第2話 「雑用の一日」
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
朝を告げる鐘が鳴る前。
まだ空が藍色に染まる頃、少年レンは目を覚ました。
道場の隅に敷かれた藁布団をたたみ、井戸へ向かう。
桶いっぱいの水を汲み、台所へ運ぶ。
薪を割り、火を起こし、粥を炊く。
弟子たちが起きる頃には、洗濯物を干し終え、庭の掃除まで済ませていた。
「遅い!」
師範代の怒鳴り声が飛ぶ。
「申し訳ありません!」
レンは頭を下げ、木刀を抱えて稽古場へ走る。
弟子たちは十人。
年上ばかりで、誰もレンを仲間とは思っていない。
「雑用、汗を拭け。」
「水だ。」
「木刀を替えろ。」
命令が飛ぶたび、レンは走る。
その合間に、弟子たちの剣を見つめていた。
踏み込み。
腕の振り。
腰の回転。
誰も教えてはくれない。
だから、目に焼き付けるしかない。
昼になると、弟子たちは食事をとり、午後も稽古を続ける。
レンは皿を洗い、洗濯物を取り込み、壊れた木刀を修理する。
そして日が沈み、道場から人がいなくなる。
レンは修理した木刀を一本だけ残した。
「……よし。」
静かな道場。
誰もいない。
レンは昼間に見た構えを思い出しながら、木刀を握る。
一振り。
ぎこちない。
二振り。
少しだけ真っすぐになった。
三振り。
肩が痛い。
十振り。
手の皮が擦りむける。
五十振り。
腕が震える。
百振り。
木刀を落とした。
「これで……終わり。」
そう思った瞬間、昼間の剣士の言葉が頭をよぎる。
“百回程度で強くなれるなら、誰も苦労せん。”
レンは木刀を拾い直した。
「じゃあ……百一回。」
その一振りが、三十年間続く最初の"百一回目"だった。
道場の柱の陰から、その姿を見つめる老人が一人。
道場主は小さく目を細め、誰にも聞こえない声でつぶやく。
「……面白い子だ。」
だが、その日も老人は何も教えなかった。
教えられた剣ではなく、自ら積み上げた剣こそ、この少年の運命になると、どこかで感じていたからだ。
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