表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朧車  作者: 赤丸朧
第2幕 幸せのしょうてん
12/51

2場

 わたしは暗い部屋の中で、膝を抱えてる。なにも考えたくない。考えられない。動きたくない。その一挙手一投足には全て、吉祥天の力があるから。


 サッチと呼ばれる人間なんてここに居ないんだ。居るのは、吉祥天によって与えられたモノを、自分が得たモノだと勘違いしてる、間抜けな人間がひとり。


 わたしは居ない。吉祥天が在るだけ。ただの人間なわたしに出来る抵抗は唯一。


 動かない事。考えない事。


 ただの黒い壁だった扉が動き、わたしは顔を上げた。細い光が差し込んで、わたしの横顔を照らす。それは段々と太くなっていって、やがてわたしの一部を照らす。扉が開かれた。


 止めて欲しい。放っておいて欲しい。わたしの思考はそれだけで埋まっていた。

 筈なのに。


「ゆうな……ぎぃ!」


 視界に入った、スカートの形。それを認識した瞬間立ち上がって、その名前を叫んでた。


「…………あ」


 よく見て、ようやく気がついた。長めのスカート。緋色のブレザー。


 でも、違う人だ。それをわたしは、優柳だって、勘違いしたんだ。


 優柳なわけ、ないよね。だってまだ授業、終わってないと思う。今、何時だったっけ。


 どうでもいいか。


「あ……はは。めんね! ちょっと落ち込む事があったんだ! でも体育倉庫こんなトコじゃ迷惑だよねー!」


 どうでもいいはずなんだけど、わたしの顔は勝手に表情を作って、わたしの口は勝手に言い訳を吐き出す。


 まるで今までの日常を取り繕ってるみたい。哀れで滑稽だ。


 扉を開けた女子は、そこから動かない。何も言わない。冷たい視線を真っ直ぐわたしに注ぐばかり。肩口で揃えられた髪、飾り気のない化粧。規則に則って身につけられた制服が、生真面目を通り越して無機質に感じた。


 はやく出て行け、って事なのかな。私は笑顔を顔に貼り付けたまま立ち上がり、外に出ようと歩き出す。通せんぼするみたいに立っていた女子が、無言のまま道を開けた。だんだんと近づいて、ようやくその顔をしっかり見た。


 同い年の女子。微かに見覚えがあった。誰だっけ。たしか生徒会長だった気がする。わたしも投票したっけ。可愛らしい名前だったと思う。


 そんな淡い思考は、すぐさま煮えかえる感情に飲まれた。


 はやく、どっかに行きたい。行ってしまいたい。行かせてしまいたい。

 勘違いさせる吉祥天なんか、勘違いする自分わたしなんか、どこかに行ってしまえ。


 わたしを知ってる他人ひとが居ない場所に。


 人間ひとの居ない場所なんて、この地球上にないのかな。


 でも、わたしはその場所を知ってる。

 これ以上、わたしが傷つかないように。これ以上、わたしが傷つけないように。


 はやく――――逝こう。


 やっぱり、屋上かな。


 まだ一年だった頃。突然、無愛想なルームメイトが教室まで訪ねてきて、びくびくしながら付いて行ったら、誰も入れない筈の屋上で驚いて。無言に耐えられない、ただそれだけの意図で話しかけた『なんで周りの人みんなに『優柳』って呼ばせてるの?』という質問に。『さぁ?』『なんとなく』『さぁ? なんとなく』の三つの返答を予知してたわたしは面食らったんだ。その時、初めて優柳が『自分自身の事』を教えてくれた。優柳がちゃんと理由を教えてくれた事も驚きなら、その次の日、優柳が寝坊する事も驚きで(よく知らないけど疲れてたらしい)、寝ぼけ眼で優柳の方から『おはよう』と言ってくれて。


 あの屋上から、優柳との全てが始まったみたいに感じたんだ。


 それか、体育館ココかな。教室に居るより、長く居た気がするよ。実際、そんな事ないんだろうけど。でも、ダメかな。屋上なら汚れるのは下で、外だけど。ここはそうもいかない。これから入学してくる生徒も、きっとここで汗を流すんだ。


 屋上の鍵、どうしようかな。吉祥天に願えば、もらえるのかな。優柳が持ってるけど、もうあの手は通用しないだろうし。


 勝手に作られるヘラヘラした表情を貼りつけながら、わたしは生徒会長の横を通る。


「どこ行くの」


 すれ違いざまに、声を掛けられた。平坦な声。まるでそれが義務みたい。


 義務。多分、まだ授業時間中だ。それでもここに居るのは施錠の為かな。これも生徒会長の仕事だから? ならわたし、怒られるのかな。授業、サボっちゃったし。億劫(おっくう)だな。捕まっちゃったら、屋上に行きにくくなる。


