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朧車  作者: 赤丸朧
第2幕 幸せのしょうてん
14/51

4場


「はーい。そこ退いて」


 私は体育倉庫から取り出してきたモップで、床を拭いていた。土足であがっちゃったしね。


 未だ床に寝っ転がって青春ごっこしてた構成員くんを退かして拭けば、もう終わりだ。

 構成員くんは渋々、といった様子で動き出した。でも立ち上がる事は無く、崩した体育座りに変わっただけ。


 まぁ、いいけどね。拭けるし。


 構成員くんの寝てた所も拭き終わる。あれだけ濃ゆい煙が出てたというのに、ステージや床は綺麗なものだった。粉まみれかと思った。


 モップを倉庫に仕舞って、体育館に戻って、その全体を眺める。

 気付いた時には四方にある扉の全てが開かれていた。


 殺し屋ちゃんが開けたのかな? 煙撒いた張本人だし。


『あれ? 体育館開いてる? 今日ダメなんでしょ?』

『それがさー、五時間目の時――――』

『えぇ!? じゃあ、あの先輩達、それの掃除? うそぉ』


 なんて野次馬が、時々体育館を覗いては消えていった。


 構成員くんは、相変わらず体育館に座り込んでいた。亜因果を隠す学園の構成員の癖に、事件のあった場所で意味深に落ち込みをあらわにしてる。


 ただ、靴を脱ぎ底を上にして綺麗に隣に置いている辺り、らしいなー、とは思う。せめて私がモップ掛けを終える前に立ち直って、サッチに薬を持っていくなり、私に預けるなりして欲しかったんだけど。私からなにかしなきゃいけないのかな。


 サッチには邪険にされるし、構成員くんはブルー通り越してダーク入ってるし、殺し屋ちゃんは意味わからないし。


 どうすればいいのか、さっぱり。


 私は構成員くんから少し離れた所に、腰を降ろした。


 寒いし疲れた。


 蹴られたお腹に、鈍器かなにかで殴られたような頬も、伸し掛かられた全身も痛む。嫌な感じがしたけど、ソックスをめくる。やっぱり、半分固まった血で膝とくっついてた。いたい。 いたい。肘もそのままだ。


「顔も、痛い。……何されたの、私」


 殺し屋ちゃんは拳銃以外、持ってないと思うんだけど、顔面に感じた衝撃は、殴られる比じゃなかった気がする。


「鳩尾を蹴りあげ、身が折れて低くなった頭部に、回し蹴り。……綺麗に入りましたね」


 口調こそ、普段と変わらず淡々としてる上、嫌味っぽい事も言うけど、その瞳は朧げだ。あの怒りすら感じる強さが今は無かった。


 聞いたら、横顔に感じる鈍痛が強くなった気がした。よくもまぁ、顔色替えずに顔面に蹴りかませるねー。そしてよくも黙って見ててくれたよねー。


 それも、置いておいていい。


 今からする質問は、ちょっと覚悟が要るから。正直、モップ掛けしてたのも、床に開けちゃった二つの穴を穿ほじくってたのも、銃口と穴の位置関係を確認してたのも、その時間を稼いだような物。


「嘘じゃないよね」

「どれが、ですか」

「ホンモノの薬がある、っての」

「それは本当です」


 私は天上に向かって、大きく溜息をついた。あの場を乗り切る為のでまかせだったら、どうしようかと思った。……って、何アッサリ信じちゃってるんだろ。

 元々、ニセモノとすり替えるような事したんだし、これも嘘だという可能性はある。


 でも。


 理由もなく一緒に朝食取ったよね。監視するなら、隠れて出来る筈なのに。

 昼には、何故かサッチも呼んで。私の光輪のテストならサッチは明らかに『不必要』だ。


 サンドイッチ落としたサッチに『不運でしたね』とか言ってたっけ。

 あれは仕込みだったの? 吉祥天を確認する為の。


 さっきだって、私が慌ててる時に電話してきた。監視は出来ても、電話しなきゃ詳細がわからないんだ。だから近くで、サッチを見てた。


 ここに来る時だって『先輩は薬を飲んでいます。吉祥天は作用しません』って言った癖に。『先輩が体育館の外へ出た時間』をレトロアクトに聞いてたっけ。結果は不発。


 本当に薬が効いてて体育館に居ないと思ってて、レトロアクトを不発させたいならストレートに『体育館に籠もり始めた時間』を聞くべきなのに。


 そして絶妙なタイミングで私が現れてサッチを守った。明らかに吉祥天が働いてるのを知って、放っておいてもあらゆる『運』がサッチを(肉体的に)傷つけさせないと判断したとか?だから殺し屋ちゃんがサッチに銃を向けて殺そうとしても、何もしなかった。


