第7話 「初めての教え」
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
九歳の春。
レンはいつものように、夜の道場で木剣を振っていた。
一振り。
二振り。
三振り。
無駄のない動きになってきたとはいえ、まだ幼い体だ。
千回も振れば、腕は鉛のように重くなる。
「九百九十九……。」
「千。」
木剣を下ろそうとした、その時。
「止まれ。」
背後から道場主の声がした。
レンは慌てて姿勢を正す。
「はい。」
老人はレンの前に立つと、木剣を一本手に取った。
そして、ゆっくりと一度だけ振る。
――ヒュン。
風を裂く音は小さい。
なのに、レンには今まで聞いたことのないほど鋭く感じられた。
「見えたか?」
「……はい。」
「何が違った?」
レンは首をひねる。
「速かった……ですか?」
老人は首を横に振った。
「違う。」
そう言うと、今度はレンに木剣を渡した。
「同じように振ってみろ。」
レンは構え、一振り。
ブンッ!
「違う。」
もう一度。
「違う。」
三度目。
「違う。」
何が違うのか分からない。
悔しさで目に涙が浮かぶ。
「申し訳ありません……。」
老人は初めてレンの肩にそっと手を置いた。
「力で振るな。」
「剣は、落とすものだ。」
「……落とす?」
「振ると思うから力が入る。」
「天から雨が落ちるように、腕を落とせ。」
レンはもう一度構えた。
言われた通り、力を抜く。
そして腕を落とす。
ヒュッ。
今までより軽い音がした。
老人は初めて小さくうなずいた。
「それでいい。」
たった五文字。
だが、レンは胸が熱くなった。
道場へ来て四年。
初めて、自分の剣を認めてもらえた気がした。
---
その夜。
レンは眠れなかった。
何度も何度も、頭の中であの一振りを思い返す。
「力じゃない……。」
「落とす……。」
翌朝。
まだ夜も明けきらない庭で、一人の少年が木剣を振る音が響く。
ヒュッ。
ヒュッ。
昨日までとは少し違う音だった。
その小さな変化は、誰も気づかない。
だが道場主だけは、縁側で目を閉じながら微笑んでいた。
「ようやく、一つ目の扉を開いたか。」
レンの三十年の素振りは、まだ十分の一にも満たない。
それでもこの日、一振りの質は確かに変わり始めていた。
お読み頂き、ありがとうございます。