「えっとー……。教室にね、戻らなきゃね! いつまでも落ち込んでちゃダメだよねー!」


 わたし、何言ってるんだろ。そんな気さらさら無いのに。


 だんだん、わたしが嘘に作り変えられていく。


 はやく、しないと。


 会長は何も言わず、ただじっとわたしを見てた。不満気に見えるけど見逃してくれるらしい。ありがたい。わたしは振り返って走りだそうとする。


 でも会長が口を開いた。


先刻(さっき)の事故は吉祥天(きっしょうてん)だったの?」


 わたしの足は止まった。それどころか、一気に全身から魂が抜けたみたい。立っている事さえ、努力を要した。


 なんで会長が『吉祥天』の名前を知ってるの? 構成員くんとその仲間、それと優柳しか知らないはず。


「会長も……構成員なの?」


 返答はすぐに来なかった。長い沈黙に耐えられなくなって、わたしは振り返る。


「そう」


 視線が合うと、小さく肯定した。もしかして、止めに来たのかな。


 構成員くん忙しそうだったけど。その上に会長さんは生徒会長もやってるんだ、すごいなぁ。


「もう一度聞く。どこへ行くの。事故は吉祥天の仕業?」

「そうだよ」


 質問の、ひとつだけに答えた。それを聞いた会長は、目を閉じて一呼吸、間を空けた。


「どこへ行くの」

「誰も居ない場所」


 都合三度目の質問に、答えないと逃がしてくれない雰囲気を感じたから、仕方なしに答えた。


「手伝う」


 会長の応えは変だった。手伝う、って何を? 人払いでもしてくれるの? でも、会長が居る時点で独りじゃない。


「叶えたい事、ある? 大抵の事はできる。遠慮しなくていい。……経費は学園持ちだから。場所も……遠すぎない限り、好きな所でいい。車も出せる」


 ゆっくり、一つ一つ、言葉を選んで組み立てる会長。何を言ってるのか、よくわからなかったけど。次第に理解できた。


 会長はわたしの考えを理解してた。その上で、手伝うって言ってるみたい。


 びっくりした。

 会長は、優しいんだなぁ。構成員くんとか優柳だったら、厳しいから。

 きっと許してくれない。会長のその言葉に、甘えてしまおう。


「場所は……ここがいい」

「バスケットボール部、だったか」

「うん」


 天上を見上げる。そこには降りてないバスケットのゴール装置がある。


 吉祥天に自覚してからは、怖くて見れなかった。


 わたしは、ゆっくり歩き出して、長い時間を掛けてセンターサークルに入る。


 緑、白、黄、赤、青。

 色とりどりのラインがあるけど、バスケに使うラインだけはっきり浮き出て見えた。


「望みは?」

「無い、かな。……実はねー、前にも一回、しようとしたんだ。その時、大体、ね」


 お父さんとお母さんにも会いに行った。驚いてたな。喜んでたな。

 ごめんなさい。


「あ、あると言えば、あるかな。これ、事故って事にできないかな? 出来れば吉祥天の。構成員くんと、優柳にも」

「優柳……は、生徒か。構成員くん?」


 会長はこっちに近づきながら、聞く。当たり前だよ、わからないよね。


「ペンタクル5、って言ってたかな。名前、わからないんだ」


 良かった、名前知らなくて。もし知ってたら、きっと逝く事さえ出来ずに、優柳にそうしたように泣いて縋り付いちゃいそう。これが吉祥天の仕業なら、唯一感謝するかも。


「めんねー。…………大丈夫?」

「わかった。……必ず」


 小さく、約束してくれた。こんな所かなぁ。

 わたしの後ろで、会長が立ち止まった。小さな何かを差し出してくる。


 それを受け取るように手を出すと、両手で包むように握らせられた。まるで全身を優しく抱擁されるように、その手つきは柔らかかった。


「貴女は人に無き能力を持ち生まれた。貴女は人にあらざる者。……そこに人の心を持ってしまえば、たちまち自己を保てなくなるのが真理。自ら望む死が、貴女は人であったと証明する。訪れる死が貴女を人にしてくれる。死は平等であるから」


 眼を閉じ、淡々と彼女が呟くそれは、祈りの様だった。


 言ってる意味は、うまく理解できなかった。それでも染みこむように言葉が入って、なんだか、こみ上げてくる。嬉しいのか、悲しいのかわからない。ただ、涙が零れないように、耐えるばかり。


 ゆっくり、会長の手がわたしの手から離れる。

 小さな、三角折りにされた、紙。


 薬?


