第20話 練習相手
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
ガルドが入門してから一か月が過ぎた。
覚えは早い。
力もある。
飲み込みも早い。
門弟たちの評判も上々だった。
「さすがだな」
「筋がいい」
「将来は期待できるぞ」
そんな言葉をかけられるたびに、ガルドは満足そうに笑っていた。
***
その日の稽古の終わり。
師範が言った。
「ここからは自由稽古だ」
門弟たちはそれぞれ相手を探し始める。
ガルドは木剣を肩に担ぎながら辺りを見回した。
そして、
道場の隅で木剣を片付けているレンを見つけた。
「おい、雑用」
レンが振り返る。
「何?」
「暇だろ?」
周囲から笑い声が起きた。
レンは特に気にした様子もない。
「そうかな」
その反応が気に入らない。
ガルドは鼻で笑った。
「九年もいて掃除と薪割りしかしてないんだから暇だろ」
また笑いが起きる。
「それはそうだ」
「間違ってないな」
「九年雑用はすごい」
レンは頷いた。
「そうだね」
ガルドは眉をひそめた。
悔しがりもしない。
怒りもしない。
言い返しもしない。
「型は?」
「知らない」
「試合は?」
「ない」
「じゃあ六年何してたんだよ」
レンは少し考えた。
そして答えた。
「雑用」
道場中が笑いに包まれた。
「聞いたか?」
「九年雑用だってよ」
「それは才能ないな」
それでもレンは笑うだけだった。
「そうかも」
その態度にガルドは妙に腹が立った。
「よし」
ガルドが木剣を持ち上げる。
「俺の練習相手になれ」
道場が少しざわつく。
「おいおい」
「怪我させるなよ」
「雑用相手に本気出すなよ」
また笑いが起きる。
レンは静かに木剣を受け取った。
「わかった」
向かい合う。
ガルドは構えた。
そして一瞬だけ違和感を覚えた。
レンの構え。
どこの道場でも最初に教わる基本の形。
中段。
それだけだった。
だが、
妙に綺麗だった。
肩に力が入っていない。
足もぶれていない。
無駄な動きもない。
(まぁいい)
すぐに考えるのをやめた。
構えだけなら真似できる。
「行くぞ」
踏み込む。
速い。
木剣が唸る。
カンッ。
レンが受けた。
二撃目。
受ける。
三撃目。
受ける。
四撃目。
受ける。
ガルドは攻め続けた。
レンは受け続けた。
周囲は最初こそ笑っていた。
「頑張れよ雑用!」
「一本くらい当ててもらえ!」
そんな野次も飛ぶ。
だが、
時間が経つにつれて。
「あれ?」
一人が首を傾げた。
「ガルド、当たってなくないか?」
すると別の門弟が笑う。
「当たり前だろ」
「怪我させないように手加減してるんだよ」
「あぁ」
「それもそうか」
皆納得した。
誰一人として、
レンに実力があるなどと思わない。
思うはずもない。
九年いて雑用しかしていない少年だ。
そのはずだから。
だが、
ガルドだけは違った。
(なんだ……)
受けられる。
(なんでだ)
また受けられる。
(当たれよ)
また受けられる。
苛立ちが募る。
「打ってこいよ!」
思わず叫ぶ。
レンは首を傾げた。
「?」
その反応がさらに腹立たしい。
力任せに踏み込む。
木剣を振り下ろす。
大きく。
強く。
その瞬間──
体勢が崩れた。
首筋が空く。
完全な隙。
レンには見えていた。
(ここ)
自然に木剣が動く。
だが──
止まる。
そのまま受けに戻る。
ガルドは気付かない。
周囲も気付かない。
ただ一人。
師範だけがその動きを見ていた。
(今……)
目が細くなる。
試合は続く。
だが。
最後まで。
ガルドの一撃は当たらなかった。
「そこまで」
師範の声が響く。
試合終了。
ガルドは息を切らしていた。
レンは木剣を下ろす。
「ありがとうございました」
ただそれだけだった。
周囲の門弟が集まる。
「どうしたガルド?」
「遊んでたのか?」
「雑用相手だったろ?」
「手加減しすぎじゃねえか」
笑い声が起きる。
だが、
ガルドは笑えなかった。
「……別に」
それだけ答える。
胸の奥がざわついていた。
一度も当たらなかった。
いや、
違う。
何かがおかしかった。
説明できない。
だが確かに、
何かがおかしかった。
ふと視線を向ける。
レンはもう木剣を片付けていた。
何事もなかったように。
いつも通り。
雑用に戻っている。
その背中が、
少しだけ気味悪く見えた。
そして道場の端。
師範は黙ってその背中を見つめていた。
誰にも気付かれていない。
だが、
先ほどの一瞬だけは、
確かに気になっていた。
お読み頂き、ありがとうございます。




