第37話 「見えない相手」
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
夜。
誰もいない稽古場で、レンは木剣を振っていた。
「九百九十八……」
「九百九十九……」
「千。」
そして最後に。
「千一。」
百一回目の約束は、今も変わらない。
レンは小さく息を吐く。
そしてそのまま木剣を構えた。
一歩。
木剣を流す。
半歩動く。
木剣を返す。
師匠が振っていた動き。
何度も見た。
何度も真似した。
何年も繰り返した。
考えなくても身体が動く。
だが、その日は途中で木剣が止まった。
昼の組稽古が頭に残っていた。
ガルドとの立ち会い。
何を見ていた。
そう聞かれて、自分は答えた。
何をしたいか。
相手が何をしたいのかを見ていた。
レンはもう一度動く。
木剣を流す。
そこでふと思った。
これは何をしているんだろう。
今まで考えたことはなかった。
昔からこう振っていたからだ。
木剣を流す。
半歩動く。
木剣を返す。
何度やっても違和感が残る。
一人でやるには妙だった。
レンはゆっくり最初からなぞる。
木剣を流す。
その瞬間。
不意に思う。
誰から流しているんだ。
目の前には誰もいない。
それでも、その動きは何かを受けるように見えた。
もう一度。
木剣を流す。
今度は自然と正面を見ていた。
そこには何もない。
何もないはずなのに、
誰かが立っている気がした。
レンは小さく眉を寄せる。
半歩動く。
誰かがいる。
木剣を返す。
やはり誰かがいる。
そこから先は見えない。
何をしてくるのか。
なぜこう動くのか。
まだ分からない。
だが一つだけ分かったことがあった。
この動きは一人のものじゃない。
最初から相手がいる。
レンは木剣を握り直した。
流す。
半歩動く。
返す。
さっきまでと同じ動きなのに、少しだけ違って見えた。
分からないことはまだ多い。
それでも構わない。
分からないなら。
見る。
振る。
考える。
それだけだ。
レンはもう一度木剣を構えた。
夜の稽古場には誰もいない。
それでも今夜は、正面から目を離さなかった。
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