第13話 「旅の剣士」
この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。
レンが十三歳になった夏。
蝉の鳴き声が山々に響く昼下がりだった。
道場の庭で薪を割っていたレンは、門の前に立つ一人の男に気付いた。
背中には長剣。
日に焼けた外套。
旅人の格好をしているが、その立ち姿は村人とはまるで違う。
無駄がない。
まるで抜き身の剣そのものだった。
「こちらが霧峰流の道場か。」
男は門を見上げる。
その声に気付いた師範代が出てきた。
「旅の方か。」
「ああ。」
男は軽く頭を下げた。
「名はアルト。」
「各地を巡りながら剣を学んでいる。」
「一晩、世話になれないだろうか。」
師範代は老人のもとへ向かった。
やがて道場主自ら現れる。
老人は男を見るなり、少し目を細めた。
「……随分と場数を踏んでおるな。」
アルトは苦笑した。
「お互い様でしょう。」
その日の稽古後。
旅の剣士を歓迎する意味も込めて、稽古試合が開かれた。
最初に前へ出たのは若い門下生だった。
「お願いします!」
木刀が打ち込まれる。
だが。
アルトは身体を半歩ずらしただけだった。
門下生の木刀は空を切る。
次の瞬間。
コツン。
軽く額を叩かれた。
「一本。」
周囲が静まり返る。
二人目。
三人目。
誰も一撃も入れられない。
レンは目を見開いていた。
速い。
力ではない。
技でもない。
何かが違う。
剣を振る前に勝負が終わっているように見えた。
そして最後に。
道場主が立ち上がる。
「少しだけ付き合ってくれ。」
老人の言葉にアルトは真顔になった。
「喜んで。」
木刀同士がぶつかる。
カンッ!!
鋭い音が響く。
弟子たちが息を呑む。
さっきまで圧倒していたアルトが、今度は簡単に攻められない。
十合。
二十合。
老人の剣は決して速くない。
だが無駄がない。
必要なところにしか存在しない。
気付けばアルトは守勢に回っていた。
やがて二人は同時に木刀を引く。
「参った。」
先に頭を下げたのはアルトだった。
「まさか辺境で、これほどの剣を見られるとは思いませんでした。」
道場主は静かに笑う。
「老いぼれの剣よ。」
「いや。」
アルトは首を振る。
「積み重ねた人間だけが持つ剣です。」
その言葉に、レンの胸が少しだけ熱くなった。
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夜。
庭でいつもの素振りをしていると、不意に声がした。
「毎日やっているのか。」
振り返るとアルトが立っていた。
「はい。」
「何年だ?」
「七年です。」
アルトは少し驚いた顔をした。
七年。
子供にしては長い。
だが次の言葉は意外だった。
「足りないな。」
レンの動きが止まる。
「え?」
「七年で見える景色もある。」
「だが十年でしか見えない景色もある。」
アルトは空を見上げた。
「俺は十五年振った。」
「それでも、今日先生には敵わなかった。」
レンは道場主の姿を思い出す。
確かに強かった。
だが、そんな旅の強者でも届かないほどなのか。
「焦るな。」
アルトはそう言った。
「積み重ねは裏切らん。」
「裏切るのは、途中でやめた自分だけだ。」
その言葉を残し、旅の剣士は去っていった。
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翌朝。
レンは木剣を握る。
一振り。
二振り。
三振り。
昨日と何も変わらない。
それでも。
昨日より少しだけ遠くを見られた気がした。
七年では届かない。
なら十年。
十年で届かないなら二十年。
レンは黙って木剣を振る。
その姿を縁側から見つめながら、道場主は小さく微笑んだ。
「……それでいい。」
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