第6話 「初めての敗北」
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
八歳の夏。
レンの日課は変わらなかった。
朝は雑用。
昼も雑用。
夜になれば、一人で木剣を振る。
毎日、千回。
雨の日も。
風の日も。
一日も欠かしたことはない。
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その日、稽古場では弟子同士の試合が行われていた。
「次!」
木刀と木刀がぶつかる音が響く。
レンは水桶を運びながら、その様子を横目で見ていた。
「おい、雑用。」
年上の弟子が笑う。
「お前もやってみるか?」
周りの弟子たちが笑い出す。
「すぐ泣くだろ。」
「木刀もまともに持てないって。」
レンは首を横に振った。
「僕は……。」
「いいから来い!」
腕をつかまれ、稽古場の中央へ引っ張り出される。
木刀を握らされる。
向かいには十歳の弟子。
「怪我しても知らねぇぞ。」
開始の合図。
レンは昼間に見た通りに構えた。
しかし——
「遅い!」
パシンッ!
木刀を弾き飛ばされた。
そのまま足を払われ、尻もちをつく。
勝負は一瞬だった。
稽古場は笑いに包まれる。
「ほらな!」
「雑用は雑用だ!」
レンは何も言わなかった。
木刀を拾い、静かに頭を下げる。
「ありがとうございました。」
そのまま水桶を持って持ち場へ戻る。
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夜。
誰もいない道場。
レンは木剣を握る。
昼間の一撃が頭から離れない。
「僕は……弱い。」
初めて、自分の剣で誰かと向き合った。
そして何もできなかった。
悔しさが胸を締め付ける。
木剣を振る。
一回。
二回。
三回。
振るたびに、昼間の負けがよみがえる。
「もっと速く。」
「もっと強く。」
千回を終えても、レンは木剣を置かなかった。
千一回。
千二回。
千三回。
腕は悲鳴を上げていた。
それでも止まらない。
「勝ちたい……。」
その一言が、初めて素振りの理由になった。
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翌朝。
まだ日も昇らないうちから、庭に木剣を振る音が響いていた。
道場主は縁側で目を閉じ、その音に耳を傾ける。
「負けは、人を折ることもある。」
「だが、本当に強くなる者は……負けを積み重ねる。」
老人は静かに目を開いた。
レンの素振りは昨日までと同じようでいて、どこか違っていた。
ただ回数をこなすだけではない。
一振り一振りに、明確な「勝ちたい」という意思が宿り始めていた。
その小さな変化こそが、三十年後に世界を震わせる剣の、最初の一歩だった。
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