第23話 千一回目
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
その日からだった。
ガルドは時々レンを見るようになった。
気になったからだ。
理由は分からない。
ただ、気になった。
朝。
レンは掃除をしていた。
昼。
レンは薪を割っていた。
夕方。
レンは木剣を片付けていた。
変わらない。
本当に変わらない。
(何なんだこいつ)
ガルドはいらつく。
剣を習いに来ているはずなのに。
いつ見ても雑用をしている。
なのに諦めてもいない。
そんな人間を見たことがなかった。
***
その夜。
ガルドはふと思い出した。
昨日、
レンが夜に木剣を振っていたことを。
気になって仕方がなかった。
だから、
少しだけ、
本当に少しだけ、
様子を見に行った。
***
町外れの空き地。
月明かりだけが地面を照らしている。
そこにレンはいた。
木剣を振っていた。
一人で。
ただひたすら。
ヒュッ。
ヒュッ。
ヒュッ。
単調な音が響く。
ガルドは木陰から見ていた。
最初は笑いそうになった。
型もない。
派手な技もない。
ただの素振り。
だが、
十分ほど経っても、
二十分経っても、
レンは振り続けていた。
一回。
また一回。
また一回。
黙々と、
まるで呼吸するように。
やがて。
レンが小さく呟く。
「九百九十八」
ガルドは目を見開いた。
(は?)
聞き間違いかと思った。
だが。
「九百九十九」
木剣を振る。
「千」
また振る。
そして、
レンは一度木剣を下ろした。
肩で息をしている。
汗だくだ。
普通なら終わりだった。
千回だ。
十分だろう。
ガルドなら終わる。
門弟たちも終わる。
だが、
レンは木剣を握り直した。
静かに構える。
そして。
「千一」
振った。
その一振りだけ、
不思議なくらい丁寧だった。
ガルドは息を呑む。
レンは目を閉じる。
しばらく何も言わない。
そして。
「あの時は……こう……」
昼間の型を思い出している。
足を出す。
振る。
違う。
やり直す。
違う。
またやる。
違う。
何度も。
何度も。
何度も。
その姿を見て、
ガルドは初めて分かった。
こいつは、
諦めていない。
九年。
何も教わらず。
何も認められず。
雑用をして。
笑われて。
それでも。
まだやっている。
どうしてそこまでできる。
ガルドには理解できなかった。
やがてレンが小さく呟いた。
「違うな」
悔しそうだった。
でも、
どこか楽しそうでもあった。
宝探しをしている子供みたいに。
そして木剣を構え直す。
「一本ずつだ」
もう一度。
振る。
ガルドはその言葉を聞いた。
一本ずつ。
その意味は分からない。
だが、
その言葉には、
九年分の重さがある気がした。
ガルドは何も言えなかった。
ただ黙って、
木剣を振り続けるレンの背中を見ていた。
初めてだった。
雑用ではなく、
一人の剣士として、
レンを見たのは。
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