第18話 見取り稽古
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
師匠が亡くなってから数か月。
道場は以前と変わらず朝を迎えていた。
違うのは、師匠がいないことだけだった。
「構え!」
新しい師範の声が響く。
門弟たちが一斉に木剣を構えた。
レンは庭の掃除をしながら、その様子を見ていた。
踏み込み。
振り下ろし。
受け。
体の捌き。
視線。
呼吸。
少しでも見逃すまいと目で追う。
(今の足は……)
(どう動かした?)
(なんで当たったんだ)
(どうして防げなかった)
木剣がぶつかる。
その瞬間──
思わず箒が止まった。
「レン!」
怒鳴り声が飛ぶ。
レンは慌てて頭を下げた。
「す、すみません!」
「掃除中だろう!」
「はい!」
周囲から小さな笑い声が漏れた。
レンは再び掃除を始める。
けれど、
目だけは稽古から離さなかった。
学びたかった。
師匠はもういない。
型を教えてくれる人もいない。
それでも、
剣を学びたかった。
強くなりたかった。
どうしても。
どうしても。
***
道場の仕事を終える。
日が沈む。
町が静かになる。
レンはいつもの空き地へ向かっていた。
木剣を構える。
息を吸う。
そして振る。
一。
二。
三。
淡々と振り続ける。
途中から数は頭に入らない。
ただ振る。
ひたすら振る。
腕が重くなる。
足が痛む。
それでも止まらない。
やがて。
千本目。
木剣を下ろす。
肩で息をする。
レンは木剣を握り直した。
「千一」
木剣を振る。
風を切る音が夜に響いた。
師匠の言葉が蘇る。
***
“百回は命じられた数だ
百一回目は、自分の意志で振る一回だ”
***
昔は百一回だった。
それがいつの間にか二百になり。
五百になり。
千になった。
それでも。
最後の一本だけは変わらない。
千一回目。
自分の意志で振る一本。
レンは静かに木剣を構え直した。
昼間見た型を思い出す。
足を出す。
木剣を動かす。
「あの時は……こう……」
やってみる。
違った。
バランスを崩す。
もう一度。
違う。
またやる。
違う。
何度も。
何度も。
何度も。
それでも上手くいかない。
レンは悔しそうに唇を噛んだ。
「違う……」
師匠ならどうしただろう。
新しい師範なら。
門弟たちなら。
きっと簡単にできるのだろう。
けれど、
レンには教えてくれる人がいない。
だったら、
自分で探すしかない。
木剣を握る。
もう一度構える。
夜風が吹いた。
「一本ずつだ」
小さく呟く。
誰も聞いていない。
それでも。
レンは木剣を振った。
失敗する。
また振る。
失敗する。
また振る。
それでも。
諦めない。
強くなりたい。
もっと知りたい。
もっと学びたい。
その想いだけが、レンを動かしていた。
***
それから季節は巡り。
また春が来た。
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