「飲めばすぐに睡魔が襲う。抗わず身を委ねれば、心地よく、深く…………眠りに落ちる」


 ――――そして、二度と、目は覚めない。


 三歩、数えるような足取りで、わたしに向かったまま下がる会長。


 そして目を閉じて、動かなくなった。整った顔立ち、揺るぎない表情。まるで女神像みたい。


 わたしは、深呼吸して……しようとして、上手くできなかった。寒いからかな。手がかじかんで、三角折りの紙を開くのにも、時間が掛かる。


 一体、どれくらいの間、そうしてたか。


 開いて、薬を顔の前まで持ち上げる。紙の上に乗る白い粉が落ちないのが不思議でしょうがないくらいに揺れてる。開いた口も震えてる。


 走ってもいないのに、呼吸は乱れて、嗚咽が混じる。


 だって――――死にたくなんて、ない。

 そう、だよ。……死にたくない。死にたくないッ!

 好きだから、嬉しいから、楽しいから!

 悲しくても、辛くても、苦しくても、負けないから。


 でも。


 そう思うことさえ嘘になるなら。

 ぜんぶ、ぜんぶ、消えてしまえ。


 薬を持つ震えた手をもう片方で抑えこむ。荒い息が紙の上の粉末を吹き飛ばさないように、大きく吸ってから息を止めた。少しだけ顎を上る。紙の角が唇に刺さった。


 そのまま一気に、全てを傾けた。


 視界が揺れて、目をつぶってしまった。視界は真っ暗、思考は真っ白。何が起きたのか、わからなかった。


 気付くと、私は床に座り込んでいた。


 飲もうとして、足の震えが止まらなくて、崩れるように一歩下がったら、何かに足を取られた。そして尻餅をつくように転んでしまった。


 …………え? 何?


 胸元と床に白い粉末が散り、すぐわきを見れば小さな紙が落ちている。


 立ってた場所を見たら、普段は固く閉ざされてる筈の、バレーボールかなにかのポールを差す穴があった。


 それに、足を取られた……? 運()く。


 失敗した。…………吉祥天なの? わたしは、潔く死ぬ事も出来ないの?

 死ねない。

 それは吉祥天(わたし)が死にたくないって思ってるって事。


 違う。違うよ。違うっ!


 騙して! 卑怯な手を使って! 怪我をさせて!

 自分だけが良ければいい、なんて思ってないッ!


 わたしはっ! そんな事――――


 ――――思ってない? 本当に? ならどうしてまだ、わたしは。


 あ、あ、あ、あ、あ、あ!!


 床に散った粉を慌ただしく両腕が集めだす。小さく出来た粉の山に一滴ひとしずく涙が落ちた。


 大丈夫、大丈夫だよね。涙くらいじゃ、ダメになったりしないよね。


 はやく、はやく、はやく、はやく――――!


「落ち着いて」


 会長の二つの腕がわたしの頭を抱き込んだ。押し付けられるようにして頬に当たるブレザーの硬い布地、その奥に温かみを感じた。


「人は誰だって死にたく無い。本能的に吉祥天を行使しても仕方ない事。当たり前」


 そう言って、すぐに離す。会長が懐から取り出したのは拳銃だった。


「ごめんなさい。薬は一包しか無かったの。分量も貴女に合わせてあった。もう使えない」


 それでわたしは撃たれるの? 痛いの? もうこの世からわたしという存在が居なくなるの? 笑うことも怒ることも悲しむことも嬉しいことも、いままでもこれからも全てが無くなるの? そんなの嫌! やだ。やだよぅ。


「貴女が望むなら――――」

「はやくして」


 そう言うのが、精一杯。次に口を開けば、わたしはきっと泣き喚きながら逃げ出しちゃう。


 会長は立ち上がった。俯くわたしには会長の靴しか見えない。耳に届いたカチャリという音が、準備を終えた事を示してる。


 でも、一向に何も終わ(はじま)らない。


 わたしは見上げる。会長が、初めて表情を少しだけ歪ませていた。苦しそう。拳銃の先を額に当て十字架の代わりにして、目を瞑り祈ってる。


 あぁ、わたしが、そうさせてるんだ。


 止まらない涙。引きつる嗚咽。ガタガタ震えるばかりの四肢。


 こんなんじゃ、撃てないよね。お願いしたんだから、少しは協力しないとダメだ。


「私は躊躇ためらわない。私の指は止まらない。引き金も撃鉄も雷管も火薬も弾丸も。……その中に『運』は無い」


 会長は、自分と吉祥天わたしに言い聞かせるように呟く。


 わたしはそれを合図に、大きく息を吸い込んだ。

 そして、呼吸を止める。呼吸が止まれば嗚咽も止まる。


 わたしの全てを使って、わたしを止める。


 そうすると、世界が止まったように感じた。


 見えなくても、ゆっくり向けられる拳銃まで感じられる。


 弾むボールの音が聞こえる気がする。

 グリップを利かせたシューズの音も。


 掛け声が、歓声が、そして私を呼ぶ声までもが聞こえた気がした。


『サッチ』『サチ』…………『先輩』


 ―――――――――――――あぁ、そういえば。

 ―――――――――――――まだ、紅茶飲んでなかったな。



 炸裂音。……銃声が体育館に響き渡るのを、わたしは確かに聞いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