第21話 気になる奴
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
翌日。
道場ではいつも通り稽古が行われていた。
木剣がぶつかる音。
門弟たちの掛け声。
新しい師範の指導。
何も変わらない朝だった。
***
「おいガルド」
門弟の一人が笑いながら話しかける。
「昨日どうしたんだよ」
周囲も笑った。
「雑用相手だったろ?」
「手加減しすぎだって」
「さすがに一本くらい当てろよ」
ガルドは無言だった。
「聞いてるか?」
「うるせぇな」
少し強い口調が出た。
門弟たちが顔を見合わせる。
「なんだよ」
「本気で怒るなって」
ガルドは舌打ちした。
昨日のことを思い出していた。
確かにレンは何もしていなかった。
攻撃もしてこない。
型も知らない。
試合経験もない。
そのはずだ。
なのに、
何度打っても、
当たらなかった。
その感覚だけが頭に残っている。
納得がいかなかった。
「ちっ」
気分が悪い。
すると視界の端にレンが見えた。
いつも通りだった。
道場の床を拭いている。
雑用だ。
本当に。
誰が見ても雑用だった。
なのに、
ガルドは目で追ってしまう。
レンが水桶を運ぶ。
次は木剣を並べる。
その合間にも、
稽古を見ている。
じっと。
真っ直ぐ。
まるで何かを盗もうとしているように。
「おい」
門弟の一人がレンに声を掛けた。
「ちゃんと仕事しろよ」
レンはすぐ頭を下げた。
「ごめん」
そしてまた仕事を始める。
それだけだった。
「ほんと変な奴だよな」
「九年もいて雑用だぞ?」
「俺なら辞めてる」
笑いが起きる。
レンも少し笑った。
否定しない。
言い返さない。
それが一番不思議だった。
ガルドは眉をひそめる。
(悔しくないのか)
もし自分なら、
あんな風には笑えない。
見下されたら腹が立つ。
馬鹿にされたらやり返す。
それが普通だ。
なのにレンは違う。
まるで興味がないみたいだった。
ガルドはさらに苛立つ。
***
昼休み。
門弟たちが休んでいる中、
レンだけが道場の隅で木剣を見ていた。
使い込まれた古い木剣。
じっと眺めている。
何をしているのか分からない。
ガルドは近付いた。
「お前さ」
レンが顔を上げる。
「何?」
「強くなりたいのか?」
不意の質問だった。
レンは少し考えた。
そして──
「なりたい」
迷いなく答えた。
たった一言。
ガルドは拍子抜けした。
もっと言い訳すると思った。
もっと情けない答えが返ってくると思った。
だが違った。
「じゃあなんで試合で打ってこなかった」
レンは首を傾げる。
「打ち方が分からないから」
「は?」
「受けるのは見てたから分かる」
「でも打ち込んだことはない」
あまりにも自然な口調だった。
嘘を言っているようには聞こえない。
ガルドは言葉を失う。
そんな奴がいるのか。
九年間。
受けることだけ考えてきた人間が。
「変な奴だな」
思わず口から漏れた。
レンは少し笑った。
「よく言われる」
その笑顔を見て、
なぜかガルドは何も言えなくなった。
***
夕方。
稽古が終わる。
門弟たちが帰っていく。
レンはいつも通り残っていた。
掃除をしている。
薪を運んでいる。
雑用をしている。
その姿を遠くから見ながら。
ガルドは初めて思った。
(こいつ)
(何を見てるんだ)
雑用をしているのに、
いつも稽古を見ている。
強くなりたいと言う。
でも戦わない。
打ち込まない。
なのに、
昨日の試合が頭から離れない。
春風が吹いた。
レンは気付かない。
だが、
ガルドの中で、
初めて「雑用」という言葉だけでは片付けられない存在になり始めていた。
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