第25話 初めての願い
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
それから数日が過ぎた。
ガルドは以前ほどレンを馬鹿にしなくなっていた。
だからといって仲良くなったわけではない。
話しかける回数が少し増えただけだ。
***
朝。
レンは桶を運んでいた。
道場の雑用。
いつも通りの仕事。
「おい」
後ろから声が飛ぶ。
振り返る。
ガルドだった。
「何?」
「お前さ」
少し言葉を探すように口を閉じる。
「……あの型」
レンの目が少し開く。
「見てたの?」
「たまたまだ」
ガルドは即座に答えた。
「そう」
レンはそれ以上聞かない。
「で?」
「なんであんなことしてるんだ」
「見たまんまだよ」
「分からないから」
レンは桶を置いた。
「あの人がやってた型を思い出してる」
「あの人?」
「師匠」
ガルドは黙った。
道場では有名な話だった。
先代師範。
レンを拾った人。
そして一年ほど前に亡くなった人物。
「あの人は全部出来た」
レンがぽつりと呟く。
「だから見てた」
「見て覚えようと思った」
「それだけ」
当たり前のような口調だった。
だがガルドには理解できなかった。
見ただけで覚えられるなら苦労しない。
それにレン自身。
全然出来ていないではないか。
「意味あるのか?」
思わず聞いていた。
レンは少し考える。
そして笑った。
「あると思う」
迷いがない。
「なんでだよ」
今度はガルドが呆れる。
レンは道場を見た。
門弟たちが稽古している。
木剣がぶつかる音。
踏み込み。
受け。
打ち込み。
ずっと見てきたもの。
九年間。
ずっと。
「分からなかったことが」
レンが静かに言う。
「昨日より少し分かる時があるから」
ガルドは黙る。
レンは続ける。
「一回だけ」
「本当に一回だけ」
「出来る時があるんだ」
その顔は嬉しそうだった。
子供みたいに。
宝物を見つけたように。
「その一回のためかな」
そう言って笑う。
ガルドは言葉を失った。
道場の誰も、
そんな理由で剣を振っていなかった。
強くなるため。
試合で勝つため。
認められるため。
皆そうだ。
ガルドもそうだった。
でもレンだけ違う。
昨日より少し分かるため。
それだけで、
九年間続けている。
正直、
理解は出来なかった。
だが、
少しだけ羨ましいと思った。
***
その日の稽古の終わり。
師範が門弟たちを集める。
「来月」
全員の視線が向く。
「王都で剣術大会が行われる」
ざわりと空気が動く。
その名は有名だった。
全国から剣士が集まる大会。
若い門弟たちにとって憧れの舞台。
「今年も見学に行く」
門弟たちの顔が明るくなる。
「本当ですか!?」
「やった!」
「行きたい!」
歓声が上がる。
その中で。
レンだけが固まっていた。
王都。
剣術大会。
全国の剣士。
見たことのない剣。
知らない型。
知らない技。
知らない世界。
胸が高鳴る。
ドクン。
と。
久しぶりに心臓が強く鳴った。
そして、
レンは小さく拳を握る。
誰にも気付かれないくらい小さく。
「行きたい」
初めてだった。
レンが自分から何かを望んだのは。
その姿を、
少し離れた場所から、
ガルドだけが見ていた。
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