第9話 「初めての友」
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
十歳の春。
長い冬が終わり、山にも若葉が芽吹き始めていた。
いつものように、レンは井戸から水を運んでいた。
すると、道場の門の前で一人の少女が困ったように立っていた。
年はレンと同じくらい。
大きな荷物を抱え、きょろきょろと辺りを見回している。
「あの……。」
レンが声をかけると、少女はほっとしたように笑った。
「ここが青雲道場で合ってますか?」
「はい。」
「お父さんにお弁当を届けに来たんです。でも道場って初めてで……。」
少女の父親は、道場に食材を届ける商人だった。
レンは黙って荷物を持つ。
「案内します。」
「ありがとう! 私はリナ。」
「あなたは?」
「……レン。」
「よろしくね、レン。」
その笑顔に、レンは少し戸惑った。
自分の名前を笑顔で呼んでくれた子は、初めてだった。
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昼。
リナは父親の仕事が終わるまで道場で待つことになった。
弟子たちが稽古する姿を、楽しそうに眺めている。
「あっ!」
レンが水を運んでいると、リナが駆け寄ってきた。
「毎日お仕事してるの?」
「うん。」
「大変じゃない?」
「……慣れた。」
「じゃあ、剣のお稽古もするの?」
レンは少し困ったように笑う。
「みんなが帰ってから。」
「一人で?」
「うん。」
リナは不思議そうな顔をした。
「先生は教えてくれないの?」
「教えてもらう立場じゃないから。」
その言葉に、リナは少しだけ悲しそうな顔をした。
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夕方。
商人の仕事が終わるまで、リナは道場の庭で待っていた。
やがて日が暮れ、弟子たちが帰る。
レンはいつものように木剣を持った。
ヒュッ。
ヒュッ。
黙々と振る。
その姿を、リナはじっと見つめていた。
百回。
二百回。
五百回。
汗が地面に落ちる。
「すごい……。」
思わず声が漏れた。
レンは木剣を止める。
「見てたの?」
「うん。」
「ずっと一人でやってたんだね。」
レンは少し恥ずかしそうにうつむく。
「うん。」
するとリナは、満面の笑みで言った。
「頑張ってね。」
「私、応援する。」
その一言だけだった。
褒められたわけでもない。
強いと言われたわけでもない。
それでもレンの胸は、今までにないほど温かくなった。
「……ありがとう。」
その言葉を口にしたのも、久しぶりだった。
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その夜。
千一回目の素振りを終えたレンは、小さく空を見上げた。
今日は少しだけ、木剣が軽く感じた。
誰かが自分を見ていてくれる。
たったそれだけで、一振りはこんなにも変わるのか。
レンはまだ知らない。
この春に出会った少女が、これから先も何度も彼の人生を支える存在になることを。
そして三十年後、世界最強と呼ばれる剣士の隣には、変わらず「頑張ってね」と笑う一人の友がいることを。
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