第36話 「見ているもの」
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
道場の朝は早い。
木剣がぶつかる音が、まだ冷たい空気の中に響いていた。
レンも組稽古に参加している。
王都から戻って数日。
生活は変わらない。
水を汲み。
掃除をし。
木剣を振る。
それでも、何かだけは少し違っていた。
以前より、人を見るようになっていた。
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「そこまで!」
師範の声が飛ぶ。
その直後、
一人の門下生が顔をしかめた。
足を押さえ、その場にしゃがみ込む。
「すみません……少し捻りました」
大事にはならなそうだったが、稽古は続けられない。
組が一つ余った。
周囲が顔を見合わせる。
その時だった。
ガルドが手を上げた。
「師範」
「なんだ」
「俺、レンとやります」
視線が集まる。
何人かが苦笑した。
「また雑用係か」
「今度は打ち込んでやれよ」
そんな声も聞こえる。
ガルドは気にしない。
レンを見る。
「いいだろ?」
「うん」
レンは頷いた。
二人が向かい合う。
木剣を構える。
礼。
そして始まった。
ガルドが踏み込む。
速い。
以前戦った時と同じ。
いや、
違う。
レンは木剣を合わせながら小さく眉を寄せた。
受けられる。
動きも見える。
それなのに、
前より受けにくい。
二撃。
三撃。
四撃。
木剣が続けて迫る。
レンは流し、受け、避ける。
だが違和感が消えない。
なぜだ。
ガルドの木剣を見る。
違う。
王都へ行く前なら、それで終わっていた。
だが今は違う。
レンの視線は自然とガルド自身へ向く。
肩。
足。
重心。
呼吸。
目。
右だ。
そう思った。
だが来ない。
左へ流れる。
レンは一歩遅れる。
まただ。
次は胴。
そう思った。
しかし違う。
木剣は肩口へ変わる。
なんでだ。
レンは受けながら考える。
右を打ちたかったわけじゃない。
胴を狙いたかったわけでもない。
じゃあ何だ。
木剣が迫る。
受ける。
流す。
下がる。
その瞬間、
レンは気付いた。
違う。
右を打ちたかったんじゃない。
自分を動かしたかったんだ。
右を見せて。
左へ寄せて。
最後に肩を狙う。
技じゃない。
目的だ。
その瞬間、
何かが噛み合った。
それ以降。
ガルドの動きが少しだけ見える。
踏み込みの意味。
受ける理由。
下がる理由。
何をするかじゃない。
何をしたいのか。
ガルドの木剣が止まる。
師範が手を上げた。
「そこまで」
息を吐く。
汗が頬を伝った。
ガルドが近付いてくる。
「変な顔してたな」
「そうかな」
「してた」
ガルドは木剣を肩に担ぐ。
そして言った。
「お前、何見てたんだ?」
レンは答えようとして止まった。
何を見ていた。
木剣か。
違う。
足か。
違う。
次の動きか。
それも違う。
しばらく考え。
ぽつりと言った。
「何をしたいか」
「ん?」
「次に何をするかじゃなくて」
レンは自分の言葉を確かめるように続ける。
「何をしたいかを見てた」
ガルドは意味が分からないという顔をした。
だがレンはそれどころではなかった。
何かが繋がった。
王都。
観客席。
シオン。
そして師匠。
似ていた理由。
二人とも。
技を見ていなかった。
動きを見ていたわけでもない。
その先にある。
何をしようとしているのか。
何のために動くのか。
それを見ていた。
レンは黙ったまま木剣を見る。
長年握り続けた木剣。
師匠の背中を追い続けた木剣。
少しだけ。
本当に少しだけ。
分かった気がした。
けれど、
まだ終わらない。
シオンと師匠。
似ている。
だが、
何かが違う。
その答えだけは、
まだ見えていなかった。
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