 なんとなーく、納得できる節はある。それなら。


「なーんですり替えたりしたかなぁ」

「偽薬効果を狙いました」

「さっきも言ってたね、それ。どゆこと?」

「偽薬効果、プラセボ効果と呼ばれるモノです。薬を投与される人間が、その効果を信じきっている場合に、無意味な薬でも、薬としての作用が表れる、というものです」


 なにそれ。そんな不確か、かつジンクスのようなものに頼ったの? それでサッチ、苦しんだんだけど。


「亜因果の場合、この作用が顕著なんです。亜因果自体、理論化されてない現象です。それでも『その人物の主観に大きく左右される』というのは共通しています。光輪を」


 出して下さい、と短く言うので、周りを伺ってから、構成員くんの目の前に作った。


 構成員くんは、現れた光の輪っかに手を伸ばし、握ろうとする。


「物質は三次元空間の上に成り立って居ます。この空間を繋ぐ亜因果、光輪。繋ぐ、という事は、繋がれていない部分と断絶が起きているに等しい。それなのに、僕の手は切れたりはしません。これは貴女が『光輪はそういうモノ』だと認識してるからに他なりません。これと同じように先輩が『薬を飲んでいる間は吉祥天が作用しない』と思えば、その通りになります」


 長い。まぁ、理屈はわかったけど。光輪はその間を行き来できるだけ、切ったりは出来ない。


「理屈はそうでも、上手くいくかわからないでしょ」


 実際、失敗した訳だし。

 私がそう呆れると、構成員くんは溜息を出してから、眼鏡を外した。眼鏡でも拭くのかと思ったけど、違った。


「僕は昔から……時計が読めませんでした」


 何故か語りが始まった。


「それが僕の亜因果でした。時計は読めない。代わりに、時計を見なくても時間が正確に……それこそミリセコンドの単位でわかります。今もそうですが。……ただ、ある時、気付いたんです。読もうと思えば、読める事に。それで解るのは過去と……未来の時間でした。今まで起きた事、これから起る事の時間。素晴らしいものだと、自分には力があるのだと、そう思いました。だから……ある目的の為に……何度も使いました。その結果、気付いたら僕は病院のベッドでした。頭に巻かれた包帯、激しい頭痛と嘔吐感。そこで医師や教師達に言われたんです。『もう未来は見えない。見えるのは遡上した過去だけだ』と。彼等は僕の亜因果に『レトロアクト《遡上》』と名付けました。でも、不思議な事に僕にはその実感はありません。使おうと思えば使える。ですが、教師がこうも言いました。『その頭痛と嘔吐感は反作用だ。観えないのに観ようとしてしまっている。一月もすれば次第に慣れて、頭痛も無くなるだろう』と。……それは、その通りになりました。時計は普通に読めるようになり、『レトロアクト』と発音しないと、亜因果も行使できなくなりました。後で聞かされた話ですが。別に僕の亜因果は変化していなかったそうです。頭痛はただの記憶洗浄手術の後遺症。その頭痛が起きる度に『未来は視えないのに』と独りちて、頭痛が薄くなって行く程『ようやく未来を観ようとしてないんだ』と、強く思いました。結果。先輩と同じ自動型パッシブだった僕の亜因果は、意識型アクティブに変わりました」


 …………あ、終わった?


 長い。経験者だったからです、でいい。

 見れば構成員くんのこめかみは、傷跡みたいに肌の色が少し違う。手術の後、か。


 それを眼鏡のつるで隠してるらしかった。私が気付くのと同時に、構成員くんは眼鏡を戻す。隠す必要、あるのかな。っていうかあまり隠せてない。


 理屈はわかったし、それが有用である事もわかった。でもそれが偽薬かぁ。

 ちゃんと普通の薬を渡せばよかったのに。


 ――――普通の薬?


 って何? 普通にサッチの『運をどうにかしてしまう亜因果』に対抗できる薬? そんなのあるの? 理屈がわからないから亜因果、とか言ってなかったっけ。


 偽薬でどうにかしようとしたくらいだし、ホンモノの薬っていうのも怪しくなってきた。


「本当に薬、あるんだよね?」

「ありますよ」

「なら渡せばいいでしょ」


 そう言うと、構成員くんはさらに俯いて、力なく笑った。そして懐に手を伸ばして……色違いの、赤っぽいプラスチックケースを取り出した。


 え? 持ってたの? なんで先刻あの場で渡さなかったの。


 嫌な予感がする。

 構成員くんが、サッチに渡さない、その理由。不確かな偽薬に頼った方がマシだと判断させる、その薬。


「それが運を悪くしてくれる薬? 逆の効果の薬作れば、大金持ちになれそうだね」

「逆じゃなくても……大金が手に入りますよ」


 ちょっとふざけてみたし、構成員くんも存外ノッてくれたけど(というか放心してるからノるしかできないんだろうけど)それどころじゃない。


「その薬で、本当に運を左右できるの?」


 そんな薬、聞いた事無い。見たところ、ケースの色以外は同じ、ただの錠剤だ。


「…………運を? そんな薬、あるわけないです」


 また幽霊みたいに笑う、構成員くん。怖い。

 え? あるわけない? じゃあ何、それもニセモノ? 偽薬第二弾?


