第42話 訪問
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
昼の稽古が始まってしばらくした頃だった。
道場の入口が開いた。
老人が一人。
そして、その隣に一人の青年が立っていた。
レンは木剣を握ったまま顔を上げる。
見覚えがあった。
王都。
剣術大会。
観客席で出会った老人。
そして、
決勝の舞台に立っていた男。
シオンだった。
門下生たちも気付いたらしい。
ざわめきが広がる。
「おい……」
「あれ……」
「シオンじゃないか?」
声が広がっていく。
去年までなら知らない者もいただろう。
だが今は違う。
王都剣術大会優勝者。
その名は辺境にも届いていた。
「本物か……」
「なんでこんな所に」
門下生たちが落ち着かない。
ガルドも思わず動きを止めていた。
老人はそんな反応を気にも留めず、師範の前に腰を下ろした。
「久しぶりじゃのう」
「まだ生きていたか」
師範が鼻で笑う。
互いに遠慮がない。
古い知り合いらしかった。
シオンはその後ろに立ったまま稽古場を見渡している。
その視線が一瞬だけレンを捉えた。
だが何も言わない。
稽古が再開される。
レンも木剣を構えた。
相手と向き合う。
打ち込まれる。
流す。
動かす。
打つ。
最近ようやく繋がり始めた動きだった。
それを何度も繰り返す。
ふと視線を感じる。
老人だ。
王都の時と同じだった。
何かを確かめるように見ている。
しばらくして組稽古が終わった。
その時、
老人が小さく口を開いた。
隣に立つシオンへ何か囁く。
声は聞こえない。
シオンはしばらくレンを見ていた。
そして歩き出す。
真っ直ぐ。
レンの前へ。
稽古場が静かになった。
「お前」
レンは顔を上げる。
「俺と稽古をしよう」
誰も声を出さない。
門下生たちが固まっている。
王都大会優勝者。
そんな相手に声を掛けられるとは思わなかったのだろう。
だが、
レンは迷わなかった。
「お願いします」
すぐに頭を下げた。
老人の口元が少しだけ緩む。
師範は何も言わなかった。
止めもしなかった。
二人が向かい合う。
礼。
木剣を構える。
始まる。
シオンが動いた。
速い。
レンは流す。
最近ようやく掴み始めた動き。
相手を見て。
流して。
形を作る。
だが、
次の瞬間には木剣が肩に触れていた。
一本。
レンは下がる。
構える。
もう一度。
今度はよく見る。
肩。
足。
重心。
目線。
何をしたいのか。
何を見ているのか。
探す。
だが、
分かる前に打ち込まれる。
二本。
三本。
四本。
何度も。
何度も。
何度も。
レンは打ち込まれた。
それでも目は離さない。
シオンを見る。
踏み込み。
木剣の軌道。
身体の使い方。
視線。
呼吸。
全部を見る。
だが届かない。
見える。
前よりずっと見えている。
それなのに届かない。
むしろ差が見える。
王都で見た時よりも。
ずっと近くで。
ずっと鮮明に。
シオンは特別な技を使わない。
派手な動きもない。
ただ正確だった。
あまりにも正確だった。
気付けば稽古は終わっていた。
レンの木剣は一度も届いていない。
礼をする。
シオンも礼を返す。
それだけだった。
勝ったとも。
負けたとも。
誰も言わない。
門下生たちはざわついている。
「本当に優勝者なんだな……」
「全然見えなかった」
「レンも何もできなかったじゃないか」
そんな声が聞こえる。
レンは聞いていなかった。
シオンだけを見ていた。
シオンが去る。
老人も立ち上がる。
帰り際。
老人がレンを見る。
「少しは見えるようになったか」
レンは答えなかった。
まだ分からない。
だからだ。
老人は小さく笑った。
「そうか」
そして二人は道場を後にした。
姿が見えなくなっても、
レンはしばらくその場に立っていた。
頭の中で。
何度も。
何度も。
シオンの動きを追い続けながら。
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