第22話 見ている者
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
あの日の試合から。
ガルドは妙に落ち着かなかった。
朝。
道場に来る。
いつもなら真っ先に木剣を握る。
だが最近は違う。
まずレンを探してしまう。
今日もいた。
庭を掃いている。
いつも通り。
本当にいつも通りだった。
「おはようございます」
門弟たちへ頭を下げる。
また掃除を始める。
それだけ。
「ガルド!」
呼ばれる。
稽古だ。
ガルドは慌てて木剣を構えた。
だが、
気付けば視線が逸れる。
レン。
また見ている。
掃除をしながら。
水を運びながら。
薪を割りながら。
ずっと、
稽古を見ている。
(何なんだ)
入門して一か月。
ようやく分かってきた。
レンはサボっているわけではない。
見ているのだ。
ひたすら。
「ガルド!」
木剣が飛んできた。
慌てて受ける。
「余所見するな!」
門弟たちが笑う。
「どうした?」
「昨日から変だぞ」
ガルドは舌打ちした。
***
昼。
休憩時間。
門弟たちは雑談している。
レンだけは違う。
木陰に座り。
木剣を膝の上に置いていた。
ただ眺めている。
いや、
違う。
思い出している。
そんな顔だった。
しばらくすると、
レンは立ち上がった。
誰もいない裏庭へ向かう。
ガルドも気付かれないよう後を追った。
そして──
木剣を構えるレンを見る。
基本の構え。
そこから、
見たことのない動きを始めた。
いや、
違う。
もどかしい動きだった。
途中で止まる。
やり直す。
また止まる。
またやり直す。
何度も。
何度も。
何度も。
そして──
「違うな」
小さく呟いた。
ガルドは思わず眉をひそめる。
下手だった。
正直に言えば、
型になっていない。
完成には程遠い。
それなのに、
レンは楽しそうだった。
少しだけ、
笑っていた。
まるで宝探しでもしているように。
(なんなんだよ)
ますます分からなくなる。
強いわけじゃない。
才能もない。
それは事実だ。
なのに、
なぜそんな顔をする。
なぜそんなに夢中になれる。
ガルドには理解できなかった。
***
夕方。
稽古が終わる。
レンはまた雑用をしている。
いつも通り。
門弟の一人が笑う。
「レン」
「お前さ、剣術習いに来たんじゃなくて雑用しに来たんじゃないのか?」
周囲が笑う。
レンも少し笑った。
「そう見える?」
「見える見える」
「九年間だぞ」
「才能ないなら諦めろよ」
さらに笑いが起きる。
レンは怒らなかった。
悲しそうにもならなかった。
ただ、
少しだけ空を見上げて。
「まだかな」
と呟いた。
「何が?」
レンは少し考える。
そして──
「わからない」
それだけだった。
門弟たちは意味が分からず笑う。
だが、
ガルドだけは笑えなかった。
なぜなら、
その言葉が、
強がりにも、
負け惜しみにも、
聞こえなかったからだ。
本当に。
ただ、
待っているだけのように聞こえた。
何かを。
***
その日の夜。
レンは誰もいない空き地で木剣を振る。
九百九十九。
千。
そして──
千一。
誰も見ていない。
だが、
離れた場所から、
その姿を見ている者がいた。
ガルドだった。
初めて、
レンが雑用ではない時間を見た。
木剣を振るその背中は、
道場で見せる姿よりも、
ずっと真剣だった。
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