「先程も言いましたが、亜因果は主観に大きく左右されます。先輩の吉祥天は『自身の不幸を回避し、他者の幸運を奪う』。これによる異常な現象を防げばいいんです。運を左右する必要なんか、無い」

「…………その薬、なに」

「MDMA、メチレンジオキシメタンフェタミンを主成分とした錠剤です。経口摂取後、15分ほどで、脳内のセロトニンに似た物質を過剰に分泌させます。エンパソーゲンやエンタクトゲンと呼ばれる物で――――」


 長い。

 それに今、その長口上は逃げてるようにしか聞こえない。


「要して」


「――――麻薬です」


 遠くで、運動部が敷地内をランニングする掛け声が、強く耳に届いた。開きっぱなしの扉から舞い込む風は、やたら冷たかった。


「先輩を麻薬漬けにして、幸も不幸も解らないようにしてしまえと、言ってるんですよ」

「……貸して」


 私はプラスチックケースをひったくった。


「娯楽で使われる麻薬とは違います。調整はしてあるそうですが。……それは、強烈な多幸感と共有感をもたらします。効果は粗悪な娯楽品まぜものの比じゃありません。多幸感は言わずもがな、共有感は『他者の幸運を奪う』事を防ぎます。吉祥天の出る幕は無いでしょうね。飲んでいる限り、何が起こっても先輩は幸せでいるでしょうから」


 奪ったケースの蓋を開けて、中の匂いを嗅ぐ。無臭。ラムネの匂いはしない。本物、なの?


「自我を保ったまま死ぬか、自我を失いながらその事に気付けもせずただ生きるか。貴女ならどちらが幸せですか」


 構成員くんの虚ろな口調を右から左へ流しつつ、私はケースを振って、錠剤を掌に出す。勢い余って3つ出た。流石にこんな話を聞かされた後に、3つも、なんて勇気は無い。ので、2つ戻す。残りの一つは、ポーンと、口の中へ――


「――――って、なにをッッ!!」


 さっき殺し屋ちゃんに蹴られた顔の反対側に、また衝撃。


「いっ…………たぁ!」


 飛びつくように殴られた。しかもグーで。

 床に転がった錠剤を、まるで砂金でも拾うような勢いで集める構成員くん。


「なにすんの。……びっくりしたー」

「なに、じゃないでしよッッッ!!」


 あ、噛んだ。敬語になりきれてない。


「ぼ、僕の話、聞いてくださって、いてくれてましたか!?」


 驚き過ぎて若干、丁寧さが過剰になってる。にしても殴らなくてもいいのに。じんじん痛む頬を抑えた。


 でも犬みたいに息を切らしてる構成員くんも同じくらい精神的ダメージを負ってるらしいから痛み分けにしておいてあげた。


「聞いてたよ。飲んでみないと、どれくらいパッパラパーになっちゃうのか、解らないでしょ」

「僕は真面目な話してるんですが!」

「それじゃ私が真面目じゃないみたいでしょ」

「それが貴女の真面目ですか」


 溜息をついた構成員くん。


「渡すべきだったんでしょうか……麻薬これを」


 初めて弱気っぽい事を口走った。


「渡すべきか、はわかんないけど。……とりあえずサッチには言っておくべきだったんじゃない? 弱い薬ってラムネを渡して、強い薬もあるよ、って」

「それでは偽薬効果が薄れます。効かないかもしれない、と。……こうなる事は、予想にありました。たった一日、と存外に早いものでしたが。……吉祥天は自覚する事を選んでいたのですから、当然かもしれません」


 ケースを弄ぶ、構成員くん。


「予想はしてました。なのに、実際、目の当たりになってみると、動けないものですね」


 ケースを床に貼りつけるように置く。そのまま靴を拾い上げて、立ち上がった。


「この薬は、貴女に預けます。……もう、僕が言《行》っても信用されないでしょう。なんの効果も無いラムネ菓子から、明確な作用を自覚出来る薬に代えられる。……偽薬効果も相まって、きっと吉祥天は止まる」


 その代わりに先輩も――――

 そう残して、構成員くんは去っていった。

 ただ私は、なんでこうなっちゃったのかな。

 なんて、意味もない事を考えてた。

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