話を展開しながらメモ帳とペンを奪い取って、器用に文字を書き込む。
『ちょっと興味あるカモ』
興味ある、の部分がやたら小さかった。そしてすぐに会話に戻る。動じないか、すこし残念。こんなものかな。薬飲んでると、心臓も強くなるらしい。
次はなんて書こうかな。そう考えてると。
「あー、あとね、えー……とね? 付き合ったからって、そういう事するのはまだはやいと思うんだよね!!」
あれ? 今まで『兄姉が居た方がいいか、弟妹が居た方がいいか』って話じゃなかった?
いきなりそんなに話を変えたら……。
「えっ! えぇ! ホント!? やたーっ! あっはは! ……え? うん。そうだよ? ――――じゃあ」
会話が途切れる。まるで余韻に浸るようにサッチは無言で居た。構成員くんがしゃべっているわけではなさそう。私はズリズリと四つん這いでサッチに寄っていく。静まり返った室内で、 顔を見合わせる程に近くに居れば、電話の向こうの声も聞こえる。
『おやすみなさい。また明日』
「うんっ! おやすみー!」
『……それで、優柳先輩に代わって頂けますか』
「ん? はーい」
ヒョイ、と電話を差し出すサッチ。話をいきなり変えたら私がなにかしたってバレるでしょ。私は『話したくない』と手をヒラヒラさせた。
「切っていいよって! ……ん? ……どーしても? …………だってさ!」
またも電話を差し出すサッチ。それを見て思考が回る。
サッチに変な事吹き込んだの、怒られるのかな。そういえば、この番号、何かあったら掛けて下さいって言ってたっけ。仕事用か緊急用なのかな。それをサッチに掛けさせたから怒ってる? 一応電話を受け取る。話したくないなぁ。サッチは受け取った私をじっと見てた。話し終わるまで動かないらしい。
でも構成員くん、サッチと明るくのほほんと会話出来て嬉しかったでしょ?
薬の所為で、それを利用してて、本当は違う形が望みだったとしても。少しは湧き上がる嬉しさがあったでしょ? なんて、言われそうな文句より、一通り言い訳を作ってから電話に出る。さて、どれが出るかな。
「もしもし?」
「あの時――――撃っておくべきでした」
プツッ。ツー。ツー。ツー。
なんて怒りを隠そうともしない、心根からの怨嗟を呟いて電話は切れた。
……全部、当たってたのかも。
でもさ、ムスッとしてるよりカッカしてる方がいいと思うんだ。まだ、ね。




